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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第3章 前進
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第46話 小雪をくれた理由

 ソーラーパワープラントを出ると、すっかり昼食の時間になっていた。当初の予定では、暮らしている町まで戻ってから昼食をとる予定だったのだが、すぐに食事をしたいシェルムの案内で、ここに来る途中の町にあった小さな食堂で空腹を満たした。

 その後は、拡張現実(AR)で賑やかに装飾された歴史的な建造物を見学したり、中心部から外れた怪しげなデバイスショップであれこれ見て回った。どこも、ニホンとは違う独特の雰囲気があり、乾燥した暑さの中、どこかから漂ってくるスパイシーな香りが異国にいるのだということを実感させた。


 帰りは急な仕事が入ったとのことで、六条が作業に集中するため、エアカーの座席の配置を変更してひとりで座ることになった。そのため、六条を除く四人で向かい合って座り、動き出した車内で子供だけの会話がはじまった。


「そういえば、シェルムは寄宿舎に住んでるって言ってたけど、自宅は遠方にあるの? 家が無いってどういうこと?」


 すでに卒業していると言っていたシェルムが、あえて寄宿舎で寝泊まりしているというのだ。教師としてか、作業員としてかはわからないが、職場である学校まで通えないから、寄宿舎にいるという話かもしれない。そう思って聞くと、シェルムは「言ってなかったっけ?」と首を傾げた。


「俺はこの国の出身じゃないぜ」

「え? そうなの?」

「あー、俺は師匠と同じニジェア出身」

「隣国のニジェア共和国?」

「そそ」


 ものすごく馴染んでいたので、てっきりこの国の出だと思っていた。


「じゃあ、いつこの国に移住したの?」


 シェルムは上を向いて思い出すような仕草をすると、「二年くらい前、かな」と答えた。


「そうなんだ」

「この国に入ってから、すぐに家族はまた別の国に移住してさ。ここには俺ひとりしかいないから、ソフィが用意してくれたとこに適当に暮らしてるんだよね」


 だから基本、寄宿舎にいるのかと納得した。

 連絡が途絶えた時期もその頃なので、移住の準備で忙しかったのかもしれない。


「おじいちゃんたちはもっと昔に移住してたけど、シェルムは最近なんだね」

「まあ、別に国土全体が危ないわけでもねーし」


 ニジェア共和国は、一部の地域がテロリストの支配下に置かれていると聞いている。シェルムとその家族は、その影響で出国を余儀なくされたのかと思ったが、別のきっかけで国を出たのかもしれない。

 しかし、そんな人様の家庭事情まで踏み込むのもどうかと、話題を切り替える。


「話は変わるけど、シェルムはなんで小雪をくれたの?」


 名前を呼ばれた小雪はバックから顔を出す。


「ああ、こいつな。かわいいだろ?」

「うん。すごくかわいい。でも、もらう理由がないんだよね」


 真上を見上げている小雪のあごを、有菊は指で撫でる。すると気持ちよさそうに少し目を細めた。その姿に有菊は笑みを浮かべてからシェルムを見る。


「いやー、実はさ……」


 なぜか言いづらそうにしているシェルムは、頭を掻きながら話しはじめた。その内容は、有菊の想像の斜め上をいっていた。


 シェルムは、自分の母親と有菊の母親、どちらが親として未熟なのかを比べていたという。


 ()()()()知り合った有菊は、自分と同じように母親との関係に悩んでいた。そして話を聞く限り、いい勝負だと思ったらしい。

 シェルムの母親は、あれこれ口を挟むタイプの親らしく、幼少期から教育熱心で、それを窮屈に感じていたシェルムの、もっと自由にやらせてほしいという主張を聞き入れてもらえなかったという。あまりにも口やかましいので、その反動でシェルムは母親が嫌がるようなことをしはじめたらしい。

