第39話 提案
「それで、美玲さんがどうしたんですか?」
すっかり話が逸れてしまったので有菊は話を戻す。
「ああ。その美玲という人物が華国の組織に属してる可能性があるなら、火星の土地を確保できないか聞いてみるんだ」
明らかに無理そうな話だが、華国は火星開発でも主導権を握ってる国のひとつだ。可能性がわずかでもあるのなら聞くだけ聞いてみるのもいいかと、有菊は不破の提案に頷いた。
レンタルハウスに戻ると、すぐにトークルームで結人に事情を話した。しかし、美玲と連絡を取るのに後ろ向きな結人はしばらくごねた。ただ、連絡先を知らない有菊は結人に頼む以外方法がわからず頼み込んでいると、「有菊ちゃんが困ってるのに、お兄ちゃんは助けてあげないの?」とリアンが援護射撃をくれて、美玲と連絡をとってもらうことに成功した。
「もし、佐野さんの技術を独占させてもらえるなら、その交渉は可能かもしれないわよ」
相変わらず音声のみの通話で、美玲は明るくそう言う。
不破から言われたからだろう。確かにイントネーションが微かだが異なることに気がつく。そして、美玲がどこかに話を誘導しようとしているのがわかった。
もしかして美玲もまた、梶田と同じように何か事情があるのかもしれない。
「もちろん、佐野さんには正当な対価もお支払いするわ」
佐野は祖母の姓だから、祖母が開発した技術の話をしているのだろう。しかし、有菊は祖母がどんな技術を開発したのか知らない。
ただ、あくまでも主観だが、それはどれだけお金を積まれても、どこかの国に独占させてはいけない気がする。
「それは私の独断では決められないけど、きっと無理だと思います」
ここはなんとなく断らなければならないとわかるので、キッパリと断る。
「だったら、交渉は決裂かな」
「そこをなんとかしてもらえませんか?」
「アッキーのお願いだから、叶えてあげたいところなんだけど、私は部署が全然違うからなー」
「美玲さんしか頼れないんです」
「うーん。その言葉は嬉しいけど、ごめんねー」
そう言って美玲との通話は切れ、交渉は決裂した。
「まあ、想定内だな」
不破の冷静な返事に、有菊はまだ他にも方法があるのかと仰ぎ見た。
「まあ、収穫もあったし良かったな」
「もしかして、部署が違うって言ってた件ですか?」
「ああ。つまりアキのおばあさんは宇宙関連の新技術を持っている可能性が高いってことだろう。どんな技術をめぐって他国がアキを狙っているのか、これで目星がついたってことだ」
そう不破は言うが、有菊は首を捻る。祖母と宇宙関連の技術がどうも紐付かないのだ。しかし、確信が持てないことをここで言っても仕方がない。
「それで、美玲さんに断られることは想定内だとして、なにかいい案あるんですか?」
期待に満ちた目で不破を見るが、不破はムスッとした顔で「そんなものは無い」と答える。
「えー、じゃあどうするんですか? てっきりいい案があるのかと思ってました」
「そんなものがあるなら、あの場で回答していた。これから考えるんだよ」
それからふたりで話し合い、他の方法を考えることになった。
そして、数日後に再びラミサの屋敷を訪ねた。
「思ったより早く来たわね」
ラミサの顔は期待も不安も感じさせない、静かな表情だった。
前回と同じ客間に通されて、ロボットによるお茶の配膳が終わると、ラミサは口を開いた。
「それで、できそうなのかしら?」
「それに関してですが、まずは火星の土地については残念ながらご用意できませんでした」
不破の言葉に、「やっぱりね」とラミサは少し俯いて、優雅に一口お茶を飲んだ。
「それじゃあ、この件に関してはなかったことになるわね」
特に残念な様子もなく、ソーサーにカップを静かに戻して有菊たちを見る。
しかし、有菊はそれをスタートの合図だと、自分の中のスイッチを入れた。
「そこで、今日は別の提案をさせていただきたいんです」
まさか、この話に続きがあると思っていなかったラミサは、眉間にシワを少し寄せて怪訝な顔をした。
「別の? 地球上の土地の話ならお断りよ。それはただの個人の所有地でしかないんだから」
「いえ、地球ではありません」
「どういうこと? 火星は無理なのよね? もしかして月のことかしら?」
どこに話が向かうのかわからないラミサは、首をかしげて有菊に尋ねる。
「いいえ、月はすでに華国など複数の大国が占有しているのが実態で、土地の取得に関しては現時点では火星と大差ありません」
「そうよね。じゃあどこの土地を勧めてくれるのかしら?」
どうやら何か面白い提案をしてくれるようだと、ラミサはワクワクしたようにソファから身を乗り出す。
「はい。今回お勧めしたいのは『金星』です」
