第13話 まさかの麻雀対局
昼食を終えた有菊は、美玲と共に再びカジタパーツショップを訪れた。
呼び込みのウサギは木の小さな椅子に、ちょこんと座って休憩している。ガラス扉には休憩中の札がかかっていた。
「梶田さんって意外と古風ですよね」
木でできた札を見てそう美玲に言うと、美玲はとんでもないと首を振る。
「この札、けっこうヤバいわよ。解析したわけじゃないけど、かなり強固な警備システムを積んでると思う」
「え? そうなんですか?」
「こうやって油断させるあたり、ほんとに梶田は怖いわー」
やはり部品屋は、貴重なパーツも取り扱っていたりするから、警備も厳重なのだろう。
しかし、そんなことを解析しなくてもわかる美玲もちょっと怖いなと、有菊は密かに思った。
ガラス扉を押し開けると、そこにはなぜか虎門リアンがいた。
クッションを置いて高さを出した椅子に座っている。麻雀卓の一角を陣取り、青いマットに散らばっている牌をひとつずつ手にとっては見つめていたリアンは、有菊たちが入ってきたのを見ると、体を向けて「こんにちは」と礼儀正しくあいさつをする。
有菊はその姿を見て、素朴な疑問を投げかけた。
「昨日も思ったけど、リアンくんは学校どうしたの?」
「僕は行かなくてもいいと言われてるんです」
「へー、そうなんだ」
これは問題のある親がそう言っているのか、すでに有菊と同じように修了しているのか、どちらか計りかねた。
「リアンは頭いいからな」
「ありがとうございます」
カウンター内で作業をしていた梶田は、頷きながらリアンを褒める。これは後者かなと思い、有菊はまだ幼いリアンの横顔を見た。
ふっくらとした頬と大きな黒目が、何処となくこの店のウサギのマスコットを彷彿とさせる。
自分より幼い、この子くらいの子供が義務教育過程を修了させることは珍しくない。
有菊のいた学校にも少なからずいて、そういう子たちはいつも何かを読んでいた。あの子たちの大半は海外のカレッジや企業に進路を決めたと聞いている。
遺伝子は人それぞれ異なる。つまりそれは、生まれつき積んでいるCPUやエンジンが違うようなものだ。
そういう話はごく一般的なものとして受け入れられているので、有菊も他人と比較しようとは思ってもいない。AIの補助で、ある程度はその差を埋められると納得することにしている。
だけど、羨ましいと思うことはある。
もし、自分に飛び抜けた能力があったなら、違う人生もあったかもしれない。
「もしかしてリャンくんも入ってくれるの?」
美玲は期待の眼差しでリアンに尋ねる。
変な呼び名はいつものことなのか、気にする様子もなくリアンは頷く。
「やったー。じゃあはじめよー」
リアンの向かいに座り、美玲は嬉しそうに梶田に向かって声をかけた。
3Dプリンターの向こう、事務所なのか居住部分なのかわからないが、何か物音が聞こえる。それに反応して、梶田は一度奥へ入っていく。
しばらくやり取りがあって、奥から出てきたのは、梶田とピンク色のワンピースを着た小さな女の子だった。梶田の巨体と並ぶと、その華奢さと小ささが際立つ。
もしかしたら、午前中の物音もこの子が立てたものかもしれない。
リアンと同じくらいの年頃の女の子は、栗色のふわふわした長い髪に、色素の薄い肌、薄い緑色の瞳で、お人形のように可愛い。
その可愛さをさらに引き立てているのは、手を繋いでいる白いウサギの拡張現実だ。外で呼び込みをしているウサギと同じデザインだが、こちらは片方の耳にピンク色のリボンをつけている。
どうやら店先のウサギも、この子が喜ぶから置いているのかもしれないと、有菊は梶田の優しさに目を細めた。
「梶田さんにお子さんがいたなんて知らなかったです」
有菊がそう言うと、梶田はなんとも言えないむず痒いような顔をした。
