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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第3章 前進
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第44話 久しぶりの帰還

 学校の寄宿舎に戻ったふたりは、すぐにソフィの元へ向かった。

 呼び出された場所は、ソフィが私的に使っている部屋のようで、有菊は初めて中を見た。その室内は、絵に描いたような美少女であるソフィの外見からは想像し難い、かなりの汚部屋だった。

 開いたドアの外から覗くと、先に部屋に入った着ぐるみ姿のシェルムが、床に落ちた物を拾い上げて、有菊の通り道を作っていた。ソフィはさらに奥のリビングルームのような場所の片付けをしている。


「また清掃ロボ、追い出したのかよ」

「だって、あいつら床の大事な資料まで吸い込むんだもん」

「だったら床に置かなきゃいいだろ?」

「そんなことに構っていられないの」

「ルイはどうしたんだよ?」

「今、出張中」

「ほんと、ソフィはルイがいないとダメだよな」

「アンタに言われたくないわよ」


 シェルムとソフィの、気心の知れたやり取りを目の当たりにして、ふたりの仲の良さを実感した。


「で、そっちはどうだったのよ?」


 ソフィは、とりあえず人が座れるようになった部屋に有菊を通して、今回の首尾に耳を傾けた。

 そして一通り報告が終わると、ソフィは立ち上がって何かを探しながら有菊に話しかけた。


「キク、明後日の午前に宗教省の大臣に会わせるわ」

「え?」

「やっぱりな。キクは今回いい働きしたもんな」


 シェルムがウンウンと頷いていると、ソフィは何か手に持って戻ってきた。


「シェルム、アンタはいつも詰めが甘いのよ。なんだか嫌な予感がしたからキクを行かせたんだけど、正解だったわ」

「いやー、それはホント助かったよ。さすがソフィ」

「助かったよ、じゃないわよ。キクに怪我までさせて。ちゃんとお礼とお詫びはしたんでしょうね?」

「あー、忘れてた。キク、今回は助かった。あと無理させてごめん」

「え? ああ、いいよ。私が強引にやったことだし」

「キク、ここはちゃんと謝罪を受けなさい。元々はシェルムひとりで完遂するミッションだったのに、失敗した尻拭いをさせられたんだから」

「あ、はい」

「シェルム、お礼と謝罪はちゃんと顔を合わせてしなさい。そんな着ぐるみのふざけた顔でするものじゃないわ」


 そう言われて、エアカーを降りてからここまで、ずっと被っていたライオンの顔をやっと脱いだ。

 そして素顔を出したシェルムに、ソフィは思い切りデコピンをした。相当痛かったのか、もう一度お礼と謝罪をする間、ずっと涙目で額を押さえていた。

 それが終わると、ソフィは有菊の前に来て、手に持っていた小瓶と湿布のようなものを複数枚くれた。


「まずはこれを飲んで。炎症に効く薬よ」


 そう差し出された小瓶を、有菊は言われるがままに飲んだ。

 正直、もう平静を装うことができないくらい足の痛みがひどく、このままでは歩行に支障をきたしそうなくらいだったので、鎮痛薬はありがたかった。


「それから、これも今すぐ貼りなさい。即効性があるから、明日にはかなりよくなっていると思うわ」


 そちらも即効性という言葉に飛びついて、早速痛みを感じている箇所に貼っていった。


 そんな風にソフィのテンポに流されそうだったが、すごく重要なことを最初に言われた有菊は、タイミングを逃したなと思いつつソフィにお礼を言った。


「紹介の件、ありがとう……ございます。あと薬も」

「前から思ってたけど、そんなに私に対して畏まらなくていいわよ」


 なんとなくお願いする側だったので下手(したて)に出ていたのだが、ソフィがそう言ってくれたので、不慣れな敬語をやめることにした。


「わかった。じゃあ普通に話すね。それで、次の人を……宗教省の大臣を紹介してくれるって、本当にいいの?」

「もちろん。まあ、私というよりはパパにお願いしていたの。それでやっとOKをもらえたのよね」


 金持ちの子供だとは思っていたが、そこまで権力を持っている家の子供とは思わなかった。

 しかし、これでダナメ共和国のトップに近しい立場の人間とコネクションを作るという、当初の目的が達成できそうだ。これまでの三ヶ月間が報われたことに有菊はホッとした。


「きっと次のフェーズに移るんだろうから、一度レンタルハウスに戻っていいわよ」


 相変わらずソフィは、この先を知っているかのような発言をする。しかし、どうせ聞いても教えてもらえないのがわかっているので、その部分はスルーする。


「いいの?」

「そりゃあ、ここで働いてもらえるなら、いくらでもいてくれて構わないわよ。仕事は山ほどあるからね」


 常に忙しそうなソフィは、ニヤリと笑って豪華な長い髪を後ろに軽く払った。そして、さらに(あで)やかに微笑む様は迫力がある。

 しかし、有菊はその空気に流されないように、気を付けながら言葉を選んだ。


「久しぶりにみんなの顔も見たいし……、リアンくんもお兄さんと会いたいだろうから、ふたりで戻らせてもらうね」

「そう。とっても惜しいけど、仕方ないわね」


 リアンは置いておくように言われるかと思ったが、ソフィはふたりが戻ることをすんなり許可してくれた。



 そうして三ヶ月ぶりに、有菊とリアンはレンタルハウスへ戻った。

 実はトークルームで頻繁にやりとりしていたので、あまり久しぶり感はないのだが、実際に面と向かって会うと、やはり久しぶりな感じがした。


「で、そのうしろの子供は誰だ?」


 出迎えた不破が不機嫌そうに聞いてきた。

 どうやら子供が増えるのは不破にとっては問題らしい。有菊とリアンの後ろにいるシェルムを、腕を組んで値踏みしている。

 ちなみにライオンの着ぐるみは相当高価なものらしく、欲しがるシェルムからソフィが取り上げていたので、今はマスタードイエローのカーゴパンツに白いロングTシャツというラフな格好だ。


