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BiteRing  作者: 月神奏空
2章 より親密に
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 紅月はベランダで静かに紫煙で遊んでいた。口の中に煙を溜め、口を()の形に開けて空を見上げて頬を軽く指で何度も叩く。ドーナツ型の煙がいくつも出て、大きくなって風に消える。

「それ、どうやるの?」

 隣で不思議そうに見つめていた東雲がついに聞いた。空気砲だよわと答えた紅月はそれ以上の説明をしようとしない。東雲は空気砲という単語で検索をかける。穴の空いたダンボール箱の画像が見えた。そういえば小学校でそんな実験をしたなぁ、と思い出す。ひときわ大きな輪っかを作り出して満足したのか、紅月は普通にタバコを吸い始めた。

「あ、空音サン、明けたよ」

 スマホで時間を見ていた東雲が告げる。

「おめ」

「もう一声」

「あけ」

「そこで区切る人初めてだよ。あけましておめでとう」

 倒置法? なんて笑いながら東雲が言う。一切表情も変えず口数も増えない紅月に寂しさを覚えて抱きつくと、紅月はうとうとと船を漕ぎ出した。年明けの挨拶も終えたし一眠りしよう。タバコを揉み消した紅月は東雲を引っ張ってこたつへ向かった。冷え切った体を温めながらそのまま眠ろうというわけだ。

「空音サンのいじわる」

「……ぅん」

 辛うじてそれだけ答え、紅月は穏やかな寝息を立て始めた。東雲は手を伸ばして髪を梳くように撫でながら眠気が来るのを待つ。眠いことには眠い。しかしこたつで寝ることは出来ず、諦めて漫画を読み始めた。こたつの中でひやりと冷たいものが東雲の足に触れる。紅月の手のようだった。まだこたつに入ってすぐで温まっていないのだ。

「風邪引かない? 布団行こうか」

 こたつは寝るには不向きだ。東雲が揺すっても紅月は目を覚まさないでいる。仕方が無いので引っ張り出して抱き上げた。気持ちよさそうに眠っている紅月が東雲の胸に頬を擦り寄せる。

「新年早々可愛すぎで有罪」

 紅月が好きなからかい文句を口にして、いつもと違って熟睡している彼女の額に口付ける。一緒に布団に入って体を温めてやっていると、東雲も眠気に襲われた。人混みの苦手な二人だからこそ、元旦の今日はアパートでゆっくり過ごすことに決めている。起きてる必要もないか、と考えた東雲が眠りに落ちるのはあっという間だった。

 しばらくして、先に目を覚ましたのは紅月だ。

「あれ……なんで、布団に……?」

 こたつで寝ていたはずなのに、とぽやぽやしている紅月は心地よい温もりに再び目を閉じた。

「そ、らの、さん」

 ぎゅ、と力が込められ、耳に熱い吐息が当たる。紅月は僅かに身体を強ばらせた。寝惚けているのか、東雲の声はいつもと違う。口に出せないような夢でも見ているのだろうか。

 紅月は、ふと付き合い始めたその日に質問したことを思い出した。紅月は東雲に、どのくらいの頻度で自身を慰める(・・・)のかと聞いたことがある。

 欲の強い男は浮気性である可能性が高いことを経験から学んでいた。

 《週に2回か3回くらい》

 その返答に思わず思考が停止したこともしっかり思い出す。それくらい衝撃が大きかった。忘れることができないほどに。

「もうそろそろ、いいよね、晴陽サン」

 届くとは思っていない。紅月はそう呟くことで免罪符を得た気になっただけだ。決して欲の弱いとは言えない彼を縛り付けるには、これが一番有効だろう。

 くるりと寝返りを打って、目の開いていない東雲に啄むような口付けを繰り返しながら膝でモノを刺激する。まぶたがゆっくり開いて、ギラつく瞳に射抜かれる。紅月はにっこりと微笑んだ。

 

 

「空音サン、愛してる」

「おれも、晴陽サンを愛してるよ」

 

 

 紅月はスマホを手に取って時間を確認した。遅めの朝食という時間だろうか。

「何か作ってくる」

 起き上がってオーバーサイズの長袖シャツを着た紅月が言うと、微睡んでいた東雲が口を開く。

「体、辛くない?」

「平気。晴陽サン優しかったから」

 ご機嫌な様子で冷蔵庫と棚を確認する紅月は、確かにどこにも痛みを感じているようではない。東雲にとってはあまりにも久しぶりの行為だったがら、受け手が上手くリードしてくれたおかげだろう。スウェットを着て紅月の隣に立つ。

