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BiteRing  作者: 月神奏空
3章 傷を抉って
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紅月の過去に深く触れていきます。

不快な表現と思われる方がいらっしゃると思います。


この物語はフィクションです。

けして犯罪を推奨するものではございません。

 一月四日、仕事始めの日。作業所では利用者も職員も少なくまともな仕事にならないとのことでレクリエーションを楽しむことになった。東雲はさりげなく紅月の側に寄ってみる。

「何します?」

「たまには人生ゲームとかやりましょうかね」

「時間内で終わるものじゃないですよね、それ」

 作業場モードということで普段とは口調を変えているが、不自然になって誰かに怪しまれるようなことはない。きちんと切り替えの出来る二人なのである。新年早々二人の関係がバレるようなことにはならずに済みそうだ。とはいえ、職場恋愛クソ喰らえな紅月と違って東雲は積極的に誰かに言う訳では無いが知られたところで何とも思わない。紅月が許すのであれば堂々とちょっかいを出してみたい思いすらある。

「お二人に見せたいものがあるんですよ。アニメ好きでしたよね?」

 間を取り持って事情を知る時任は二人と他の利用者との距離をとる役を善意で買って出てくれた。話の種に、と家から持ってきたミニカーコレクションの近くに二人を誘導し、そして何気なく離れていく。

「スマートすぎでしょ、時任サン」

「見習わなきゃね」

 紅月がミニカーをつつきながらぽそりと呟き、東雲はその様子を観察しながら微かな声で返す。

「イタズラに関しては空音サンが一番だと思うけど」

 悪い子がいるぞ、と東雲は自らの体を盾にして紅月の左手を掴んだがすり抜けていった。視線は窓の外、ぼんやりと考え事をしているかのようにしながら右手はミニカーで遊んでいた。それなのに左手では東雲の脇腹をつついたのだった。さりげなく、そして一瞬のことなので意識していなければぶつかってしまったとしか思えない。

「バレなきゃいいんだよ」

 ほんの一瞬、悪い笑みを浮かべた紅月はミニカーで遊ぶことに飽きたという風に大きく伸びをしながら前園の元へと向かっていく。東雲の後ろを通る時、背中を指でくすぐっていったような気がするのは間違いではないだろう。とんだイタズラ娘に思わず苦笑する東雲。紅月は何事もなかったかのように前園に絡んでいる。

「見て見てアズ。ねえ、見てよアズ。土偶」

「ぶっ」

 何をしているんだと言いたくなるモノマネを披露した紅月に、耐えきれなくなった前園が吹き出した。そしてついでに東雲も笑った。「あいむうぃなー」と拳を突き上げた紅月に全員の視線が集中する。注目を浴びた紅月はみんなに見えるように再び土偶のモノマネをした。学生時代教科書なんかで見たそれにそっくりである。高評価と爆笑をかっさらって紅月は満足気だった。

「もう、ほんとやめて」

 勘弁して、と泣き笑いの前園。ごめんごめんと紅月が彼女の右手と背中に触れる。次の瞬間、前園の悲鳴が響いた。

「ソラのバカ!!」

 顔を真っ赤にした前園が怒鳴り、職員さんが慌てて歩み寄る。紅月は腹を抱えて爆笑していた。

「一秒あれば充分ですのだ、はーはっは」

「ほんっと、一発でいいから殴らせて」

 胸の前で腕を交差させて紅月を睨みつける前園。東雲はなんとなく状況を察して目を逸らした。男は見てはいけないと思う。紅月は服の上から前園の下着のホックを外したんだろう。

「ちょっと逃げないで直してよ!!」

「あはは、ごめんごめん」

 隅っこに移動して壁に背を向けて立った前園の後ろで紅月がもぞもぞと手を動かす。東雲は逆を向いた。学生時代からよくこうして遊んでいたらしいがいけないことなので良い子は真似してはいけない。

「あんなに簡単に外れる? 服の上からでしょ?」

「無理じゃない?」

 女性陣の中には何やら背中に手を回して自ら検証しようとする者もいた。男性陣はいたたまれない気持ちである。涼しい顔をしているのは大人で落ち着いた時任だけだ。

 紅月が手早く片手でホックを外すのを間近で見る機会のあった東雲としては彼女たちの浮かべた疑問に微妙な顔をするしかなかった。そもそも男がノっていい話題じゃない。男同士ならともかく、女性相手にノったら完全にセクハラだろう。

「ホント、無駄に器用なんだから!!」

 紅月の手先の器用さをバッサリと無駄と切り捨てるのは前園くらいなものだろう。東雲は周りの雰囲気に合わせて乾いた笑い声を上げた。紅月の表情が一瞬曇ったことは、その場では触れずに。

