表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

サイネ 塞子遊びについて

──「サイネ」って知ってる? 漢字で書くと、サイは塞ぐのサイ、要塞のサイね。ネは子供の子でネ。子丑寅卯のネ。

──確か、遊びであった気がする。そんなのが。結構有名だったよね。小学生の頃西小の友達とやった記憶がある。かごめとか、はないちもんめと同じ様な感じだよね。

──うん、そうなんだけど、サイネって護沢でしかやらないらしいの。

──そんな筈ある? 小学校で伝わっているにしても、西小、東小、台小と三校あるでしょ。その全部で知られてて、隣の、例えば入羽川小学校の子が知らないってのは変な話じゃない?

──それがね、知らないわけじゃないんだけど、やらないんだって。先生に怒られるって。護沢の外の学校ではね。

──えー、本当? うーん。……いや確かにそうなのかも。ほら、検索してみると、"サイネ 正体"とか"サイネ 禁止"とか"サイネ 危ない"とか出てくる。でも質問サイトとかの答えは要領を得ない感じで、wikiは無いと。でも、禁止なんてされた覚えはないよ?

──私も禁止された記憶は無いよ。でもまあ、要するにすごく局所的な遊びなわけ、サイネはね。ところで、最近やったりした? サイネ。

──無いかな。そんな面白い遊びじゃなかった気がする。確か、敗者が出ないんじゃなかった? どんなルールなのか忘れたけど、負けた事ないし、勝ったーって喜んでる時は、みんなでそうしてたから。参加した全員が勝つ。誰が考えたどんな仕組みなのか分からないけど、結構すごい事じゃない。教育的に都合が良いと言うか、なんで先生に怒られるのかしら。

……。

……?

──サイネで、敗者は出るよ。





──そうだっけ。じゃあ少なくとも私は全勝したって事? それとも負けた事を忘れてただけ?

──ううん、あなたが負けた事がないって言うのは、事実じゃないかな。

──なに? すごく勝率の高い遊びなんだっけ。

──うん。一回で出る敗者は1人だけ。普通20人くらいで遊ぶし、それなりに時間がかかるから、そんな沢山敗者が出るわけじゃない。それに……。

──それに?

──あんまりにもうっかりしていなければ、負ける事は無いの。1番うっかりしている人が負けるってわけね。

──ふーん。確かに、ちょっとミスをすると挽回が難しかった気がする。でもお互い小1とか小2とかだから、ちょっと突き崩せばどうにでもなった様な……。いや、そうするとなんで敗者がいないなんて考えたんだろう?





──ところで、今度は本当に全然関係ない様に聞こえるかもしれないけど、生け贄って、捧げる側と受け取る側の利害が一致してるんだよね。

──いや、本当に話が跳んだね。えっと、生け贄の話について、まあ確かにそうかもだけど、捧げる側のデメリットが大きい気がする。だって、例えば村だとして、村の労働力は減っちゃうわけでしょう。

──でも、口減しにもなるでしょう。それに、受け取る側が村1番の力持ちを捧げろーって感じに選り好みするならともかく、そうでなかったとすると、捧げる側と受ける側が両得するわけ。

──そうかも知れないけど、捧げられる生け贄からすればとんでもない事だよね。その家族だって、複雑でしょう? 村の中で関係が悪くなるだろうし。

──生け贄本人の事はどうでも良いの。本人以外にはね。だって殺されてしまうんだから、本人がどう感じようが意味がない。生け贄を出すと決めてしまった後、そして決められてしまった後の2回目以降ではね。

──家族の方は? 仕方ない状況なんでしょうけど、悲しみが無いとは思わないわ。大抵はね。イメージだけど、生け贄は繰り返されるでしょう。何回も生け贄が出される内に、家族が悲しみ、もしかしたら反対する。そんな事が起こらないとは思えないのだけど。

──そう、そこでね。塞子、が出てくるの。





──塞子って言葉が最初に出てきたのは江戸の頃、護沢神社の建て替えがあったのだけど、その時に工人達が木材の節を埋める木片の事を塞子と呼んでいたのを神主が聞いた、と言う記録が初出。この時は、同じ字で「サイシ」と読んでたみたい。だけど、明治くらいかな、護沢で災厄が始まったのは。その時から、護沢では生け贄が行われる様になったの。

──ちょっと待ってよ。サイネが生け贄とどう関係するの? それに護沢で生け贄? 新関池の伝説だっけ。確か、戦国時代だか何だかに生け贄があったって言う。でも明治じゃないでしょう。

