悪役令嬢は、友の多幸を望むのか
「シンディーア・リンブルースター! お前との婚約を破棄する!」
このイシュクス王国の第一王子であるラドクリフ様が、卒業パーティーの場で私を睨んだ。
……どうして?
私たちはうまくいっていたはず。
なぜこんなにも急に、婚約破棄を言い渡されてしまっているのかわからない。
〝お前〟なんて言葉、今まで一度たりとも言われたことがないというのに。
「ラドクリフ様。私、なにか粗相をしてしまったのでしょうか」
「胸に手を当ててみろ。お前が引き起こした、数々の悪事を!」
「あく、じ……」
私には思い当たることなんて、ひとかけらもなかった。
聖人のように生きてきたわけではないけれど、ラドクリフ様に嫌われるようなことをした覚えはない。
「ふん、覚えがないなら教えてやる」
ラドクリフ様は誰かに目配せしたかと思うと、パーティー会場の中から一人の女性が現れた。
「メイサ……?」
「ごきげんよう、シンディー様」
男爵令嬢のメイサルートは、学園で仲良くなった私の親友。
いつも堂々とした立ち居振る舞いで、明るくてみんなの人気者だった。
だけどメイサが、どうして今……?
「わたくしはいつもシンディー様にいじめられておりましたの。筆記帳は破り捨てられて、制服を切られたこともあります」
「……なにを言っているの、メイサ……」
「それだけでなく、寒い冬には池に突き落とされたましたわ。さらに先日、わたくしを襲った男が〝シンディーアに雇われてやった〟と証言しているのです!」
私は混乱した。
私はなにもやっていない。そんな男も知らないし、ましてや親友のメイサを襲えなんて頼むはずがない。
「メイサルート嬢が襲われそうになったところを助け出したのは、この僕だ。もう言い逃れはできないぞ、シンディーア!」
いつも『ディア』と私を呼び、優しく微笑んでくれていたラドクリフ様が目を吊り上げている。
一体、これはなんの冗談なの?
「なにか、誤解があるのでは……私はそんなこと、やっておりません!!」
「まぁ白々しいですわ! わたくしを階段から突き落として一生消えない傷をつくったのは、あなただというのに!」
前髪をかき上げて、額の傷を見せるメイサ。
頭がぐわんと回った。
どうしてそんなことを言うの、メイサ……。
いいえ、それだけは本当の話。
履き慣れない靴で躓いた私を、メイサが庇って私の代わりに階段から転げ落ちた。そして額に傷を負ってしまった。
『髪で隠せるから大丈夫ですわ。それより、侯爵令嬢であるシンディー様がご無事でよかった』
そう、言ってくれていたのに……。
本当はずっと、私を恨んでいたの?
「ごめん……なさい……」
私の謝罪を聞いたラドクリフ様が、ニヤリと笑った。
「罪を、認めるんだな! ここにいる、メイサルート・フォレンシーを貶めようとしたことを!!」
「それは……!」
ラドクリフ様が私を糾弾する。
いつも優しいラドクリフ様が、私を蔑むように見ている。
どうして……?
愛していると言ってくれた言葉は、嘘だったのですか?
早く結婚したいと……卒業が楽しみだと言ってくれていたのは、ラドクリフ様だったというのに……。
私たちは十歳の頃から婚約者となり、王と王妃となる身として、共に頑張ってきた。
つらいことだって、二人なら乗り越えられた。
励まし合って、この国の明るい未来を語り合った。
早く結婚して、ディアとキスがしたいと──顔を赤らめながら言ってくれるラドクリフ様が、大好きだった。
なのになぜ、私を信じてくれないの……?!
このままでは納得できないと反論しようとしたその時、メイサがラドクリフ様へとしなだれかかる。
するとラドクリフ様は、瞳を細めて彼女の腰に手を回した。
私の頭に、岩をぶつけられたような衝撃が走る。
そういう……ことだったの……?
メイサは、ラドクリフ様が好きだった……そして、ラドクリフ様も……!!