「あー、こちらは私の友達のシェルム。メッセージではやりとりしたことあったけど、会うのは初めてだったから、もう少し交流したいってついてきちゃった」

「へー」


 今度は不破の後ろでひっそりと佇んでいた、フードを被った結人が、少し不機嫌そうに返事する。


「あれー? なんか俺、歓迎されてないみたいだなぁ」


 そう言いつつもヘラっと笑ったシェルムは、さして気にする様子もなく、有菊たちを押しのけて家に上がり込んでいった。


「シェルムというのは、もしかして?」


 リビングの入り口で待ち構えていた六条は、シェルムがリビングに入っていくのを見送り、続いて入ろうとする有菊に話しかけた。


「はい、小雪をくれた人です」


 すると、名前を呼ばれたと勘違いした小雪が、ペットホルダーから脱出して有菊の肩に座り込んだ。

 リビングに入ると、シェルムはすでにひとりがけのソファを陣取り、部屋の中をキョロキョロと見渡していた。

 

「シェルムくんはアキくんとは付き合い長いのかい?」


 どうやら六条は他のふたりと違い、シェルムに対して友好的なようだ。近くのソファに腰をおろし、ソファの上であぐらをかいているシェルムに話しかけた。


「まあ五年くらいの付き合いですかね」


 そう答えるシェルムは、ニヤッと笑ってなぜかリビングの入り口に立っている結人を見た。


「でも、その間のやりとりって、そんなに多くないよね」


 なんか変な誤解が生まれそうだから、有菊はシェルムとは対角のソファに座りながら、しれっと訂正をする。


「あれ? そうだっけ?」


 とぼけたようにシェルムは首を傾げるが、有菊はさらに付け加える。


「だって一年くらい連絡なかった時もあったじゃない」

「あー、あったね。確かに」

「私のほうも勉強で忙しかったし、実際にやりとりしてたのって、そんなに多くなかったよね」


 なぜこんな言い訳みたいなことを、この場で必死にしているのかわからないが、とにかく事実をできるだけ伝えた。


「へー」


 いつの間にか有菊の後ろのスツールに座っている結人が興味なさそうに相槌を入れる。


「ところで、キクはここに来てからあまり出かけてないんだろ?」

「え? ああ、そうだね。なんかやることが多くて、全然出かけてないかな」

「だったら俺が案内するからさ。明日、出かけようぜ」

「それなら、僕も行きたいです」


 ここで静かに結人の横で座っていたリアンが、急に割り込んできた。


「それだと、私も護衛でついて行かないとな」


 六条も参加を表明する。


「ここの警備は任せておけ」


 不破は得意げに胸を叩いた。


「あー、もー、わかったよ。なんだよ、せっかくキクとふたりで行こうと思ったのに」


 口ぶりは不満げだが、顔は楽しそうだ。きっと、自分たちのエコミュニティを見てもらうのが楽しみなのだろう。


「じゃあ、明日の早朝に出発しよう」

「わかった。ちなみにシェルムの家はどの辺なの?」


 明日の早朝に待ち合わせなら、先に集合場所を決めたほうが良いだろうと、有菊はシェルムに確認した。すると、シェルムは頭の後ろに手を組んで答える。


「家? 無いよ」

「え? じゃあ普段はどこにいるの?」

「寄宿舎が多いかな。あそこ色々揃ってるし」

「へー、じゃあまた戻るんだ」

「いや、今日はここに泊まるよ。朝早いしね」

「そうなの?」


 シェルムの発言に、有菊は驚く。


「どうせ今晩だけだし、リビングで寝させてもらうしさ」

「えーっと、これはいいんでしょうか?」


 そう六条のほうを見ると、「まあ、アキくんの友人だし、一晩くらいいいだろう」と許可がおりた。


「やったね。話がわかる人でよかったわー。じゃあ今晩はここでニホン食パーティーだ!」


 両腕を上に突き上げて、嬉しそうにいうシェルムの言葉に、有菊は六条と顔を見合わせた。


「あー、シェルムくん。残念なお知らせなんだが」


 有菊が言いにくそうにしているのを見て、六条が咳払いをしてからシェルムに伝える。


「ここで炊事は一切していないんだ」


 そうなのだ。

 ここにいつまで滞在するか分からないので、下手にそういった調理関連のものは買っていない。急な移動で食材を無駄にすることもできないので、食事は基本温めるだけで食べられるミールキットかテイクアウトなのだ。

 しかし、ニホンの食事を楽しみにしていたらしいシェルムに気を遣ったのか、六条はキッチンのほうを指差した。


「ああ、でもレーションでよければニホンのものがあるぞ」


 その不本意なお知らせに、シェルムは頭をぐしゃぐしゃして上を向いた。


「そんなのいらねーよ!」

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