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ナガレメグル、私の物語  作者: 綿貫灯莉
第1章 ふたりのいない町
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第1話 ふたりのいない町へ

 駅のホームに停車してから数分が経っていた。

 なかなか発車しない列車に、開いたままの扉から外を覗く人もいる。


── お待たせしております。車内トラブルのため停車しておりましたが、まもなく発車します。


 そうアナウンスが流れると、ひと呼吸おいてから扉が閉まり、遅延に苛立つ人々を刺激しないようにそっと発車した。




 西暦二一五三年。

 人々の暮らしは大きく変化していた。

 きっかけは、百年以上前に地球温暖化の臨界点を超えたことだった。


 それは人々の予想を遥かに上回る速さで、未曾有の災害を世界中で引き起こすようになっていった。

 ニホンも例外ではなく、大雨や海面上昇に伴う高潮以外にも、巨大化した台風が度々直撃し、甚大な被害を受けたらしい。しかし、度重なる災害で政府の復興支援は間に合わず、人々は次第に希望を失っていったという。


 失望した多くの国民は海外移住を選び、ニホンの人口は急減してしまった。結果、社会制度は崩壊し、貧富の差が拡大していった。

 そんな中、一部の若者たちが反旗を翻し、当時の政府を解体し、AIによる新たな国家運営を開始したという。


 この海外から取り入れた新しい体制では、地方自治が重視され、共同体による自給自足の生活が基本となった。

 AIが設計したロボットやデバイスが人々の生活を支え、限られた資源を効率的に利用することで、少ない人口でも安定した生活が維持されるようになった。


 そうした各地に作られた共同体は軌道に乗り、昔は数年に一度レベルとされていた災害が日常の一部として受け入れられ、政府の支援を受けずとも、各共同体で対応できるようになっていった。

 それでも、やはり規模の大きい災害は時々発生するので、それらを各地の共同体で助け合うために、各共同体を繋ぐ道路や線路などはしっかりと確保されていた。

 それらの交通網は、非常時にはもちろんのこと、日常でも鉱産資源や農水産物、宅配便などの物流に利用されている。

 人間の往来はそこまで多くはないが、自動車や列車を使用して移動することも稀にあった。




 そんな列車の車内で、雨宮有菊(あまみやあきく)は柔らかなブラウンの波打つ髪が頬にかかるのも気にせず、手元の紙に目を落としていた。


 それは祖母からの最後の手紙だ。


 繊細な文字で、祖父母の近況が事細かに書かれており、今度会えるのを楽しみにしていると締めくくられている。

 今時、手書きの手紙なんて古風な通信手段を使うのは、有菊の周りでは祖母くらいだった。しかし、最初にもらった時は、なんだか自分だけに送られているという特別感が嬉しく、この文通は一年以上にわたって続いていた。


 必死に義務教育の課程を一段飛ばしで終えて、やっと親から離れられるタイミングで、文通を続けていた祖父母の元に転がりこむ予定だったのに。


「まさか、海外で行方不明になっちゃうなんて」


 その知らせを聞いたのは、もう荷造りを終えてほとんどの荷物を発送したあとだった。

 急遽、海外の海上植物工場の見学に行くとメッセージが入ったのが、一週間前のことだった。その後の通話でも、すぐに戻るから予定通りおいでと、祖父は健康的な褐色の肌で目尻にシワを寄せて笑っていた。祖母もその横でニコニコと頷いていたのだ。

