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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第2章 おつかい
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学校の有名人

 カタリンは黒目がちな瞳に戸惑いを浮かべて、自分の周りを取り囲む男の子たちを見た。何とかここを逃げ出して、他の子達がいるところまで行きたいのだが、逃げようとするといく手を阻まれる。

 たとえ隙間をぬって逃げ出したところで、カタリンの足ではすぐに捕まってしまうだろう。


「こんなことになったのも、全部お兄ちゃんのせいなんだから」


 カタリンは二年前まで、家族みんなで他の国に暮らしていた。ただ、国の社会情勢不安から、何度も海外移住を計画していたのだ。

 そんな中、五歳上の兄が何かをやらかしたらしく、ある日突然やってきた人たちに捕えられてしまったのだ。

 当時、その出来事を見ていたカタリンからすると、兄が悪いことをして捕まったとしか思えない雰囲気だった。しかし、兄をとある組織に所属させることで、カタリン達家族は希望する海外への移住を手配してもらえることになったというのだ。

 父が言うには、兄はきっとこの先、もっとすごい人になると言っていたが、カタリンには信じられなかった。ヘラヘラと笑いながら頭をかいて連れて行かれる様子は、どう見てもいたずらをした子供にしか見えない。


 なんにせよ、その時に選んだ移住先がニホンだったのだ。カタリンたちと同じような境遇の人たちが多くいるエコミュニティで、馴染みやすいという理由で選ばれたらしい。しかし、言語が難しかった。人見知りなカタリンはなかなか友達もできずに、話すこともしないせいで、授業も日々の生活も翻訳機に頼りっぱなしで、いつまでたっても上達しなかった。

 そんなカタリンの言葉の習得具合に、ケチをつけてきたのが今現在、取り囲んでいる男の子たちだった。カタリンが泣きそうな表情をすると、男の子たちは盛り上がる。



「あなたたちの悪事は全部録画させてもらったから。これを学校側に提出すれば、あなたたちは家族ごと引越しね。その後の生活も、今まで通りにいかないのは理解してる?」


 いつまで続くんだろうと、途方に暮れていたカタリンを解き放ってくれたのがこの一言だった。そして、その言葉とともに物陰から現れたのは、小麦色の肌に大きな琥珀色の瞳をした年上の女子生徒だった。柔らかな茶色の髪はふわふわとして、歩くたびに揺れている。

 カタリンはその人のことを知っていた。いや正確には、学校のほとんどの子は知っている。人の目を惹く容姿に運動と電子工作の分野では特に優秀な成績で、密かなファンが多くいるその人は、雨宮有菊と言った。

 美人なのに、いつもジャージ姿なのも一部の男子から好評だ。


 そして、その人の言ったことに対し、カタリンの周りで囃し立てていた男の子たちは血相を変えた。

 ウェラブルデバイスによる認識阻害は、学校外では身を守るために設定する子は多い。カタリンも盗撮などから身を守るために必ず設定するように母親から再三言われている。しかし、校内での使用は禁止されている。

 一番の理由は校内での事故の早期発見だ。しかし、実際はいじめなどを抑止するためだったりするのだが、往々にしていじめなどをする人間は、見られないように認識阻害のデバイスを持ち歩いていたりする。


 カタリンを取り囲んでいる子達も、やはり後ろめたさから認識阻害の設定をしているのは知っていた。しかし、それをどういう方法でか突破して、その人は撮影してみせたのだ。そして、その映像をカタリンをからかっていた男の子たちに見せつけた。


「ごめんなさい! もうしませんから!」

「頼むから、それだけは勘弁してください!」


 憧れの先輩に、見られたくないところを見られたことで、何とか挽回しようとしているのが伝わってくる。そして、口々に許しを得るためのセリフをその人に向ける。しかし、その人はすぐには返事をしないで、静かに男の子たちの表情や仕草を見ていた。


