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開店時間より少し早めに紅月の言う「ちょっと高いけど美味しいハンバーガーショップ」にたどり着いた。店の前に灰皿が置いてあったので、車から降りて二人で一服をする。
窓から中を見てみると、ブラックボードにメニューが書いてあった。
「いつも行くとこの倍くらいするね」
「でも美味しいんだよ。ボリュームもすごいし」
こんなに大きいの、と紅月が手で示した大きさは大手チェーン店の物の3倍はあるように見える。それは大袈裟じゃないかと東雲は笑うが紅月は真剣そのものだった。開店と同時に店の中に入る。店内は4人がけのテーブル席が2つとカウンター席が3つとこじんまりとしていた。男性の店長一人しかいないようである。
「久しぶりですね。今日は彼氏連れですか?」
店長は紅月を覚えていたようで、そう声をかけてきた。紅月はにっこりと笑みを返す。東雲は自分に視線が向いたのを確認してから軽く会釈した。
「ダブルチーズバーガー2つください」
「はい」
店長が調理を開始する。テーブルの上にはハンバーガーの食べ方と書かれた紙が置かれていた。その内容を見るに、紅月の表現はあながち間違っていないようだった。
「そういえば駅の近くにも同じような店あったな。そこのハンバーガーも大きかったよ」
「あ、おれあの店入ったことないんだよね。また行きたくなる感じ?」
「ごめん、俺そういうのあんまりわかんない」
常日頃からよく食事の時間が嫌い、と言ってお菓子のような栄養補助食品だけで済ませるなど食に関心のなさそうな紅月だが、実際に食にあまり関心がないのは東雲の方だった。東雲は大の米好きである。米さえあればおかずはなんでもいいと言い切ってしまうほどだ。
「むぅ……せっかく美味しいとこ紹介したのに意味ないじゃんかぁ」
「うちのハンバーガー気に入ってくれたんですね」
よかったです、と店長がはにかんだ。東雲はテーブルの上でリズムを刻んでいる紅月の手の甲をつつく。
「味じゃなくて顔目当てじゃないの?」
じっと店長の顔を見つめている紅月にため息を吐く。小さな店だ。いくらパティを焼く音がしていても、恐らく丸聞こえだったのだろう。苦笑いをする店長はなかなか整った顔立ちをしていた。所謂イケオジと呼ばれていそうな、紅月の好む顔だった。
「失礼な。顔より声だよ」
「そこは味であってほしかったです」
店長はますます苦笑い。そんな冗談を言いながら、紅月はまたテーブルの上で指で一定のリズムを刻んでいる。いや、正確にはキーボードを叩くように指が動いているのでタイピングのつもりだろう。何か考え事に集中している時の彼女の癖だ。脳内にはきっと文字が並んでいるに違いない、と東雲は感じた。親指が数度、小指が一度。終了の合図だ。
「考えはまとまった?」
「え、なんで?」
「指動いてたよ」
面白いのはそれが癖であり彼女が無自覚でやっているというところだ。紅月は唇を横一文字に引き結んで東雲を睨みつけた。悪癖と呼ぶほどのものではないし気にする事はないだろうと思うのは東雲だけで、紅月は指摘されると気になってしまうようだった。
「空音さんの頭の中のコンピューターみたいに長い文章を一気に変換出来ればいいのにね」
考え事が終わるまで動かない親指はそういうことだろう。元々あまりコンピューターに詳しくはない東雲だったが、紅月といればそういうことを知る機会は少しずつ増えた。紅月は「ホントにね」とため息を吐いた。彼女は趣味で小説を書くという。変換の時間が無駄だとか、打ち込むのが面倒だとか、よくそんな愚痴を漏らしていた。
「お待たせしました」
店長が皿に乗せたハンバーガーを運んできた時、東雲は感嘆の声を漏らす。紅月が早速上から押さえつけて用意されていた専用の紙で包んだ。そして大口を開けて頬張る。
「顎大丈夫?」
「ん」
こんなにがっつく紅月を見るのは初めてだった。口の端から溢れた肉汁を指で拭いとって舌先で舐め、息をつく間も惜しいというようにまた口に運ぶ。あっという間にに半分食べたかと思うと付け合わせのポテトをぺろりと平らげ、ピクルスを飲み込むように食べて再びハンバーガーにかぶりつく。見ていていっそ気持ちいいくらいの食べっぷりだった。東雲も負けじとハンバーガーに食らいついた。肉汁がこれでもかというほどに溢れる。