──うん、その辺も関係して来るから、続きを説明させて欲しいな。

──……分かった。取り敢えず疑問は飲み込んでおく。

──ありがとう。それで、明治の終わり頃に災厄というものが始まった。作物が駄目になったり、子供が次々に死んだり。他にも色々あって、大火事で三谷町の方が全部焼けたり、今度は皐月台の方が燃えたりしたし、学校が倒壊したりもした。有名でしょう。三鳴山公害よ。

──公害? ああ、確かに習った。鉱毒が入羽川に流れたり、火災を起こしたりしたあの公害。

──でもおかしいと思うでしょう。確かに三鳴山では採掘が行われていた。だから、不作とか、子供の死とかは関係してるかも知れない。だけど、三鳴山は護沢の中心部からだいぶ離れていて、鉱山からは隣町の方が近いくらい。これで火事や倒壊の原因と言うのは無理があるんじゃないかな。それに、不作や子供の死だって、隣接する入羽では護沢程酷くなかったの。入羽川は護沢と入羽の境を流れていると言うのにね。

──つまり、それらの災厄は、三鳴山が原因では無くて、本当の原因をどうにかする為に生け贄が行われた、と?

──それにはちょっと間違いがあるかな。災厄の原因は、三鳴山にあった。というより、居たの。その昔、新関池の伝説に登場したのと同じ存在。戦国時代の終わり頃に三鳴山に封じられたんだけど、開発によって解き放たれてしまったというわけね。三鳴山の開発が災厄の原因である事は間違いない。だから、迷信と笑い飛ばされずに責任を取らせる為に、災厄の被害を公害による被害だとしたって事。

──それで、その災厄は止まったの?

──あなたも言っていたけど、生け贄は繰り返される。災厄自体は生け贄が最初に行われた時に止まったけど、その後継続して生け贄が求められ、中止すると災害が起きるようになったの。

──つまり、生け贄は続けられてしまったと。

──そう。そこであなたが疑問に思っていた、生け贄の家族の問題が出てきた。生け贄にされた人の家族が団結して、「塞子家族会」というのができて、生け贄を実行して来た護沢神社なんかと対立し始めた。

──サイネ?

──護沢神社で節を埋める木片の事を指すと伝えられて来た塞子という単語だけど、江戸の末期には、室町から戦国時代の間に新関池で生け贄とされた人々の事を指す隠語として使われ始めたの。特殊な使い方だから、いつしか重箱読みに変えてサイネと読まれる様になり、だから当時護沢の人々は生け贄の事を指して塞子と呼んでいたのね。

──サイネがそういう意味だとしたら、なんで遊びの名前になってるのよ。

──そこがつまり、サイネでは敗者が発生しないと思われている事につながるのよ。





──ずばりね、サイネで負けると、生け贄になってしまうの。





……。





──遊びとしてのサイネは、大正の頃、当時の護沢神社の神主によって完成されたらしいわ。生け贄の家族、つまり塞子の家族は年々増えていくし、同じ家の者を生け贄に出し続ければ反発は強まる。実際、大正元年には放火で護沢神社が全焼し、神社のあった護沢山も延焼で山火事になって中腹南面の木々は全滅した、なんて事もあったみたい。そこで神主は考えたの。悲しみと憎しみに苦しむ家族を生まない方法をね。


……。


──それは、塞子となった人間の記憶を、残った人間から消すって方法。


……!


──仮に最愛の我が子が生け贄になろうが、その人の事を覚えていなければ、嘆き悲しむこともない。残酷だけれど、生け贄の必要と家族の感情を考えた妙案。そんなふうに神主は考えたのかもね。もしかしたら、残酷とすら思っていなかったかも知れないし、家族の感情なんて考えず、自衛の為に考えたのかも知れないけれど。


……。


──そして、神主は儀式を作り上げたの。生け贄を捧げ、同時にその人間に関する全ての記憶、記録を無かった事にする儀式をね。きっと、そういう方面の才能があったんだと思う。そうでなきゃ、こんな大儀式を子どもでも、6、7歳の子どもでも出来る形に再構築するなんて不可能よね。比較対象を知らないから、確実な事は言えないけど。

──やっぱり、サイネで負けた子は生け贄に……。

──……うん。……神主は儀式を完成させた後、ある事に気付いたの。儀式の後は記憶が消える事でどうにでもなる。でも、儀式に参加させるのは難しい、という事にね。そして、勝手に儀式に参加させてしまっても、誰も気付かないと言う事にも。

──つまり、その時生け贄の儀式を遊びに見せかけて広めたと。それが、サイネ。

──そう言う事になる。

──だとしたら! 私は山ほどの友達を生け贄にして、勝ちを喜んでだって事じゃない! その子達を負かしたと言う事も忘れて!

