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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第3章 前進
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第49話 朝食での決意

 連れていかれた店は、上品な店構えとは裏腹にボリューム満点の料理を提供するカフェだった。

 それを知らずに注文し、運ばれてきた山盛りの料理を前に唖然とした有菊と不破だったが、ソフィが平然と食べはじめたのを見て、ふたりもスプーンを手に取り掛かった。

 食べはじめて気付いたのだが、見た目よりも軽い食感のその料理は、どこかポップコーンを彷彿とさせる。そのおかげで、山盛りではあるものの、なんとか完食の目処がついた。


 そうして大量にあった料理の山は、見事に三人のお腹に収納されて、食後のお茶が運ばれてきた。ソフィは育ち盛りなのか、さらにデザートまで追加注文していた。

 満腹になった有菊は目の前のお茶には手をつけず、デザートをそわそわと待っているソフィに、面会時の最初の話題について尋ねる。


「ねえ、どうしてみんなは色んなこと知ってるの? 私は孫なのに何も知らないんだけど……」

「いや、自分も知らないぞ」


 落ち込んでいる有菊に、不破はフォローのつもりなのか胸を張ってアピールする。「いや、そういうことじゃないんだけど」と有菊がぼやくと、豪華な髪を後ろに払いながらソフィは答えた。


「そりゃあ、大切な孫だから教えなかったんでしょ?」

「大切なら全部教えて欲しかったよ」

「全部って……。これまでの経緯を知らないキクが、いきなり全貌を知るなんて、さすがにリスクが大きすぎたからよ。状況も刻々と変わってるし。私がキクのことを知ったのも最近なのよ」

「それでも、知ってたら……」

「知ってたら何か変わったの?」

「それは……」


 そう言われて、今までのことを振り返る。

 もし、最初から祖父母がテロリストと戦っていると知っていたらどうしただろうか?

 母親から逃れるために必死だったから、きっと家は出ていただろう。間違いない。そうすると、最初に親切にしてくれた梶田を頼っていたかもしれない。

 梶田が敵対する相手だとわかったのは、結人とリアンに助けられてからだ。

 もし、先に梶田に協力を求めていたなら、最初から詰んでいた。そして、次に頼る可能性が高かったのは美玲だ。どちらにしても、味方である結人とリアンには会えず、囚われて終わっていただろう。

 そう思うと、何も知らずに動いていたほうが、演技の必要もなく、安全だったかもしれない。


「知らなくてよかったかも……」

「でしょ?」


 そして、今回の面会を通じて感じたことを素直に口に出す。


「知らされなかった理由はわかったけど、このコネクション作りはソフィひとりでも出来たんじゃないの? 私はいなくても良かった気がするんだけど」


 ただでさえ回りくどいやり方で進めていた上、ここに収斂する確率を考えると、最初からソフィがやっていたほうが良かったと思うのだ。

 その後ろ向きな発言に、一瞬ソフィは呆れたような表情を見せたが、口に出すことはなかった。そのフォローをするように不破が有菊を諭す。


「それは、アキの祖父母が、いかに影響力があるか把握していないから言える言葉だろう」

「え?」

「自分もこの辺りの事情はそれほど詳しくないが、それでもあの大臣がアキに興味を持っていたのは、それだけ『サニ博士』というのが有名人だからだろう」

「だからって、その孫は関係ないでしょ?」

「大いにあるのよ」


 そこまで聞いていたソフィが、やれやれといった具合に首を振った。


「今日、私ひとりで大臣と会ったとして、同じ結果を得られたかはわからないわ。本当は博士本人が一番効果的だったけど、戦場から抜けられない。そこで孫であるキクなのよ。キクを同席させたことで、成功の確率が上がったのよ」

「……」

「まだわからないの? あの大臣は孫を助けることで、博士たちに恩を売ったのよ。あ、やっと来た」


 運ばれてきたデザートをテーブルに移したソフィは、早速フォークを使って食べはじめた。


「あー、そういうことか。それなら納得」


 祖父母もそれがわかっていて、有菊にこの「おつかい」を頼んだのだろう。有菊の同席までが計画の内だったとわかれば、モヤモヤも晴れる。スッキリしたところで、もうひとつの問題を確認することにした。

 

「私もこれからテロリストと戦うの?」


 もしそうなら、きっとそれなりに準備が必要だと有菊は気を引き締める。

 ソフィは柔らかそうな生地のスポンジをフォークに刺して、口に運びながら不破をちらりと見た。そして、「それは、博士たちも望んでいないわ」と言って、有菊に提案をする。


「大臣の紹介してくれた指導者の協力を取り付けたら、キクはニホンの大使館に庇護を求めるといいわ。そうすればニホン政府の手配で、安全な場所で過ごせるはずよ」

「それがいい」


 不破はソフィの言葉に、頷いて同意する。


「戦場のような危険な場所に、こんな子供を行かせるわけにはいかないからな」


 そして、ソフィも結託したように頷く。


「ええ、せっかくここまで無事に辿り着いたんですもの。博士たちのためにも、キクには安全な場所にいてもらわないと」


 そのやりとりに有菊は微かな焦燥感を覚えた。

 確か、シェルムはみんなで行動すると言ってなかっただろうか?

