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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第2章 おつかい
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第37話 勘違い

 そうしてドローンの情報を参考に、何度か同じようなことを繰り返した。しかし、この辺りはどうもネズミが多いらしく、目的の猫を見つけられない。


 再び不破との合流地点に向かいながら、そういえば船の上でもこんなことをしていたなと思い出す。


「あ、そうだ」


 有菊はペットホルダーで丸まっている小雪を取り出した。涼しいところからいきなり暑い外に出されて不服そうな小雪は、するりと有菊の手から逃れる。そしてペットホルダーの中に入ると顔だけを外に覗かせた。


「ごめんごめん。確か小雪のできることの中に、視覚共有があったはずだよね」


 細い路地や物の隙間なども、素早く走れる小雪と視覚を共有できれば、今よりも効率的に捜索ができるかもしれない。小雪を認証して、デバイスでオプション画面を確認しながら早足で歩いていると、合流地点にはすでに不破が待っていた。

 有菊が小雪で何かやろうとしているのを見て、不破は腕を組んだ。


ペットロボ(メカティア)に捜索させるのか?」

「あまり炎天下を走らせるのは危ないので、少しだけですが」

「それなら、もう少し涼しくなってからにしよう」


 朝の過ごしやすさはすでになくなり、息苦しさを感じる暑さでふたりともかなり消耗していた。しかもディスプレイを見たら、もう昼食の時間だ。


「ですね。レンタルハウスで食事でもとって休憩しましょう」


 蝶型ドローンをすぐに回収すると、酷使していたせいで熱を帯びていた。髪にはつけられなさそうだったので、手に持ったままレンタルハウスに一度戻ると、六条は外出中らしく、リアンと結人がまた作業をしていた。


「ふたりはご飯食べた?」


 有菊は忙しそうにしているふたりに声をかけると、ふたりともすでに昼食を終えていたようで頷いた。


「まだストックあるな」


 キッチンの床に置かれている箱をあさっていた不破は、ふたつミールキットを取り出した。


「暑くてまっすぐ帰ってきちゃったけど、これならテイクアウトしてくればよかったなー」


 有菊は昨日と同じミールキットを見て、後悔をしつつ温めた。そうしてふたりで黙々と食事をして、しばらく涼やかな部屋の中で休んだ。


 夕方になって、比較的過ごしやすい気温になったところで捜索を再開した。

 出発前にフル充電した蝶型ドローンを再び飛ばして、先に動物らしき陰影をいくつか洗い出しておいたのだ。少し暑さが落ち着いた外に出ると、早速それらの中からめぼしい場所を選んで小雪を放してみた。


 小雪は本当によくできたペットロボ(メカティア)だった。

 完全に動物に似せた動きで走り回るため、有菊は視覚共有した映像を見ているうちに酔いはじめた。


「おい、大丈夫か?」


 気持ち悪そうにしている有菊に、不破は声をかける。


「大丈夫です……、うぷっ」

「大丈夫じゃないだろ。一度戻るか?」

「いえ、視覚共有を切れば平気なので」


 結局、小雪が持ち帰った映像を確認すると、そこにはネズミが映っていた。


「どうもこの辺りはネズミが多いな」


 そう言って、不破は権限をもらった有菊のドローンの設定をいじりはじめた。どうやらいくつか条件を足したらしい。ドローンから送信される生体反応のデータの数がさらに絞られ、見やすくなった。

 そして、ターゲットを小雪に追わせる。有菊のほうも小雪の設定を変更して、視点固定をしたおかげで快適だ。


「あ、この子かもしれません」


 小雪の視界に、毛足の長い黒とオレンジ色のさび猫がいた。それをすぐに転送すると、不破も確認して頷いた。


「ああ、胴体の柄が同じに見える。恐らくこの猫だな」


 警官から預かっていた画像と照合して、同じ猫だとAI判定されたのを見て、ふたりは小雪が猫を追跡している場所まで近づく。

 その姿を捉えると、猫を監視していた小雪は素早く有菊に走り寄った。そして肩までジャンプするとすぐにペットホルダーに収まった。やはり暑かったようだ。

 猫の様子を伺うと、今は移動をしないで陰になっている場所で涼をとっていた。しかし、不用意に近付くと逃げられてしまう可能性があるので、遠目に観察する。


 すると隣で同じように息をひそめていた不破が、どこからともなく小さな小袋を取り出した。それをよく見ると、個包装されている鰹節だった。


「なんで鰹節なんてものを持ってるんですか?」

「そりゃあ、長い海外生活でニホン食が恋しくなるだろ? だから鰹節とドライ納豆は必須だ」

「あ、そーなんですね」


 実は食事の時間がみんなバラバラで、不破ともほとんど一緒に食べたことがなかったので知らなかった。鰹節に納豆なんて、意外と庶民的な一面があるんだと親近感をもった。


 そうして、不破は姿勢を低くして近づきながら、手のひらにのせた鰹節を猫に近づける。最初は警戒するように、今にも逃げ出しそうな体勢をとっていたが、なにか感じるものがあったのだろう。

