不人気ダンジョンと模擬戦闘
「フォッフォッフォ、なるほどなるほど、利用すればよいか。流石はソロでオークやミノスを討伐できる冒険者というべきかのう」
「……どういう意味でしょうか、会長」
会長のその言葉に、俺はジトリとした視線を向けながら問いかければ、会長はニヤリと笑いながら答える。
「別に深い意味はそこまでない。そこまでないが、そういうお主の真の実力を、孫らは知るべきだとワシは思うわけじゃよ」
「それは……」
一理はあるが、それは中々に難しいだろう。
「俺の武器は先程も言いましたが鎖分銅ですよ?こんなところで振り回せばどうなるかは会長にも分かると思いますが」
「然り。じゃが何事にも例外というものはあるでのう」
そういうと会長が指を軽く鳴らせば、次の瞬間道場全体がまるでシャボン玉のような不思議な光模様の膜で覆われ、俺と会長以外の二人だけが残った。
「これは、『結界』のスキルですか?」
聞いたことがある。冒険者が扱えるアクティブスキルの中には、発動した瞬間自分と対象にした相手を別の空間に閉じ込める『スキル』が存在する、と。
恐らくこれもそのようなスキルの一つだろう。どうやらこの会長もかなり珍しいスキルの持ち主だということに、血筋かと苦笑いが出てしまった。
「まぁ似たようなものじゃ。名は『封棺』、お主が言った『結界』の中でも『空間を固定する』方面に片寄ったものでな」
試しに武器で膜を攻撃してみろ、と言われて俺は手に持っていた木剣を膜の壁に向かって投げつけてみれば、まるでコンクリの壁にぶつけたような音が聞こえてきた。当然ながら膜には傷一つ無い。
「これは」
「『封棺』は中からは絶対に壊れず、外からも破壊できん。ワシが死ぬか解除しない限り壊れんし、たとえ床に主の鎖が勢いよくぶつかっても絶対に傷つかんのだ」
「……チートじゃないですか」
なんでこんなスキルがあるのにこの人は冒険者じゃなく経営者やってるんだと本気で思った。
「そう言うほど強くもないんじゃよ。このスキルの発動範囲はワシを中心にした任意の空間……つまりワシが結界の中に絶対入らなければならんうえに、空間を縮めれば縮めるほど負荷がしんどいし、空間が隔絶されてるせいで空気の循環もしない。長時間使うと間違いなく酸欠で死にかねんのだ」
「あぁ、それはかなりピーキーですね」
デメリットがデカすぎて相対的にみればメリットが殆ど無い。さらに一瞬だけ体を覆うように展開するといった細かな調節もできないらしく、これでは確かに冒険者として強いスキルかと聞かれれば首を傾げざるを得ない。
「まぁそういうわけで、もっぱらこのスキルを使うのは身内の鍛練でな。ここは一つ、主の本気を孫らに見せてやってもらおうか」
主もそのためにワシをこの場に留めたのだろう、とそう言われ軽く笑った。
実際、そのつもりではあった。現役を退いたとはいえ、会長も元冒険者、それも俺のような若い世代ではなく、ダンジョンが生まれてすぐの世代の冒険者だ。今の自分の実力が会長のような老練な剣士に噛みつけるものなのか、それを知りたいとは思っていた。
「……一応聞きますが、外のお孫さん達には攻撃が及ぶことは無いんですよね?」
「当然じゃ。今も孫達はこの結界の外から仲良くこちらを見ておるわ」
声は聞こえとらんがの、という一言にニヤリと笑うと、俺はすぐさま会長から距離を取って空間収納を両手に開き得物を掴む。
対する会長も懐の長刀を鞘から抜いて霞の構えを取る
「悪いですけど、本気で挑ませてもらいます」
「ふむ、おおいに結構!!」
次の瞬間、俺は軽く右の鎖を回転させて投擲する。まずは様子見と牽制を兼ねた一撃を、会長は軽く払うことで弾くと、その勢いのまま突進してくる。
「シッ!!」
すぐさま左の鎖で前の空間を凪払って会長を後退させつつ、右の鎖を回収する。そして回収した右の鎖を今度は速めに回転させ、叩きつけるように上から振り下ろす。
「ヌッ!!それは受けてやれんのぅ」
遠心力による加速のついた振り下ろしの一撃は流石の会長も防御はマズいと思ったのか、ステップのような動きで横にずれて躱す。
「ならこれはどうでしょうか!!」
空間収納から新たに取り出した得物……投擲兼近接防御用にしまっておいたクナイを八本、両手の間に挟んで一気に投擲する。普段は相手がオークやミノスといった筋肉質なモンスターばかりを相手にしているせいであまり使わないが、案外使い勝手の良い武器だから結構な数を揃えて重宝している。
「ハアッ!!」
が、投げられたそれは会長の雷撃にも似た一瞬の剣劇によって全てが叩き落とされ、流石先達の冒険者だと冷や汗が出る。
「ったく、どこが戦闘向きのスキルがないだよ」
今の一撃、俺が投げたクナイは『投擲』スキルを使って速度だけならば下手なボウガン並みといっても良いほどの速度は出ていた。『投擲』によって投げた物質は、その重量が軽ければ軽いほど速く、重ければ重いほど威力が上がるからだ。
いくらあのクナイ一本一本が三徳包丁より少し重い程度とはいえ、至近距離と言って良いほどの距離ででかなりのスピードが出ていたそれを全て無傷で弾くなど、ベテラン冒険者でも難しいだろう。
「視野が広い……いや『並列思考』ですか?」
「その両方じゃ。『並列思考』と『観察眼』というスキルじゃ。ワシのスキルは五つあるが、うち1つを除けば非戦闘系のスキルばかりよ」
「それはまた」
組み合わせが悪すぎる……いや、組み合わせが良すぎる。まだ戦闘系のスキルは知らないが、ここまで分かればこの人の戦い方が分かったも同然だ。
(対戦特化にも程があるだろ!!)