 内容は教えてくれなかったが、暗に移住のきっかけをシェルムが作ったと言っている気がした。

 そして、有菊から「卒業したら家を出ようと思う」という連絡を受け、シェルムはひとつの賭けをしたという。


「これは自分の母親にもしたんだけどさ」


 筋書きはこうだ。

 ペットロボ(メカティア)が当選したという連絡を入れて、実際に実物を親の手元に送りつける。そして、ペットロボ(メカティア)に添えられた文章に、自分のペットにもできるし、子供の監視にも使えることをさりげなく書き込み、その選択をシェルムの作ったサイトで選ばせるというものだった。

 相当巧妙に誘導したらしく、どちらも簡単に騙されたという。そして、シェルムの母親は自分のペットにしてしまったらしいが、有菊の母親は子供の監視を選んだのだ。

 しかも、最もプランの高い常時監視を選択したらしい。


「え? それじゃあ今も監視されてるってこと?」


 ギョッとして、つぶらな瞳をこちらに向けている小雪を見る。


「まっさかー。キクの親にはAIで適当に作ったダミーの映像を送り続けてるよ。もちろん俺ものぞき見の趣味はないし。心配なら初期化しても大丈夫だぜ」

「いや、そこまでは……」


 シェルムの言葉に、今までの母親の発言の謎が解けた。有菊の生活を「色々わかってる」や、「落ち着いている」と言っていたのは、ダミーの映像を見ての言葉だったのだ。

 不審に思っていた母親の言動の根拠がわかると同時に、なぜあんなにも簡単に、祖父母の元へ行くことを許したのかもわかった。


「いや、マジでキクの母親はやばいね」


 常時監視なんて、子供のことを一切信用していない上に、プライバシーも無いと言っているようなものだ。


「よく、あの支配下でここまで育ったな」


 それは学校に寄宿舎の制度があったからだろう。

 実は学校に入学した子供の多くは、寄宿舎に入る。強制ではないが、友達も入っているからという理由で途中からかなりの子供達が選択する。また、親が積極的に入れる場合もあるが、こちらは思惑が様々だ。

 学校から家が遠い子供はもちろん、保護者が不在がちな子供、家に居ることが苦痛な子供などはその制度の恩恵を多大に受けている。

 しかも寄宿舎に入ると、家族との連絡も基本はできない。必要なら面談室を使うのだ。それは、様々な事情で家族と会えない子供がいるので、その子たちに配慮してのことだというが、有菊はこのルールに救われていた。

 もし頻繁に親と会いたいなら、家から通うだけなので、そのルールで問題になることはないと聞いている。


 ちなみに寄宿舎には大人がほぼいない。

 AIによる運営で、作業ロボットや警備ロボットはいるが、人間の大人は見かけない。寄宿舎の運営は、子供達が自主的に行うことになっていて、それは年齢による割り振りではなく、適正検査の結果で決められている。

 有菊も検査の結果、それらの役割の一端を担っていた。


 有菊はかなり早い段階から、通えるにも関わらず寄宿舎を選択した。母親には友達と離れたくないという理由で押し切ったが、実際は家にいたくなかったのだ。

 そして、週末に家に帰ることを条件に、寄宿舎に入ることを許してもらっていた。


「反面教師なのかなぁ。ああはなりたくないって思って今まできたから」

「じゃあ、キクにとってはいい親だったのか」

「いやいや。私だって信頼できる親、欲しかったよ」

「ま、それもそうか」

「でも、仕方ないよね」


 有菊は肩をすくめた。

 するとシェルムは、人差し指を立ててクルクルと回しながら、「できれば、成熟した大人が親をやってくれるとありがたいよな」と言った。


「うんうん。自分が絶対的に正しいって信じ切ってる親は、ほんとに厄介だよ」

「なー」


 ひとしきりふたりで共感をしたあと、ふと思いついたようにシェルムは結人に話を振る。


「ユイトの親はどんな親なんだよ」


 兄弟弟子(きょうだいでし)という設定でのやりとりに飽きたらしいシェルムは、結人にそう声をかけた。すると結人はサラリと答える。


「俺は親に捨てられたから、どんな親かよく知らない」

「え?」


 初めて聞く事実に、有菊は思わず声を漏らした。

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