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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第3章 前進
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第47話 賑やかな部屋

 結人の境遇に、有菊とシェルムは言葉に詰まった。


「ふたりとも、そんな顔しなくてもいいよ。昔の話だし、俺はもう気にしてないから」

「でも……」


 口籠る有菊と、顔を強張らせているシェルムに、結人は柔らかい口調で補足する。


「ある日、久しぶりに寄宿舎から家に帰ったら、もぬけの殻だったんだ。どうも夜逃げをしたみたいで」

「夜逃げ?」


 シェルムは、前のめりになって眉をあげる。


「そう。あとから調べてわかったんだけど、俺の両親、結構やばいとこに借金作ってたみたいで、返せなくて逃げたって」

「借金って、何に使ってたんだよ」

「フルダイブのオープンワールドRPG。ふたりとも廃課金勢だったから、たまに家に帰ってもゲームばっかりしてたし」

「あー、そういう大人、多いよな」


 そして、しばらくは寄宿舎に引きこもっていたという。

 その間、当時の共同体が保護者を引き受けてくれる人を探していたらしいが、親類たちは面倒ごとに関わりたくないと、誰も引き取ろうとしなかったという。困っていたところに、有菊の祖父母が手を差し伸べたらしい。

 結人は、少し懐かしそうに笑みを浮かべた。


「両親には感謝してるんだ」

「え?」

「俺を置いていくっていう選択をしてくれたから」

「確かに不安定な環境に連れ回されるよりは、まだ安全な寄宿舎に残してくれたほうがいいよな」

「うん。おかげで師匠にも会えたし」


 無責任な親のようにも思えるが、最後の選択が結人にとっては最善のものだったのが救いだ。


「こうやって話すと、普通の親っていないものだね」

「確かに。普通ってよくわかんねーけど、なんかこの中じゃ、俺の親が一番まともじゃん」

「でも、本人がどう感じるかだから、そこに上下はないんじゃない? ほら、側から見ると大変そうな親でも、仲良い子もいるしさ」

「まー、そー言ってもらえると、気が楽だわ」


 そんなことを話しているうちに最寄りの乗降場に到着し、全員エアカーを降りた。

 そして、レンタルハウスに向かって歩きはじめると、少し珍しい組み合わせになった。「リアンとも交流したいからさー」と、シェルムがリアンを引き留めてコソコソと話しはじめたので、仕方なく有菊と結人、六条の三人で先に行くことになった。


「そういえば、アキくんも結人くんも、AI先生はダウンロードしてないんだな」


 AI先生とは、未成年が様々な相談をする相手として作られたAIだ。恐らく、ほとんどの子供が自分のデバイスに入れているはずだ。どんな時にも寄り添ってくれる、心強い存在なのだ。

 AI先生を入れている子は、大抵「先生」と話しかけてから使い始めるので、六条は有菊も結人もその呼びかけをしていないことで判断したのだろう。


「私は、昔は使っていたんですが、なんか虚しくなっちゃって削除したんです」

「どういうことだ?」


 六条は興味深そうに聞いてきた。


「ほら、あれって、一方通行で悩みとか愚痴とか言うために作られている部分が大きいじゃないですか」

「まあ、そうだな。子供のメンタルケアのために作られた部分が大きいからな」


 頷きながら、六条は同意する。それを見て、有菊もひとつ頷く。


「そう。その一方的で、ただ自分の負の感情を昇華するために使うっていうのが、なんか個人的にダメだったんです」

「なるほど」


 あまり同意はしてもらえていない雰囲気を感じ取りながらも、話を続ける。


「どうせなら愚痴なんかはお互い言い合ったり、きれいな景色とか美味しいものとかも共有したり……、そういうことができたらなって。でも、AI先生はデバイスの中にしか存在しないし……。場所というか、ほら、置かれている立場も違うから」


 上手く伝えられなくて歯痒そうに話す有菊に、それまで黙って聞いていた結人がボソッとつぶやいた。


「もしかして、対等だったらよかった?」


 その言葉に、なにか優しさのようなものを感じとった有菊は、隣を歩く結人を見上げる。


「うん……そう、対等。AI先生と対等だったなら、色んなことを分かち合えたりして、きっと楽しいのにって思ってた。でも人間より能力が高いのに、人間の感性に付き合わせるのも、なんだか申し訳なくて」


 そう有菊が答えると、結人はその複雑な思いを咀嚼するように頷く。AIは便利なツールのひとつとして扱うことが主流の世の中だ。その中で有菊の考えはマイノリティだと自覚しているので、鼻で笑われることも覚悟していた。しかし、少なくとも結人は馬鹿にしたりはしなかった。

 六条は何を思ったのかはわからないが、有菊の話をそれ以上は掘り下げることなく、結人に興味を移した。


「なるほど。結人くんは?」

「俺は、師匠から、自分の頭で考えたり悩んだりする癖をつけたほうが良いって言われて、すぐに削除しました」


 どうやら結人は、かなり受け身な性格だったようで、祖父母と出会うまではAI先生に頼りきりだったという。しかし、祖父母との間で何かあったようだ。それをきっかけに、結人は有菊とは異なる理由でAI先生の使用をやめたらしいが、詳細は教えてもらえなかった。



 レンタルハウスの前に到着すると、シェルムは「じゃあ、俺はこのまま寄宿舎に帰るわ」と言い出した。そして、「またなー」と大きく手を振って去っていく。

 てっきり今日もここに泊まるとか言い出すのかと思っていたので、ちょっと意外だった。名残惜しそうに何度も振り返る後ろ姿を見送っていると、有菊は装着しているメガネが、とあるシグナルを受信したことに気がついた。

