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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第2章 おつかい
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第24話 空港見学とお手伝い

 それでも宮島と良好な関係を築けそうなことに、有菊は何か前進したような気がして嬉しかった。ひとりでそれを噛みしめていると、隣の部屋にいた六条が顔を覗かせた。


「確認が取れたので、先に伝えておく。空港内の安全は確保されているので、空港内であれば外出しても大丈夫だ」


 それを聞いた有菊はパッと顔を輝かせた。


「私、ちょっといってこようかな。リアンくんはどうする?」

「やりたいことがあるので、僕は部屋にいます」

「わかった」


 リアンの回答を聞くと、すぐに部屋に荷物を置いて着替えた。そして、船上で食べられなかった昼食を急いで流しこんだ。船側の好意で、パウチタイプのエナジージェルをもらっていたのだ。


「じゃあ、いってくるね」


 相変わらず与えられた部屋には入らず、先ほどのソファに座っているリアンに向かって手を振る。

 六条はすでに隣に戻ったのか、姿は見えなかった。


 有菊は自分のデバイスがないうえ、船という閉鎖空間にいたストレスを解消するため、空港内を探検することにした。


 初めて訪れる空港は呆れるほど天井が高く、太陽光を取り入れて開放感にあふれている。そして、向こう側の壁が見えないくらい広い。

 周囲を見渡すと、これから飛行船に乗るのか、たくさんの人々が賑わっていた。

 意外と分身ロボット(シンクロパペット)と同じくらい生身の人間もいるのには驚いた。祖父母のような人が、こんなにもたくさんいるなんて、エコミュニティで生活していた時には想像もできなかった。


 フロアにはお土産を売っている実店舗もいくつかあり、様々なディスプレイが目を惹く。

 さらに視線を奪うのは、国内のアクティビティを宣伝する拡張現実(AR)の立体映像だ。数メートル上の空間を、たくさんの鳥が羽ばたいている。それより上には海上都市を逆さまに配置して、その隙間をグライダーのような乗り物で飛ぶ映像が流れている。

 モノクルタイプのデバイスを外すと、それらの映像は消えて、シンプルな空間が広がっていた。


「すごい情報量だなー。このデバイスでも遅延なく投影させるなんて、どういう技術なんだろ」


 再び装着して、その膨大な映像に感心しながら歩いていると、気になる人物が目に入った。ヒョロっとした白いTシャツにベージュのカーゴパンツを身につけた男性で、なにやらオロオロしている。

 困っているのかなと、有菊は声をかけてみた。


「何かあったんですか?」


 すると、男性は驚いたように振り向く。

 年齢は三十歳手前くらいだろうか。焦茶の髪は掻きむしったせいでぐちゃぐちゃだ。

 有菊より数センチ背が高く、痩せ型のその男性は少し気の弱そうな雰囲気を漂わせている。メガネタイプのデバイスは、グラスに触りすぎたのか指紋だらけで、焦っているのがよくわかった。


「あっ、えーっと、荷物がね」


 慌てた様子の男性の話をよく聞くと、どうやらドローンで手配していた荷物が、搭乗時刻間近になっても届かないという。

 AIコンシェルジュに確認をしても、現在ロストしていてわからないとしか返事がないらしく、困っているとのことだった。


「何番のドローンですか?」


 有菊が飛び交うドローンの機体を見上げる。


「N1354だけど……」

「私、時間がたっぷりあるから探してきますよ」

「ええっ、でもどうやって?」

「もちろん走って」


 男性は信じられないものを見るような目で有菊を凝視した。


「じゃあ、見つけたら連絡しますね」


 そんな様子の男性を気にすることなく、有菊は使い捨ての連絡用IDを聞いて、走り出した。


「これで走る口実ができた」


 実は有菊はどうしても身につけたいものがあった。

 それは身体強化用のスーツを身につけた時に耐えることのできる筋肉だ。


 身体強化用スーツは、一般的には足腰が弱った人向けのものだ。

 しかし、有菊はその身体強化用のタイツを改造していた。それを使いこなすことができれば、通常の人間では不可能な動きができるという代物だ。下半身のみだが早く走れたり、数メートルの跳躍を可能にする。

