第35話 再挑戦
翌日からまたやり直しとなったプロジェクト小世界は、不破とのペアで行うことになった。なぜなら、朝から結人とリアンが一緒に出かけたいと六条にお願いしていたので、必然的にこの組み合わせになったのだ。
そしてやり直しになったとはいえ、いきなり見ず知らずの人間には声をかけづらい。そこで、仕方なく一番最初にこの服を買ったクロステックストアへと向かった。
「こんにちは」
朝一番で通りかかった時には、お客さんらしき人と楽しそうに話していたのが外から見えたので、昼前にもう一度訪れたのだ。
「あら? どうしたの? まさかもう売りに来たとか?」
ふたりの姿を見て、店員は驚いた顔をした。
ここはこの店員しか姿が見えないので、もしかしたら店長なのかもしれない。二日前に訪れた際に着ていた衣装もよく似合っていたが、今着ている黒が基調で大きな柄が大胆に配置されている民族衣装も見事だった。
それに合わせたターバンも、凝った巻き方をしていて、全体をうまくまとめ上げている。大ぶりのピアスもそれを引き立てるように揺れている。
「いえ、違うんです。実は今日はお願いがあって」
有菊が急いで否定すると、店長(仮)は安心したように笑った。
「ああ、びっくりした。せっかくの力作だったから、そんなにすぐに手放されると堪えるからね」
「もちろん、そんなことしませんよ。だってこれ本当に着心地がいいんですから」
快適性を追求したこの衣装の素晴らしさは、最初に袖を通した時からずっと感じている。しかし、そんな有菊の言葉に、店長(仮)は少し残念な子を見るような目をした。
「まあ、そうだね。いいだろ。最新式の空調は」
なんとなく話が噛み合っていない気もしたが、有菊は今回来店した理由を話した。
「なるほどね。つまり私が誰かを紹介する代わりに、あんたたちが何かしてくれるってことだね」
「はい」
すぐに今回のプロジェクトの趣旨を理解してくれたようだ。そして、有菊と不破のふたりを見て、少し思案したあとにニヤッと笑った。
「ああ、じゃあお願いしようかな」
そうして依頼されたのは、カタログのモデルだった。
店長だと予想していたこの人物は、やはり店長で間違いなかった。ひとりでここを切り盛りしているらしいが、まだまだ集客するための素材が不足しているのだという。
どうやらふたりに提供した衣装が会心の出来だったらしく、ぜひカタログの一ページに差し込みたいとのことだった。
「不破さんは、カタログに顔出しても大丈夫なんですか?」
ふたりという指定だったので不破も渋々了承したが、有菊は不破の仕事柄、問題ないのか気になって確認した。
「いや、よくない」
腕組みをしてムスッと答える。
すると、店長はすぐに店内にあるプロジェクターに画面を投影して、カタログ作成のアプリを立ち上げてみせた。
そこには店長自らモデルとなっている動画が流れているが、目や口元を加工しているのか、本人と少し違う。というか、かなり違う。店長の魅力である少しふっくらとした身体のラインもすっきりと整えられ、本人から醸し出される魅力的な雰囲気を消している。
その代わりといってはなんだが、民族衣装の良さが前面に押し出されている。
「だったらこんな風に加工するからさ。顔のパーツのバランスや体の線を変えてしまえばいいだろ?」
「そこまでいったら別人だが、それでいいなら構わない」
不破はその画面と現実の店長を見比べて頷いた。
有菊もさすがにそのままは抵抗があったので、同様に加工してもらうことで話はまとまった。
「じゃあ撮影するから、そのブースに入って」
採寸した時に入ったブースに促されて、ふたりとも撮影を終わらせると、店長はプロジェクターに映されたふたりの姿をAIに指示を出してどんどんと加工していく。
