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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第3章 前進
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第42話 ライオン

 延々と変わらない風景の中、一台のエアカーが走っている。すれ違うエアカーもなければ、人間の姿も見えない。後ろからも、追尾する影はない。

 その車内で、有菊はひとりなのをいいことに大声で愚痴をこぼしていた。


「もー、何なのあの子は! 軍事衛星に攻撃されたって意味わかんないし! そんなところに普通ひとりで行かせる? それに私に何させるつもりなのよ!」


 もう有菊の大声に慣れたのか、小雪はのんびりと有菊のひざでくつろいでいた。座席には、しっかり完食した空のランチボックスが置いてある。


「しかも、誰にも知らせちゃダメなんて、何かあったらどうしてくれるのよ!」


 そう言いながら、有菊は寄宿舎での出来事を思い出す。




 ソフィの指示に従うなら、ここから有菊ひとりでの行動になる。念の為六条たちに知らせておく必要があるだろうと、メッセージを送るためメガネに触れようとしたその瞬間、ソフィはズイッと有菊に近づいてその手を掴んだ。


「この件は極秘なの。ここにいる人間以外話すことは禁じるわ」


 大きな鳶色の瞳を光らせて、ジッと見つめてくるソフィに威圧感を覚え、有菊は手を下におろした。


「でも……」

「それに急ぎなの。今すぐ出発してちょうだい」


 ソフィがイライラした様子で有菊を急かす。

 学校という安全な場所にいることで、六条たちには有菊の現状を受け入れてもらっているのだ。それなのに、そんな危険な場所にひとりでいくことはマズいんじゃないだろうか。


「有菊ちゃん。何かあれば僕に連絡をください。すぐに僕のほうでなんとかします」


 ソフィの焦りと有菊の懸念を察して、ふたりを見守っていたリアンがそう会話に入ってきた。


「そうね。それなら良いわ」


 リアンの言葉に、ソフィは腕を組みながら答える。

 有菊も、もし自分に何かあってもリアンならなんとかしてくれそうだと、その言葉に頷く。


「わかった。リアンくん、頼りにしてる」


 そして引き受けはするが、納得はしていないので、有菊はソフィをジト目で見る。だが、そんな抗議の視線はソフィには無意味だった。コンタクトタイプのデバイスで、淡々と位置データを有菊に送り、校内のフラグを立てた場所へすぐに向かうように命令した。

 内心、ムキーっと腹を立てながらも、すぐに寄宿舎の部屋で着替えを済ませ、走って外に出た。なんとなく嫌な予感がするので、ニホンで着ていた多機能なパーカーも腰に巻いて持っていく。

 すると、指定された場所には、すでに無人のエアカーが停車していた。ソフィが用意したエアカーには、事前に座標が設定されているらしく、乗り込むとすぐに走り出した。




「しかし、ホントに何をするのかな」


 軍事衛星で攻撃された場所に、なぜ有菊ひとりで行かせるのか、その意図はよく分からないが、きっと碌なことではないだろう。

 しかし、ここで拒否をしても前には進めない。敵か味方かも分からないソフィの指示にここまで従ってよかったのか疑問は残るが、ゴールが見えてきたプロジェクトをやり直すのも面倒なので仕方がない。


「あれじゃない?」


 学校を出て、さらにエコミュニティを出て、そこから二時間近く走っただろうか。外は午後の日差しが容赦なく降り注いでいる。

 地面に緩やかな起伏はあるものの、荒野であることには変わりない景色の中に、ポツリと人影が見えてきた。


「もしかして、あれがソフィの言ってた人かな」


 入力された目的地と、ちょうど重なる位置にいる。

 スピードを落とすことなくエアカーは進み、待ち合わせしている人物の外見がわかるギリギリのところまで走ると、ほとんど音もなく停まった。すると、小雪は暑いのはゴメンだと、有菊の身体に身につけたペットホルダーにもぐりこんだ。