二人がいつ、そういう関係になったのかわからない。
私はなんて鈍い女なのだろう。
メイサがラドクリフ様に懸想していただなんて、ちっとも気づかなかった。
私はラドクリフ様に愛されているものだと、信じて疑わなかった。
滑稽だ。
大好きな親友と愛する婚約者が、実は愛し合っていただなんて。
それでも私は、二人を恨めなかった。
どちらも大切な人だもの。それにメイサには怪我をさせてしまったことへの負い目もある。
二人が本当に愛し合っているならば、私は身を引くべき。
王妃教育が終わっている私を、婚約者の座から引きずり落とすには、こんな手段しかなかったのかもしれない。
メイサならば、頭が良くて優秀だから、これからでも王妃教育は十分間に合うだろう。
きっとラドクリフ様と二人でなら、素敵な国を築いてくれるに違いない。
もう私の存在意義は、無くなったのね。
ずっと張っていた肩の力が抜けた気がした。
本当は薄々感じていたから。私に王妃なんて向いていないと。
私は家柄で選ばれただけの婚約者。
ラドクリフ様が好きだったから……愛していたから、王妃になれるようにと、力になりたいと今まで頑張ってこられたけど。
本当は、王妃に向いている性格じゃないってことは、自分で気づいていたの。
明るくも社交的でもない。そうしなければいけないから、虚勢を張っていただけ。
全部全部、メイサに任せればきっと上手くいくわ。私が王妃になるより。
悲しいけれど、それが真実。
私は今まで積み重ねてきた思いを振り切って、ラドクリフ様に目を向けた。
「はい、そこにいるメイサルート・フォレンシーを貶めようとしたのは私です。罪を、認めます」
ざわつく周囲。
ラドクリフ様とメイサですら、素直に認めた私に驚いている。
私がいなくなって、二人が幸せになれるならそれでいい。
いつまでもこの地位にしがみついても、みんなを不幸にするだけだもの。
「では、シンディーア・リンブルースター。今後は家名を名乗らず、シンディーアとして生きるんだ」
家名を名乗ってはいけないということは、もう侯爵令嬢ではなくなるということ。家族とも、家族じゃなくなるということだ。
その方が家族に迷惑をかけずに済むから、好都合だけれど。
「そして我がイシュクス王国から追放する。隣国のイゼルテュオ共和国に家を用意するから、そこで暮らすんだ」
すでに追放場所を考えていたなんて。いつから準備していたのかしら……。
私はその言葉に、すっと頭を下げる。
「お慈悲に感謝いたします。私はそこで罪を悔い改め、お二人のご多幸を願うことにいたします」
ああ、ダメ。泣きそうだわ。でも、惨めになるのはいや。
私は顔を上げると、二人に微笑んで見せた。だけどうまく笑えていなかったようで、二人に同情の色が差す。
「──ディア……」
「シンディー様……」
周りに聞こえないくらいの、小さな声。
その言葉は情愛に溢れている気がして、私はぽろりと涙を落とした。
***
私はそれから一週間もしないうちに、イゼルテュオ共和国へと連れてこられた。
馬車に揺られて、顔見知りの騎士に護衛されながらの、快適な旅。
護衛騎士が帰る時には、しばらく暮らしていけるだけのお金を渡してくれただけでなく、仕事まで斡旋してもらえた。
ここまでしてくれるなんて、ラドクリフ様も罪悪感があったのだろう。
あの日のことを思い出すと胸が引き千切られそうになるけれど、私はなんとか毎日を過ごしていた。
でも、そんなある日。
「ちょっと、隣国のイシュクス王国が大変なことになっているわよ!」
職場でお世話になっている先輩が、私に新聞を見せてくれる。
その記事を走り読んで、私は目を疑った。
「イシュクス王国が……消える……?」
新聞に書いてあったのは、ガレシャ王国による、イシュクス王国の併合だった。
ガレシャ王国はイシュクスに隣接している大国だ。不可侵条約を結んでいたけれど、ちょうど私がこのイゼルテュオにきた日に切れたはず。
これから大国のガレシャ相手にどう外交していくのか、いつも議題に上がっていた。
武力に出られては、イシュクスのような小国では太刀打ちできない。
これまでの状態が続くようにと関係者は奔走していたけれど、こんなにも早く併合を受け入れるなんて……。
「ラドクリフ様は、どうなったの? メイサは……」
あれからラドクリフ様とメイサが、正式に婚約したということは新聞を見て知っていた。
併合を受け入れたのは昨日のようで、まだ王家の人たちがどうなったのかの情報は載っていない。
わかったのは、武力衝突はなかったということ。ガレシャの一方的な要求ではあったけれど、イシュクスは条件を全てのんで、併合を承諾したようだった。
承諾をせずにはいられない状況だったのだろうと、推察はできるけれど。
全容を知りたいと思っても私には知る手立てがなかった。
数日後のこと。
私が仕事終わりに家で一人紅茶を淹れていると、トントンと扉を叩く人がいた。
「どちら様ですか?」
「僕だ。開けてほしい」
聞き間違えるはずもない、ラドクリフ様の声。
ほんの少し扉を開けて確認してみても、間違いない。ラドクリフ様ご本人だ。
どうしてラドクリフ様がここに……?
