没落貴族出身のマッチョ傭兵が恋を夢見て何が悪い
「ライラ、僕はね、君が好きなんだ」
「じゃあ殿下、大人になったら結婚してくれますか?」
「もちろん、約束する。大人になったら迎えに行くよ。このウィッシュは約束を違えたことはない。そうだろう?」
眼の前の子供-ウィッシュは、他愛もないことのように約束し、そして、笑った。
後ろの侍女は慌てているが、ウィッシュは静かにそれを目で制した。
明るい日差しが差し込む部屋に、大人ですら広いのではないかと感じる程の部屋。天井にはシャンデリアがあり、とにかく豪華という言葉を敷き詰めた、と言っても過言ではない部屋には、ウィッシュと自分と侍女が二人だけしかいない。
そんな部屋にいるウィッシュは何者かといえば、この国の王子だ。
その王子が、貴族とはいえ末席の、ただの王子の遊び友達の一人に対して、こんな言葉を言ったのだから、侍女が慌てるのも当然だろう。
それに、確かにウィッシュは、子供ながら約束を違えたことはない。
それがひどく、ライラには眩しく思えた。
その眩しさに目を閉じる。
そして再び目を開けると、現実が嫌でも襲ってくる。
先程の夢とは異なる、狭い部屋に木造の屋根。そしてまだ夜も明けきらない暗闇。
それが、今のライラの住んでいる家だ。
あれからすぐ、家は没落した。
当主であった父親が病に倒れ、母も後を追うように亡くなった。
そして誰もが処遇に困ったのがライラの存在だった。
何しろ家が没落した当時のライラの年齢は三歳だ。その血統を求めて摂政になりたがる人間は山ほどいた。それこそ大量の親戚が名を挙げた。
しかしその親戚は親戚で、遺産と利権目当ての骨肉の争いを行った結果四分五裂し、と、もう散々な結果になった。
結果ライラはある家に引き取られた。
その家は、ライラの生まれた場所よりも遥かに底辺の家庭だった。それが今の家だ。
だが、それで過ごしているライラからすれば、もう慣れたものだった。
「はぁ、まったく、子供の時の夢なんていつ以来だ?」
そう呟いてからベッドから起き上がり、まず日課を始めた。
スクワット五百回、まずはこれをこなした後、次は腕立ても五百回。それ以外にも各種筋トレを全部で三時間ほど行う。
それが終わってから食事だ。
食事もとにかく筋力のつくものを徹底して取るようにしている。
何せ今のライラの職業は傭兵なのだ。
それも、今や通り名まで付くSクラス傭兵である。
即ち全てにおいて身体が資本なのだ。
その結果、女性とまったく見られないほどにまで筋肉がついた。
そんじょそこらの男の胴体と同じ太さの腕、その倍はあろうかという大腿。巨木ほどの大きさの胴体とまぁかつて自分が貴族だったと信じるものは誰もいない。
しかし、時に自分でも恋をしたいと思う時もある。
間違いなく、子供の時自分はウィッシュに恋をしたのだ。もっとも、相手がそれを覚えているかと言われれば、覚えていないだろう。
今やウィッシュは王となり、善政を敷いている。もう遠い存在になってしまったのだ。
忘れるのがいいというのは分かっているのに、ライラは忘れることが出来ずにいる。
「おーい、ライラ、お前に仕事の依頼だ」
家で食事をしていると、聞いた声が玄関からした。
傭兵ギルドの受付だ。なのでライラはドアを開けた。
「わざわざ来なくても私から来たのに」
「まぁそう言うな。商人が隣町に行くから、その護衛を依頼したいとのことだ」
確かに、後ろには商人と思しき人物がいる。中心にいる人物は見る限りで若い男だ。
隣の人物は護衛だろうが、見ただけで分かった。
隙がない。手練と感じるには十分だった。
だが、だとすれば疑問が湧く。
「でも、その仕事なら私じゃなくても他の人に回せるレベルじゃない? それに、お隣さんは相当手練れみたいだし」
「いや、この仕事、私の方から貴方に依頼したいのだ」
若い商人が、少し前に出た。
澄んだ声をしている。
何故か、その声の雰囲気が、ウィッシュに似ていたが、他人の空似だろうと思った。
第一、王となったウィッシュの声を、ライラは聞いたことがないし、それ以前にこんなところにいるはずがない。
「貴方はSクラスの傭兵だ。万が一の事態があった時に対応できるだけの力もある。私の護衛も優秀だが、二人いればより安全だ。それに、私自身、そのSランクの傭兵の腕を見てみたいのだ」
「というわけだ。準備ができたら出発だぞ」
「わかったよ。ちょっと待ってな」
ライラは家に立てかけてある武器を一つ取った。