「かわいーよねー」
美玲は女の子に手を振るが、女の子はそれが目に入っていないかのようにスルーする。
「ターシャ、こんにちは」
今度はリアンが麻雀牌から目を上げ、女の子のほうを向いて、きちんとあいさつをする。
すると、ターシャと呼ばれた少女は表情の変化はないが、スイッチが入ったようにスタスタと歩いてきた。
そして、ウサギから手を離すと、リアンの座っている椅子に無理矢理座ろうとした。
「ターシャ、これに座ろうな」
優しい手つきで椅子を持ってきた梶田は、リアンの座っている椅子にピッタリくっつけるようにその椅子を置く。
すると、ターシャは小さく頷いてそこに座る。
ウサギは静かにターシャの横に佇んで、時々目を瞑ったり、耳を掻いたりしている。
「じゃあ、よくわからんがやるか」
その言葉で、有菊も卓についた。
「そんなに店を閉められないから、半荘だけでいいな?」
「えー、徹夜でやらないの?」
「美玲さん、徹夜はちょっと嫌です」
「僕も明るいうちに帰りたいです」
「じゃあ決まりだな」
そうして奇妙なメンツの麻雀対局がはじまった。
東一局が全員ノーテンという漫然とした始まりではあったが、その後は南二局までにそれぞれ一回以上あがり、持ち点が一万五千から三万点以内と拮抗した展開だった。赤が入っていたので、点数移動は派手だ。
そして、運命の南三局。
「おいおい、俺、生まれて初めて見たぞ」
「ワタシは久しぶりに見たー」
「リアンくん、すごいね……」
開かれたリアンの手牌に、みんな息を呑んだ。
「これ、あがると死ぬって言われてるよな」
梶田が不吉なことを言う。
それに対して、美玲はカラカラと笑った。
「ナイナイ。あがった人知ってるけど、元気だよー」
「そうなんですね。よかったー」
有菊が安心していると、リアンは点数申告をした。
「一万六千オールです」
親で役満の九蓮宝燈をツモあがりしたリアンはそのまま、トップで半荘を終えた。
「いやー、いいもんを見させてもらった」
「役満なんて、国士無双か四暗刻しか見たことないですよ」
「えー、アッキーそれだけ役満見たことあるって、結構やったことあるんだね」
「一時、私の周りで流行していて、毎日のようにやってましたから」
「じゃあ、またやろうよ」
「いいですよ」
そんな雑談をしていると、店のガラス扉が開いた。
「お兄ちゃん」
そこには虎門結人が立っていた。
昨日と同じ姿だったが、手にはタブレットのようなものを持っている。
リアンの姿を認めると、「迎えに来た」と、ここに来た理由をみんなに言い訳するように発した。
「うん」
そう言ってリアンが立ちあがろうとすると、リアンの服の袖をターシャがつまんでいた。
「もうお別れの時間だよ。ターシャ」
梶田がターシャに手を離すように促すが、ターシャは首を横にふって離さない。
そんな様子のターシャに、リアンは優しくターシャの手に自分の手を重ねた。
「またね、ターシャ。また今度遊ぼうね」
そう言うと、ターシャは小さく頷いて手を離した。
そして、約束だよと言わんばかりにリアンの目をまっすぐ見た。
その願いを聞き届けたかのように、リアンは少し目を細める。すると、安心したようにターシャは少し微笑んだように見えた。
静かなやりとりだったが、なんだか深い絆のようなものを感じる。
「じゃあ、またね」
リアンがターシャにお別れを言うと、美玲も立ち上がった。
「ワタシたちも帰ろうか」
「そうですね」
さすがにこれ以上、梶田の仕事を邪魔する訳にはいかない。
「じゃあ、今日もありがとうございました」
有菊はお礼を言うと、梶田は「またな」と言って、みんなと一緒に店外まで出てきた。
そうして梶田に見送られながら、四人はカジタパーツショップをあとにした。




