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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第2章 おつかい
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第33話 行き着いた先に

 翌朝、顔役と言われている人物に会うために、有菊と六条はレンタルした電動モビリティで出かけた。



 実は昨日の夕方に、この辺りの有力者を確認するため、六条とふたりで夕飯の買い出しがてら再び警察署を訪れたのだ。

 署内に入ると、すぐに署長が出てきて対応してくれたのには驚いた。しかも、有菊たちの相談に対し、顔役の人物にわざわざ連絡を取ってくれたのだ。

 そして話はスムーズに進み、翌朝のアポイントがとれたとのことで、早速向かうことになったのだ。

 まさか、リアルで顔を合わせることになると思っていなかったので、顔役のフットワークの軽さに感嘆したが、さらに、その待ち合わせ場所が、ここに来る時に見えていた高層ビルのひとつなのにも驚いた。



 遠目ではよくわからなかったのだが、近付いて見ると、高層ビルなのに建材が土っぽい壁に見えるものや、木の柱のようなデザインのものが使われていて、見事に周りの自然と融和している。

 窓ガラスに青空を映したビルを、ぐるりと取り囲むように植物が植えられており、それらは朝の光を浴びて輝いていた。

 朝から植物の管理をするロボットが、緑地の整備に勤しんでいるのを見ながら、教えてもらった建物へと向かった。


 ビルに入り受付を終えると、待ち構えていた案内ロボットが案内を開始する。

 そうして、上層階までエレベーターで移動すると、絨毯の敷かれたフロアに出た。そして柔らかな絨毯の廊下を進むと、扉が開け放たれた応接室があり、そこでロボットの案内が終わった。


 植物が多く置かれた応接室は、アンティークな革張りのソファとローテーブルが置かれている。その高級感のあるソファにゆったりと座って待っていたのは警察署の署長と同じく、三十代くらいの男性だった。

 褐色の肌に、黒い癖のある髪は整髪料でオールバックにしている。メガネ型のデバイスを身につけて、何かを読んでいるようだった。

 着ているものも高級感のある白いシャツとネイビーのスラックスで、シワひとつない。


 有菊たちが到着したことに気がついた男性は、すくっと立ち上がる。


「おはようございます。朝からお時間をいただきありがとうございます」


 六条のあいさつで、有菊も慌てて「おはようございます」と、ペコリとお辞儀した。

 男性はその様子に笑顔になりながら頷く。チラリと覗く白い歯が眩しい。


「ああ、昨夜連絡をもらっていた子だね。とりあえず中で話を聞こう」


 そう言って、向かいのソファを勧める。


「お邪魔します」


 室内に入ると、お互い自己紹介をした。

 男性の名前はカリム・ダグベと言うらしい。

 ダグベは正面に座ったふたりに対して、笑顔で尋ねる。


「お茶でもどうだね」

「いえ、すぐにお暇するのでお気遣いなく」


 六条がやんわりと断るが、ダグベはそれを無視してお茶の注文をする。


「ここではゆっくり時間が流れているから、こちらの時間に慣れたほうがいい」


 すると、先ほどここまで案内してくれたロボットとは異なる、他のロボットがお茶を運んできた。


「ありがとうございます。いただきます」


 有菊は自分の前に置かれたお茶を少し口に含む。

 自分の知っているお茶と違い、少し薬草のような味がする。しかし、爽やかな味わいで飲みやすい。


「それで、ニホンからわざわざこんなところまで来て、何を始めるんだい?」


 ダグべはふたりがお茶を飲むのを見て、自分のカップを持ち上げ、同じように一口飲んでから切り出した。


「あの、私、この国の上のほうの人と仲良くなりたいんです」


 どうやって最終目標を説明するか、ちゃんと考えていなかった有菊は、ストレートに答えてしまった。その突飛な内容にダグベは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、それから目尻にシワを寄せて笑い出した。