まさか、王家の者の処刑が決まって逃げ出してきた?
じゃあ婚約者であったメイサはどうなったの?
さまざまな疑問が生まれてきて、私はそれを解決すべく扉を開けた。
「ラドクリフ様……!」
「久しぶりだね、ディア……」
「お一人ですか? 護衛の方々は……」
「向こうで待たせている。二人で話したいんだ。許してもらえるだろうか」
ラドクリフ様の真剣な瞳。
ディアと呼ばれたことに心がドキリと動いてしまいそうになる。それを必死に押しとどめた私は、ラドクリフ様を中へとご案内した。
「ありがとう、感謝する」
「あの、メイサは……」
「それも含めて、すべて話すよ。聞いてくれるかい?」
その表情は、何度も見た優しいラドクリフ様そのもので。
私はちょうど用意してあった紅茶をサイドテーブルに差し出すと、「聞かせてください」と頷いた。
「卒業パーティーの前日のことだ。ガレシャ王国から、使者がやってきた。不可侵条約が切れたら、イシュクスへ侵攻するという旨の通知だったんだ」
「え?」
そんな話、知らなかった。大騒ぎにならなかったということは、王族の間で話を止めていたんだろう。
その日、学園にこなかったからおかしいとは思っていたけれど。
「ガレシャ側は、降伏を要求していた。百年の不可侵条約の間にガレシャは軍事力を高めていて、再度の不可侵条約の締結は不可能だった。最小限の犠牲で終わらせるには……ガレシャにのみ込まれるしか、なかった」
悔しそうに拳を握っているラドクリフ様。
国民を思っているからこその、決断だったとわかる。
「だけどガレシャは要求をのめば、イシュクスをガレシャ王国のイシュクス領として、基本的な統治権はこちらに譲渡するとも提案していた」
提案とはいうけれど、実質の脅しだったのだろう。要求をのまなければ、どうなるかは目に見えてわかっているのだから。
「どんな要求だったのですか?」
私の問いに、ラドクリフ様は眉間に皺を寄せて。
「第一王子である僕の婚約者を……ガレシャの第五王子に差し出すことだった」
そう、言った。
「私……を?」
「ああ……今の王家に姫はいない。だから代わりに僕の婚約者が選ばれた。そうすれば、今の王家をガレシャの公爵家にしてやると」
イシュクスの統治権を得るためには、婚約者を差し出す必要があった。
ガレシャに公爵として認めてもらった上でイシュクスを統治するのが、混乱もなく誰の犠牲者も出ずに終わる。
……その、婚約者以外。
「……待って。ということは……」
「ああ。僕とメイサで、ディアに婚約破棄を言い渡す計画を立てた」
「どうして……!!」
私はメイサの顔を思い浮かべ、胸が締め付けられる。
「君をガレシャの第五王子に差し出すことは、父の……陛下の決定だったんだ。もちろん反対したけど、他に良い案なんて出なかった。これがイシュクスの民を守る決断だと言われると、僕は従わざるを得なかった……!」
ラドクリフ様の目からぽろりと涙がこぼれ落ち、ピチョンと手のつけられていない紅茶に波紋が広がる。
「君を誰にも渡したくなかった……! ディアを連れて、何度駆け落ちしてやろうと思ったことか……! でも、できなかった……一人の責任ある立場として、僕の身勝手で民の命を危険に晒すなんて真似は……!」
「ラドクリフ様……!」
その思いが伝わってきて、私も胸から込み上げてくる。
私は……やっぱりラドクリフ様に愛されていたんだ。
大切な民の命と、秤にかけてもらえるほどに……!
