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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第2章 おつかい
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第20話 追いかけっこ

 薄暗い居住区の廊下を、ブルーのつなぎを着た有菊は息を切らしながら走っていた。こめかみから汗が流れ、それを手で拭う。


「どうですか? 見つかりました?」


 ピアスからリアンの声が聞こえる。


「ま、まだ。さっき逃げていくところ、見えたんだけど、また見失った。多分、ここの中にいることは間違いないみたい」

「わかりました。また探してみます」

「よろしく」


 通話を切って、有菊はクリーム色のペンキで塗られた柱に寄りかかって息を整えた。


「ほんと、何やってるんだろ」


 そう呟き、柱の心地よい冷たさを感じながら目を閉じて、昨夜からの出来事を思い出した。




 昨夜は漁船のような船で沖合まで出たら、今度は巨大なコンテナ船舶が停泊していた。

 次はこれに乗り込むのかと見上げていたら、目線の先の甲板から縄ばしごが下りてきたのだ。そこから人が伝って下まできた時には、何かの冗談かと思った。


 絶対にもっと安全に甲板まで行く装置があるはずなのに、手っ取り早いという理由だけで、降ろされた縄ばしごで何メートルも上の甲板までのぼることになったのだ。

 しかし、リアンが当然のようにはしごを伝って上へいくので、文句はいえなかった。

 横から吹きつける風に耐えながら、有菊は下を見ないようにして、必死の形相でのぼっていった。

 

 六条と、ここまで船を操縦してきた人物も乗船すると、この巨大な船はどこかへ向けて動き出した。


 先ほどまで乗っていた小さく揺れ続ける船とは異なり、大きく安定した床を歩くことができて、有菊はフワフワと夢の中にいる気分になった。


「予定では三日、ここで過ごすことになる」


 六条からそう告げられ、リアンと有菊は船内の個室をあたえられた。

 船の中とは思えないほどきれいな室内は、三日間を過ごすことも苦にならない、なんなら旅行気分が味わえる素敵なものだった。


 その日はもう深夜というか、明け方が近かったので、そのまま部屋で眠るように言われた。

 本当は汚れを落とすためにもミストを浴びたかったのだが、長距離を歩き、慣れない船に乗り、最後の縄ばしごで体力ゲージがゼロになってしまったらしい。

 据え付けのソファに座り込んだが最後、いつのまにか眠ってしまっていた。途中、硬い床に滑り落ちていたらしく、起きたら身体中が痛かった。

 翌日、目を覚ました有菊は部屋に併設されているミストを浴びた。ガチガチに固まった身体も、少し熱めのミストでほぐすことができた。


 さっぱりしてクリーナーボックスの中から洗浄を終えた服を取り出し着替えていると、テーブル型デバイスのディスプレイにメッセージが届いているのが見えた。

 

「起きたら食堂まで来てください」


 それは六条からのメッセージで、朝八時に受信していた。その受信時間を見て、有菊は焦った。


「今は……、十五時!?」


 どれだけ眠ってしまったんだと、メッセージに添付されていた船内地図を確認して、急いで部屋を飛び出した。


 こぢんまりした食堂に辿り着くと、リアンと六条は隣り合って椅子に座っている。

 そして、勢いよく部屋に入ってきた有菊に対して、六条は「よく眠れたみたいでよかった」と、嫌味なく笑う。

 それに安心したのか、お腹が鳴って有菊は赤面してお腹を押さえた。


 空腹を満たすため、まずは食事を摂ることになった。

 すでに食事を終えたらしい六条とリアンの横で、有菊は美味しい食事に舌鼓をうつ。こういう閉鎖空間では、やはり食事は重要な要素らしく、満足度の高い食事が提供されるようだった。

 有菊は乗船中の楽しみができたことを密かに喜んだ。


 リアンは、有菊のすぐ隣の席に座って、食堂に置かれた本型デバイス(マーヴル)を読んでいる。難しい本でも読んでいるのかなと覗いてみるが、意外にもそれは子供向けの絵本だった。