 停車位置から見える人物は、なぜか全身ライオンの着ぐるみを着ていた。デフォルメされたそのライオンの着ぐるみは、目が大きく、口角をあげた口からは、舌がぺろっと出ている。二本足で立っていて、細い尻尾がうしろに垂れている。


「ちょっと、やばい人なんじゃないの?」


 エアカーから降りるべきか悩んでいると、ライオンは両手を大きくあげて、こちらに向かってブンブンと振りはじめた。


「気づかれてるよね。そりゃ、そーだよね。当たり前だよね」


 こんな遮るものもない荒野なのだ。

 当然のことながら、姿を隠す場所もない。


「少なくともひとりなのは確定しているから、いざとなれば蹴り飛ばして逃げよう」


 いつでも逃げられるように、事前に身に着けておいた身体強化用のタイツの出力を少し上げて、エアカーから降りる。すると、用が済んだとばかりにエアカーが去っていってしまった。


「あー」


 有菊はその走り去る姿を見て、情けない声をあげた。

 どうやらソフィはエアカーの返却まで手配していたらしい。そうなると、もうやることはひとつだ。くっと振り返り、ゆっくりとライオンの着ぐるみに近づく。

 すると、着ぐるみばかりに気がとられて、目に入っていなかった巨大な穴が、着ぐるみの後ろに広がっていることに気付いた。


 その穴は綺麗に地面を抉っていて、大きさは直径十メートルくらいだろうか。ここに十メートルの半球体がすっぽり収まりそうだ。


 その異様な光景に、有菊は思わず足を止める。


「軍事衛星からの攻撃って言ってたけど、こんな風になるの?」


 周りに人がいなかったからよかったが、こんなものができるような衝撃はかなりなものだろう。

 その穴を観察していると、真正面からにゅっと大きなライオンの顔が視界に入った。


「うわっ」


 ライオンの着ぐるみが、こんなにもすぐ近くまできていることに驚いて、思わず後ろに飛び退く。

 すると着ぐるみは、大丈夫か確認するように、フカフカの手でタテガミを触りながら首を傾げる。


「もー、なんなの? なんでそんな格好してるのよ」


 有菊は頬を膨らませながら、つい文句を言ってしまう。


「それを言うなら、おたくの国の技術者に言えよ」


 まさかふざけた顔をしたライオンの着ぐるみが、普通に言葉を発するなんて思っていなかったので、有菊は驚いた。しかも男の子の声だ。


「え? 喋れるの?」

「当たり前だろ」

「あ、そうなんだ」


 しかし、ライオンの着ぐるみを脱ぐことはなく、そのまま男の子らしき中の人は有菊に話し始めた。


「キクが来る前に、放射線量の確認とかしてたんだよ」


 自己紹介をしたわけでもないのに、その馴れ馴れしい呼び方に有菊は引っ掛かりを覚える。


「放射線は大丈夫だったから、今度は蒔いたエサの位置と撃ち抜かれた場所の誤差を測ってた」


 その内容は頭に入らず、中の人の話し方が気になり、なんだろうとモヤモヤ考えていると、再び声をかけられた。


「キク、聞いてんの?」

「あ」

「あ?」

「もしかして」

「もしかして?」

悪戯っ子(シェルム)?」

「正解」


 大きな肉球のついた手で、パフパフと拍手をする。


「まさか、こんなところでシェルムに会えるとは思わなかった」

「まあ、ソフィが気を遣って会わせてくれたんだけどな」

「そうなの? そんなの聞いてないよ」

「そうなんだ。もしかしてキクに対するサプライズってやつだったのかな? そんな気遣いまでしてくれるなんて、ソフィはやっぱいいヤツだよな」


 どう考えてもそんな素敵なものではなく、時間がなくてただ伝えるのを忘れていただけだと思う。

 しかし、シェルムがソフィをそんな風に慕っているとわかり、有菊は返事に詰まった。そして、ここに来るエアカーの中で悪態をついていたことを心にそっと仕舞った。

