23(終)
「パパ、ママ、早く早く!!」
二人の子供がはしゃぎながら駆けて行くのを追いかける運動不足な大人の二人。家でゆっくりゲームをして過ごそうと決めていたのに、いつの間にか公園で遊ぶことになってしまった。
子供の行動力恐るべし。
「疲れるって言ったの、わかる?」
「これが毎日続くんじゃあ、確かに疲れちゃうよね」
改めて東雲夫妻となった晴陽と空音は土日の連休だけ葵と樹を家に泊めるようにしていた。
これは結婚した途端に寂しそうに窓の外を眺めるようになった空音を見て晴陽が提案したことだ。最初は渋っていた空音だったが、子供たちと過ごしたい気持ちが抑えられなかったのか、あるはずのないしっぽを振りながら「ハルがそうしたいなら」と了承した。
そして三度目のお泊まりの日、まだゲームは見ているだけのことが多い樹がとうとう痺れを切らして大泣きを始めた。泣き止んだら公園に連れて行ってやると空音が言うと、嘘のようにぴたりと泣き止んだのだ。
「クソガキめ……」
悪態をつきながら高台にある公園への階段を上る空音は瀕死状態だ。仕事となれば一切の疲れを見せないお仕事マシーンの空音だが、プライベートではポンコツだった。
3段目にしてぜぇはぁと息を切らしながら手すりにもたれかかっている。さすがに体力がなさすぎやしないか。晴陽は抱き上げて運ぶことを提案したがすぐに笑顔で断られていた。
「でも、嫌じゃないんでしょ?」
「嫌なわけないだろ」
前髪をかきあげながらループタイを解いて器用に片手でボタンを外す空音。
二人の子供がキラキラとした目をした。
「おっとこまえ……」
「ママかっこい……」
空音は色男を思わせる仕草が自然と身についていた。そして様になっていた。
「3段しか登れてないけどね」
晴陽がそう言ってからかうと、葵と樹は声を揃えて可愛らしく笑ってから階段を駆け下りた。二人が手を差し出すと、空音は手を掴んでゆっくりゆっくり登ってくる。
上手いなぁ、と晴陽は感心した。
いくら空音が小柄で華奢だとしても、小学校一年生の男の子に引っ張りあげられるほど軽くはない。満身創痍を装いながら子供たちと触れ合う機会を作っているのだ。
優しい子供たちだよ、と空音が言っていたのはこういうところだろう。疲れて歩けない母に手を貸してあげる優しさは素晴らしいと思いながら晴陽は視界がぼやけるのを感じた。
子供は親の背中を見て育つもの。
葵と樹は間違いなく空音の背中を見て育っている。
「何泣いてんの、パパ。だっせぇ」
「年齢一桁の子供に全力でヘルプミーしちゃうママよりマシだから」
「うっせーばーか」
小学生かよ。空音は心の中でセルフツッコミをしながら悪態をついた。晴陽が手を差し出すと、空気を読んだ子供たちが揃ってパッと手を離した。空音はそっと晴陽の手に自身のそれを重ねる。
ひやりと冷たい銀の指輪が触れて、気恥ずかしくなった空音は静かに俯いた。耳の先が赤いのは寒さのせいということにしておいてほしい。
いい子な葵と樹はママをからかったりはしない。
「なかよしだね」
「なかよしだね」
そう顔を見合せて言い合って二人で階段を駆け上がっていった。空音は少しだけ握る手に力を込める。応えるように力を込められ、また赤くなってしまう。
「大丈夫だよ、かわいいから」
「何の話だよ」
聞いてねえよ、と毒づいてみる空音だが、その声はいつもよりずっと甘く熱い。晴陽は手の甲をそっと撫でるように指を滑らせて口元に笑みを浮かべた。
顔を上げた時に見える瞳の奥に眠る狂気には気付かぬ振りをして、空音は大人しく手を引かれたままでいる。
空音は記憶がすっぽ抜けてしまう症状が軽くなったと感じている。やけに落ち込んでしまうこともあまりない。
晴陽も躁状態と鬱状態の繰り返しの波が穏やかになったのを感じている。漠然とした不安に悩まされることもなくなった。
二人の疾患は確実に快方に向かっている。
しかし、新たな問題が発生した。
晴陽も空音もある衝動を抑えることが難しくなったのだ。前を歩く二人の子供がキャッキャと騒いでいるのを見て、お互いの手を握る力が強くなる。
そう、所謂キュートアグレッションというものだ。
人はかわいいものを見た時、皮相的な攻撃的衝動を抱くという。極々自然な衝動だが、精神疾患に悩まされていた二人は警戒してしまう。
自分のこれは異常ではないだろうか。
そう一瞬身構えてから、二人で顔を見合わせて笑うのだ。バカバカしい、と。
「そういえば昨日の夕食なんだったっけ」
空音が手の力を緩めて問いかける。
「馬刺しだったよ」
「それがマジならいいのに」
晴陽がからかってくるのを鼻で笑う。
軽くなったとはいえ、空音の病気が完治したわけではない。治ることはないと思った方がいいとさえ言われている。何を食べたかなんて本当に思い出せない。だけどそれでいいじゃないか。
「あ、やばい。録画すんの忘れてきた、最悪だ」
「唐突に鬱になんなよ」
晴陽の病気だって少しマシになった程度でしかない。だからなんだというのだ。
普通? 当たり前? そんなもんクソくらえ。
お行儀悪く舌を出した空音に晴陽もつられて舌を出す。視界の端では子供たちも舌を出していた。
個性と割り切ってしまえばいい。
いちいち凹むなんて馬鹿らしいじゃないか。
一度きりの人生だ。
「「楽しんでいこうぜ、相棒」」