「卒業パーティーの日、僕は本当は君に、ガレシャの第五王子に嫁ぎ先を変更する旨を伝えなければいけなかったんだ……。だけど、ずっと苦悩している僕を見て不思議に思ったのか、メイサルート嬢が話しかけてきた」
「メイサが……」
「彼女は俺の悩みがディアであることを察したようだった。俺は、メイサルート嬢の親友であるディアを、ガレシャの第五王子の元へ嫁がさなければならなくなったことを謝罪した。そうしたら……」
「そうしたら……?」
ラドクリフ様は一呼吸置いてから、「メイサルート嬢は」と続ける。
「ディアと婚約破棄し、代わりに自分を婚約者にしろと言い出した」
ラドクリフ様の苦虫を噛み潰したような顔。
そういうことだったのね……ようやく、納得がいった。
「そうするとメイサルート嬢が第五王子に嫁ぐことになってしまうと言って断ったんだ。でも彼女は、自分には婚約者もいないし好きな人もいない、ただの男爵令嬢がガレシャの第五王子に嫁げるなんて大出世だと笑った」
そうは言っても、会ったことのない他国の王子。いくらメイサだって、そう簡単な気持ちで決められることじゃないはず。
「とにかく、時間がなかった僕も焦っていた。メイサルート嬢がそう言ってくれるならと、慌てて婚約破棄への段取りを相談したんだ」
「それで、私は婚約破棄をされたのですね……お二人の気持ちも知らずに、私は……!」
なにも知らなかったとはいえ、自分の不幸を嘆いていたことが恥ずかしい。
どうして私を信じてくれないのかと思っていたけれど、信じていなかったのは私の方だった……!
「メイサルート嬢は、見事に悪役を演じきってくれたよ。ディアに嫌われても、誰に嫌われようとも構わないと。『シンディー様は愛する人と一緒になるのが一番ですから』と……そう言っていた」
「──っ、メイサ……!!」
やっぱり、メイサは私の親友だった。
いきなりラドクリフ様にしなだれかかったりして、周りからは不興を買ったことだろう。人の婚約者を奪い、どれだけの非難を受けたかわからない。
私の幸せのために、悪の令嬢を演じるだなんて……普通ではできないこと。
そう思うと、私の目からポロポロと涙が溢れ始めた。
「すまない。事情を言えば、絶対にディアは自分が第五王子の元にいかなければと言い出すと思ったんだ。だから事態が収まるまでは、伝えられなかった」
「事態が収まったということは……もう、メイサは……」
「ああ、ガレシャ王国の第五王子のところに行ってしまった」
「〜〜ッ!!」
私は声にならない声を上げた。
あなたはお人好し過ぎよ、メイサ……。私の身代わりに、見も知らない他国の人のところへ嫁ぐなんて……!
「許してほしい……僕がディアと一緒になりたいばかりに、君の親友を売ってしまったこと……」
「いいえ……メイサはそういう人なの……彼女は人の幸せのために、ここまでできる人だから……!」
メイサはきっと、誰がなにを言っても自分が身代わりになることを譲らなかっただろう。
ガレシャで不当な扱いを受けていなければいいけれど……。
「僕も、メイサルート嬢の気持ちを無にするつもりはない。ディア」
私はラドクリフ様に意志のある強い瞳を向けられた。
「一度破棄を言い渡しておいて、都合のいいことだとわかっている。でももし今、ディアにまだ好い人がいないというならば……」
手を伸ばされて、手を握られた。ドクドクと駆け巡る血潮の音が、ラドクリフ様に届いてしまいそう。
「もう一度、僕の婚約者となってほしい。王子ではなくなり、公爵令息という立場にはなったが、イシュクス領に繁栄をもたらすという夢は変わっていない!」
「ラドクリフ様……」
「夢は、ディアと一緒に叶えたい。愛しているんだ……どうか、イエスと言ってほしい」
さっきから私の涙腺は壊れてしまったよう。
だって、ずっと涙が止まらないんだもの……!
