第43話 作戦決行
荒野の中に、慌てて逃げ出す少女の姿が見える。
そこは、ルシオ共和国が軍事衛星で撃破した場所だった。建物は原型もなく吹き飛び、コンクリート片や鉄パイプなどが飛び散っている。そして、その中心部は大きく抉られた穴があり、衝撃の大きさを示している。
一台の大型エアカーがその場所を目指し、制限速度を無視した速度でやってくる。それに乗っているのは、軍用ゴーグルを装着した兵士たちだった。
その内のひとりが、クリームイエローのパーカーを着た少女の存在に気がついた。その少女は三時の方向に懸命に逃げている。乗り物での逃走ではなく、ひたすら走って逃げているのが遠くからでもわかるので、容易に捕まえられそうだった。
簡単なやり取りをして、現場検証チームと少女を捕まえる捕縛チームに分かれることを決めた。
現場検証チームを大きな穴の近くに下ろし、調査のために必要ないくつかのデバイスを車外に出している最中も、必死に走っている少女の姿が確認できた。
「この暑さの中、よく走るな」
「もしかして、あれ、博士たちの孫じゃないか?」
「ちょっと待て……。ああ、確かに外見が情報と一致してるな」
これは思わぬ収穫がありそうだと、捕縛チームは目をギラギラさせる。この辺りは起伏があちこちあるせいで、少女の姿が傾斜の向こうに消えてしまった。しかし、人間の足だ。簡単に追いつけるだろうと、捕縛チームは焦ることもなく準備が整うとエアカーに乗り込んだ。
「よし、いい土産ができそうだ」
発進させたエアカーは、あっという間に斜面の下を走る少女の姿を再び捉えた。そして、パーカーに短いパンツという姿で走る少女を、なぶるようにスピードを落として追いかけはじめる。
すると、アスリートのように力強く地面を蹴って走っていた少女が、ふわりと宙を走りはじめた。
「おい、なんだあれ?」
「空中を走る? 最新技術のシューズか? おい傷つけずに捕獲しろ!」
急いでエアカーの窓を開けて上を見上げるが、少女はどんどんと宙を蹴って、さらに高度をあげて走っていく。
「狙撃しないと捕獲は無理だぞ!」
「どこ狙えばいいんですか!」
ひとりが窓から上半身を出してライフルをかまえるが、照準をどこに合わせていいかわからず叫ぶ。
「浮遊させているデバイスがどこかにあるはずだ!」
戸惑っている兵士をよそ目に、少女ははるか上空まで走ったかと思うと、突然その姿を消した。それはまるでスイッチを消したかのような消失だった。
「なんだ?」
「まさか、ホログラムか?」
「どこから投影していたんだ?」
追いかけていた兵士たちは、慌てて周辺を見渡す。しかし、それらしき装置はもちろん、操作している人影すら見つけられなかった。
「ちくしょう!」
せっかくの獲物を逃した兵士たちは、悪態を吐きながら最初の任務である現地調査へと戻っていった。
──数分前の出来事。
「うん、ある。私が行く」
有菊は真っ直ぐ、ライオンの着ぐるみ姿のシェルムを見つめ、自分の胸に手を当てた。
「はあ? その先どうするんだよ」
シェルムは一歩間違えば捕まってしまう危険を、有菊にさせたくないのだろう。渋った様子で有菊に説明を求める。しかし時間が刻一刻と過ぎる中、悠長に説明している暇はない。
有菊は軽く飛び跳ねたりと、準備運動をはじめる。
「時間ないから走りながら話すね。シェルムはエアカー隠してるんでしょ? それに乗ってあの傾斜の下で待ってて」
ここに来る途中、緩やかな下りの傾斜があるのを有菊は見ていた。そして、フラグの場所からその傾斜までは、距離もそこまでない。もしあそこまでエアカーで迎えに来てくれたら、なんとか逃げきれそうだと思ったのだ。
そして有菊は、走る距離から速度を計算して、身体強化のタイツを今まで設定したことのない高い数値にした。
シェルムは反論するのを諦めたようで、有菊の指示に「わかったよ」と了解すると、着ぐるみに縫いつけられたポケットから黒い手袋を取り出した。
「だったらこれ持っていって」
よくわからないけど、有菊は無言で受け取り、それをポケットにねじ込むと、勢いよく地面を蹴って走り出した。
シェルムはすぐに通信を繋げる。
「で? どうすんの?」
すでに目的の地点の半分の距離まで走った有菊は、自分の髪から蝶型のドローンを外して設定を変更する。
「なにそれ?」
有菊のメガネと画面共有しているシェルムは、見たことのないデバイスに興味を示す。
説明をする前に、有菊はステルスモードに切り替えた蝶型ドローンでパーカー姿の自分をホログラム投影させて、その場に待機させた。精巧な映像のため、本当にそこに有菊が存在しているように見える。
「これは私のホログラム」
「そいつを囮にするのか」
「そうなんだけど、もしかしてこの辺りってジャミングされてる? なんか変な電波が飛んでるよね」
「ばれた?」
「シェルムがやってるの? これ」
「そうそう。色々とこの辺はやってるからさ」
「それならシェルムがコントロールしてよ」
「OK」
蝶型ドローンの制御をシェルムに渡して、有菊はさらに加速する。すると、あっという間に目的の装置の場所に辿り着くことができた。
「あ、フラグ立ってる地面を少し掘ってみて」
シェルムの言葉通りに掘ると、すぐに小さな金属の箱が出てきた。
「どこから開けるの? これ」
