黒い噂
マリクは今日も、人の少ない警察署内で勤務していた。
警備ロボの進化により、警察署もすっかり人員が削減された。業務のほとんどを警備ロボとAIが行うようになり、人間の仕事が少なくなったためだ。
取り調べなどは、密室空間で人間だけになると何が行われるかわからないため、ほとんどがAIの対応に切り替わっている。
先日の少女の件は、本当に珍しいケースだった。
あの日はたまたま警備ロボの一斉点検で、マリク自らがパトロールをしていたのだ。そして東洋人らしい少女が水を撒き散らしていたのを見かけて、本当に焦ったものだ。
噂で、少女が住むニホンという国は水が豊かで、こことは違い、水なんてものは無限に利用できると聞いている。温泉というものもあるらしく、それはお湯がたっぷりたまった大きな箱に、裸で浸かることができるらしい。
旅行にあまり興味がない上、このエコミュニティから出たことがないマリクにとって、そういった類いの話はおとぎ話と同じだった。
「こんにちは、マリク。今、時間ありますか?」
そうやってきたのは、分身ロボットで働いている同僚だ。本人は自宅にいて、分身ロボットを使い、現在は警備ロボの整備工場と警察署、他にもいくつかの拠点で働いている。
移動しないで色んな場所で働けるのはいいが、一度くらいマリクのように一箇所でのんびり働いてみたいと話していたので、「いつでも変わるぞ」と言ってある。
マリクも以前は分身ロボットを使用した働き方をしていた。それなのに、今わざわざ警察署に足を運んでいるのにはそれなりの理由があるのだ。
「警備ロボットの整備状況について報告があります」
のんびりとマリクの前まで来ると、マリクのサングラスタイプのデバイスに、その同僚の姿が投影される。アバターの設定が面倒なのだろう。本人が緩い部屋着を着て、飲み物を片手に話しかけてくる。
「どうだった?」
最近、他国で警備ロボの不具合による社会の混乱が起き、連日のようにニュースサイトのトピックスにあがっている。そのため、ここの警備ロボも問題がないか改めて検査をしているのだ。
「部品等は問題を起こした規格のものと同じですが、搭載しているAIが異なるからなのでしょう。問題はなさそうです」
分身ロボットで話しかけてくる同僚は、整備状況の報告データをマリクに共有する。
マリクはそれらの資料をザッと確認していく。
「ウチで搭載しているAIはニジェアのやつだよな」
「そうですね。型は少し古いけど、当時最新鋭と言われていたやつですね」
「そう考えると、いまだに問題なく使えるのは冷静に考えてすごいよな」
「おかげで、経費削減ができてます」
AIの進化は止まるところを知らず、今ではAIによって生み出されているAIは数知れない。
しかし、それらは人間の認知をはるかに超えるフローで生み出されるため、何か問題が起きても、人間では手に負えなくなっていると聞く。
その点、現在この警察署が所有している警備ロボは、人間が開発したAIを搭載している。そのため、もし不具合があった場合も人間が理解できるマニュアルがあり、人の手で修正が可能だ。
最新式のものに比べると劣ることもあるが、現時点では充分役割を果たしてくれている。
ただ住民にとっては、どの警備ロボに不具合があるかなんて見分けがつかないし、しっかり人間のコントロール下にあるのかもわからない。そして、分身ロボットは見た目がロボットで、人間がコントロールしているとはいえ、当然AIも搭載している。
遠い異国で起きた事件ではあるが、国内でもAIの状況を不安視する声があがりはじめ、最近はマリクのように生身の人間も警察署で勤務するようお達しが出ているのだ。まあ、マリクの場合、家が警察署のすぐ近くにあるというのが選ばれた一番の理由かもしれない。
「そういえば聞きました?」
「何をだ?」
同僚は声を落としてマリクに話しかける。
これは聞かれたらマズイやつかもと、マリクは念のため、外に漏れないようにサウンドシールドを周囲に展開した。