「金星?」
「そうです。金星です」
それを聞いて、がっかりしたように背もたれのクッションに軽くもたれた。
「あら、金星なんてだめよ。知らないわけじゃないんでしょ? 温度やガスのこと」
「もちろんです」
「あんなところ、人間どころかロボットすら行けないわ」
「そうです。ずっとそう言われていましたが、最近になって面白い話になっているんです」
「面白い話?」
「そうです」
有菊の高揚した様子に釣られて、婦人は再び体を前に乗り出した。
実はこの計画は、有菊の愚痴を拾い上げた不破の発案だった。
AIからの提案もイマイチなものばかりで、ふたりの話し合いが煮詰まっていた深夜だった。有菊が「火星、火星って、なんで火星なんですか! 宇宙に土地が欲しいなら、他にもいっぱいあるじゃないですかー」と、テーブルに突っ伏して文句を言ったのだ。
それを聞いた不破が、「それだよ。アキ、でかした」と顔を輝かせて、最近の宇宙関連のニュースを漁り始めたところから今に繋がる。
「こちらの記事をご覧ください」
そこには最新のAIで再計算させた結果、どういう理屈なのかはさっぱり人間には理解できないが、確かに金星のテラフォーミングの道標を示したとの記事が表示されていた。
「火星開発は各国の国家プロジェクトというのはご存知かと思います」
ラミサはそのあたりのことは、当然調査済みなのだろう。
「何十年と進められているプロジェクトなので、ここで突然方向転換をするのが困難なようです」
「それはそうね」
「そこに目をつけたのが、民間企業です」
「どちらの企業かしら?」
「こちらはニホンの企業です」
度重なる災害や人口減少などで、宇宙開発のための資金まで回らなくなったニホンは、火星開発で大きく出遅れていた。
それを取り戻すように、火星より近い金星をテラフォーミングできないか模索していたのだ。
「こちらの計画は、まだ初期段階です」
今回のこの記事はニホンのニュースサイトが投稿したかなり小さなもので、国際的にはまだほとんど知られていないものだ。
「じゃあ、もしかして」
「はい。現在は資金調達に奔走しているそうです」
「なるほど。そこで資金援助をするかわりに、成功の暁には金星の土地を提供してもらう、ということね」
「今のところ、火星も早い者勝ちなのですから、金星も同様でしょう」
少し悪そうに笑う有菊に、婦人は面白そうに首肯する。
「わかったわ。こちらのAIでも金星のテラフォーミングについて、計算をさせてみるわ」
「企業のホームページにもそのシミュレーションが掲載されていますので、似たプロセスを踏むのかどうか確認いただくといいかもしれません」
「あら? もしかしてあなたたちも計算させたの?」
「最新のAI、とは言い難いですが、やはり実現可能なものとして評価値が出ました。どうしてその手順で可能なのかは理解できませんが」
今の時代、すでに人間の知能をはるかに凌駕したAIの提案は、人間が理解できないものが多い。ただ、その工程通りに進めるとゴールに到達するのだ。
「それは楽しみね」
目尻にシワを寄せて、楽しそうに目を輝かせた。そして、ラミサは「ところで」、と有菊たちふたりを見つめる。
「東洋系のお顔をしているから、もしかしてと思っていたのだけど、あなたたちはニホンから来たの?」
ニホン企業を提案したからだろうか。なぜそんなことを聞くのかわからず、有菊は素直に「はい」と答える。
その返答に、ラミサはどこか嬉しそうに頷いた。
その様子を不思議そうに有菊が見ていると、ラミサはなんでもないというように小さく首を横に振った。
「さて、面白い道を示してくれたから、これは次の人を紹介しないとね」
どうやら有菊たちの提案は実現可能かは置いておいて、ラミサの好奇心をくすぐることができたようだ。
「あなたたちに紹介するなら、この人って決めていたのよね」
そう言って紹介してくれたのは、有菊の知らない人物だった。これだけの富豪だったので、そろそろ国政に参与するような人物の名前が出てくるかと期待したが、そんなに甘くはなかった。
帰り際にラミサは、コソッと有菊たちに打ち明けるようにささやいた。
「私もいつか、ナイナイのようになりたいのよ」
有菊はナイナイという言葉をどこかで聞いたことがあるような気がした。しかし、響きを覚えているだけで何を指しているのかわからない。ただ、その場は聞ける雰囲気ではなかったので、そのまま屋敷をでた。
「あの人はもしかしたら華国系の人かもしれないな。ナイナイは『奶奶』と書く『おばあさん』を指す言葉だろう」
不破はそう言うが、有菊はナイナイという言葉をもっと違う意味で聞いたような気がしたが思い出せなかった。