 それはつまり、結人やリアンはシェルムと共に祖父母のもとへ向かうということではないだろうか。


「ちょっと待って。ここまできてニホンに帰るなんて、私は絶対にイヤ」


 取り残されまいと、有菊はニホンに帰ることを拒否する。


「キクみたいな訓練も受けていない素人が、あそこへ行っても、すぐに殺されて終わりよ」


 現在のナイナイの状況を知っているからか、脅すようにソフィはそう言う。


「それでも、安全なところで、おじいちゃんおばあちゃんたちの心配をしながら待つなんて、私には絶対に無理。できない」


 この先、テロリストとの交戦で誰かが倒れることだってあるかもしれない。それを知らずに、自分だけが安全な場所でのうのうと生活して、あとから事実を知る恐怖のほうが耐えられない。

 それなら、たとえ死と隣り合わせだとしても同行したい。

 駄々をこねる有菊に、ソフィは淡々と現実の話をする。


「そんなわがまま、キクを護衛するものを危険に晒すだけよ」


 有菊は唇を噛み締めて、その役を引き受けることになる不破を見る。しかし、不破はふたりのやりとりを静かに見守るだけで、何も言わない。


「それでも、みんなががんばっているのに、自分だけ離脱するなんてできない」

「もしかして、シェルムが余計なこと言った?」


 必死な様子で有菊が留まろうとしているのを見て、ソフィは鋭い指摘をしてくる。


「それは関係ない。訓練なら今からでも受けるし。体力にも自信あるし、自分の身くらいなら守れるから。不破さんたちにも迷惑かけないようにするから」


 胸に手を置いて、ソフィに訴える。


「と言っているけど、護衛する立場としてはどうなの?」


 デザートを平らげたソフィは、お茶の入った繊細なデザインのカップを手にしながら、不破に尋ねる。


「ここまで頑なにだと、連れて帰ってる最中に脱走されそうだな」


 有菊の様子を見ていた不破は、やれやれと肩をすくめる。そして、表情を変えずに腕を組んだ。


「まあ、今までの行動を見ていると、体力面は問題ないだろう。あとは基本行動の心得と、緊急時対応の習得、そして装備の強化をすれば、生存率は多少上がるだろう」

「それって……」

「ただし、訓練は短期間で行われるから、かなり厳しいものになる」


 不破の言葉に、有菊は「やります。やらせてください!」と立ち上がって頭を下げた。

 早朝の店内は客も少なく、そんな有菊の様子を気にする者はいなかった。そんな静寂の中、クスクスとソフィの笑う声が聞こえる。

 有菊は頭を上げてそちらを見ると、ソフィは目を細めて「合格よ」と言った。


「え?」

「そこまでの覚悟があるのなら、合格だって言っているのよ」

「合格?」

「これも博士たちからの要望だったのよ」

「え?」


 どうしてもニジェア共和国に行きたいと言った場合は、その覚悟を聞くようにと。それで、行く意思を曲げそうにない場合は行かせてやって欲しいと、祖父母はソフィにお願いしていたらしい。


「うー」


 それを聞いて、有菊は力が抜けたようにストンと椅子に座って、頭を抱えた。

 どこまでも祖父母の計画の範囲に入っていることに悔しさが込み上げてくる。ここまで性格を読まれていると、ちょっと恥ずかしさすら感じる。

 しかし、これで置いていかれることはなくなったのだ。


「まあ、博士たちの手のひらで転がっている内は安全だから、行ってきなさい」


 ソフィの優しい声につられ顔を上げると、ソフィは再びお茶を口に運んでいた。


「ソフィは行かないの?」


 あれだけ熱心に大臣にも交渉をして、故郷であるナイナイをテロリストの手から取り戻したいと願っていたのだ。当然行くものだと決めつけていたが、ソフィは小さく首を横に振った。


「行かないわ。私には他にやることが山ほどあるから」


 その見据える目は、有菊に想像できない遠いところを見ているようだった。

第3章はここまでです。

閑話を挟み、第4章へ続きます。

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