第27話 新しい舞台への入り口
飛行船が到着したのはアフール大陸の西に位置するダナメ共和国だった。
海に面したダナメ共和国は海上農業が盛んで、観光スポットにもなっている高層の海上農園が有名だ。しかし、飛行船の経路は海を見ることなく、内陸の空港へと着陸した。
「このあたりは赤道に近いこともあって、この時期はニホンよりかなり暑い。今着ている服は空調機能ついているか?」
六条の言葉に三人とも頷いた。
百年ほど前から、年々気温が上昇していき、ある地点で死亡原因のランキングに熱中症が食い込むようになった。
そのため、各国で空気調節(主に冷房)ができる服の開発が進んだ。
ニホンではかなり早くから、そういった服があったようで、さらにバッテリーの小型化や新たな生地の開発などで、品質の高い服を作り出していったらしい。
例にもれなく、有菊が着ているパーカーも、そんな技術が詰まったものだ。祖母のハンドメイドの贈り物ではあるが、その辺りの機能は市販のものと遜色ない。
空調管理のスイッチを入れると快適な温度を保ってくれる。
ただ、あまりに暑い場合は効果が弱まるため、同様の機能を備えた帽子などもあったほうがいい。
しかし急な出発だったので、残念ながらそんなものは持ってきていない。耐えられそうにない場合は、途中で帽子を購入することで話はまとまった。
「私、海外って初めて」
「僕たちも初めてです」
リアンも楽しそうに見渡しながら、空港の入国ゲートに向かって歩く。有菊は肩に乗った小雪を、リュックに仕舞うべきか悩みながら歩いていた。
「でも、船には乗ったことがあるんだよね」
「はい。訓練で乗せてもらったことがあります」
有菊は船上で慣れた様子のリアンを思い出す。
「それって、私と行動することを想定して訓練してたの?」
「はい。自衛隊の皆さんにもお世話になりました」
その大掛かりな訓練に、有菊はめまいがした。
今回の一連の出来事の中で、一体どれくらいが予定に組み込まれたものだったのか知りたいが、祖父母はここにはいない。
「会ったら絶対に問い詰めるんだから」
すると前を歩いていた六条は、人の流れから外れはじめた。
「六条さん、こっちじゃないんですか?」
「いや、君たちはこっちから入国するから、こっちに来てくれ」
そう言われて別室に入ると、VIP用なのか有菊たち以外誰もいない。そして入国審査用のゲートと端末が置かれており、その付近に数人の係員がいた。
通常は入国審査は専用の端末で行われるのだが、VIPだからか、人間が対応してくれるらしい。
何も悪いことはしていないが、緊張して入国審査のゲートを通り過ぎる。小雪は肩に乗ったままだったが、特に呼び止められることもなかった。
有菊が進むと、すでに審査が終わりゲートの先で待っているリアンが心配そうにこちらを見つめている。
振り返ってみると、結人がフードを取るように言われている。そして、取ったら取ったで、何か指をさされていた。
でも、よく見ると係員の人たちは笑顔だったので、きっと似合っているとか言われているんだろう。
「あ、来ました」
「これで全員そろったな。じゃあ行こう」
結人は再びフードをかぶって、不機嫌そうに歩いてきた。
六条はそこには触れずに、再び先導しはじめる。
「ここからはエアカーをレンタルして行く」
「エアカーって、車で行くんですか?」
有菊のいたところでは、移動には自転車や電動モビリティが普通だったので、車を使うことに驚いた。しかもエアカーなんて、道路が充実しているニホンではそれほど普及していない乗り物だ。
「いや、ここから一番近いエコミュニティまではかなり距離があるから、エアカーが一般的なんだ」
「あ、そうなんですね」
「さすがにあの距離を炎天下、自転車で走ったら命に関わる」
「そんなに暑いんですか」
「暑いというより、息苦しいから覚悟してくれ」
それを聞いて慄いている有菊を他所に、六条は地下へむかう。
どうやらレンタル場所は地下にあるらしい。
空港を出ると、あまり冷房がきいていないようで、すでに暑い。有菊は急いでパーカーの空調管理のスイッチを操作した。
その操作を見てなのか、小雪は逃げ込むように有菊のパーカーの中に丸まった。
先ほどからすれ違うこの国の人たちの多くは、民族衣装なのか、似たようなパターンの服を着ている。
それらは手首までしっかりある長袖シャツに、足首までゆったりあるボトムスという、完全に身体を覆うデザインだ。ちなみにどれも使われている布は鮮やかで目を惹く。
「あの人たちみたいに、全身をカバーできる服のほうがいいかも」
素足を出している有菊は、下からも立ち上がってくる熱に、自分の着ているパーカーでは過ごせない気がしてきた。
「どこかで買えたりするのかな」
むせかえるような暑さの地下を六条について歩いていくと、ころんと丸いフォルムのエアカーが並んだ駐車場に出た。六条は歩道と駐車場の間に立っている端末で何かを入力している。
結人とリアンは興味深そうに駐車場のあちこちを眺めている。有菊も今まで見たことのない光景に、不思議な高揚感に包まれていた。
「こちらに来てくれ」
六条に呼ばれて、車止めに向かうと、一台の無人のエアカーがやってきた。
ルーフには太陽光パネルがはめ込まれて、車体の真ん中にスライド式の乗降口がある。そこから乗り込むと中は意外と広い。
リアンと結人が並んで、向かい合って有菊と六条が座ると、自動でドアが閉まり、滑り出すように出発した。
「これから行くエコミュニティは、内陸では一番大きいところだ」
「海側に行くんじゃないんですか?」
せっかくここまで来たんだし、有名な海上農園を見たい。
しかも海側には海上農園だけでなく、過去に存在した王国を再現した観光施設もあると空港の案内広告にあった。仮想空間では体験できない、スピリチュアルな空気を感じられるらしい。
有菊は観光気分でそう尋ねると、六条は残念そうに首を振った。
「あちらのほうが栄えているが、待ち合わせはディーディというエコミュニティなんだ」
「待ち合わせって、他に誰かと合流するんですか?」
「ああ」
六条はなぜか少し渋い顔をしつつ頷いた。
駐車場から出る際は、地面に沿うように走っていたのだが、地上に出て走り出したエアカーは自動運転で空中をどんどんと加速する。実はエアカーに初めて乗る有菊は、かなり緊張していた。
「有菊ちゃん、大丈夫ですか?」
不安な様子の有菊に気がついたリアンが声をかける。
「大丈夫。初めてだから緊張してるんだ。だって自分で操作しない乗り物なんて怖くて」
「でも列車は乗ったことあるんですよね?」
「うん」
「あれも自動運転だから、これと一緒じゃないんですか?」
「ほら、列車はレールの上を走るから」
その返答にリアンは納得したのか、「そういうものなんですね」と頷いていた。




