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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第2章 おつかい
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ふたりの客

 そのふたり組がやってきたのは、予約の入っていない静かな午前だった。



 このクロステックストアの店長であるイマンは、元々はこの地域の伝統的な衣装を扱う商売をしていた。保守的な層にはかなり人気があったのだが、東方の国々から発信される最先端の服のスマートさと快適さが広まることで完全にシェアを奪われ、苦境に立たされていた。

 そこで、国内でイマンと同じように民族衣装を取り扱う人々と協力し、民族衣装にもっと時代に合わせたデザインを取り込み、さらに研究機関と連携して最新の空調技術等を開発。それらを融合させたものを出力できる機械を生み出し、オーダーウェアを販売しはじめたのだ。


 最初は古くさいと見向きもされなかったのだが、国内のインフルエンサーから火がつき、数年前から手応えを感じるようになってきた。

 イマン自身も毎日異なる民族衣装を身につけて、マネキンとしてアピールしている。

 本当はもっとたくさんの実物をディスプレイしたいところだが、無駄を出さないため、毎日厳選した一着をマネキンに着せて置いている。実はそれらはイマンの私物だったりする。



「こんにちは」


 可愛らしい声がして店頭へ向かうと、東洋人らしいふたり組が立っていた。

 ソワソワと店内を見回しているのが声の主だろう。少し痩せているが、短いパンツからのぞく両足は筋肉が程よくついて健康的だ。日に焼けているのか、小麦色の肌はハリがあり若さを感じさせる。

 オーバーサイズのパーカーは似合っているが、確かにこの辺りで着るには重たい素材だ。この子ならどんな服が似合うだろうかとあれこれ考えながら、イマンは笑顔で迎え入れた。

 そして、もうひとりは見覚えのある人物だった。


「あら、あなたは昨日ぶりね」


 昨日の昼下がりに突然やってきたこの美麗な人物は、暗い色のかっちりとした軍服のような上下の服を着ていた。ただでさえこの辺りでは珍しい東洋人の顔立ちなのに、その暑苦しい服装はかなり浮いていた。


「ここで流行っている服を一着ほしい」


 すぐにでも着用したいからマネキンので構わないと急かした。その日のマネキンに着せていたのも、イマンのコレクションのひとつだった。

 イマンの体型はどちらかといえば肉厚で胸も大きく、イマンの服では明らかに目の前の薄っぺらい体格の麗人には不似合いなのがわかる。


「すぐにできるから、オーダーしたらどうだい?」


 受け入れられないだろうと思いつつ提案してみたが、「いや、結構」と断られた。


「わかった。ただマネキンのは無理だから少し待っててちょうだい。あ、中古でもいいかい?」

「構わない」


 了承を確認すると、店の奥に置いてあったイマンの服の中から、一番線の細いデザインのものを中古価格で売ったのだ。

 すると、「ここで着替えたい」と言うので、更衣室としても使えるブースを案内した。そこで着替え終わった麗人の姿を目の前にすると、いかに似合っていないのかがよく分かる。サイズもそうだが、そもそも色味が合っていない。

 褐色の肌に似合うように派手な色を配置した服は、色白で清涼な顔立ちにまったくそぐわない。


 似合わないから新たにオーダーしにきたのかと思えば、「今日はこの子の衣装をお願いしたい」と、一緒にいる女の子を押し出してくる。

 恐らく、この麗人は服装に関してこだわりがないのだろう。


「わかった。この子の衣装はどうする?」

「オーダーで」

「あら、じゃああなたもオーダーしたほうがいいわよ。もっと似合うデザインを用意できるわ」


 一応、ダメ元で声をかけてみる。


「いや、自分はこれで十分なので」


 似合っていないのはわかっていると思うのだが、金額の問題なのか、やはり断られた。


「あら、そう。それは残念ね」


 そんなふたりのやりとりを聞いていた少女が麗人を見上げる。そして、イマンの提案を後押ししてくれた。


「どうせ私のを作るのに時間かかるんだから、不破さんも一緒に作りましょうよ」


 その後も少し押し問答はあったが、無事にオーダーを受けることに成功した。そうしてふたり分の衣装を出力し、ふたりの着用した姿を見て、イマンはこれはいいモデルになりそうだと思った。オプションを選んでいる最中から手応えはあったのだが、実際に着ると想像以上の出来だった。