 その割には真剣な眼差しなので、そのちぐはぐな様子に有菊は、やっぱり頭のいい子は絵本の読み方も違うんだなと感心して六条に視線を移す。


 六条はシューティンググラスのデバイスで、何か作業をしている。もしかしたら報告をあげているのかもしれない。


 昨夜、このコンテナ船舶に乗り込む前の船上で、六条は簡単に自己紹介をしてくれた。

 名前は六条純。ニホンの陸上自衛隊に所属していて、今回は特殊任務として有菊たちの警護をしているという。


 有菊の祖父母はニホン政府と深い関係があり、今回はとある省庁からの依頼だそうだ。それに対して自衛隊からは六条が派遣されたらしい。


 もう、話のスケールが大きすぎてよくわからないが、祖母の開発した技術はニホン政府にとっても重要なものらしいことはわかった。


 六条の任務は、有菊を無事に祖父母の元に送り届けることだが、再び祖母にニホンでペンディングになっているプロジェクトに戻ってもらうのが、政府の最終的な目標らしい。


「もう、おばあちゃんについては、何を言われても驚かないな」


 その話を聞いて、有菊は心が無になった。


 しかし、ふたりが無事らしいことがわかり、そこまで送り届けてもらえるのはありがたい。あの町で悶々と待たなくても、こちらから会いに行けるのだから、有菊にとっては願ってもないことだった。




「まずは残念なお知らせなんだが」


 食器を返して席に戻ってきた有菊に、六条は少し困ったような顔で口を開いた。


「アキくんのデバイスはまだ解析中で、返却できないとのことだ。代わりにこれをしばらく貸与する」


 差し出されたのは、モノクルタイプの簡素なデバイスだった。ここまで機能を削ぎ落とされたものは初めて見たので、有菊は逆に感動してすぐに装着した。


「それに伴い、個人IDを使用する外部へのアクセスも現時点では控えて欲しい。もちろんログインを要しないサイトの閲覧等は問題ない」


 その注意事項を聞きながら、すぐに気がついた。有菊のメガネ型のデバイスは結人の手に渡っていたのだ。それを解析しているということは


「彼……リアンくんのお兄さんは無事だったんですか?」

「ああ、それがいい知らせだ。少し問題はあるが、とりあえず命に別条はない」

「とりあえず?」


 歯切れの悪い報告に、有菊は首を傾げる。


「それに関しては、また情報のアップデートがあるかもしれないから、ここでは結人くんは元気だということだけ伝えておく」

「わかりました」


 あの時、殴られたような音がしていたから心配だったが、無事に保護されたというなら安心だ。

 すでに聞かされていたのか、リアンは嬉しそうに頷いている。


「それで、ここで過ごしてもらう間はゆっくりしていてもらおうと思っていたのだが……」

「何かあったんですか?」


 六条はコホンと咳払いをして、有菊とリアンに説明をはじめた。


「実はこの船は民間のコンテナ船舶だ。そして、ニホンでの積み込みの際に小動物的なものが忍び込んでしまったらしく、現在それの捕獲に手が空いている人が参加している」


 そんなすぐに見つかるわけはないのだが、有菊は「へー」と返事をしながら、食堂をなんとなく見まわした。


「ただ、最低限の人数しか乗船していないため、手が空いている人がほとんどいないのが現状で」

「つまり、私もそれに加わったほうがいいんですね」

「できればお願いしたい」


 どうせ自分のメガネもないし、他にやることもないから構わないかなと安易に引き受けた。

 変にぼんやりした時間があると、梶田や美玲に裏切られたことを思い出してしまうからちょうどいい。


 そして、汚れるだろうからと船員が着用するつなぎを貸してくれたので、それを着てリアンとペアで小動物の捕獲に参加したのだった。




 しかし、小動物の捜索は思ったよりハードで、リアンのナビの元、有菊は船内を走り回っていた。


 しかも、恐らく捜索しているのは有菊ひとりで、六条も業務があるらしく、個室に篭っている。

 冷静になって考えればわかることだが、数人しか乗っていないこの巨大なコンテナ船舶に、そんな余剰人員がいるわけないのだ。



「あ、今通り過ぎた!」


 目の前を横切る、白っぽいリスのような小さな動物を再び追いかけはじめた。

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