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優しい生徒会役員たち

歌姫は声を優しく奪われる。

アリアは音を立てずに紅茶のカップをソーサーに置いた。婚約者との交流を行うための定期的なランチに最近では彼が遅れないことの方が珍しかった。時間はとうに過ぎている。しかし、そんなことで淑女は慌てることはしない。そして、彼も目立つ赤髪を乱すことなく登場するのだ。

「申し訳ありません、アリア嬢。お待たせいたしました。」

「構いませんわ。学園の、それも生徒会が忙しいことは十分理解しております。」

「心優しいお言葉に感謝いたします。では、失礼して。」

何事もなかったかのように席に座り、食事が始まる。話す内容も取り立てて、どうということはない。最近は肌寒くなってきたから風邪など引いていないかとか、勉強はどうだとか世間話程度だ。レイモンドは個人的な興味を彼女に示さないし、アリアもまた同じだった。貴族の政略結婚。愛など求めてはいない。しかし、これでは知り合い以下だと、アリアは悲しくなるのだ。


アリアは公爵家に生まれた。

母は隣国の皇女で、いわゆる政略結婚だ。隣国では一夫多妻制が認められていない。そのため、父も妻を1人しか取らず、母1人に精一杯の愛情を注いでいた。そんな様子を見ていたからだろう。アリアは政略結婚とはいえ、燃え上がるような熱はなくとも愛情がある家庭を築けるものだと思い込んでいたのだ。

公爵家には私と妹の2人姉妹。男児には恵まれなかった。それでも、父は側室を取らず、長女であるアリアに婿を迎えることにした。それが伯爵子息のレイモンドである。彼は伯爵家の三男で、アリアより、5歳ほど歳下だが、剣の腕も、学力も申し分ないということで話がまとまったのだ。

レイモンドとの出会いは10年前、アリアは10歳、レイモンドは5歳だった。プラチナの髪にエメラルドグリーンの瞳のアリアにレイモンドは目を奪われたようだった。

「うわぁ、お姫様みたい。」

「ありがとうございます、レイモンド様。でも、私はお姫様ではありませんわ。貴方の奥さんになるのですよ。」

「ボクの奥さん?」

「そうです。私たちは夫婦となるのです。」

「じゃあ、ボクは王子様にならなくちゃね!可愛いお姫様が奥さんなんだもん!」

「まぁ、嬉しいですわ。レイモンド様。」

初めて会った日、お姫様みたいと言われて、アリアの心は弾んだ。正直、弟のようにしか思えなかったが、きっと素敵な家庭を築けるとまだ信じていたのだ。


2人は定期的に会いながら、親睦を深めてきた。婚約者として恥じないように勉強もして、それなりの成績を残して学園も卒業した。入れ替わるようにレイモンドが学園に入学すると事態が変わってきた。レイモンドが他の令嬢達にちょっかいをかけ出したのだ。

王国主催の夜会にはかろうじて2人で出席するものの、私的なパーティーでは他の令嬢をエスコートすることも。そして、休日は令嬢たちとお忍びで城下町に出て、スイーツ巡りをしているとか……。これは決してアリアが無理に集めた情報ではない。周りの令嬢たちから、同情あるいは嘲笑の対象として届けられた話である。

それでも、アリアはこの仕打ちに耐えてきた。そもそも、爵位はこちらの方が上とはいえ、婿に入ってもらう立場だ。しかも、女性関係を除けば、何も問題はないのだ。

「アリア嬢?大丈夫ですか?」

「あ、申し訳ありません。すこし、考えごとをしておりました。」

「貴女の心を悩ますなんて困ったお方もいるものですね。」

「そんなお方がいれば良いのですが、残念ながらそんな方もおりませんので。」

レイモンドの憂いを帯びたオレンジの瞳が揺れる。それは貴方のせいですと素直に言えたらどんなに良いかと思う。でも、レイモンドの周りにいる令嬢の1人になりたくたかった。レイモンドは改めて口を開く。

「今度、生徒会主催の聖女様のお披露目パーティーがあるのです。学園生向けですが、一般公開もされます。卒業生も多く来るはずです。アリア嬢も是非と思ったのですが……」

「私が行ってもよろしいのですか?」

「いま聖女様は王国のことを学ぶために学園にいらっしゃいます。私もお話させて頂いたのですが、私の婚約者に会いたいとおっしゃっていましてまして。」

「聖女様が……。それなら行かないわけにはいきませんね。しかも、生徒会主催ということはレイモンド様の頑張りも見られますものね。楽しみにしております。」

「では、当日にお迎えにあがりますね」

レイモンドはそういうと席をたつ。彼の所作は見惚れるほど美しい。アリアは彼の本音を見るのことが出来ないのだと思った。


お披露目パーティーには青紫のドレスを用意した。裾の広がりも控えめである。聖女様は基本、白い服装だから白に近い色は避けたい。卒業生があまり目立ってはいけないという配慮と、若い令嬢たちと同じ舞台で戦う気にはなれなかったために青紫を選んだ。お昼とは違い、時間通りに来たレイモンドは「お綺麗です」と定型句のように言った。そして、アリアも「ありがとう、うれしいわ。」と返しただけだった。エスコートはスマートで、アリアもそれに引けを取らないほど優雅に動いた。

