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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第2章 おつかい
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第23話 確かな信念

 降りたった埠頭では、ニホンの夏を彷彿させる湿気を帯びた暑さが待っていた。


「あっつ」


 有菊は青い空を見上げて目を細めた。


「あのチューブウォークで移動する」


 六条が指した先には、透明の素材で覆われたチューブウォークがあった。あまりの暑さに三人は足早に向かい、急いで自動ドアの内側へと入った。


「涼しー」


 チューブウォークの中は冷房がしっかり効いていて快適だ。素材が透明なので、閉塞感もなく外の風景が見える。


 駅へ向かうレーンと埠頭へ向かうレーン、それぞれ左右に分かれており、進行方向を考慮されて植えられた南国特有の植物がチューブの外に見える。

 鮮やかな色の大きな花が出迎えてくれて、それらの景色を自動で動くレーンの上で楽しんでいると、あっという間に駅に到着した。


 ゲートを通り過ぎ、ホームから停車中の列車に乗り込む。

 ニホンの列車よりシンプルなデザインだなと、有菊は車内を見渡して思った。しかし、座席や床の色遣いがカラフルで、ツルッとした硬い素材は光を反射して清潔感があり好感がもてた。


 それより気になったのが人の多さだ。ニホンで乗った列車と比べると、随分と乗客が多い。


「こんなに人がいるなんて、何かあったんですか?」

「空港へ向かう列車はこんなものだが」


 この人数は普通のことだと、六条は指定席の場所を探しながら答える。


「そうなんだ」


 ほとんどの席が埋まっている車内を見渡して、有菊はまだ納得できないでいた。

 予約していた座席はボックス席だった。

 有菊はリアンの隣に進行方向に座り、六条はその向かいにひとりで座った。


「飛行船は何時の便なんですか?」


 有菊は、初めて向かう空港にワクワクしながら確認する。

 すると、六条は「今日は搭乗しない」と首を振った。


「我々が乗る飛行船の出発は二日後だ」


 今日すぐに飛行船に乗れるものだと思っていたので、二日後と聞いて少しテンションが下がる。


「それじゃあ、私たちは空港で二日過ごすんですか?」

「ああ、空港に併設しているホテルで過ごすことになる」


 有菊は今まで船の上だったのに、今度はホテルで缶詰かと思うと、すこしうんざりした。




 空港の駅で降車すると、乗客のほとんどが同じところで降りたようで、今度は駅のホームが混みあった。

 しかし、人々の多くが空港があるほうへ進むのに対し、人の流れを縫うように有菊たちは駅のホームに直結しているホテルの入り口へ向かった。


 ホテルは青を基調としたマリンテイストの内装で、目にも爽やかだった。

 誰もいないレセプションには拡張現実(AR)の色とりどりの熱帯魚が漂っている。水草を模した観葉植物に隠れながら泳ぐ姿は楽しそうだ。

 しかし先を歩く六条はそこには寄らず、まっすぐ部屋へ向かった。


「すでにチェックインしているから、まずは部屋に入ろう」


 六条の案内で部屋に入ると、そこは入り口はひとつだが、中に個室がふたつあるタイプの間取りだった。それぞれの個室に、ベッドやサイドテーブルなどの家具が置かれている。

 そして奥にはリビングルームがあり、そこには隣の部屋へと繋がる扉が見える。


「それぞれ好きなほうの個室を使ってくれ。私は隣のコネクティングルームにいる」


 そういって、有菊とリアンにこの部屋の鍵を各デバイスにドロップしてくれた。

 この鍵はこの部屋だけでなく、このホテルに入るにも必要なものらしい。


 最低限の連絡事項を伝えると、六条はリビングルームから隣の部屋へと消えていった。


「あ、宮島さんから連絡だ」


 何で受信したのかわからなかったが、リアンはリビングルームのディスプレイに通話画面を表示して正面のソファに座った。


 宮島と聞いて、最初はピンとこなかったが、すぐにあの海に向かう途中で会ったおばあさんだと思い出した。


 襲われる直前に会ったこともあり、ここで無視するのも変かなと、有菊はリアンの隣に座ってみた。

 背負っていたリュックは膝の上に置く。小動物は下船してからも大人しくしてくれていて、リュックを少し開けて上から除くと、丸まって寝ているように見えた。


「宮島さん、お加減はいかがですか?」


 ディスプレイの中には、頬に湿布を貼り、口の端が紫色になった痛々しい姿の宮島が映っていた。腕を骨折したのか、アームホルダーもつけている。


「リアンくん、こんにちは。もう大丈夫だよ」

