第38話 その人の依頼
ここのエコミュニティの人たちは人と会うのが好きなのか、翌日には面会のアポイントをとることができた。
紹介された人物の住居は、いわゆる豪邸だった。
有菊の暮らしていたエコミュニティは基本的に似たような所得層が集まっていたので、住居に大きな差は無かった。こんなにもわかりやすくお金持ちの家というのは物珍しく見回してしまう。
厳重な門扉はアポイントのキーを認証させて入る仕組みで、中に入ると案内ロボットが待ち構えていた。その案内ロボットについて長いアプローチを歩いていくと、重厚な木の扉が見えた。そして、その前で待っていたのは六十代くらいの女性だった。恐らく警官が紹介をしてくれたラミサ本人だろう。
褐色の肌に短めの白髪はカーリーで、有菊たちが着ているような民族衣装を身につけている。しかし、見るからに高そうな布をたっぷりと使い、デザインも少し違う。全体的に上品な雰囲気を漂わせており、この豪邸の主人だとすぐにわかる。背はそれほど高くないのだが、不思議と存在感がある。
これだけ裕福な住まいにも関わらず、見た目が老化しているのには驚いた。
「手術していないんでしょうか?」
まだ距離があることもあり、有菊はコソッと隣の不破に話しかけた。
「手術? ああ、若返りのか」
不破は目線は女主人のほうに向けながら、有菊の疑問に答える。
「これだけの屋敷に住んでいるんだ。手術していてもおかしくはないが、法律の問題か、本人にそれをしない主義主張があるのか。聞いてみないとわからないな」
一般の人たちは、せいぜい老化を遅らせるサプリを飲むか、アンチエイジングの手術を受けるのが関の山だ。しかし金持ちや一部の有名人などはナノマシンを体内に取り込んで、細胞の修復などで若返りをはかる人もいるらしい。その場合は二十代から三十代くらいの見た目にすることが多いと聞く。
若返りについては人口増加などの問題もあり、各国の法律は様々で、表向きは禁止している国も多い。また、人間は世代交代していくものだと訴える人々は、人間本来の寿命を延長するような技術そのものを反対している。
富豪であるラミサが、どのような理由で若返りの手術を受けていないのかはわからないが、少し意外な気もした。
「ようこそ。まずはこちらへどうぞ」
女主人はふたりがポーチまでたどり着くと、重厚な扉を開けて招き入れた。
天井の高いエントランスホールは、そこだけでひと家族が生活できそうな広さだ。大理石の床を響かせながら、奥へと続く廊下へと誘われる。エントランスホールにも飾られていたが、廊下にも様々な絵画が品よく飾られている。
そして、通されたのは圧迫感のない、陽の光が差し込むすてきな客間だった。
本物の観葉植物も部屋のあちこちに配置され、サイドボードには切り花も飾られている。
ダグベのところにあった革張りのソファとは異なり、こちらは涼やかなラタンのソファだ。座面には布が張られており、その柄は民族衣装で使われているパターンとよく似ている。それに合わせたクッションもいくつか並べられていて可愛らしい。
楽しげに室内を眺めている有菊に対し、女主人は穏やかな微笑を浮かべ歩み寄る。そしてゆっくりと口を開いた。
「はじめまして、私はラミサ・クーリバリよ。この邸宅の主です」
ラミサの声は優雅でありながら、どこか温かみを帯びていた。
「はじめまして。私は雨宮有菊です」
それに続き不破も自己紹介を終えると、ラミサはソファに座るように勧める。促されるまま、ふたりとも並んで座ると、ラミサは向かいのひとりがけのソファに優雅に腰をおろした。
すると、すでに待機していたのか、ロボットがどこからともなく現れて、滑らかな動きで三人にお茶を配っていった。
しばらくは雑談をして、それから今回のプロジェクト小世界の趣旨を説明した。
すでに警官から話を聞いていたのだろう。ラミサは特に質問などはさまずに、微笑みながら頷いていた。この辺りでの活動については、「私が許可するようなものではないけれど、応援しているわ」と目を細めた。
そして有菊がひと通り説明を終えて、何かできることがあるか尋ねると、ラミサは「そうね……」と少し首をかしげてから有菊たちを見つめる。
「私は火星の土地が欲しいの」
「へ?」
有菊は聞き間違いかと思い、思わず間抜けな声をあげてしまった。
「火星の土地、ですか?」
隣の不破は、聞き間違いではないだろうと確認をする。
「そうよ、火星の土地」
深く頷くラミサの目は笑ってはいるが真剣だ。冗談を言っているわけではなさそうだった。
「なぜ火星の土地を望まれてるのでしょうか?」
「それはもちろん、遅れをとらないためによ」
「遅れ?」
有菊も会話に参加する。
ラミサは「ええ」と頷いて、現状の宇宙開発についての憂いを語り出した。
火星は、現時点では華国が先頭を切って開発を進めている。すでに月の居住が安定したものになり、ついに火星にも開発拠点が設けられたのはつい先ごろの話だ。