会場に入ると主役の聖女様に挨拶をしに行く。並び立つ殿下と聖女様の許しを得たのを確認してアリアは声をだした。

「聖女様、ご招待誠にありがとうございます。フロスト公爵家のアリアと申します。」

「はじめまして。リリィと言います。アリアさんは公爵家なのですよね?こちらのマナーとかまだ全然わからなくて……。色々教えてもらえると嬉しいのですけど。」

「聖女様にお声かけいただけるなんて嬉しい限りです。私なんかでよろしければ、いつでもお手伝いさせてください。」

「わぁ、ありがとうございます。さすが、レイモンドさんが褒めるだけありますね!アリアさんほど所作が美しい人はいないし、ファッションのセンスは良いし……。あっ!あと、アリアさんの歌、聴いてみたいです!」

「歌……ですか?」

「あれ?レイモンドさんが前に……」

「聖女様!まだまだご挨拶もありますから、またの機会に。」

焦るようにリリィの声を遮るレイモンドに、アリアは無礼を働いたのではないかと内心そわそわする。

「あっ、ここで歌ってはもらえないですよねぇ。なら、色々教えてもらうときに個人的にお願いしますね。」

「え、えぇ。またお会いできるのを楽しみにしております。」

とにかく合わせておくに越したことはない。レイモンドのちょっと強引なエスコートにあくまで淑女らしくついていく。

「レイモンド様!」

2人の少々速い歩みについてきた令嬢が声をかけてきた。見ると、真っ赤なドレスにアンバーのネックレスをしている。確か最近では気になる異性の髪や目の色をファッションに入れるのが流行ってはいるが、あくまでもさりげなく入れるのが、常識だった。目の前の令嬢はいかにもレイモンド狙いだし、婚約者の私など目に入らないようだった。

「あぁ、ジェシカちゃん。今日も可愛いね。」

「ありがとうございます!レイモンド様に見せたくて、張り切っちゃいました。」

頬を赤くしてはにかむ少女に悪気はなさそうだ。しかし、アリアからすれば、その態度も服装も到底容認できるものではなかった。そして、なによりそれを認め、親しそうにするレイモンドを見てられなかった。

「レイモンド様。私は少し疲れましたので、外の風にでも当たってきます。」

「それなら、私も……。」

「いえ、1人で大丈夫ですわ。レイモンド様にはお話する相手もいるようなので。失礼します。」

アリアは複雑な顔をするレイモンドを見ないまま、バルコニーにでた。



アリアは歌が得意だ。学園で芸術の分野の主席だったアリアは、卒業式の時代表として、他の成績優秀者たちと歌を披露した。あの時はレイモンドは発表会には来なかった。確かにお昼にそんな話をした気もするが、まさかレイモンドが覚えているとは思わなかった。バルコニーには人が少ない。2人の世界に入っている人もいる。アリアはそうした人々に目もくれず、バルコニーの奥に行く。そして、学園の中庭を眺める。今日は満月だった。赤みがかる月はアリアを見つめている。強い月明かりは噴水に反射して、キラキラと輝いていた。そっと歌を口ずさむ。主席だったアリアが独唱した歌だ。恋にやぶれ、嘆き悲しむその曲は、アリアの歌声も相まってなんとも言えない切なさを醸し出していた。

