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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第2章 おつかい
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第26話 命名

「笑ってもいいよ」


 フードを脱がされた結人は、恨めしそうな目で有菊たちを見た。


「えっと、笑ったりしないよ。うん。なんというか……、似合ってる?かな」


 有菊は顔がニヤけるのを必死で堪えながら、言い訳のように感想を述べる。


「お兄ちゃん、可愛いよ」

「リアンくん、可愛いはよくないかも」


 リアンは無邪気に結人に笑いかける。

 六条はリアンを注意するが、その目は笑顔だ。


「もういいよ」


 諦めたように結人はフードの中で遊んでいるオコジョをやさしく掴んで、向かい合わせに配置された座席のひとつに座って遊びはじめた。


 そんな結人の頭には、黒い猫耳が生えており、首には首輪のようなチョーカーが着けられている。チョーカーは猫耳と同じ黒色だ。

 猫耳は感情と連動しているのか、時々動いている。


 六条の話によると、チョーカーは美玲たちの組織に着けられたものらしい。


 有菊たちが逃げた後、あの部屋ではふたつの組織が膠着状態に陥ったという。ひとつは美玲が属する組織。そしてもうひとつは梶田が属する組織だ。

 ちなみにあの時、祖父母の家に不法侵入したのは、梶田が属する組織のメンバーだったらしい。

 そして、あのマンション全体が美玲たちの支配下に置かれたことで、梶田の属する組織は撤退を余儀なくされたという。


 そして美玲たち組織は、あの時点で有菊たちを追跡して捕えることもできたそうだ。しかし、それを見逃すかわりに結人にある条件を提示した。

 それが、この発信機、カメラ、マイクの三点がついたチョーカーをつけ、再び有菊たちと合流するというものだった。


「どうして美玲さんは私たちを見逃したんでしょうか?」


 有菊は結人の様子を見ながら素朴な疑問を口にする。それに対して、六条が答える。


「現時点で捕えるより、もう少し情報を集めたかったんだろう。なんせ我々も今、何が起きているのか全容を把握できていないからな」


 しかし、こちら側も情報を全て与えることはできないため、苦肉の策としての猫耳だという。


 この猫耳は装着者の脳波を読み取り、それを専用アプリのトークルームに文字として出力することができるという代物らしい。

 さらに、専用アプリで入力されたトークを、脳が直接受信することができるらしく、声を出さず、画面を見ることなく会話が可能なのだという。


 有菊、リアン、六条の端末に専用アプリがダウンロードされているとのことだ。だから、みんな個々のデバイスを黙々と操作しているように見えて、実は結人と会話している、ということが可能になるらしい。


 この時知ったのだが、リアンのデバイスはコンタクトタイプらしい。今までどうやって連絡を取り合っているのか不思議だったが、これで謎が解けた。


 ちなみに、なぜ猫耳なのかは開発者に聞かないとわからないらしいが、絶対に趣味としか思えない。しかも、妙にクオリティが高いこの猫耳は、結人の頭に元から生えていたかのように見える。

 趣味がいいのか悪いのかは置いておいて、猫耳にチョーカーという結人の姿は飼い猫のようで、つい顔が緩んでしまう。

 猫背なのが余計にそれを引き立てているのだが、そんなことは本人に言えない。


「それっていつか取ってもらえるの?」


 猫耳をつける元凶となったチョーカーを指すように、有菊は自分の首を指す。

 それほど丈夫と思えないチョーカーは、工具を使えば簡単に取れそうだ。


「さあ」


 有菊の質問に、結人はちらりと視線をむけて答える。


「ちなみに無理に取ろうとすると?」


 腕組みをして有菊は確認する。


「美玲さんは爆発するって言ってたけど、頭のやつつけた人は、多分爆発じゃなく電流が流れて死ぬんじゃないかって」


 有菊の質問に結人は下を向いて他人事のように答える。

 その投げやりな感じは、どうにもできないことを考えても仕方がないと諦めているようだった。

 その回答に、有菊は血の気が引いていくのを感じた。

 まさかそんな深刻な事態になっていると想像していなかった有菊は、結人に近付いて伝える。


「私、美玲さんにお願いしてみる。もっと別の方法にしてもらえないか」


 突然視界に入ってきた有菊に、少し身体を仰け反らした結人はボソボソとつっこむ。


「いや、それだとふたりとも捕まるだけだから」

「でも……」


 思い詰めている顔の有菊を見た結人は、少し沈黙した。

 そして結人にしては明るい声で、今回の経緯を話し出す。


「それに、美玲さんが用意した衣装の中で、これが一番マシだったから」

「え?」

「他のやつは、ゲームとかのキャラの衣装っぽいのばかりで、あれを着て生活するの嫌だったから」

「あ、そうなんだ……」


 有菊は、美玲のあのキャラクターグッズに埋められた部屋の景色を思い出す。


「まあ、これを選んだら、『ひとでなし!』て泣かれたけど」

「他に着てもらいたい衣装があったんだね」

「たぶん」


 そう言うと、結人は話を切り上げるようにリアンに声をかけて、預けていたタブレットを受け取っていた。


「でも、次に会うことがあったら、美玲さんに私ではダメか交渉してみる」


 そう結人に言って、有菊は席についた。

 しかしそれが実現した場合、泊めてもらった時に着るのを断った、あのきわどいパジャマとかを着せられるんじゃないかと、有菊は頭を抱えた。


 そうして、合流した有菊たちは飛行船で目的地へと向かった。


 飛行船での移動は半日以上かかるらしい。

 この中では、どこで監視されたり盗聴されているかわからないということもあり、各自のデバイスで好きなものを見たり聴いたりして過ごした。

 結人はタブレットでオコジョの姿をスケッチしていた。


「そういえば、この子の名前を決めないとだよね」


 指で迷いなく描いていく結人に感心しながら、有菊は悩みはじめた。

 シェルムは何も言っていなかったが、マニュアルには名前を登録して呼びかけると、様々なことをやってくれると書いてあったのだ。


「オコジョじゃ芸がないか」


 有菊のセンスのない案に、結人は少し顔をあげて怪訝な顔をする。しかし、案を出してくれるわけではない。


「追いかけっこして捕まえたから、カケッコーとか。いや、白くて長いから白ネギかな」

「このままだとこの子の名前が大変なことになりそうだから、結人くんも考えてあげたらどうだ?」


 次々と挙がる有菊の迷案を聞いて、六条はなぜか結人に声をかける。


「ちょっと待ってくださいよ、六条さん。これでも真剣に考えてるんですよ」

「だとしたら、本当に結人くんの助言ももらったほうがいい」


 結人は手を止めて、小さくため息をついた。

 そして、少し間を置いてから、ふしくれだった指で空に文字を書く。


「オコジョの毛の色が白くなるのは冬らしいから、小さい雪と書いて、小雪(こゆき)は?」

「小雪?」


 有菊は真っ白なオコジョを見て、名前を呟いてみる。


「うん、かわいい! すごく似合ってる」


 結人から提案された名前は有菊の心を掴み、そのまま小雪と名付けられた。



 その後、すっかり静かになった室内で、各自デバイスで何かをしている中、有菊はこっそりトークルームの専用アプリを立ち上げた。

 そして結人に「ありがとう」と入力してみた。

 すると、結人の猫耳が少し動いてから、「どういたしまして」と返信があった。

 それを見て、なぜか嬉しいような恥ずかしいような気持ちになり、そっとアプリを閉じた。


 それから有菊はマニュアルを読み込み、小雪の設定に勤しんだ。


 そうして着陸までのあいだ、静かな時間が流れていった。

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