 普段は連絡を取り合うのを快く思わない母の目もあり、ビデオメッセージでのやり取りはあの時が初めてだった。急ぎだったので、普段とは異なる連絡方法だったのだろう。

 しかし、今思えば、そのイレギュラーが今回の行方不明の布石のように思えた。


 その数日後、我が家に外務省から連絡があった。


 有菊はその知らせを母から伝えられたのだが、祖父母を嫌っていた母の顔は、いい気味だと言わんばかりに口の端があがっていた。

 その顔を思い出し、有菊は心が濁っていくのを感じて、それを振り払うように首を振る。


「ただ連絡が取れないだけなんだから。きっとおじいちゃんもおばあちゃんも、笑いながらひょっこり戻ってくるわよ。それまでに私が生活を整えて、ふたりを迎えなきゃ」


 そう気持ちを切り替えると、読んでいた手紙を丁寧に封筒に戻し、膝に置いたリュックにしまった。


 有菊はレイヨウを思わせるしなやかな体躯で、オーバーサイズのクリームイエローのパーカーにデニム風のホットパンツ、白いスニーカーに身を包んだ十六歳の女の子だ。

 肩まであるくせっ毛の茶色い髪には、十六歳の誕生日にと祖母から贈られた蝶のヘアクリップが輝く。耳には遠海の雫をすくいあげたような青いピアス。そして、大きな琥珀色の瞳は、ブラックのメタルフレームのメガネで控えめな印象を与えている。


 そして今はその瞳を落ち着かなく動かし、リュックをなんとなく体の前で抱えなおした。

 もうすぐ正午に差しかかろうという時間だが、薄曇りのせいか車窓からの景色はぼんやりしている。この辺りは人があまり住んでいないのか、耕作放棄地と思しき荒野がしばらく続いていた。

 そんなうら淋しい景色を見ていると、これからの生活の不安が浮かんでくるが、有菊はそれを無視するように少し口角をあげてみる。


 祖父母の住む町へ行くのは、これで二度目だ。

 初めて行ったのはまだ有菊が六歳の頃で、あの時は父親も一緒だった。あの頃はまだ幼くて、父親だけと遠出して、祖父母に会いに行くという事実にあまり疑問を抱かなかった。今から考えると、その当時から母は祖父母のことを快く思っていなかったのだろう。

 

「ま、父親も結局、母から逃げちゃったしね」


 そんなこともあり、今回はひとりぼっちだ。

 そして、実はこれが有菊の初のひとり旅でもあった。

 そもそも多くの国民は自分の所属する新世代型共同体(エコミュニティ)内で生活しているので、域外に出ること自体が稀なのだ。

 ちなみにエコミュニティは複数の町によって構成されており、エコミュニティ内でほとんど全てが完結している。そのため、生まれ育ったエコミュニティから一歩も出ないまま、一生を終える人もそれなりの数いる。

 だから普通、遠出といってもせいぜいエコミュニティ内の隣町へ電動モビリティで行き来するくらいなので、こんな列車まで使ったひとりでの遠出は有菊にとって初体験だった。


 頼れる人はいないが、それでもこの機会を逃すことはできなかった。


「まあ、なんとかなるでしょ」


 有菊は奮い立たせるように口の中でそう呟く。

 そして目的地まで、あとどれくらいかかるか調べようとメガネ型のウェラブルデバイスのフレームに触れてスリープモードだった画面を起動させた。

 すると、メッセージが届いているのに気づいた。

 それはどこに住んでいるのかも、なんなら性別も年齢も知らない友達のひとりからだった。しかも人々の交流は仮想空間メタバースが主流のこの時代に、テキストでのやりとりだけをしている。名前の悪戯っ子(シェルム)も本名である可能性は低い。内容を確認すると、「脱出成功した?」とだけあった。

 シェルムとは親元から離れることに関して、同志のような関係だった。あまり赤裸々に愚痴を言わないところも、有菊的に受け入れやすくて、いかに親元を離れるかという会話を続けていた。そして今日、実行日だったことを伝えていたので、それを受けてのメッセージだろう。


「うん。成功」


 今はまだ不安要素が多すぎるから、もう少し落ち着いたら、役に立ちそうな情報を伝えようと、短いメッセージだけ返信した。


 そして、メガネから投影され、装着者しか見ることのできない空中ディスプレイで再検索をして、到着時間を確認した。



こちらの作品に目を留めていただき、誠にありがとうございます。


もし気に入ったエピソードがありましたら、リアクションをしてもらえると嬉しいです。


引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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