そして、月といい火星といい、宇宙条約により誰の土地でもないはずだが、実際は早い者勝ちとして開発をした国のものとなっている。
ちなみにニホンも負けじと参加しているが、火星に関しては、まだ小さな作業ポットを送り込む程度に留まっている。
「私たちの国は、やっと月までの航行が実現したばかりなの。急がないと過去の歴史のように、侵略したものたちが勝手に線を引いたとおりの国境ができてしまうかもしれないでしょう?」
有菊は、それを否定する根拠をなにも持っていない。
宇宙条約があるとはいえ、月ですら既に縄張り争いが数十年と続いているのだ。
「だから、私はいち早く火星の土地が欲しいのよ。あなた達には、その具体的な方法を提示してもらいたいの」
ほうっとため息をついたラミサは、ふたりを見て様子を伺う。
「それができないなら、次の方の紹介は無理ね」
残念だけどと、ラミサは残念そうに微笑んだ。
「話が話だけに、今ここですぐに回答できないので、持ち帰って検討させてください」
不破は何か考えがあるのか、その場ですぐにできないとは言わなかった。有菊も可能性を探りたかったので、不破の言葉に同意するように頷いた。
「あら? わかったわ。良い返事を待ってるわよ」
その反応にラミサも意外と思ったのか、ふたりの真剣な顔を見て了承した。
そして、有菊たちは屋敷をあとにした。
「火星の土地って、売ってるんですか?」
有菊の素朴な疑問に、不破は首を横に振る。
「昔、月の土地を売っていたという話は聞いたことがあるが、それは月に行けないことが前提だったらしい。いわゆるロマンを買っていたんだろう」
「でも、そんな話じゃないですよね」
「ああ、もっと現実的な話だな」
ラミサの言っていることは、本来は国家規模で計画、開発をするようなものだ。それをひとりの人間がただソファに座って「欲しい」というのだ。普段なら、ただの妄想としてやり過ごす部類のものだろう。しかし、今回はそうも言えない。
どうやら本人は本気だし、もし具体的な案を出せたなら、どれだけの資金があるのかわからないが、真剣に火星の土地を手に入れに行く気がする。
しかも次の人を紹介してもらうには、この問題を解決するしかなさそうだ。
「そういえば、あの虎門兄のチョーカーを着けたヤツは華国の人間だろ?」
「そうなんですか?」
「名前もそうだが、あのイントネーションも」
不破の急な確認に、有菊は美玲の言動を思い返すが、そんなところには全く気がつかなかった。
「っていうか、あの時不破さん盗み聞きしてたんですか?」
中庭にいた結人は、あの時が初めて美玲から連絡があったと言っていた。
「あんな声で話してたら、丸聞こえだ」
そういえば、有菊が加わってからはスピーカーで話していたし、確かに不破や六条に聞かれていても不思議ではない。
「でも美玲さんのイントネーションってそんなに違和感なかったですけど、そうなんですか?」
「どう聞いてもそうだろう」
「全然気がつかなかった」
実のところ、それほど気にしていなかった。
有菊にとっては美玲はただのお隣さんというポジションでしかなかったからだ。本が好きなどの表面的な情報はそのまま受け入れているが、イントネーションや名前から深掘りしようなんて発想はなかった。
「アキはもう少し周りに目を配ったほうがいい」
そう不破に言われて、有菊はムッとする。
学校では散々周りに目を配って、困っている人を見つけては、手助けをしてきた実績があるのだ。それを不破にぶつけてみると、不破は腕組みをして首を振る。
「それは、自分より立場の弱い人間にだけ目を配っているに過ぎない」
「え?」
「大人のことをほとんど一括りで見ているだろう?」
「……」
自分が想像していた返答ではないものが返ってきて、有菊は戸惑った。
「大人なんて所詮は子供の地続きにある。ただ、ある日、一定の年齢を超えたからと大人扱いされるだけだ」
それは正論だが、自分のイメージするわがままで傲慢な大人達の行動を盾に反論する。
「でも、大人は大人でしょ?」
「子供より弱い大人なんてごまんといる」
「弱いって……」
「自分より年下の、弱いと思っている立場の人間のことだけでなく、強いと思っている立場の人間も俯瞰で見ると、また別のものが見えてくる」
その言葉は有菊にとって、目から鱗だった。
今まで作り上げてきた大人像というものが、実は有菊の中の虚構である可能性が出てきた。
そして、なぜか突然梶田のことが思い浮かんだ。
梶田のことを一方的に信じて、一方的に裏切られたと思っていたが、実は別の背景があるのではないか。
あの辛そうな、どこか痛そうな顔はどこからきているものなのか。てっきり有菊を裏切ったことに対する申し訳なさかと思ったが、もしかしたら違うのかもしれない。
そういえばターシャはどうしたのだろう。
手紙を預かっていると言っていたが、普通は一緒に行動するんじゃないだろうか?
有菊は不破の言葉で、今までと異なる世界の見方を知ったのだった。