「お嬢さん、失恋ですか?」

「アラン!貴方も来ていたのね。」

不躾に声をかけてきたのは、同級生だったアランである。彼は芸術の分野では次点で、卒業式でも一緒に頑張った仲間だ。

「令嬢のエスコートにね。学園自体も懐かしいが、それ以上に懐かしい顔を見たからつい声をかけてしまった。」

「本当にね、ここで会うと昔を思い出すわ。」

「それにしても、懐かしい歌だ。悩ましい声は前よりも魅力的だが……ここでそんな歌を歌うと変な男が寄ってくるぞ。」

「結果アランが釣られたってわけね」

「心配したと言ってくれ。俺は婚約者一筋だからな。」

「それは、素晴らしいことね。」

「君だってそうだろう?」

「うーん、ちょっと分からなくなっちゃった。」

アリアは困ったような顔をする。レイモンドに好意を持っているのは事実。でも、この報われなさのまま想い続けるほどアリアは強くいられなかった。

「珍しいこともあるものだ。学園の頃は婚約者殿の惚気ばかり聞いていたような気がするが。」

「そうだったかしら?」

ホール内から流れてくる曲が変わった。ダンスが始まったのだろう。

「おっ、ダンスが始まるな。私も婚約者と踊りに行かねば。アリアもちょうど迎えがきたようだから、俺も退散するか。」

「え?」

バルコニーにはレイモンドの姿があった。アランは去り際、レイモンドに何か声をかけている。一瞬苦い顔をしたレイモンドはまた涼しい顔に戻る。そしめ、アリアの元へやってきた。そして、左手を差し出す。

「アリア嬢、先程は申し訳ありません。ダンスが始まりましたので、お迎えにあがりました。」

「私は結構です。疲れてますので、他の方と踊ってくださいませ。貴方なら引く手あまたでしょうから。」

アリアは出来るだけ目を合わせないように言った。つい取ってしまいたくなる手をダメだと心で叱り、バルコニーの手すりを強く握る。こんなわがまま幼稚すぎると思いながら。

すると、横からスッと手が伸びてアリアの手に重ねられた。レイモンドの紳士的で無い行為に驚く。目が合うとレイモンドはゆっくりと微笑んだ。

「申し訳ありません、アリア嬢。今、貴女をそんな顔にしているのは私だと、振り解かれない手は私が好きなのだと自惚れてもよいですか?」

「そんな顔ってどんな顔ですか?」

「今にも泣きそうな顔です。」

「それが、貴方が好きな理由になりますか⁉︎」

「恥ずかしながら、私はずっと貴女はアラン様が好きなのだとばかり思ってました。」

「なっ!アランは学友です。決してやましいことはありません。」

「そうでしょう。今日、アラン様がエスコートしている姿を見て、勘違いに気づきました。」

「そもそも、なぜそんな勘違いを?」

「実はこっそり貴女の卒業発表会を見に行ったのです。そこでの貴女の歌声は本当に素晴らしかった。そして、一緒に歌うアラン様に懸想していると思い込んでしまったのです。」

「見に来てくださっていたのね……。」

卒業発表会ではオペラのような形式になっており、アラン役の男性に恋して、思いが叶わなかったところにアリアのメインの独唱があった。

「そして、そのドレスの色はアラン様の髪色かと……。」

「そんな!あくまで差し色として思い人の色を入れるとは聞きますが、メインで使うなんてあり得ませんわ!」

「センスのあるアリア嬢ならそういうと思いました。しかし、私も余裕がなかったのです。お姫様のお相手は王子でなければ。完璧には程遠い自分に憤りを感じていただけのようです。」

覚えてくださっていたんだわ。とアリアはどこか心の隅で思う。

「まだ貴女の横に立つ資格はないかもしれませんが、私の色を纏ってくださいませんか?」

胸ポケットに入っていた赤いバラをアリアの耳にかけるようにつける。アリアもそれを取り払わない。

「レイモンド様は十分王子だと思います。しかし、わがままかもしれませんが他の令嬢に必要以上に声をかけるのは、やめて欲しいです。」

「姫がそう言うのであれば、そう致しましょう。」

「あと、私がお慕いしているのは、ずっと1人ですわ。」

重ねられた手をぎゅっと握る。アリアは顔が熱くなるのを感じた。

「アリア嬢、今度は恋の歌を歌ってくれませんか?」

「聖女様にも依頼されましたし、久々に練習させてください。」

「そうじゃなくて……」

レイモンドの顔が近づく。唇が耳元をかすめる。

「私を思いながら、失恋の曲ではなく恋の歌を歌って欲しいのです。貴女の声で。」

そう言うと、アリアの唇にレイモンドの唇が重ねられた。

「レイモンド様‼︎」

「ダンスを踊りましょう。我々につけ入る隙がないと見せつけなければ。」

バラを取ったあとの胸ポケットにはエメラルドグリーンのハンカチーフが入れられている。これでは相思相愛を見せびらかしているようなものだ。幼稚すぎるとアリアは思いながら、弟が確実に頼れる男性になりつつあることを感じ、悪くないと思ってレイモンドの誘いに乗ることにした。

ダンスホールで踊る2人は誰よりも華やかだ。その見つめ合う姿が愛に溢れていることに気づいていないのは当の本人たちだけだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。

よろしければ、感想いただけると大変嬉しいです。


世界観を同じくしている前作「可憐な花は優しく囲われる。」も良かったらお読みいただければ有難いです。

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