 それからカタリンをその場から連れ出して、今後の意向を聞いてくれたのだ。それはカタリンのことを最優先に考えてくれている内容だった。


「もしもあの子たちと仲良くなれるなら、仲良くなりたい?」


 その言葉に、カタリンは驚いた。

 今までそんなことを考えたことがなかったからだ。しかし、実際人見知りのカタリンに声をかけてくるのは、あの子たちだけだった。他の子たちは遠巻きに見ているだけで、距離を縮めようとはしてくれなかった。

 そう思うと、あの子たちは少なくとも自分に興味を持ってくれていると思えたのだ。物事は良い方向に考えたほうが良いと常日頃、両親から言われている。そして、今までそれに従って嫌な結末になることがなかったので、カタリンは今回もその考え方に従うことにした。


 カタリンが「仲良くなりたい」と回答すると、その人は微笑んだ。その素敵な笑顔にドキドキした。


 このままでは男の子たちの心が病んでしまうのでは、と思うくらいの時間が経っていたようだ。男の子たちは真っ青な顔でこちらを怯えたように見ていた。

 ふたりで戻ると、その人は形のいい唇の端をあげた。


「今後、こんなことをこの子にも、そしてそれ以外の子たちにもしたら、すぐに提出するわ」


 男の子たちはその言葉に対して、首が取れるんじゃないかという勢いでこくこくと頷いている。


「もう、こんなことはしませんから!」


 必死になって許しを乞う様は、ここまでくるとちょっと滑稽だったけど、カタリンはできるだけ表情を崩さないように成り行きを見守った。

 すると、その人は微かな笑みから、顔を緩めてにっこりと笑った。


「それなら、ひとつ私から提案があるんだけど、みんな、今から時間ある?」


 その笑みで、すっかり気持ちが緩んだ男の子たちは、つられたように笑顔になり、「あります」と声を合わせて答える。


「あなたは?」


 その人は優しい眼差しでカタリンのほうを見る。


「あっ、あります」

 

 緊張でうまく声が出せなかったけど、その返事を聞くと、その人はニコッと笑った。あとから思い返すと、その笑顔には含みがあったのだが、その場では誰も気がつかなかった。


「じゃあ、みんなでゲームをしよう」


 お互いに顔を見合わせながらも、みんなその人に従ってゲームブースへ向かった。予約しないと使えない人気のゲームブースはその日も賑わっていた。その人は真っ直ぐに空いているひとつのブースへ向かい、置かれているゲームデバイスのスリープモードを解除した。

 そして、とある格闘ゲームの画面を立ち上げた。


「これは友達になるための対戦ね。仲良くなるためには決闘が良いって、昔の本に書いてあったんだ」


 嬉しそうにその人はみんなに向かってそう言うと、カタリンを左の席に座らせて、男の子の中からひとりを座るように促した。


 カタリンは、そのあまりにも見慣れたゲーム画面に興奮してきた。

 今日は予約で埋まっていたので、もうできないかもと思っていたのだけど、毎日欠かさず練習をしているこのゲームを今日もできる。しかも、いつもは顔を知らない人たちと対戦しているのだが、今日はすぐ隣に対戦相手がいるのだ。


 今まで感じたことのないワクワク感に、カタリンは気持ちを抑えられなかった。

 次々と挑戦してくるキャラクターたちは、まだまだ稚拙な動作だ。だけど、まっすぐ戦おうとしてくるその動きは、今までカタリンが戦ってきた相手とは異なり、男の子たちの素直な性格を感じさせた。


「もう一回!」


 男の子たちも興奮して、次は自分がとカタリンの対戦相手を希望してくる。

 そうして楽しい時間が過ぎていった。

 


 その日を境に、カタリンのニホン語はメキメキと上達していった。そして、久しぶりに仮想空間(メタバース)で会った兄に自慢すると、兄はやたらと助けてくれたその人のことを聞きたがった。

 仕方なく教えると、「やっぱそうかなとは思ったけど、世間は狭いなー」と兄はそう言ってヘラヘラと笑った。

 兄が何を言っているのかさっぱりわからなかったけど、また何かやらかしそうで、カタリンは兄がこれ以上変なことをしないことを祈るばかりだった。

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