──そんなふうに思わないで。あなただって、騙されて、危険な事させられていたんだから。それに、サイネはそんなに人気な遊びじゃないでしょう。私だって、10回くらいしかやった事ない。護沢全体でも、年に50回もやって無いんじゃないかな。それに時間がかかるから、最後までできた回数はもっと少ないはず。





──私は、サイネが好きだったの。





──え? そんなに面白い遊びじゃないって……。

──それは、今思えばの話。だけど、実際にやってた時はすごく好きだった。サイネをやってる公園を探し回って、いついつにサイネをやるって噂を追いかけ回して、人を集めて主催した事も……。多分、1週に1度くらいは遊んでた。それに、サイネは上手くやれば駆け引きで翻弄する事が出来て、1人が負ける寸前まで追い込まれていても、一周で盤面をひっくり返して勝つ事も……、いやきっと誰を負けさせたって事ね。それも可能だったの。小学生相手ならね。

──いや、だからと言って、あなたは敗者が生け贄になるなんて事知らなかったわけだし。


──それでも、私が100人近くの子どもを殺した事は間違いない。いや、殺したよりもっと悪い。消したのよ、存在丸ごと。2年に上がると同学年にサイネをやる子は減っていたから、下の子達とサイネをやってたんだけど、その頃には思った通りに勝てる様になってたの。つまり、思った様に、私がこの子にしようと適当に決めた子を消してたって事になる……。なら、





──なら、私はサイネをやめさせる為に何かしないと。





──私があなたに話しかけたのは、その為、だよ。






 

 鏡ヵ谷庭園で出会った少女がそう言うと、僅かに触れ合っていた手の感覚が消えた。直ぐに彼女がいた私の右側を見るが、いない。辺りに隠れられる様な場所は無い。だとすると、まさか。


「そう。私は90年前にサイネで負けた、敗者というわけ。生け贄にされると、化けて出るにも100年近くかかるんだね」


 彼女の声に振り返ると、そこには彼女の姿があった。私と同じ中学生くらいの容姿で、服装はかなり古いがきちんとしていて上品に見える。

 よく知られている幽霊の様に生者と姿形に違いがあるわけでは無いけど、幽霊でもなければ突然消失して再度現れるなんて不可能だ。だから、彼女はきっと、本当にサイネの敗者……。







──90年前……。あなたは私と同じくらいに見えるけど、私くらいの歳の時にサイネに負けて、生け贄にされたの? それとも、幽霊だから変幻自在って事?

──それはね、私は14歳の時に負けたの。それも7歳くらいの子達相手にね。サイネは3年生ぐらい子達にはもう面白くない遊びでしょう? お互いにやるべき事が分かってるから、千日手になっちゃう。でも、その時ある事情で私は混乱していて、外からの情報と自分の行動が噛み合わない、みたいな事になっていたの。それであっさり負けてしまって、生け贄となった。



──生け贄となると、身体は食べられて、意識は三鳴山の存在の中に閉じ込められるの。私が出て来られたのは、もう生け贄が必要ないと言う合図

──その存在の、お腹が満杯という事?

──そうかも知れない。実際、あれはかつてない程に弱っている。そして、もう一つ、私の存在がある。

──どういう事?

──私はね、生け贄の中でも1番年上だったから、1番最初に出してもらったんだけど、今後生け贄になった子達が順番に化けて出てくるの。護沢のいろんな場所にね。そうすると、私や彼ら彼女らの力で、あの存在を封じる事が出来る。戦国時代の新関池の時だって、200年かかったけど、同じ方法で封じていたのよ。

──だから、もう生け贄はいらないのか。でも、あなた達は永遠に封じ続ける必要があるの?

──ううん、封印していれば、いずれ衰弱していくからそうなったら、もう自由。まあ、私は最後までいると思うけど。


──さて、サイネを止める方法を考えようか。

──そうね。護沢でもサイネが禁止されれば、数年で完全に消えるんじゃない?

──そうすると、偉い人達に説明しないとね。あと、護沢神社か、別のどこかにサイネの事情を知っている人物がいるはず。その人と接触して、サイネの禁止に協力させる必要があるかな。

──公園を監視して、サイネをやっていたら中止させるって事もやらなきゃ。

──それは2人で出来るかな?

──うーん。不審者情報とか、やりようはあると思う。

──分かった。あなたの家に憑いていい? 具体的に色々決めるのは、時間が掛かるだろうし。もちろん、悪さはしない。

──うん。じゃあ、ついて来て。


 私はそう言って、鏡ヵ谷庭園のベンチから立ち上がった。風は冷たく、空は高い、冬の真昼の事だ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