「正月っぽい料理とか知らねェな……いくら食べる? 自家製醤油漬け」

「空音サンが漬けたの?」

「醤油とみりん入れて置いといただけ」

 唐揚げもあるし卵も焼こう。あれもこれもと冷蔵庫から出していく紅月。手間のかかるものは時間と気持ちに余裕がある時に大量に作って冷凍しておくのだという。踊り出すのではないかというほどの上機嫌につられて東雲の気分も上昇する。

「晴陽サン、ナスの油炒めも食べる?」

「食べる。田楽もまだ残っていたよね」

 今日くらいは贅沢をしよう、と作り置きのおかずをドンドン出してテーブルを埋めていく。圧倒的に肉が多いのは紅月の得意料理だから。弁当用の小さなハンバーグを温めながらフライパンでデミグラスソースを作り、煮詰めている内にだし巻き玉子を焼いておく。東雲はほとんどテーブルに並べていく担当だった。

 放っておくといつまでも休まずに動きそうなので、東雲はデミグラスソースが完成したのと同時に紅月を抱き上げて椅子に座らせた。

「足りなくない? あ、甘酒作ってない」

「いいから、座ってて。ビールでも呑んだら?」

「朝から?」

「たまにはいいでしょ」

 タンブラーにビールを注いで手渡すと、一口呑んでテーブルに置いてタバコを持って立ち上がった。

「空音サン、ベランダに出るなら何か羽織って」

 東雲がそう声をかけたが、彼女はシャツ一枚のままベランダに出てしまった。ジャンパーを着てパーカーを持って後に続く。

「寒いでしょ」

「まあまあかな」

「それはおかしいって」

 震えているくらいだから寒いのだろうに、彼女は何故か我慢したがった。パーカーをかけてやり、そのまま抱きしめる。

「俺にもちょうだい」

 小さく口を開けた東雲に、咥えていたタバコをそのまま渡して、紅月は新しいタバコを取り出した。ライターは使わず、東雲が咥えたタバコを使って火をつける。慣れたような仕草だったが、東雲が見たのは初めてだった。元彼としていたのかな、と考えると少し心がザワついて、より強く抱き締めた。

「ん、どしたの?」

 より深く繋がったことからか、紅月は安心しきった様子でいる。しかし、東雲は不安に苛まれている。もう離さない、と言わんばかりに引っ付く東雲の頭を撫でながら、紅月はゆっくりと紫煙を吐き出した。

「姫始めって、いうんだっけか」

「さあ、どうだろうね」

 なんとなく気まずくなって会話で誤魔化そうとした東雲だったが、紅月はその手には乗らなかった。沈黙の中、雪に濡れた葉の燃える音がやけに大きく響く。腕の中で小さく震えた紅月の体がすっかり冷たくなっていることに気が付き、東雲は火の始末をして彼女を抱き上げた。

「空音サン、冷えるの早いね」

「母には変温動物って言われたことがあるよ。だからかな。クーラーとか苦手」

 冷房の効いた事務所で震えながら毛布にくるまっていた紅月を思い出し、東雲はくすりと笑う。

「小動物みたいだったよね、夏」

「寒いんだって」

 とことん寒さに弱いのか、紅月の部屋にはこたつはあっても冷房機は何も無い。

「そういえば、今更だけど下着着けてないの?」

「着けてないよ、上も下も」

「ホントにシャツ一枚で外出たの?」

 それはもう危機感がないと説教をしなければならないのではないか。

「下着を忘れることとかあるの?」

 ついうっかりそのまま忘れてしまう、なんてことがありそうだと思って東雲が聞くと、紅月は「あるよ」と答えた。

「ジャージとかスウェットだと忘れちゃう。ちょっとコンビニまで、とかだとうっかりすることが多いね」

 基本的に家では下着を着けずにいることがほとんどだという。涼しい顔で暴露されて東雲が少し悶々としたのはまた別の話。

「お昼何食べる?」

「残ってるものでいいよ」

 紅月を休ませるためにそう言って彼女を抱いたままこたつに入った。紅月は身動きが取れないと不満を漏らすが、それでもどこか嬉しそうにしていた。

「あ、今年もよろしく」

「今言う?」

 くすくすと笑った紅月につられて東雲も笑う。

「暇だねー」

「たまにはいいじゃん」

 ゆっくりしていようよ、と東雲が言えば、紅月はようやく諦めたようで全身の力を抜いた。欠伸を一つしたかと思うとそのまま寝息を立て始める紅月。

「おやすみ、空音サン」

 ゆっくり体を倒して二人で寝っ転がる体勢になり、紅月が密かに憧れていた寝正月を過ごすことにした。

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