第32話 今後の方針
「署長、どうしたんですか?」
有菊たちの対応をしていた大柄の警官は驚いて椅子から立ち上がった。
ドアを開けたのは、髭を蓄えた三十代くらいの褐色の肌をした男性だった。白いターバンを頭に巻き、白い民族衣装を身に纏っている。胸につけている紋章が警察であることを示しているようだ。
柔和な顔で有菊たちを一瞥すると、部屋の中に入ってきた。
そして、署長と呼ばれた男性の後ろから六条が現れた。
有菊はその姿を見て、思わず椅子から立ち上がる。
「六条さん!」
「すまなかった。私の説明不足でこんなことになって」
「そんな……」
「全くですよ」
「アキくんの罰金は、さっき署長さんに支払っておいた」
「ありがとうございます。本当にすみませんでした」
「全くだよ。先輩に自腹切らせるなんて」
「不破、お前は黙ってろ」
チャチャを入れてくる不破を黙らせて、六条は有菊と向かい合った。
「今回の件に関しては、全面的に私のミスだから気にしなくていい」
それを聞き、先ほどまでの行き詰まった雰囲気が無くなり、有菊は気持ちが明るくなった。
「はい。でも、私もちゃんとそういうこと調べるべきでした」
海外では異なる条例があることを認識していなかったわけではない。ただ、急に訪れることになって、その知識がうまく結びつかなかったのだ。
それでも、ここはニホンではないのだから、小雪のマニュアルに夢中になっている場合ではなかった。
「まあ、これから気をつければ大丈夫だから、まずはここを出よう」
「はい」
六条は署長にお礼を言い、有菊は警官にお辞儀をして、不破はふたりに軽く頭を下げてから警察署を出た。
「これからどうしようかな。まだあっちのほうに何があるか見てないから行ってみようかな」
この期に及んで、有菊はおつかいのきっかけを得るために歩き回ろうとする。それを六条は静止して、レンタルハウスのあるほうを指した。
「とりあえず一回戻ろう」
有菊は密閉空間からの解放で、おかしなテンションになっていることに気付き、素直に六条に従うことにした。
「そうですね。ここでの注意点とか確認してからじゃないとダメですね」
そうして三人でレンタルハウスへ戻った。
玄関を開けてリビングに入ると、リアンと結人が何か旧式の物々しいデバイスで作業をしていた。
「お帰りなさい」
リアンが嬉しそうに立ち上がって、有菊のところに駆け寄ってくる。
「有菊ちゃん、その服もかわいいですね」
新調した民族衣装を見て、リアンはニコッと微笑む。
「え? ありがとう」
自然と褒めてくれるリアンに、有菊は照れながら答える。室内ということもあり、猫耳姿を隠していない結人はそのやり取りに目をあげると、ジッと有菊のことを見た。
「ね、お兄ちゃんもそう思うよね?」
リアンが同意を求めると、ハッとしてから視線を外した。そして返事をしないまま、再び目線をディスプレイに向けた。なんなら体ごと有菊に背を向ける。しかし、なぜか猫耳が落ち着かなく動いている。
同意してもらえないことに軽く傷つきながらも、有菊は目の前の状況のほうが気になって聞いた。
「何してるの?」
「今は宿題をしてます」
リアンはハキハキと答える。
「宿題? 学校の?」
「いいえ、有菊ちゃんのおじいさんから出された宿題をやってるんです」
「おじいちゃんの?」
「はい。僕たちはおじいさんに色々と教えてもらってるんです」
「全然知らなかった」
そんなにも祖父母とリアンたちが親密な関係だったなんて、初耳だった。
「どんな宿題なの?」
「パターナリズムについて、でしょうか」
初めて聞く言葉だった。しかし、リアンたちも調べているということは、専門的な話かもしれないと、有菊は尋ねる。
「リアンくんもわからないことなの?」
「そういう訳ではないのですが、ちょっと全体像を捉えるのが難しくて」
そこで結人がリアンに声をかける。