会長のスキルは戦闘に特化した才能なのだ。しかも対人、対多数、乱戦といったすべての戦闘に特化したワンマンアーミー。
それでいて今明かした『並列思考』と『観察眼』は本来戦闘向きのスキルじゃないのを、『スキル』の応用で戦闘にも使えるようにしている。
会長がその気になれば、経済さえも自由自在にコントロールし、下手な話独裁者染みた行動すら取れてしまう、それほどスキルが上手く噛み合いすぎていた。
「ついでに言っておくと、ワシの攻撃系のスキルは単純な『身体強化』のみでの、ワシとしては『剣術』や『拳術』、『槍術』のようなスキルが欲しかったと、現役時代は嘆いたものよ」
「いやそれも充分強スキルですから、ね!!」
鎖を振り回しながら突っ込むが、速すぎる動きに掠り傷すら与えられないのは現役としてはかなり悔しい。だから、
「む?」
攻めから受けにシフトする。右手の鎖を収納し、トドメ用ではない戦闘用の長剣を手に取る。さらに左手の鎖は腕に巻き付けて簡易的な籠手にする。
「ボスレアドロップの剣かな?」
「『福島』ダンジョンの第七階層中間層ボス、『将軍牛亜人』のレアドロップ品です。基本はサブウェポンですけど、会長相手に鎖は相性が悪いんで」
銘は『デミカウンター』、協会の鑑定によればコボルドやゴブリンのような亜人系モンスターを倒した際のレアドロップ率にわずかにブーストが掛かる魔剣らしい。
とはいえ小規模ダンジョンにしては破格の『Bランク』ドロップアイテムではある。上からS、下はFの7段階でランク付けされるドロップアイテムにおいて、上から三番目のランクのアイテムが中間層ボスのレアドロップが手に入るのはかなり凄い。参考買取金額も驚異の500万だった、当然売らなかったが。
ちなみにコボルドの鉄斧は最低のFランクで500円、郡山のダンジョンの第一階層に出てくるアイアンゴーレムがドロップする鉄のインゴットはEランクの2000円である、ソロで1体倒すだけで福島から郡山への往復の電車代を稼げるのだから福島には誰も来ないわけだ。
「では剣の腕を見せてもらうとしようかの!!」
そういって踏み込んできた会長の剛剣に、ギリギリの間合いで剣で防ぐ。拮抗は一瞬、互いに弾かれるように距離を取ると、俺は体勢を立て直して再び防御の構えをした。
が、次の瞬間再び突撃してきた会長の連撃を、俺は苦しいながらも懸命に捌いていく。攻め手に出れる余裕もないが、そもそも半端な攻めが会長のような手練れの剣士に効く筈がない。故に身を守る剣を懸命に振るう。
「ここまで捌く剣士は初めて見たが、少しは攻めたらどうじゃ?」
「俺の腕じゃこれが精一杯なんですよ!!」
はっきり言って、俺の剣の腕は所詮扱える程度の腕だ。基礎的な事はできるが実戦では殆ど使い物にならない。『受け』の技を除けば。
「ホント、昔の杵柄に頼るのは嫌いなんですよ、俺」
「さりとて、それで今こうして剣を扱えてるのだからのう」
ニヤリと笑う会長に、俺は苦笑しか返せない。それは事実だし、言い返せない現実でもあるからだ。
そう言ってると会長を無理矢理弾き飛ばすと、会長は何かに納得したのか持っていた刀を鞘に納めた。
「流石にこれ以上は本気になってしまいそうじゃからのう。ここにて終幕としようかの」
「……できればそれでお願いします」
実際動きについていくのが精一杯だった。俺との相性がとことん悪いのもあったが、それ以上に現時点での冒険者としての格が違った。こっちはギリギリだというのに、会長からは疲労の色が全く見えない。
「しかし実力は流石というべきかのう。ソロでアレだけ動けるのなら、唯愛の目標としてる冒険者としては充分じゃろうて」
「……何を仰ってるのか分かりませんが」
「気づいとらんわけがなかろう。あの『仙台』でのスタンピード、主以外でソロで活動していた冒険者など一人も居らんかったわ」
唯愛は気付いて無さそうじゃが、と呟くその表情は、どこか呆れてものをみているようなものだった。
「そのことをどう思っているのかは知らんが、最低限、孫の目標として相応しい先達としての背中を見せ続けられるよう心がけるといい」
そう言うと会長は結界を解いて道場を去っていった。すると今まで結界の外にいた三人が勢いよく俺に走ってきて大騒ぎしだした。
「……忠告として受け取ってはおきます、会長」
そんな小さく呟いた言葉は、俺以外の誰にも聞こえなかった。