「署長が肝入りで進めていたルシオ共和国の警備ロボの導入の件」
「ああ」
ここの署長はどうも、北の大国であるルシオ共和国と蜜月の関係にあるらしい。
署長の噂はかなり色々と聞くが、実際のところマリクはどこまでが事実なのか知らない。ただ、見た目は若いが実年齢は七十歳をゆうに超えているという話はどうやら本当らしい。同じ時期に同じ学校にいたという人物からその話を聞いたと、他のエコミュニティに住む友人から教えてもらったのだ。
ダナメ共和国では若返りの手術は法律で禁止されている。しかし、それは現在の話だ。法律が制定される前に施術されたものに関しては、今からどうこうできるものではないため、見逃されているのが現状らしい。
「なんでもつい最近、あちら側の依頼をこなしたとかなんとかで、本格的に導入が検討されているらしいですよ」
「はー、それは迷惑な話だな」
「ですよね」
現在使われているもので充分なのに、ルシオ共和国で技術を独占している警備ロボを導入なんてしたら、この先の運用が思いやられる。データ収集は当然される上に、何か問題が起きても責任の所在を有耶無耶にされそうだ。
「ニホンの事件はどこの警備ロボでしたっけ?」
「あれは華国とかあの周辺の国のヤツだってニュースでやってた気がする」
「それなら、まだ安心ですね」
「どうだかね」
警備ロボの件も確かに気になるが、それよりも気になるのが、それらに紛れて入ってくる武器の存在だ。
ダナメ共和国の隣国であるニジェア共和国で起きているテロに、ルシオ共和国が関与していると噂されているのだ。テロリストに武器の提供をしているらしいと、ある筋から聞いている。その情報がどこまで信頼できるものなのかわからないが、ダナメ共和国を経由してテロリストの手に渡っているなんて、事実ならどうあっても許されない。
そして、その手引きを署長がしているかもしれないのだ。ここ最近、やたら警察署にいるのもそれが関係しているような気がしてならない。
「華国といえば、ここ最近華国の人間がこの辺をうろついてますよね」
怪しい話が終わったらしいので、サウンドシールドを解除する。
「ああ、無人の家に不法侵入したりしてるやつだろ」
「そうです。それです」
「何やってるんだろうな。今のところ被害は出てないと聞いているが」
「不思議ですよね。彼らの動きをトレースしていると、何か探しものでもしてるような感じなんですよね」
探し物と聞いて、つい先日の出来事を思い出す。
「この間の猫みたいにか?」
「猫? もしかして、あのふたり組の女性が捕まえてくれたやつですか?」
「ああ、そうだ。しかし彼女たちは優秀だったから、もしここに移住するなら、是非ウチに来てもらいたいもんだな」
「スカウトですか? 珍しいですね。マリクさんがそんなに気に入るなんて」
「そうか?」
言われてみれば、確かにそれほどよく知らない人間に、ここまで興味を示すのは珍しいかもしれない。しかし、あのふたりは信頼できるとマリクの直感が働くのだ。それはこれまでの経験で培われたもので、意外とこれが馬鹿にできない。
そういう点でも、やはり署長は信頼できない人間だと、ビリビリとマリクの直感センサーに引っかかるのだ。
「しかし、今までこの付近は人の流れも治安も安定していたのに、ここにきて急に落ち着かなくなりましたよね。ルシオ共和国の人間もエコミュニティ内に入ってきているみたいですし」
「確かにな」
その言葉にマリクは同意した。
そういえば、あの少女がこのエコミュニティにやってきてから、様々なことが起きはじめたような気がする。マリクはそう思い、すぐさまそれを否定する。
「まさかな」
無害そうな少女の顔を思い浮かべ、肩をすくめる。あんな素直でまともそうな子供が、そんな様々な事件を引き起こすキーマンになるとは思えない。
「仕事に戻るか」
そうしてマリクは、同僚から受け取った警備ロボの整備状況報告に目を通しはじめた。
次話より第3章がスタートします。