その箱はどの角度から見ても、全く継ぎ目がない。
「ああ、触れる順番があるんだよ」
「触って開けられるの?」
「そうそう。じゃあ手順通りにいくよ」
そうして指示通りに、先ほど渡された特殊な手袋をはめて、その指で触れていく。
すると、箱の角やら辺やら面を十三回触れたところでカチリと音がした。そして開くと、中にはアナログなコードやらスイッチが見える。
「このスイッチを切り替えればいいの?」
「そこにあるコードもスイッチも全部ダミー」
「じゃあどこに手動スイッチがあるのよ」
「え? 普通にメガネのデバイスで読み取りしてスイッチ入れるんだよ」
そう言われてメガネを触れると、確かに何か複雑な二次元コードが読み込まれる。
「こんなの、最初に読み込んでおけばいいじゃない」
「もちろん読み込んださ。でもどうも一定時間でリンク先が変わる仕様だったらしい」
「らしいって」
「至急でAIに作ってもらったやつだから」
その一言で、有菊は色々と理解した。
「このままステップを進めていいの?」
「ダメ。そのリンク先に飛ぶとウイルスに感染する。読み込んだ画面をそのまま俺に共有して。そう。それでいい。……よし。じゃあ、その画面を閉じてみて」
「もー、どんだけ複雑なのよ」
シェルムの指示通りに、有菊は読み込んだ画面を閉じた。
「よし。これで俺のところでスイッチの状態が確認できるから、こちらでオンっと。これで完了だ。箱閉じて地面に戻しといて」
それを聞くと、有菊は開いた金属のボックスをすぐに元の状態に戻す。
「キク、もう捕捉される」
「わかってる」
量子光学迷彩モードに切り替えたパーカーを民族衣装の上から着た有菊は、できるだけ姿勢を低くしてふたたびダッシュした。
そして気がついた。
周りの風景がガラリと変わっていたのだ。それはあたかもここに施設があって、それを攻撃されたように見えるものだった。
「こっちも走らせるよ」
ホログラムのほうの有菊も同じように走り出す。
そちらは見つけてもらうために、クリームイエローのパーカーのままだ。
「お、あちらさん、ホログラムに喰いついたみたいだ」
「じゃあ、できるだけ引きつけといて。こっちはもう少しで視界から外れるはず」
「OK」
既に緩やかな傾斜に差し掛かった有菊は、その速度を緩めることなく駆けおりた。
その先に、シェルムの乗ったエアカーが見える。やはり周りに擬態するように、特殊な塗料が塗られているようだ。その形が何となくわかるのは、シェルムが有菊にも見えるよう設定してくれたのだろう。
有菊のずっと後方では、重装備の怪しげな人々が有菊の姿をしたホログラムを追いかけはじめていた。
急いでエアカーに乗り込むと、シェルムはすぐに発進させた。
「やるじゃん」
シェルムは、無事にミッション完了したことに安堵した様子で、有菊の活躍を褒めた。
しかし有菊は全速力で走っていたせいで、まだ息が荒い。シェルムの言葉には手を上げて応え、なんとか呼吸を整えた。
「あの風景って……デバイスのスイッチをオンにしたから?」
「そう。あれで、あの場所を肉眼以外で見ると、あたかも攻撃目標があったかのような映像が映し出される」
「それに意味あるの?」
「まあね」
理由までは教えてくれなかったが、作戦が成功したのならいいだろう。それよりも、どうやら身体強化用のタイツのレベルを上げすぎたらしい。有菊の両足はがくがくと震えていた。筋肉や筋がドクドクと熱を持ったように痛む。
「キク、足大丈夫?」
「うん。まあ、学校に着くまでには落ち着くんじゃないかな」
シェルムを心配させないように、有菊は平気そうな顔を作って笑ってみせた。
「ところで……それ、いつまで着てるの?」
「ああ、そうだ。あんまりつけてる感覚がないから忘れてた」
そしてセパレートタイプの着ぐるみの頭を、両手で持ち上げて脱いでみせた。
その下から現れたシェルムの顔を見て、有菊は予想通り自分と変わらない年齢の男の子であることを確認した。
軽くトーストしたような肌の色に、焦茶の瞳。シルバーグレーのサラサラな髪はツーブロックにしていて、後ろでひとつに結んでいる。ニカッと笑った顔は、名前に違わず悪戯っ子に見える。
「なんでライオンの着ぐるみなの?」
やっと落ち着いた時間ができたので、有菊はずっと聞きたかった疑問を口にする。その質問に、シェルムは脱いだライオンの頭のたてがみを、軽くつまんで引っ張りながら答える。
「ニホンで凄腕の技術者がいるからって、除染スーツを依頼したら、これがきたんだよ」
とてもそんな機能を備えているとは思えない。有菊は胡散臭いものでも見るような目つきで、着ぐるみの大きな目を覗き込む。
「ただの着ぐるみじゃないんだ?」
すると、シェルムは着ぐるみの頭の中を見えるようにこちらに向けてくれた。その中は空洞なんかではなく、確かに様々なパーツが見える。想像よりはシンプルだが、その中身は着ぐるみの頭と言うよりは、フルダイブ型のデバイスを彷彿させた。
「当たり前だろ。しかも、こんな見た目なのにメッチャ性能いいのがむかつくんだよ」
そう言ってシェルムは、身に付けた着ぐるみを抱きしめるようにして地団駄を踏んでいた。どうやら相当気に入っているようだ。
それから学校に着くまでのあいだ、有菊はシェルムが指摘する、ハイスペックな着ぐるみの「むかつく」性能の数々を聞き続けた。




