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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第1章 ふたりのいない町
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ある男の話

 ターゲットが地下の駅のホームに降り立つのを確認する。

 写真や映像では見ていたが、実物を見るのはこれが初めてだ。列車の利用者が少ないので、遠目にもすぐにわかった。




「彼女がこの町に着いたら、すぐにこの発信機を着けなさい」


 そうボスから指示を受け、男はどこにこの小さな発信機をつけるか考えた。

 十六歳の少女だというが、あまり着飾ることに興味がないのか、資料の中の服装は似たり寄ったりのものばかりだった。

 恐らく手持ちの服が少ないのだろう。


「今時、紙の資料かよ」


 白が基調の整理された部屋の中で、男はボスの趣味で紙というアナログな資料に文句を言いつつ、ページをめくる。

 これらの写真も、昔ながらのフィルムというのを使ったものらしい。


「しかし、これくらいの年頃なら、もう少しオシャレしようとか思わないもんかね」


 ストーカーが集めたかのような少女の写真の数々を見ながら、男は呆れたように呟く。


「しかし、ここまで持ち物に興味がないなら、荷物を持ち替えることも少ないだろう」


 そんな訳で、資料の中でも最も変化の少なかったスニーカーに発信機を仕掛けることを決めた。




 そして、少女は徐々にこちらへ近づいてきて、ついに目の前までやってきた。

 見つからないように柱の影に潜む男は、その姿を目に映して身体に電撃が走った。


「な、なんだ、あの可愛い生き物は……」


 垢抜けない少女のはずなのに、生身のその少女からなぜか目が離せない。思わず柱に寄りかかって、男は両手で顔を覆った。


 そして、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着け、再び少女を観察する。


 サイズが合っていない大きなパーカーの裾からホットパンツがチラリと見え、草食動物を思わせる両足は程よく筋肉がつきバランスがいい。

 柔らかな茶色い髪は手触りが良さそうで、蝶の髪飾りがよく似合っている。ブラックのメタルフレームのメガネはいただけないが、その奥の大きな瞳は印象的だ。その瞳を今はキョロキョロとさせて、何かを探すように頼りなく歩いている。


 このままいつまでも眺めていたい気分だったが、それでは駅を出てしまう。男は急いで少女に近づいた。


 うろついているのを利用して、少女の死角に入り、思い切りぶつかるのと同時に、自分の靴に仕込んだ発信機を、少女のスニーカーへ移した。


「痛ってえなぁ! よそ見してんじゃねえよっ!」


 意識が足へ行かないように、組織のマニュアルにあるニホン語の文言をそのまま使い、思い切り怒鳴った。


 それが、少女にとってどんな印象を与えるか、男は正確に理解していなかった。


 実は男は世界中を転々としており、仕事をする国の言葉はマニュアルになっているものしか発声しない。

 普段の会話は翻訳機(トランスレーター)があるので、母国で話せば自動翻訳してくれるから、わざわざ短期滞在する国の言語をマスターする必要はないのだ。

 

 少女は大きな瞳をさらに見開いて、怯えるように後ずさった。そして、手を震わせながら胸の前に持ってくる。

 その儚げな様子は、男の知っている女性と違い、簡単に自分に(かしず)かせることができそうだ。

 男の周りにいる女性は、みんな気が強く、口論ではまず話にならない上に、腕力でも勝てないのだ。

 それに比べて、目の前の少女はどうだろう。


「なんて可愛いんだ……。もっとこっちを見てほしい……」


 男は心の中でそう願いながらも、今すぐにでも逃げてしまいそうな気配を察知して、とりあえず話を続けることを選んだ。


「オイッ! 聞いてんのか?」


 相手を引き留めるための言葉として、もうひとつ覚えていた言葉を発すると、少女は真剣な眼差しでこちらを見てくる。

 そして柔らかな髪を揺らしながら、否定するように細い首を振る。その消えてしまいそうな様が、男の心をさらに掴んだ。


「イイッ! 可愛い!」


 これは、なんとかして自分の手に納められないかと、男は思考をめぐらせた。そして、まずは怒っていないことを示そうと、男は自分にできる最高の笑顔を浮かべる。


 実は歯には自信があるのだ。この時代、再生可能な歯はメンテナンスしない人も少なくない。

 しかし、男は子供の頃から「素晴らしい歯並びですね」と言われ続け、この歯を大切にすべく毎食後、歯磨きとフロスを欠かさなかった。おかげで虫歯ももちろん一度もできたことはない。

 代替え可能なものに対しても、大切にする姿勢は周りからも評判がいい。

 そんなキラリと光る白い歯は、男の自慢なので、できるだけよく見えるように笑う。

 

「大丈夫、怒っていない。俺が君を守ってあげよう」


 複数の組織から狙われる未来を知っている男は、この気持ちをどうやって伝えようか、そして、なんとか少女を自分の手元に置けないかを考えた。


 しかし、まずは目の前の怯えた少女を安心させようと、手を伸ばしたところで邪魔が入った。


「おい、何してるんだ!」


 そこにはライバル国のスパイである巨大な男の姿があった。しかも勢いよくこちらに向かってくる。


「チッ」


 任務は完了している。ボスクラス以外、あちらさんと接触することは禁止されている。男はどうせ同じマンションに住むんだから、また機会があるだろうと、ここは一旦引くことにした。


 しかしその翌日には、ライバル国の大男に発信機を取られてしまった。

 さらに、駅での出来事を誰かから聞いたボスに呼び出され、「ワタシのアッキーを怖がらせるようなことするな」と男はボコボコに締められ、少女との接触を禁じられたのだった。


「理不尽だ……。任務は成功したし、笑顔で接したし、怖がらせてないし……」


 そうブツブツ文句を言いながら、男はひとり寂しく、参考資料の少女の写真をきれいにラミネートして、美しく整えられた部屋の白い壁に飾ったのだった。

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