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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第1章 ふたりのいない町
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第5話 隣人のお節介

 現場検証の時に気がついたが、有菊の部屋を祖父母はちゃんと用意してくれていた。


 その部屋の壁紙は、有菊が好きな青色に変更されており、そこに飾られているポスターは、有菊の好きな軟体動物をデフォルメしたようなキャラクターだった。

 デジタルアートフレームらしく、スワイプすると他のイラストが出てくる。しかし、それらは元から入っていたものらしく、すぐに最初のイラストに戻した。

 

 それ以外にはベッドとサイドテーブルくらいしかない。そして、荒らされた様子もなかった。クローゼットも空っぽなので、正確には、荒らすようなものが何もなかったのだろう。

 おかげで、なんとか寝る場所が確保できた。


 ある程度まで片付けを終え、ふと真っ暗な窓の外に目を向ける。


「今、何時だろ?」


 片付けをはじめた時から、すでに薄暗かったので時間経過がわからない。メガネを触れて、ディスプレイを確認すると、すでに深夜にさしかかる時間だった。


「今日はこれくらいにしておこう」


 衣服の汚れを取り除くクリーナーボックスは、最新のものが据え付けられていたので、それを使って着ていた衣服を全て洗浄した。水も使わないため、様々なデバイスをつけたままでも洗える優れものだ。

 有菊自身は、体の疲れもとりたかったので、ミストサウナに入った。


 きっと眠れないだろうと横になっていたが、意外と疲れていたのか、いつの間にか眠っていた。



 翌日は朝から引越しの荷物が届くので、先に動線になりそうな箇所と自分の部屋を掃除する。


 指定しておいた時間帯になると、昨日と同じ服装で掃除していた有菊は、リビングの掃き出し窓を開ける。

 すると、薄曇りの下、引越し荷物がドローンで運ばれてくるのが見えた。

 どうやら有菊の荷物が到着したようだ。


 二機のドローンで運べる量だったようで、十分な広さのあるベランダに荷物を置くとすぐに飛び立って行ってしまった。

 どこに飛んで行くんだろうとベランダから身を乗り出して眺めていると、インターホンが鳴った。急いで出ると、こちらも有菊の荷物で、精密機械だったのでわざわざ手で運んできた人が、玄関の外まで来ていた。

 それを受け取ると、引越し荷物の受け取りは完了だ。

 すでに引越し料金は支払い済みなので、受け取りのチェックだけ済ませると、隣の玄関ドアが開いた。


「おはよー。昨日は眠れた?」


 ダボっとした部屋着のお隣さんが、片足だけ廊下に出して、首を傾げながらこちらに声をかける。


「はい。おかげさまで。肉まん、すごく美味しかったです。ありがとうございました」

「それはよかった。で、朝ごはんは食べた?」

「いえ、まだです」

「じゃあちょっと待ってて」


 そう言うと、一度部屋の中に戻っていった。そして、今度はトレイにどんぶりを二つのせて廊下に現れた。


「はい。これお粥。よかったら一緒に食べよ」


 れんげも添えられている。


「美味しそう」

「でしょ! さ、冷める前に食べよー」


 お隣さんは器用にトレイを片手に、もう片手で有菊の背中を押して、まだ引越しの荷物を取り込んでいないのに、こちらの部屋に入ってきた。

 

「え? あの」

「ささ、早く早く」


 そう言うと、あっという間にリビングまで入り、ダイニングテーブルにトレイを置いて、椅子に座るように手招きされた。


「はいっ、食べるよー。いただきます」

「は、はい」


 まだ荷物を取り込んでいないが、雨は降らなさそうだし、まあ良いかとお隣さんの正面に座る。

 そして、まだ湯気が上がっているお粥をひと匙すくい、口に運んだ。


 その味は優しく、ほんのり塩味がきいていて、するすると入っていく。搾菜とネギがアクセントになって、あっという間に完食してしまった。

 

「ちゃんと食べられる様子が見られてよかった」


 お隣さんは優しく笑って、止めていた手を再び動かして食べはじめた。


「昨日から、なんかすみません」

「いやいや、それはこっちのセリフ」

「え?」

「だってさ、どう考えても昨日のあの状態で、こんな可愛い子をひとりにするべきじゃなかったのに。なんか踏み込めなくて、結局一晩ひとりにしちゃったの、後悔してたんだー」