 しかし、さすがに観光客らしきふたり組に、カタログのモデルを頼むことはできない。惜しいと思いつつその日は見送ったのだ。



 その数日後に再び現れたふたりは、学術的な研究のために実験をしていると説明をして、イマンに協力を仰いできた。


「ああ、じゃあお願いしようかな」


 幸運にも向こうからやってきてくれたのだ。早速ふたりにモデルをお願いしたいと話し、交渉が成立した。

 以前は加工なしで自分をモデルとしてカタログに取り込んでいたのだが、そうするとやたらと男性客に求婚されるようになったのだ。遠路はるばる国境を超えてやってくる強者もひとりやふたりではなかった。それにうんざりして、できるだけ衣装にスポットが当たるように、自らの容姿を加工に加工を重ねたのだ。今のカタログの人物が、イマン本人だとわかる人間はいないだろう。


「不破さんは、カタログに顔出しても大丈夫なんですか?」

「いや、よくない」


 ふたりが素顔をそのまま出すことをNGだと伝えてきたので、イマンはいつものようにソフトで加工をはじめた。加工といっても、AIに大まかな指示を出せばそれなりのものを仕上げてくれるので簡単だ。そうしてカタログを作っていたら、麗人のほうがあれこれ口を出してきたので、席を譲ってやらせてみた。

 すると、些細な修正ではあるものの明らかに良いものに仕上げていく。これを逃す手はないと、イマンはこれから掲載しようと思っていたカタログの修正も頼むことにした。フワと呼ばれる麗人は嫌な顔をしつつも、ソフトをいじり続けるので任せておいた。

 そうして出来上がったカタログを見せてもらうと、それらは全てイマンの期待以上のものになっていた。


「かなりいいものができたよ。助かった」


 イマンの知り合いを紹介するだけで良いと言っているが、さすがにこの仕事は何か対価を支払うべきだと、最近仕入れたアンダーウェアを用意した。それは着用者の体調をモニターして、ストレスが高まるとリラックス機能が作用したり、温めたり冷やしたりと無意識に快適な状態を保ってくれるものだ。しかも最新式なので伸縮性にも優れていて、肌につけている感覚がほとんどないウェアだ。

 その性能を聞いた麗人は、少し何かを思い浮かべるような表情をしたかと思うと、嬉しそうに微笑んだのだ。その笑顔は破壊力抜群だった。イマンはその笑顔を、記憶を頼りにAIで作成し、あとからこっそりカタログに追加したほどだった。


 ふたりを見送ると、イマンは仮想空間(メタバース)のほうの店舗へと移動した。じつはイマンは実店舗以外にも、仮想空間(メタバース)でも店舗を構えている。そちらは民族衣装だけでなく、アバター用にかなり幅広い商品を用意している。実店舗のほうで出力している衣装も、イマンがデザインを起こしたものが多いが、こちらもイマンの趣味で作ったものを並べている。

 そしてそんなイマンのデザインを気に入って、実店舗でのお得意さんがこちらでも買ってくれたりするのでありがたい。


「新しいカタログは少し奮発して大きく宣伝しておくか」

 

 できたばかりのカタログを、店頭の大きなディスプレイで流し、それ以外にも別の場所をレンタルして貼り付けておいた。

 すると、どこかでそのカタログが取り上げられたのだろう。仮想空間(メタバース)のほうの店舗が忙しくなり、実店舗のほうが休みがちになった。



「すみません」


 久しぶりに実店舗のほうを開けていると、パーカーのフードを目深に被った東洋人の男の子が訪れた。ボソボソと話すその子は、スラリと背が高く可愛らしい顔立ちをしている。


「頼みたいことがあるんですが……」


 イマンはその男の子の頼みに耳を傾け、なかなか面白そうな話だったので協力することにしたのだった。

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