 

 帰り際に前園に頼まれた東雲は家に帰らず紅月のアパートに来ていた。

『今日は一緒にいてあげてください』

 わざわざ前園が頭を下げたのだ。よほどの何かがあるのだろうと思っていた。しかし、紅月は普段となんら変わりがないようだった。それが却って不自然だった。

「何があったの?」

「色々思い出した」

 こたつで温まりながら、紅月はトランプをシャッフルしていた。慣れた手つきで行っているのはリフルシャッフル。見た目も派手なマジシャンなんかがよくやっているあれだ。一枚のカードを弾き出し、表に返して数字を覚えた後、山札の中心あたりに戻して指を鳴らす。一番上をめくると先程弾き出したカードだった。

「すごっ」

 紅月はシニカルな笑みを浮かべる。

「ゲームをしよう。買った方にタバコ一箱」

「あ、うん、いいけど、わからないとこは教えてね」

 東雲が頼むと、紅月はにっこりと笑って再びカードをシャッフルし、山のあちこちから5枚のカードを抜いた。東雲も真似をして5枚のカードを抜く。

「役一覧はこれ。とにかく揃ってればいい。同じ数字を揃えるのが簡単かな。交換するのは2回まで。先にどうぞ」

 東雲は2枚のカードを伏せて置いて山札の上から2枚を引く。紅月は3枚のカードを伏せて山札の上から3枚を引いて5枚全てをこたつに伏せて頭の後ろで手を組んだ。

「もういいの?」

 東雲が問いかけると、紅月は笑みを見せた。不敵にも見えるのにその中にはどこか悲しげな色も混ざっているとても複雑な笑みだった。勝利を確信しているであろう様子には違いない。東雲は1枚のカードを交換してみた。

「負けるはずがないんだよ。そういう風に仕組んでるから」

 タバコ一箱ね、と表に返した紅月のカードはキングが4枚とジョーカーが1枚。ようはイカサマをしたということだ。

「どこになにがあるか全部覚えてるの?」

「まさか。5枚覚えてれば充分だよ。後は自分の思い通りに誘導するだけ」

 カードを戻した紅月が手を差し出してくる。アパートに来るまでに寄り道して買ってきたタバコを一箱乗せてあげる。タバコを置いた紅月がシャッフルをしながら「好きな数字」と呟いた。

「じゃあ、テキトーに7で」

「おーけー。ぅわっ」

 こたつの上でわしゃわしゃとかき混ぜていた紅月がカードを3枚落としてしまった。力加減を間違えたのか小指で弾いてしまったように見える。下に落ちたカードを拾った東雲に、紅月が「全部7」とイタズラっぽく声をかけた。拾ったカードを表に返して見てみると、確かに3枚とも7だった。残り1枚はというと。

「ストップって言って」

 パラパラとカードを落としていく紅月にすぐにストップの声をかける。差し出されたカードを捲ると残り1枚の7だった。

「すごすぎない?」

 紅月は口元だけで笑った。しばらくの沈黙の後、カードを置いた紅月が寝転がりながら言う。

「おれ、万引きしちゃったんだよ」

 そう言った紅月になんと言葉をかければいいのかわからず、東雲は沈黙を貫いた。

「いつのことだったか、捕まったのかどうか、よく覚えてない。ただ、動機ときっかけは覚えてる」

 紅月は立ち上がって冷蔵庫からビールを出して開けた。東雲はやはり何も言わずにいる。

「捕まりたかった。刑務所に入れば、父に嫌われることが出来ると思った」

 怒られて、呆れられて、嫌われて。それを望んでいた。紅月は「飲む?」と東雲に缶を傾けてみせる。東雲は小さく首を横に振った。

「初めから父を嫌ってたわけじゃない。嫌ってたらこんなことにならなかった」

 紅月は独り言のようにこぼす。

「好きな人とすることだとしか聞いてない。嫌ならしないって言われた。でも、しないなら知らないとも言われたっけ。父に嫌われるのが怖かった。存在を無視されるかもしれないと思った」

 紅月の声が段々震えてくる。東雲はその小さな体を抱き締めてあげることが良いことなのかわからなくなった。

「男なんて、みんなそんなもんだって思ってた」

 紅月はついに涙を零した。

 きっと。

 東雲は紅月を見つめながらぼんやりと考える。

 きっと明日になれば、彼女は何もかも忘れている。だから。

「おいで、空音。愛してあげる」

 君が望むなら、もっと深く傷つけてあげるから。もう二度と、戻れないように。

 傷口を抉る行為に、不思議と躊躇いはなかった。東雲は震える紅月を──

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