浪漫を求めて
それからしばらくして、辺りが夕焼けの赤色に包まれる頃に売れ残った商品を畳む。あの商人から聞いた話し、オーパーツやグランパレスという貿易船の事。それが私の心の中にこびり付いて離れない。この世界を見たいという探求心が大きくなっているのを感じる。この世界を私の目で見たい。私の技術が世界に通用するのか確かめたい。
商人が追い求めてやまないという"浪漫"が私を引き付ける。そして何より
「大地の記憶……もしそんな物が本当に実在するなら?」
あの商人が話していた万物の記憶が記されているという遺物。大勢の人間はそんな物はあるはずが無いと嘲笑するだろう。しかしそれを確かれば私の過去を知ることが出来るのでは?
「トウカちゃん!今日もお疲れ様!」
「あッ!ミラさん!そうだこれ、今日の売り上げ分です」
店をたたんだことに気付いたミラが、二階から降りてきたことを確認すると、いつものように商品を売って得た収入の一部……というか大部分だが、彼女への感謝のしるしとして明け渡す。彼女はいつも困ったような笑顔を浮かべると「もう、この家を貸していることなら気にしないでいいって言ってるのに」こう小さく答える。
「あ、そうそうトウカちゃん!朝言ったやつ!プレゼント渡すからちょっと待ってて!」
朝言っていたこと、プレゼントというやつだろうか。彼女は思い出したようにそう話すと、再度二階へと向かっていく。可愛い。なんだかんだプレゼントという物を貰う機会は少ないからか、心が高揚感で小躍りをしているようだ。ましてや心の底から尊敬している彼女からの贈り物と考えると自然と頬が上を向いてしまうというものだ。
「ミラさんには感謝しっぱなしだな」
やはり私はこのままここで暮らして、彼女への恩返しをしようと、そう思う。それが私の奥底に眠る探求心と、過去を知りたいと思う本心に蓋をすることになっても。そんなことを思っていると、上の階からミラの普段聞くことの無い大きな声が聞こえてくる。
「あったー!!!」
「ミ、ミラさん!?」
普段から綺麗にまとめられた彼女の髪は四方八方に散らしながら、体中の節々にホコリを着けている。おそらく何かを探す為に部屋の隅々を探して回ったのだろう。普段、歩き方から指先の所作まで綺麗な「淑女」という言葉が服を着て歩いてるような彼女の様子からは考えられない姿だ。
「これ!プレゼント!トウカちゃんそろそろ18歳でしょう?ずうっと渡そうと思って取っておいたの!」
「えっと、何かの巻物ですか?」
そんな彼女が手にしているのは一枚の巻物のような紙だった。それは薄い紙きれといったようなちんけな物では無く紙の両端は黄金色と朱色のインクで装飾されている。更に印字に使われているインクはそこらで使われているような安物ではないのだろう。少し鼻腔を刺激するような香りが鼻先を撫でた。
「ほら、ほら!詳しく読んでみて!」
少し強引にさえも感じる彼女の様子に圧倒されながらも、言われたとおり紙を受け取りその内容を確認する。やはり高級な材料を使用した物なのだろう。普段使用している物とは手触りから違う。「紙」というより「布」といったような感じだ。そんなことを感じていると、ひと際大きく書かれた文字が私の目に入った……私は思わず息を呑む。
「貿易船グランパレスへの居住許可証……!?これって!」
「そう!もう少し下の方読んでみて。これ許可証が有効、つまり使えるのは18歳からなんだ」
グランパレスへの居住許可。つまりこの船へ乗船するどころか、拠点として世界を旅することが出来るということか、一つの国としても機能しているというグランパレスの国民として居住することが出来る……そう感じた瞬間に、先ほど蓋をした私の本心が、更に大きく顔を覗かせる。
「私ね、トウカちゃんには、いろんな世界を見ていってほしいの。でも優しいあなたは私への恩返しとして、この街で商人をする道を選んでいたんだよね。自分の過去について、ずっと知りたかったんだよね。でもそんな本心を隠していた。私はね、あなたのおかげでこの10年間幸せに過ごすことが出来た。だから、私からも恩返しをさせてほしい」
彼女には私の本心等、当に知られていたのだ。彼女は聖母と見まがうような優し気な表情で続ける。街の外で拾った得たいの知れない子ども。それが私のハズだった。でもそんな私を、彼女は枷と思うどころか心の底から愛を持って接してくれていた。
「だからこれからは、あなたの道をしっかり生きてほしい!自分の生まれ育った本当の場所を、両親のことを知っていきなさい。そしたら、ゆっくりでいいから私にトウカの事、聞かせて……!!」
自然と涙が頬を伝っていた。そんな様子を見たミラは私を優しく抱き寄せる。彼女の胸の中は暖かく、心の底から安心した。頬を伝う涙の量は更に多くなり、すすり泣く私の声は徐々に大きくなっていく。涙に鼻水まで垂れ流している私の顔はとてもじゃないが年頃の女が他人に見せていいものではないだろう。
「大丈夫、落ち着いたらご飯でも食べよう?」
本心を閉じ込めた心の蓋は、涙と一緒にあふれ出した。そんな私の涙が枯れるまで優しく包んでくれたミラの綺麗な洋服は強く抱きしめ返したせいか要所がシワにまみれていた。
「良し!準備はできた?忘れものはない?」
「だ、大丈夫!許可証も持ってるよ」
彼女からのプレゼントであるグランパレスでの許可証を貰った日からしばらく時間が経ち、私は18歳の誕生日を迎えた。そして
「それじゃ、行ってきます!」
ついにグランパレスが滞在するという大国「アリアス」に向けて10年暮らしたこの街を出る時が来た。少しの不安と、高揚感。そして何よりこれからの冒険に求める"浪漫"が心の大部分を支配している。そんな心を落ち着かせるよう小さく深呼吸をすると、長く過ごしてきたこの家の玄関に手をかける。
「いってらっしゃいトウカ!」
ミラさんには感謝しかない。共に過ごしてきた時間は10年程だったろうか。育ての親である彼女との別れ、それはたとえ一時のものであってもやはり寂しさを感じてしまう。また、先日の事を思い出して少し涙ぐんでしまう。そんな姿を隠す為に勢いよく彼女の身体に抱き着いた。彼女は少し驚いたように声を上げた後に優しく背中をさすってくれる。
「……また!この家に帰ってくるから!」