「うん、美味しい」
特にこだわりはないが、味がいいか悪いかくらいはわかる。紅月が再び来店したがった気持ちは少しわかったかもしれない。
「ごちそうさまでした」
あっという間に食べ終わった紅月は唇を紙ナプキンで拭った。彼女が食べる姿に夢中になっていた東雲は呆然としている。食べるのが早いということは知っている。ちゃんとしたお弁当を持ってきていた時から、東雲が昼食を食べ始める前には食べ終わっていた。5分か10分もあれば食べ終えてしまうのだろう。
それにしても、だ。
「美味しそうに食べるね」
「美味しいんだもん」
小さく細い体のどこに入るのか、紅月はまだ物足りなそうにメニューを眺めていた。
初デートの時、二人は昼食をとらなかった。東雲は何度か聞いたし、予定ではチャーシュー丼を食べに行くつもりだったのだが、当日になって紅月が拒んだのだ。
「奢るからもう一個食べたら?」
「いや、いい。もうお腹いっぱい」
けして満足しているような顔はしていないが、彼女はそう言って大きく首を横に振った。初デートの後にわかったことだが、紅月は奢ってもらうことが申し訳なく感じるようだ。気にしなくていいのに、と東雲は言ったが、彼女はそれが日常的になってしまうのが怖いとの事だったので意識を変えるのは難しそうだと思った。
食べ終わった東雲は席を立ってさっさとレジに向かう。紅月が慌ててついてきたが払わせることはしなかった。先に言って断られるなら事後にすればいいだけのこと。東雲は少し勝ち誇ったような顔をした。紅月は悔しそうに、そして申し訳なさそうに小さく「ありがとう」と言った。
映画が始まるまでには時間があるのでどこか他に行きたいところはないかと東雲が尋ねると、紅月はゲームセンターに行きたいと言う。
「いいね、行こうか」
どんなゲームをするのが好きなのか問う。
「キャンディ掬うやつと麻雀はよくやるよ。クレーンゲームは苦手かな。取れた試しがないや」
彼女がよく行くというゲームセンターは喫煙所もあるらしい。一服しながら遊ぶことにしようと車を走らせる。1階は子供向け、2階は大人向けといった印象だった。真っ先に2階の喫煙所に向かい、2人でタバコを吸う。
「空音サン、麻雀やるんだね」
「漫画の影響だよ」
そういえば、タバコが好きなのも漫画の影響だと言っていたか。東雲はついに問いかけることにした。
「なんて言う漫画? 麻雀の漫画なの?」
「この漫画家さん知ってる? おれ、この人の作品全部好きなんだよ」
画像を見せられたが、どこかで見たことがあるような気がするなぁというくらいなものだった。どうやらその漫画家さんの描く漫画では主人公がタバコを吸うシーンがかっこよく描かれていたり、麻雀をしているシーンなんかがあったりするらしい。
「少し読んでみる?」
電子書籍でも所有しているらしく、試しに読ませてもらった。暴力団と危険なドラッグをテーマにしている話らしい。内容はどちらかといえば男性ウケしそうな作品で東雲も面白いと思ったが、絵柄はどちらかといえば女性が好みそうな感じだ。実際、どちらかといえば女性向けと言われる部類の漫画なのだという。ハードボイルドボーイズラブなんだそうだ。
「こういうのもあるんだね。って、あれ?」
読んでいる内に紅月はどこかに消えていた。仕方なく店内を回っていると、苦手だと言っていたクレーンゲームの前でしょんぼりしている。
「どうしたの?」
「予算オーバー……」
可愛らしいクジラのぬいぐるみだった。結構デカい。
「あと何回くらい?」
「2回かなぁ」
取れた試しがないという話はなんだったのか。慣れた様子で目利きをしている。2回分のお金を入れると、彼女は宣言通りに見事ゲットしてみせた。
「すごいじゃん」
「愛の勝利。アーム強めだった、有り難し」
紅月はクジラのぬいぐるみに頬擦りをしていた。サイズ感がなかなかに圧倒的だ。
「ぬいぐるみとか好きなんだね」
「結構抱いて寝たりするよ。デカいのは好き」
「これから映画だからしばしお別れだね」
軽い調子でそんなことを言うと、紅月はひどくショックを受けたような顔をした。あまりにも素直な反応が可愛らしかったので、とりあえず頭を撫でておく東雲だった。