「リアン、続きをやるよ」
どうやら共同作業のようで、ふたりは再びディスプレイとにらめっこをはじめた。
「六条さん、パターナリズムって知っていますか?」
初めて聞いた言葉に、有菊は隣に立っている六条に尋ねた。すると、六条は一般常識と言わんばかりにスルスルと答えてくれる。
「ああ、強い立場の人間が、弱い立場の人間に対して、これはあなたの利益のためだと、本人の意志に関係なく介入や支援などをすることだな」
「なんでそんなことを、おじいちゃんがリアンくんたちに教えてるのかな?」
「さあ? それはおじいさんに聞かないとわからないな」
「うーん。謎だ」
宿題の内容としても謎だし、おじいちゃんがリアンたちに何を求めているのかも謎だ。
「ま、考えてもわからないから、まずは自分のことをやろ」
有菊は気を取り直して、六条から送ってもらった、ここで生活する上での注意事項などを読んでいった。
全てに目を通すのに、さして時間がかからなかったので、昼食後すぐに出かけようとしたのだが、不破に止められた。
「ここの人たちは、昼過ぎは家に引きこもってることが多い。暑さが和らいだ夕方頃のほうが人とも会いやすい」
「それなら、夕方から出かけるかー」
有菊は背負ったリュックを降ろし、リビングのソファに座った。腕組みをして立っている不破は、無表情に聞いてくる。
「ところで、次はどこへ行くつもりなんだ?」
「特に何も考えてないです」
「そんな闇雲にうろついてても、目標達成は無理だろ」
「まあ、そうなんですけど、とりあえずここに慣れたほうがいいかなと思って」
まだ何も知らない土地だし、今日みたいな失敗をするのはごめんだ。このエコミュニティのことを知ることができれば、きっといい方法も思いつきそうかなと考えたのだ。
しかし有菊のその言葉を、不破は別の意味に受け取ったようだ。
「それなら、今日警察署で言ってたことをやればいい」
「え?」
「働かせてもらうんだよ」
「いやいや。さすがに就職まではやりすぎですよ」
「違う。『六次の隔たり』という言葉を知らないか?」
「初めて聞きました」
今日はやたらと知らない言葉に遭遇する。
もしかして自分は無知なのではないかと有菊は不安に思ってきたが、不破は知らないのは当然だと言わんばかりに説明をしてくれた。
「簡単に言ってしまえば、五人の仲介者がいれば目的の人物に繋がるという理論だ」
「それと働くことと何の関係があるんですか?」
「誰でもいいから、まずはひとりの人物に、この国のトップの人間と繋がりそうな人物を紹介してもらうんだ。そして、それを続ければ、もしかしたら国の中枢に近い人物に繋がれるかもしれない」
有菊はそれを聞いて、胡散臭さを感じた。
しかし、ただ闇雲に歩き回ったところで、偶然バッタリと会えるわけでもないのはわかる。
やり方がわからないのなら、不破の言う『六次の隔たり』というのを試してもいいかもしれない。
「つまり、タダで紹介してもらえる人物より、仕事を手伝ってから紹介してもらったほうが、より成功しやすいかもしれないってことですね」
「そうだ」
出来の悪い生徒が、ちゃんと正解を導き出せたことを喜ぶように、不破は微かに口角をあげた。すると、横から六条が口を挟んできた。
「それなら、ここの顔役の人からはじめるといいかもしれないな」
ふたりの会話を聞いていた六条が、キッチンから飲み物のパウチを持ってきた。
「顔役?」
パウチをみんなに配りながら、六条は頷く。
「ああ、あまり見慣れない人間がおかしなことを始めると、何かと横槍が入る可能性が高い。だから最初に顔役の人物に声をかけて、許可済みだとしておけば問題ないだろう」
「確かに根回しは大事だな」
不破も六条の提案に頷く。
「じゃあよろしく頼みましたよ。先輩」
どこで話がすり替わったのか、次は六条とともに顔役の人物を訪ねることになった。