自分の相棒である剣だ。もっとも、そのサイズは自分の身の丈に匹敵する。ざっと全部で一八〇cmといったところか。
それを背中に担ぎ、家を出た。
隣町まではさほどの距離はない。往復で数時間、といったところだ。
商人の青年は馬に乗っている。ライラ達は徒歩だ。
しかし商人にしては妙に気品を感じる。金の匂いこそすれどその匂いにどこか品性を感じるのだ。
ライラの知る限りで商人にそこまでの品性は感じたことはない。
そう感じた直後、ライラは馬の前に手を出して制した。
「なにか?」
「モンスターですね。数は……ざっと五匹ほど」
「勝てそうか?」
「余裕です」
それで初めて、商人に少し不安そうな気配が漂った。
だが、何故かその気配は、商人自身に対するものではなく、ライラに対して向けられているのだと感じることが出来た。
信用されてないのだろうか。しかしそれならば自分を直接指名する理由はない。
何かあるな、この商人は。
そうライラが感じた直後、甲高い雄たけびが響いた。
丘の向こうから、小柄のモンスターが駆けてくる。ゴブリン。やはり数は五匹。
余裕だ。
そう感じると、ライラは商人の護衛をもう一人の護衛に任せて、疾駆した。
大地が、えぐれた。
ライラの筋力はそういった加速力にも全て応用される。そういう風に身体を仕込んだ。
ゴブリンの動きが、一瞬止まる。
その隙に、得物の大剣で横薙ぎに一閃。
三匹仕留めた。返り血を浴びるより前に、すぐさま後方のゴブリン二匹に向かう。
「遅い!」
言って、一匹のゴブリンを真っ二つに分かつ。
そして最後の一匹は、拳で粉砕した。
速さ、力、その両方を持ち、圧倒的な出力の元敵を蹂躙する。
故に、ライラについた二つ名は『暴風』である。
ライラはすぐさま、商人のもとへ駆け寄った。
跪いて、頭を下げた。
「怪我はございませんか、依頼主殿」
すると、商人は下馬した。
「君は、暴風と呼ばれているようだが、私には、背中から必死に私を守ろうという気概を感じた。やはり、貴女はどんなになっても、美しい」
「……は?」
なんというか、急に言われてこそばゆい感覚を、ライラは覚えた。
美しい? これのどこが?
ライラ自身もどう考えても女子力もないし、筋肉の鎧に巨剣を振り回す傭兵のどこが美しいのだと、全く理解できない。
すると、商人が跪いて、ライラの前に顔を寄せた。
「すまない、試していた。どうしてもこうしないと家臣が納得しなかったのだ」
「……は?」
目を丸くした。
家臣とはどういうことだと、頭でクエッションマークがずっと浮かんでいる。
「ウィッシュが迎えに来たよ、ライラ」
ぽかんと、開いた口が塞がらなかった。
「王! 我が王はどこにおわす!」
大声がする。聞く限りで騎馬軍、それも大兵力だ。
「おう! ここにいるぞ! それに、直に様子も見た。この護衛がその一部始終の証人だ! これでライラを迎えること、文句ないだろう?」
ウィッシュが、まるで子供のように笑った。
「ま、まさか、あの、ウィッシュ殿下、いえ、陛下なのですか……?」
震える口で、ライラは聞いていた。
「ああ。子供の時に言っただろう。約束を違えたことはない、と。大人になったら迎えに行くと。すまなかったな、時間が、かかってしまった」
「ですが、私は没落貴族です。それにこんな戦うためのような姿になっています。陛下にはもっと素敵な女性がいらっしゃるでしょうに……」
ウィッシュが首を横に一度振った。
「いや、貴女がいいのだ。そして、子供の時から変わらないその純粋な瞳があるからこそ、私は貴方に惚れたのだ。だから」
ウィッシュが、ライラに手を差し伸べた。
「我が后になってくれ、ライラ」
顔が、赤くなったのをライラは感じた。
自分は、この人にずっと恋をしていたのだと、ようやく感じることが出来た。
ならば、これ以上突っぱねることは無礼だろうと、そう感じた。
ウィッシュが微笑んでいる。
子供の時と同じ、眩しいと感じる笑みだった。
「喜んで。陛下」
そういった直後、騎馬隊が、後方で待機し、数名が降り立ち、ウィッシュのすぐ後ろに跪き、そして、自分に向かって頭を下げた。
「王妃陛下、今後とも、我が主君をよろしくお願いいたす」
後方の部下が、一斉に頭を下げた。
こうして、ウィッシュ王のど派手なプロポーズは成功し、王室の歴史に刻まれることとなった。
その妃であるライラ陛下はというと、后になってもモンスター討伐の際には最前線に自ら隊を率いて討伐したという。
故に歴史はこの后をこう記している。
暴風王女、その名を天高く轟かせん。
(了)