「あの時、帰り道に宮島さん家の前を通ったら、あんなことになっていてびっくりしました」


 宮島はリアンの顔を見て、目尻に皺を寄せる。


「あたしもびっくりしたよ。いつもみたいに見慣れない顔の人間に声をかけたら、突然叩かれちまってね」

「そうだったんですね。直接お見舞いに行けなくてごめんなさい」

「いいんだよ。大したことないし、すぐに近所の子が助けてくれたからね」

「それは良かったです」


 そして有菊の顔を見る。


「あんたもこの前はすまなかったね」


 突然こちらに話を振られてドギマギする。


「あ、いいえ、大丈夫です」


 あれが悪気があってやったわけではないということをリアンから聞いているので、反論するつもりはない。

 むしろ、弱い立場の人間だけでなく、どんな人物にも同じようにしていたのかと思うと、尊敬すらおぼえる。


「なんか、災難でしたね。暴力をふるうなんて信じられないです」

「まあ、何となくそういうタイプの男だとはわかっていたけど、あんたたちが海岸のほうにいたから、あまり行かせたくなかったんだよ」


 ため息をついた宮島は、有菊の知らなかった事実を教えてくれた。


「あの辺りは、防犯カメラが取り外されてしまっていてね。一体だれがそんなことをしたんだか」


 それではもし犯罪があっても確認できない。

 そう思うと、宮島の行動は正当なものだと有菊は感じた。


「だから、あの辺りは危険でね。特にあの男は堅気ではないのがひと目でわかったしね」


 その言葉に、宮島の信念をみた気がする。


「その男は捕まったんですか?」


 有菊は段々と状況が理解できてきて、少し憤りながら宮島にきいた。


「いや、近所の人も通報した時に、容姿とか伝えてくれたらしいけど、今のところは見つからないらしいよ」

「早く捕まって欲しいですね」

「そうだね。他に被害者が出る前に捕まってくれるといいねぇ」


 ふと思い立って聞いてみる。


「ちなみにどんな男だったんですか?」


 宮島は少し思い出すように上を向いてから答える。


「随分と派手な格好をした男だったね。今時珍しいスーツを着てさ。きれいな顔をしていて、金髪だったよ。ゾロゾロと屈強そうな男を何人も引き連れて歩いていてね」


 金髪で派手な格好の男に関していえば、有菊たちが海岸で会った人物だ。しかし、会った時はひとりだった。

 リアンと顔を見合わせる。


「僕たちは複数人に囲まれていたんですね」

「気がつかなかった……」

「でも、あの人物で間違いなさそうですね」


 ふたりの意見が一致して、有菊は画面のほうを見る。


「宮島さん。もし、そいつを見かけたら、私絶対に懲らしめますから」


 有菊はグッと拳をつくって、宮島に宣言する。


「あんたみたいな子に、そんなことさせられないよ。警察に任せてあるから大丈夫だよ」


 そう言って有菊に優しい眼差しを向ける。


「まあ警察も『AIの判断に従っただけだ』とか適当なことをいって、犯人を取り逃すこともあるからね。そうやって責任の所在を有耶無耶にする連中だから、あんまり当てにはできないけどね」


 宮島は警察の不甲斐なさを嘆いた。

 それを聞いて、有菊も空き巣で対応してくれた警察の、事務的な態度を思い出した。


「おや? もう食事の時間かい」


 画面の向こうの宮島は、誰かに声をかけられたのか、画面外を見て何度か頷いている。

 その様子を見て、リアンは「じゃあ、そろそろ切りますね」と声をかける。


「ええ、今日は話せて良かったよ。ありがとう」


 宮島はふたりに対し笑顔を向ける。

 その笑顔は、あの日リアンに向けたものと同じで、有菊は認められたような気がして、少し頬を赤らめた。

 そして、それは宮島をケガさせたあの男を許せないという気持ちに繋がった。


「宮島さん、お大事になさってください」

「早く良くなってくださいね」


 リアンと有菊は宮島にあいさつをして、通話を切った。


「絶対にあの男だよね」


 完全に通話が切れたことを確認してから、有菊はリアンのほうを勢いよく見た。


「あの時間帯にあんな特徴のある人物が何人もいないでしょうから、恐らくそうですね」


 リアンも思案顔で頷く。


「確か、また会うみたいなこといってたし、会ったら許さないんだから」

「有菊ちゃん、宮島さんもいっていたけど、無理はしないでくださいね」

「わかってるって」


 普通に考えて、あんなおばあさんにケガをさせるなんて許せない。イライラする有菊をリアンは冷静に嗜める。

 これじゃあどっちが年上か分からない。


「リアンくん、本当は私より年上なんじゃないの?」

「それはないですよ」

「だよねー。私ももっと冷静にならなきゃな」


 そういって有菊は上を向いた。

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