 てっきりシェルムも、ソフィから無茶振りされている被害者のひとりかと思っていたけど、どうやら違うらしい。


「ところで、何やってるの?」


 まだソフィに良い印象を持っていない有菊は、同意することもできないので、しれっと話題を変える。するとシェルムは腰に手をあてて有菊の質問に、質問で返してきた。


「まさか、それも聞いてないの?」

「行った先で教えてもらえって」

「あー、そうね。そういうとこあるよね。ソフィは」


 大きな頭をかきながら、ブツブツと呟いている。


「これが軍事衛星から攻撃されたっていう場所?」

「そうそう。それは聞いてるんだ?」

「うん。それだけだけどね」


 どこから話そうかなぁと悩んでいるシェルムは、着ぐるみなので正確には分からないが、声の感じからしても何となく同じくらいの年齢な気がした。背は有菊より高い。実はメッセージのやりとりをしている時は、もう少し幼いと思っていたので、ちょっと意外だ。

 そんなことを眺めながら考えていると、「あ、マズイかも」とシェルムは慌てはじめた。


「何?」

「もう、ここに到着しそう」

「誰が?」

「これ撃ち込んだ国のヤツ」

「それって鉢合わせちゃダメなんじゃないの?」

「まあ、そうだね。じゃあ、スイッチオンにして逃げるか……ってあれ?」


 なぜか突然、ライオンの着ぐるみの大きな両手を前に出し、キーボードを操作するように忙しく動かしはじめた。しかし、側から見ている有菊には、シェルムが何をやっているのかさっぱりわからない。


「え? 何? どうしたの?」


 有菊は荒野の真ん中で逃げ場所があるのか、ぐるりと見渡していたのだが、シェルムの様子に声をかける。


「やっべ。せっかく設置したデバイスのスイッチが入んねえ」

「何それ?」

「今回の計画の一部なんだけど、アイツを立ち上げないと色々と無駄になる」

「どうにかならないの?」

「手動で起動させる方法があるんだけど、あそこまで行かないとダメなんだよね」


 そう着ぐるみが示したのは、何もない荒野だ。


「あそこってどこ?」

「あそこだよ」


 そう言っていると、有菊のメガネのディスプレイにフラグが立った。それは一キロ以上先の何もない場所だ。


「あの距離なら、ここに向かってる人たちが到着するまでに行って手動で起動させればいいじゃない」

「そうだけど、あの方向からヤツらが来るんだよね」

「なんで逃げる方向に設置しないのよ」

「まさか、あっちから来ると思わなかったんだよ」

「シェルムの乗ってきたエアカーは?」

「それはこっち」


 フラグが立っている場所と正反対の、有菊がエアカーを降りた方向を指すが、有菊の目には映らない。もしかしたら隠してあるのかもしれない。


「あと何分後?」

「めっちゃスピードあげてきてるから、多分こちらの姿が捕捉されるまで……、あと五分」


 あの距離を行くだけなら五分あれば問題ないのだが、帰ってきて逃げるとなると話は別だ。


「キクにあげたオコジョのペットロボ(メカティア)を使えばできるかも」

「それって、小雪を使い捨てるってこと?」

「そう。データはクラウドにバックアップがあるだろうから復元可能だし」


 確かにそれが、一番実現可能な方法かもしれない。

 有菊はそっと、ペットホルダーで丸まっている小雪を外から撫でる。


「でも、この個体の小雪はこの子だけなんだよ。その方法はヤダ」

「さすがにペットロボ(メカティア)本体を取りに戻るのは無理だし……。キクに代案があるならいいけど、何かあるの?」


 シェルムは落ち着きなく有菊に尋ねる。

 こうしているうちにも、軍事衛星で攻撃してきた国の部隊は近づいてくる。


「うん、ある。私が行く」

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