 それは有菊が大丈夫と壁を作ったからで、決してお隣さんが、気に病むようなことではない。


「だから、一晩ドアの前で不寝ねずの番しちゃった」


 テヘッと笑うお隣さんの目の下にクマができているのを見て、それが冗談なのか本気なのかわからず、有菊はひきつった笑みを浮かべた。


「そこは突っ込むとこだよ」

「はあ」

「もー、ほんとに可愛い」


 なぜかすごく気に入られたことだけはわかったが、いまいち距離感を掴みかねていると


「ワタシはミレイ、王美玲(おうみれい)っていうの」


お隣さんはニコニコと自己紹介をした。


「私は有菊です。みんなからアキとかキクって呼ばれてます」

「じゃあ、アッキーね」


 機嫌良く有菊の呼び方を決めると、最後の一口を食べ終えてから、まだ片付けが終わっていないリビングを見回した。


「しかし、本当に空き巣の仕業みたいねー」

「ですね。さすがに片付け下手というには、不用品っぽいものがないですし、やっぱり空き巣だと思いました」

「ワタシさ、今日は仕事休みなんだ。だから、貸してた本を探すついでに、一緒に片付けさせてもらってもいい? 引越しの荷物も運び入れるよー」

「え、それは申し訳ないです」

「いいの、いいの。こういうのは人数が多い方がいいから、ね?」


 有無を言わせない圧を感じて、有菊は美玲の申し出を受けることにした。


「じゃあ、よろしくお願いします」


 美玲の言う通り、ふたりで作業をはじめると、みるみる片付いていった。今日一日は潰れると思っていたのに、午前中で片付いてしまった。


「まさか、こんなに早く片付くなんて思わなかったです」

「でしょ? やっぱり人数多い方がいいんだよ」

「本当にありがとうございます」

「いいの、いいの」

「でも、美玲さんの本、見つかりませんでしたね」

「んー、そこまで価値のあるものじゃないんだけどな」

「祖父母が持ち出してる、なんてことは無いですよね」

「多分。持ち歩いて読むようなものでもないからなー」

「どこかに入り込んでいるかもしれないので、また見つかったら持っていきますね」

「うん。助かる」


 そうして美玲を見送ってから、有菊は自室の荷物を開封して、すぐに使う服やお気に入りのクッションなどを出した。

 大した荷物はないので、あっという間に終わり、もう少し配線など整えたかった祖父母の部屋へ行く。


「しかし、お金になりそうな最新のデバイスとかはそのままで、一体何を持っていったんだろう?」


 リビングに放置された最新のハードウェアは、処理能力が格段に高く、ゲームをする人たちの間で人気だった気がする。

 どちらかゲーマーだったんだろうか?

 そもそもふたりは海上農家をやっていて、そこまでお金持ちというわけでもないはずだ。少なくとも、資産家なんて話は聞いたこともない。

 どういう基準で空き巣をしているのかわからないけれど、金目のものを持っていっていない時点で謎だ。


「何か珍しいものを持ってたのかな?」


 そういう情報は、まことしやかにネットの情報板に書かれていたりする。

 有菊も念のため、作業の合間に、そういう怪しいサイトに祖父母の情報が書き込まれていないか検索してみたが、まったく引っかかってこなかった。


 この辺りは治安も悪いし、もしかしたら最新のハードウェアとかわからなくって、もっと安易に現金とかを狙っていたのかも?

 でも、現金なんて有菊も見たことはないし、そんなものを部屋に持っている人なんているんだろうか?


 首を傾げながら、この空き巣の犯人像をあれこれ想像したが、しっくりくる理由を導き出すことができなかった。


「そういえば、ここ以外にトランクルームを借りてなかったっけ?」


 六歳の頃の記憶なので曖昧だけど、散歩がてら海沿いのコンテナが積まれたところへ、何かの荷物を取りにいった気がする。


「あの時はおじいちゃんが連れてってくれた気がするな」


 古い記憶を辿るように、有菊は視線を彷徨わせる。しかし、ぼんやりとした記憶は、新しい情報を与えてはくれなかった。


「まだ借りているのかわからないけれど、この辺の環境も知りたいし、取り敢えず行ってみようかな」

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