「何かと思えば、そんなことをしたいのかい?」


 あまりに笑いすぎたのか、目尻の涙を拭いて尋ねる。

 つかみとしてはよかったようだ。しかし、あまりにも笑われて、有菊は少し顔を赤くしながら今回やりたい『六次の隔たり』について話す。

 完全に不破の受け売りだが、自分の研究テーマだと話せば、ここでは受け入れられやすいと言っていた。


「つまり、これは昔の統計学の理論らしいんですが、それの実証実験をしてみたくて。ここなら知り合いもいないですし、いい結果が得られるのではないかと思います」


 それは昨晩六条たちと考えた口実だった。

 ちなみに不破がやたらプロジェクト名を付けたがったので、この一連の行動は『プロジェクト小世界スモールワールド』と名付けられた。


「まあ、ここはご存知の通り、学術にもかなり力を入れているからね。否認する理由は無いな」


 ダグベは軽く頷いて、すぐに了解の意思を示した。やはり不破が予想した通りだった。悔しいが、六条の言う通り、不破は仕事はできるのかもしれない。


「ありがとうございます」


 スムーズに了承を得ることができ、有菊は立ち上がってお礼を伝える。それに対し、ダグベは片手をあげて座るようにと促す。


「それで、どこから始めるか決めてるのかい?」

「いえ、それはまだ」

「そうか。それならまずは私が紹介しようか」

「本当ですか! ありがとうございます」


 まさか、いきなりこんな人物からスタートできるなんて思ってもみなかった。


「あ、でも紹介していただけるなら、先に何か私にできることをさせてください」

「なんだい? そんなこともしてくれるのか」


 先ほどの説明では言っていなかったのだが、協力してもらえるなら例外なくやりたい。


「お礼の品もないので、せめてそれくらいはやろうかと。それに、もっとこのエコミュニティについても知りたいので」

「それはいい心がけだ」


 ダグベは少し思案するように、上を見る。

 そして、今度は室内を見渡すと、思いついたように微笑む。


「じゃあ、掃除でもしてもらおうかな。この通り、私は植物が好きでね。本当は葉もきれいにしたいんだが、ロボットの掃除だとどうしても限界があってね」

「わかりました」

「じゃあ、道具を持って来させよう。私は別室にいるので、終わったらそのスイッチを押して教えてくれ」


 そうして有菊は借りた道具を手に、応接室に置かれた植物の数々を見渡した。

 植物園のような室内には、本当にたくさんの鉢が置かれている。どれもよく手入れされていて健康的だが、確かに葉っぱをめくるとホコリがついているものが多い。


「なんかすみません。手伝ってもらって」


 それらを丁寧に拭いていきながら、反対側の植物を綺麗にしている六条に謝る。


「いや、気にしなくていい」


 本来は有菊がひとりでやらなければならないことなのに、文句も言わずに手伝ってくれる。やはり六条のほうが不破より大人だなと、有菊はこっそり思った。


「終わりました」


 室内にある通信機でそう伝えると、すぐにダグベは戻ってきた。そして「お疲れ様」と笑うと、次の行き先を示した情報をドロップしてくれた。


「色んな人物を知ってそうだからね。私はこの人を紹介するよ」


 そうして記念すべき一人目を紹介してもらうことができた。


 紹介してもらったのは、このビルでセキュリティ関係の業務をしている人物だった。もらった情報を元に移動すると、すでに連絡が入っていたのか、扉の前で待ち構えていた。

 そこでは自走式のロボットの掃除を頼まれたが、正直かなりきれいだったので、すぐに終わってしまった。


 こんなことでいいんだろうかと思いつつ、次の人物を紹介してもらえたので、まだ午前中ということもあり、その足で向かった。


  次に紹介されたのは、衣類のメンテナンスを行う店の店主だった。しかし、顔合わせはできたのだが、やってもらいたいことは午後のほうが都合が良いとのことで、昼食を終えてから再びその店へ向かった。


 すると、そこで頼まれたのはまさかのボタン付けだった。古い服のボタン付けは、現在使われている機械では規格外らしく、手作業でやっているらしい。

 手先が器用な有菊は、ボタンつけなんてしたことがなかったが、やり方を覚えるとすぐにコツを掴んだ。しかし、途中店主の好意で出された軽食など食べながらだったので、かなり時間がかかってしまった。


 その次に紹介されたのは、輸入を生業としている人物だった。その人はあまり今回の実験の意図を理解していないらしく、すぐに次の人を案内し始めた。訂正しようとしても、「いやいや、お気になさらず」と、話を聞いてくれない。


 「こちらにいらっしゃいます」


 無駄に腰が低く、なんだか居心地が悪いなと思いつつ、その人のあとをついていく。

 しかも、ここまでのプロジェクト小世界スモールワールドの進行が思っていたのと何か違う気がして、有菊は落ち着かなかった。こんなにトントン拍子に進む違和感に、嫌なものを感じていたのだ。


 外はすっかり影が長く、空は昼から夜へと移ろう不思議な色をしている。日中の熱をしっかりと地面が溜め込んでいるため、まだまだ暑いが、それでも昼間に比べると動きやすい。


 どんどんと細い路地に入って行くので、不安になって六条のほうをチラリと見た。六条は周りを警戒しつつも、このままついていっても大丈夫だと小さく頷いた。

 そして、案内されたのは小さなビルだった。

 そのビルは何に使われているのかよくわからないが、看板から察するに、いくつか会社が入っているようだ。

 階段をのぼり、誰もいない廊下を歩いていく。

 ふたりもそれに続いていると、急にある扉の前で立ち止まった。そして、ここまで案内してくれた人物は忙しなく扉をノックしはじめる。すると、すぐに何か反応があったのか、有菊たちを振り返ると、「この中で待っていますので」と言い残して去っていってしまった。


「私が開けようか?」


 あまりの怪しさに六条は有菊にそう申し出る。しかし、自分でできることはやりたいと、有菊は首を横に振った。

 そして意を決してその扉を押し開けた。


 その先に待ち構えていた人物に、有菊は目を見開いた。


「梶田さん……!」

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