有菊の姿は、より可愛らしい方向にデザインされていき、濃いめのアイシャドウを入れられるともう別人だ。それよりも目を惹くのは不破だ。今でも美形だが、女子の妄想を具現化した王子様のような姿に変えられていた。もう原型はわからない。
それを横から見ていた不破は「いや、そこはこうだろ」とあまりに口出しするので、店長はアプリを共有して不破の好きなようにさせた。
「だから、ここはこうで、ここはこっちのほうがこの機能がよく映える」
ブツブツと言いながらも、あっという間に画像をブラッシュアップしていく。
「あんた、うまいもんだね」
それならと、店長はまだカタログに載せる前の映像を引っ張り出してきた。
「これらも頼むよ」
その量に顔を顰めながらも、不破は文句は言わなかった。もしかしたら、こういう作業が好きなのかもしれない。有菊はプロジェクターに映し出されるその加工作業を、感心しながら眺めるばかりだった。
昼食をはさみ、あとから頼まれた分もきっちりと仕上げた不破に、店長は「かなりいいものができたよ。助かった」と、袋に入った何かを手渡していた。どうやら、上乗せで依頼した分のお礼らしい。
その中身を説明されて、不破は少し考えたあとに「良いものをもらった」とお礼を言っていた。何をもらったか気になったが、ほとんど役に立ってない有菊が出過ぎるのもなと、結局聞けなかった。
「じゃあ、私が紹介するのはこの人だ」
店長は先に連絡をとってくれていたらしく、その人との待ち合わせ場所を教えてくれた。
午後の日差しが強い時間帯なのもあり、外は人通りが少ない。いくら空調管理されている服を来ているとはいえ、やはり暑さは身に応える。
店を出て、次の人物との待ち合わせの場所へ向かうと、見覚えのある大柄の警官が待っていた。水に関する条例違反をした有菊を連行した警官だ。
「おや、メッセージにあったふたり組はあんたたちか」
どうやらパトロール中らしい警官は、待ち合わせの相手が有菊たちだとわかると、夕方にまた警察署に来て欲しいと言ってすぐに去っていってしまった。
中途半端な時間のうえ暑さも厳しかったので、ふたりは無言でレンタルハウスに向かった。そして、夕方まで涼やかに過ごし、日が傾いたのを見てお世話になった警察署へ再び向かった。
今日は例の署長の姿はなく、数台の分身ロボットが作業しているのが見える。今回は何かをやらかしたわけではないので、オープンスペースでの立ち話だ。
そして、クロステックストアの店長に説明したのと同じ内容を警官にした。すると、警官は少し難しそうな顔をして腕組みをした。
「ここで土地の者ではない人間がそんなことをしていて、今まで何か言われなかったか?」
その警官の心配に対し、やはり六条が提案してきた根回しというのは大切なんだなと実感した。
「ダグベさんの許可をもらってるんですが……」
有菊が許可済みだとアピールすると、警官は思うところがあるのか、微かに眉を寄せて頷く。
「ああ、あの人か。まあ、あの人もそれなりにこの辺を仕切っているが、ラミサさんのほうが立場が上だから、そちらにお伺いを立てたほうがいいかもな」
不破がそれを聞いて、目をキラリと光らせた。
「それなら、あなたがそのラミサさんという方を我々に紹介してください」
その提案に、有菊も両手をポンと合わせて同意した。
「それ、いいですね。どうでしょうか?」
ふたりからの圧を感じたのか、警官は少し考えてから「仕方ないか」と軽くため息をついて、組んでいた腕をほどいた。
「まあ、いいだろう」
もしかして、そのまま紹介してもらえるかと思ったが、さすがにそうはいかなかった。
「あんたたちの話だと、紹介する代わりに俺の仕事を手伝ってくれるんだろ?」
「まあ、仕事じゃなくても良いんですが、私にできることなら」
「だろ? ちょうど手伝ってほしい件があるんだ」
そう言って、ある画像を見せてきた。
「やってもらいたいことは、こいつを探すことだ」
それは逃げ出した猫の保護だった。