 そろそろと不破のほうに近づいてきた。

 有菊はその様子を、息を飲んで見つめる。

 やはり人に飼われているだけあって、そのさび猫はすぐにゴロゴロと喉を鳴らして不破に甘えはじめた。しかも、自分から膝に飛び乗ったので、不破はそのまま抱き抱える。さび猫は一瞬驚いた様子だったが、不破の服が冷たくて心地よかったのか、大人しく腕の中に収まっている。


「今のうちに警察署に行くぞ」


 不破はあまり揺らさないように、しかし早足で歩き始めた。猫の気分が変わって、再び逃げ出されては大変だ。もちろん捕獲用の網なども持っているのだけど、それは最終手段にしたいのだろう。その意見に有菊も同意する。



「やるなぁ。まさか一日で捕まえてくるとは思わなかった」


 パトロールには出かけていなかったようで、警官はすぐに対応してくれた。


「今、飼い主がこちらに向かってる。すぐ来ると思うから、その部屋で待っててくれ」


 そこは最初に捕まった時に通された部屋だった。

 ちょっと嫌だったが、猫が逃げ出すリスクを考えれば、背に腹はかえられない。

 部屋に入ると、有菊は不破と向かい合って座った。


「このプロジェクト、なんか不破さんひとりでやり遂げられそうですよね」


 自分がやらなければならないけど、何もかも自分より上手にこなしていく不破と行動を共にしていると、自信がなくなっていく。つい弱音を吐くと、不破は眉を顰めた。


「何を言ってるんだ? アキがいなければ、そもそも今日中にこの猫は保護できなかったぞ」

「え?」

「先輩からは、身ひとつで逃げてきたと聞いている。それなのにドローンといいペットロボ(メカティア)といい、用意が良いにもほどがある。しかも、その性能を理解して臨機応変に使いこなす柔軟さは自信を持っていいと思うぞ」


 不破が言うには、蝶型ドローンの操作は市販のドローンに比べてかなり複雑だという。AIで飛ばすのと違い、マニュアルで細かく操作できるのはそれだけ正確にコントロールできる分、使用者を選ぶらしい。

 まさか、そんな風に褒めてもらえるなんて思っていなかったので有菊は照れた。


「入ります!」


 外から焦ったような声が聞こえたかと思うと、そっとドアが開いた。恐らく走って来たのだろう。息を切らして、ゲージを胸に抱えてやってきたのは、三十代くらいに見える女性だった。

 それからはスムーズに事が運び、猫もゲージの中に収まり、飼い主は何度もお礼を言って帰っていった。


 そのさび猫が鰹節を痛く気に入ったようで、飼い主が不破になんとか鰹節を売ってくれないかと交渉に来たのは、また別の話だ。


 こうして、無事に警官の依頼をこなしたことで、この地域のもうひとりの顔役である人物を紹介してもらえることになった。

 しかし、今度はある問題が発生した。


「ラミサさんは気難しい女性でな、実は女性しか家に入れてもらえないんだよ。だから紹介はできるが、俺が着いて行くことはできない」


 警官は少し困ったようにそう言った。

 紹介者本人が来てくれたほうが話は早いが、今までも同行してもらっていないし、問題はないかなと有菊は頷いた。


「大丈夫ですよ」

「そうだな。あんたが行くのなら問題ないだろう」


 警官も有菊を見て、苦笑いをする。


「ということは、次の人のところは私ひとりで行くんですよね?」


 知らない人のところに、たったひとりで訪ねるのはちょっと怖いなと思っていると、不破は鼻で笑った。


「何を言ってるんだ? 自分も一緒に行くに決まってるだろ」

「え? でも不破さんは入れないんじゃ……」


 有菊の言葉に、不破は少しだけ焦ったように返した。


「ちょっと待て。自分は男じゃないぞ」

「え? 違うんですか?」


 まじまじと不破のことを見つめる有菊に、不破は大きなため息をつく。


「どおりで何かおかしいと思ったんだよ」


 確かにレンタルハウスの部屋割りも、どうせ男性ばかりなら隣はタイガー兄弟のほうがいいとお願いしたし、カタログを作る際の撮影も、一緒に撮れると言われたが、別々にしてもらっていたのだ。

 あまりにも中性的すぎて、しかも体力があるので、てっきり男性なんだろうなと思ってしまっていた。


「カタログの時も、あんな風に王子様みたいになってたし、それに文句も言ってなかったから、つい……」

「あれは、店主の要望だから文句は言えないだろう。実際、あちらのほうがこの服を売るには良さそうだったからな」


 もしあの時、自分が性別を変えられていたら、一応突っ込んでいたと思うけど、それすらもなかったのだ。不破にとってはどちらでもいいことなのかもしれない。


「すみませんでした」


 素直に謝ると、不破は「別に謝らなくてもいい」と肩をすくめた。


「ふたりとも女性なら問題ないな」


 そのやりとりを見ていた警官は、自分のデバイスを操作しはじめる。そして、この辺りのもうひとりの顔役であるラミサという人物を、紹介してもらうことに成功したのだった。

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