「ラドクリフ様……」
「やっぱり、もうここに好い人が……?」
「そんな人、いるわけないではないですか!」
私ははしたなくも立ち上がり、ぶんぶんと首を横に振った。
それに驚いたようにラドクリフ様もつられて立ち上がる。
「だって、私が好きなのは……私が昔から大好きなのは……っ」
私はたまらず、ラドクリフ様の胸へと飛び込んでいく。
「ラドクリフ様、ただお一人なんですから──!!」
「ディア……っ!」
ぎゅうっと抱きしめられて、その体温を享受する。
まさか、もう一度婚約者に戻れる日が来るなんて思ってもみなかった。
ラドクリフ様の愛と、メイサの友情。どちらがなくても、こんな結果にはならなかった。
「ディア、ディア……愛してる」
「ラドクリフ様、私もです……」
「今すぐにキスしたい……」
ふと顔を見上げると、目の前のラドクリフ様が顔を染めている。
「でもそれは……結婚してからなのでは」
「誰も見ていない」
はぁと吐息が漏れたのは、ラドクリフ様のものだったのか、私のものだったのか。
「はい、私もした……んっ」
すべてを言い終える前に、私の唇は温かいもので包まれた。
生まれて初めてのキスは、優しく……でもとても長く、尊かった。
***
私はあれからイシュクスに戻り、念願の結婚をした。公爵を継いだラドクリフ様と。
私たちは領地運営に奔走し、幼い頃から一緒に見た夢を果たしている。
今日はガレシャ王国へ、月に一度の報告書を提出する日。
初めてこの国の首都にやってきた私には、どうしても会いたい人がいた。
「シンディー様! 来てくださったのですね!!」
「メイサ! じゃなくて、メイサルート王子妃殿下!」
「ちょ、やめてくださいませ! メイサとお呼びいただけないと、大切な友人に再会できた気がしませんわ!」
ずっと心配していたけれど、メイサは痩せるでもなく、溌剌とした明るい彼女のままだった。
そしてメイサの隣には、長い黒髪の美丈夫が。第五王子のゼレンだというその方を紹介してもらい、私もラドクリフ様もほっとする。
だって、彼は……
「ちょっとゼレン様、もう少し離れていただけません?」
「いやだ」
「わたくし、友人とお話しをしたいのですが」
「俺が聞いてはダメな話なのか?」
「そういうわけでは……」
メイサを抱きしめたまま、離そうとしないんだもの!
そしてメイサのその顔、まんざらでもないわよね?
結局はラドクリフ様が、報告書を出したいからとうまいこと言って、ゼレン様を連れ出してくれた。気遣いのできるラドクリフ様、最高の夫です!
二人になると、メイサの驚くほどの惚気を聞かされることになった。
着いたその日にゼレン様に一目惚れされ、メイサもまた一目惚れだったんだとか。そういうことって本当にあるのね。とにかく、メイサが幸せそうで良かった。
でもふとした瞬間に、メイサの額の傷が目に入り、私は唇を噛み締める。
「ごめんね、メイサ……私のせいで、きれいな顔に……」
「え? ああ、気にしておりませんわ。あの時は、この傷を利用してシンディー様の心を抉る発言をしてしまったこと……お許しくださいませ」
「いいえ! あれは私のためにしてくれたんだもの! 感謝しているの!」
私がメイサの手を握ると、メイサは嬉しそうに笑った。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
私はラドクリフ様とイシュクス領へ戻るため、メイサにさよならの挨拶をした。
「シンディー様! 離れていても、わたくしの一番の友は、シンディー様ですわ!」
かつて悪役を演じた令嬢は。
「わたくしは誰よりも、シンディー様の幸せを祈っております!!」
今も私の幸せを願ってくれる、大切な親友で。
「私もよ! また、一ヶ月後に会いましょう!」
この友情が壊れることはない──そう、確信した。
「嫉妬してしまうな」
帰り際、私の夫が少し頬を膨らませていて、思わずフフと笑ってしまう。
「私、メイサが大好きですから」
「まったく、僕を嫉妬させて楽しいのかな?」
「そうかもしれません」
「そんなことを言う妻には、お仕置きだ」
そう言って、私は唇を塞がれた。
ああ、ちっともお仕置きになっていない。
愛されていることが心地いい。
私はキスをされながら、どこまでも青い空を見上げた。
優しい優しい悪役令嬢に感謝して。
私は、ここにある幸せを噛み締めた。
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