 シェルムの見送りを終えると、急いでレンタルハウスの中に入り、中庭に降りた。

 そこには蝶型のドローンが落ちていた。


「良かった。無事にここまで戻って来れたんだ」


 あの軍事衛星で攻撃された場所からここまで、かなりの距離があり、ずっと信号を受信できていなかったので、ちゃんと戻ってくるか不安だったのだ。

 慎重に地面から拾い上げ、外傷の確認からしていく。すると、いくつかのパーツが欠落していることに気付いた。ここに飛んでくるまでに、相当消耗してしまったのだろう。電源を入れて確認すると、内部もかなりの機能がダウンしていた。


「これは完全にパーツを変えないとダメだよね」


 ソフト側でどうにかできる不具合ではなさそうだ。

 しかし、これは祖母からの贈り物で、まだ一度も分解したことはない。これだけの機能を搭載しているのだ。有菊の生半可な知識で修理できるとは思えない。

 どうすることもできずに、中庭で蝶のヘアクリップを手のひらに乗せて立ち尽くしていると、「壊れたの?」と結人が声をかけてきた。突然声をかけられたからか、心臓がドクンと跳ねた。

 振り返ると、そこにはひとり佇む結人がいた。


「あ、うん。酷使しすぎたせいで、調子が悪いみたい」


 ドキドキしながらも、有菊は平然とした声でそう言うと、結人は中庭に降りてきた。そして、蝶型ドローンを触らずに肉眼で確認する。さらに、首にかけていたゴーグルを装着して、何か操作をしはじめた。

 しばらくあれこれ作業をした後、ゴーグルを外し、頭を軽く振って、目にかかった髪を払った。


「それ、直せるかも」

「ほんと?」


 祖母がこれを作成している時にそばにいたのなら、制作過程を知っているのかもしれない。有菊はそう思い、目を輝かせて結人を見上げた。すると、結人はサッと目を逸らしてしまう。そして有菊から蝶型ドローンを受け取ると、「一晩借りる」と言って部屋へ戻ろうとした。


「一晩じゃなくても、直るならいくらでも待つから。修理、よろしくお願いします」


 有菊はどうしても直してほしくて、結人に丁寧にお辞儀した。すると、「そんな頭下げなくても、できる限り直すから」と、結人は困ったように有菊の下げた頭に声をかける。

 確かにこれはよそよそしいかなと頭を上げてみたが、今度はどんな顔をしたらいいかわからず、とりあえず「よろしくね」と笑ってみる。

 それを見た結人は、「あ……」と呟いて有菊を見つめた。そしてしばらく逡巡した後、「……じゃあ、おやすみ」と部屋に戻っていってしまった。

 なんてことないやり取りなのに、妙に緊張してしまった有菊は、変な笑顔になっていなかったかなと火照った頬を触りながら、自分の部屋へ戻った。



 その日の夜、部屋でくつろいでいた有菊のメガネに、リアンが作ってくれたトークルーム『子供部屋』のアプリが立ち上がった。


「え? なに?」


 驚いて子供部屋を眺めていると、突然シェルムが現れた。


「イヤッホーイ」

「なんでシェルムがここにいるの?」


 有菊は思わず疑問をシェルムに投げかける。


「リアンが誘ってくれた」

「脅したんじゃなくて?」

「おい、キク! 俺はそんなことしねーよ!」

「はい。僕が誘いました」

「へー」

「反応うすっ」

「あー、今日はありがとね」

「おお」

「シェルムはまた寄宿舎暮らし?」

「まあ、しばらくは」

「どこか行くの?」

「ああ」

「じゃあ、その前にまた会えるといいね」

「何言ってんの?」

「え?」

「そん時は、お前らみんな一緒だよ」

「え?」

「もしかして師匠から何も聞いてないのか?」

「おじいちゃんから?」

「あー、有菊ちゃんはまだ何も知らないんです」

「ちょっと待って。リアンくんも何か知ってるの?」

「ごめんなさい。まだ言っちゃダメって」

「おじいちゃんが?」

「そうなんです」

「なんで?」

「明日の面会が終わったら伝えるようにって言われてて」

「えー! そうなの?」

「お前が先走って言うから」


 そこまで見守っていた結人が会話に入ってきた。


「え? 俺のせい?」

「シェルムさん、困ります」

「えー」

「明日の会見が終われば教えてくれるのね?」

「はい」

「じゃあ、仕方ないか」

「どんなけ素直なんだよ!」

「リアンくんを困らせたくないし」

「リアン、お前いいな」

「有菊ちゃんは素直で優しい子だと、おじいちゃんもおばあちゃんも言ってました」

「本当に? 嬉しー」

「まあ、口を滑らせて悪かったよ」

「いいよ」

「じゃあ、明日がんばれよ」

「うん。ありがとー」

「あ、そういえば、ここでの会話はここだけの秘密な。バレたら師匠に怒られるんだよ」

「あはは」


 それからしばらくの間、子供部屋はシェルムを中心に盛り上がり、日付が変わると同時にお開きになった。


 ついに今日、当初の目標であった、国の主要人物との面会が行われる。有菊は緊張しつつも、面会にソフィと不破が同席すると聞いているので、そこまで心配することもなく眠りについた。

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