 跳躍に関していえば、スニーカーの反重量アシスト機能を使うこともできるが、こちらは燃費が悪く、すぐに充電が切れるので、いざという時にしか使えないのだ。

 その点、このタイツはバッテリーなども不要なのでいつでも使える。


 色々と制限のある暮らしをしていた有菊にとって、身近で信じられるのは自分の肉体くらいだった。そして、走ることが得意なのもあり、この方向の努力に夢中になっていったのだ。


 あの襲撃があった日、着替えを詰め込んだ際に他のアンダーウェアと一緒に入れていたようで、今それをホットパンツの下に履いている。

 乗船中も履くことはできたのだが、あの時は船という特殊な場所だったので、設備の破損など考えると出力を上げて走り回るのが怖くて諦めていた。


 まだまだ体幹が弱いので、タイツの出力は半分も出せていない。あまり強い出力だと身体が負けて、筋肉痛ならまだしも、筋肉や筋を痛めることもある。


 今日は全速力で走るわけにはいかないので、二割程度の出力にしていた。その数字を少しだけあげて、有菊は飛び交うドローンを見ながら走った。


「あれは、違うかー。あ、あれとかは?」


 それらしい機体を見つけては、確認をする。

 広い空間の端から端まで縦横無尽に走り回ってみたが、目的のドローンは見当たらない。


「もしかして、この空間にはいないのかな?」


 有菊は走ってきた場所を見渡して、他にドローンが飛びそうな場所を構内地図で確認した。


 しかし、それらしい場所が見当たらない。


 ふと、上の巨大ディスプレイを見上げる。

 そこには世界的バーチャルアーティストのフーのMVが流れていた。

 フーのクリエイターは、素性が明かされていないのだが、サイトにアップする曲すべてが大ヒットする話題の人物だ。今回の曲も、先週にアップされてから全世界で話題になっていた。

 有菊も好きでよく聞いていて、いつかライブが開催されたら参加したいと思っている。


「あれ?」


 ディスプレイのほうに気を取られて最初は気が付かなかったが、なにか違和感がある。モノクルタイプのデバイスを外して同じ場所を見上げる。

 すると、拡張現実(AR)のディスプレイの裏側にあたる場所でクルクルと行き先を失ったドローンが見えた。


「あれだ」


 機体の下に表示されているナンバーも一致している。

 すぐに先ほどの男性に連絡すると、それからすぐに障害が解消されたのか、そのドローンは目的地へと向かっていった。


 念のためついて歩いていると、先ほどの男性がこちらに向かって手を振っていた。


「助かりました。まさか、あんなところに隠れてたなんて気がつきませんでしたよ」

「私もたまたまコレだったので見つけられただけです」


 有菊は装着しているデバイスに触れる。


「もしかしてレンタルなんですか?」

「そうなんです。不便だなと思っていたんですが、今回は片目が肉眼だったのが幸いしました」

「お礼をしたいのですが、もう搭乗しないといけないので、よかったらこちらを」


 そう渡されたのは小さな紙切れだった。


「これは?」

「名刺というものです」

「メイシ?」

「まあ、私の所属や連絡先を印字した紙です。昔はこの名刺が自分を知ってもらうためのツールだったそうです。面白そうだったので、少し持ち歩いてるんですよ」

「へー」


 有菊は手のひらサイズの紙切れを見た。

 手触りのいい紙には、杜艾文という名前が真ん中にあり、その上にはEchoWave(エコーウェーブ) LLCという企業名、下には連絡先が書かれていた。


「もり……ぶん?」

「アルヴィン・トーといいます」


 名前の呼び方がわからず戸惑っていると、発音方法を教えてくれた。


「トーさん?」

「はい。今度機会があれば、ぜひお礼をさせてください」


 相変わらず指紋で曇ったメガネだが、その奥の茶色い瞳は穏やかだ。


「そんな、いいのに」


 大したことをしていないのにと恐縮していると、トーはニコッと笑った。


「いえ、本当に助かったので。仮想空間メタバースでも構いませんので、またいつか」

「わかりました」


 そうして、ヒョロっとした体を翻して、トーは出国審査のゲートへと早足で歩いていった。




 その日の夜、有菊には外出禁止令が出された。

 どうやら、いくら安全とはいえ、空港内を走り回るのは目立ちすぎるとのことで、ホテルが貸し出しているルームランナーが運び込まれていた。


「せめて散歩だけでも!」


 有菊は頼んでみたが、それならこれをとフルダイブ型のデバイスを渡された。


 そうして出発までの数日、有菊は部屋の中で過ごすはめになったのだった。

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