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3.タケノコダイスキー改め

 「ようやく着いた……」



 全身に残る痛みを何とか堪え、ドアを通り、窓口を目指す。


 フレンシアに二度目の拳骨をくらわせた後だが、走る体力も気力も残っていなかったためタケノコダイスキー(暫定)は彼女に肩を借りてなんとか役所に辿り着いていた。


 フレンシアは「マスターを抱えて走りましょうか? 飛ぶことだってできますよ」と張り切っていたがあまりにも恥ずかしいし、もしまた加減を間違えられると本当にマズイので断った。


 不幸中の幸いか役所はまだ開いていた。



 「あら、フレンシアさん。数時間ぶりですね」



 気さくに挨拶をしてくる役人にフレンシアは「また来ちゃいました」などと明るく返事を返している。彼女だってこの世界に来たのはつい数時間前のはずなのに、コミュニケーション能力は大したもんだ、とタケノコダイスキー(暫定)は思った。


 そのタケノコダイスキー(暫定)を見て役人は言った。



 「すいません、ここでは浮浪者の支援はやってないんですよ。そういうのは富裕層が慈善出資している施設に行ってもらわないと」


 「この方は私のマスターです」


 「え、マスター? そのおつとめ品コーナーに置いてある野菜みたいにしょぼくれた人が?!」



 「喧嘩売ってんのか?」と言いたくもなったが全身の疲労感から口が開かない。そもそも喧嘩なんかに時間を使っている場合ではないのだ。



 「主……? その人が?」


 「はい」


 「浮浪者じゃなくて? もし脅されているなら憲兵呼びますよ」


 「む、私のマスターに向かってそれ以上の侮辱は許されませんよ。マスターを傷つけるものは私の敵です」



 口を尖らせて注意するフレンシアに正直「お前がそれを言う資格はない」と言いたくなったが、その元気もない。本当に体力が尽きてしまう前に、目的をやり遂げないといけない。




◇◇◇◇◇◇◇◇




 この役所に来た本来の目的、すなわち戸籍登録書の差し戻しだがなんと既に一時申請を終えてしまっていた。なぜ自分に不利な書類だけは速やかに通るのだろうという疑問を押しのけ、タケノコダイスキー(暫定)は何とか他に方法がないか聞いてみた。その結果、一つだけ方法が見つかった。


 誰でもテストでやったことがあるんじゃないだろうか?


 例えば地理のテストで“大”西洋。点が付くか付かないか思い出せない時、薄く点を書いておいて不正解だった時「これは汚れで大西洋と書いたつもりです」とか。



 「こことかどう? 汚れだから無しってことにできない?」



 英語のテストで単語の綴りがaとoどちらか思い出せない時、筆記体で書いてどちらとも見えるようにしてみたり。



 「これ頑張ったら別の発音で通せない?」



 数学のテストで1と7どちらともとれるように書いたり。



 「いやいけるいける、いけるって。これは書き間違いでいけるよ」



 そうしてあの手この手で役人とともに戸籍登録書の改竄を行うこと一時間。



 「できたー!」


 「おめでとうございますマスター! それでマスターの新しい名前は何という名前になったんですか?」


 「ノッカ・デュエッタ」


 「おおーカッコイイ名前じゃないですか。どういう意味なんです?」


 「意味なんてあるわけないだろ、タケノコダイスキーの文字列を改竄しただけなんだから、意味のない文字列が出来てそれを発音するとこうなるだけだ。

 まあなんか聞き方によってはスパイもののキャラクターっぽく聞こえないこともないからこれで良しとするか……」



 タケノコダイスキー(暫定)改めノッカ・デュエッタはようやく肩の荷が一つ下りたと、役所内にある椅子に深々と座り込んだ。この異世界で目覚めてからまだ半日も経っていないというのに、一週間働き詰めたようにクタクタだった。



 「そういやお前どこ行ってたの?」



 役人と戸籍登録書の改竄を始めるなり、フラフラとどこかへ行ってしまったフレンシアにノッカは思い出したように訊ねる。



 「向こうの方に親に連れられてきた子供が何人もいてとっても暇そうにしていたから遊び相手になってあげてたんです。

 ほら見てください! その後親御さんたちから感謝されてお小遣いもらっちゃいました!」



 嬉しそうに両手の掌を見せるフレンシア。そこには大小二種類の、おそらく銅貨であろう貨幣が十枚ほど乗っていた。



 「どうぞ!」



 銅貨の乗った掌をノッカに突き出すフレンシア。その意図が分からず「何を?」と聞く。



 「従者の所有物は主人の所有物ですから、この銅貨はマスターの物です」


 「いや、いいよ。それはお前の報酬だろう」



 自分の従者だというのなら野良猫みたいにフラフラしないでほしいが、今回はフレンシアが傍にいても何か役に立ったとは思えないし、彼女がやったことは誰かに迷惑かけていたわけでもないどころか胸を張ってよいことだったのでノッカはホッと微笑んで言った。



 「しかしよくやったな、えらいぞ」



 なんとなくわかっていたがフレンシアは確かに壊滅的にドジだ。何か行動すれば成功するより失敗することの方が多いんだろう。しかし、彼女の行動には打算や裏があるわけでなく、善意から発しているものなのだ。


 なんだか、自分の娘が褒められたような何とも言えない心地よさがあった。独身なのに。



 「マスター? 今私のこと……」



 なぜかフレンシアが興奮したかのように顔を紅潮させその美しい銀の双眸でノッカの見つめている。しばらくのドタバタで忘れていたが彼女は女神とも見紛う程に美人なのだ。彼女に見つめられて照れない男はいないだろう。


 ノッカは目を逸らしながら聞いた



 「あん? 何だよ?」


 「マスター、今私に『よくやったな、えらいぞ』って言いました……」


 「言ったけど?」



 フレンシアはなぜかそのまま俯いて、体をプルプル震わせてる。「大丈夫か?」と聞こうとした時――。



 「やったー!」



 天井が吹き飛ぶかと思う程の大音声。驚いて何事かと注目する周りの者達など目に入らないという風にフレンシアはノッカに抱き着いた。



 「やったやった! マスターが私を褒めてくれた! 『よくやったな、えらいぞ』って! ああマスター! このフレンシア! 身に余る光栄に焼き焦がれてしまいそうです!」



 目覚めた部屋で落ち込んだフレンシアの手を取った時、ノッカを壁にめり込ませたことで落ち込んだ彼女を励ました時、それらとは比べ物にならないほどの歓喜ぶりだった。


 この反応からフレンシアは“褒められて当然”と思ってしたのではないだろうと推測するのは難しくない。なるほど彼女は未熟なところもあるけれど、その一生懸命さ、心の純真さにおいては誰も及ばない。


 なんだかんだ言って、彼女とは良い関係を築けそうだ。が、それはそれとして――。



 「ちょっと、フレンシア離れて。周りの人が見てるから」



 周りの人たちからの好奇の視線を受けながら、いつまでも抱き着かれているのはさすがに恥ずかしい。しかもフレンシアの200cmという高身長から繰り出されるハグだ。彼女の胸がノッカの顔のあたりに当たってしまっているのだ。


 ノッカも男だしもしこれが通常の状態なら正直嬉しいのだが、残念なことにフレンシアは今鎧を着ているため、柔らかさは一切なく、冷たい金属の感触が彼の包み込んでいた。


 さらに言うと本当の問題は羞恥心ではなく彼女の人智を超えた肉体で抱きしめられているということだ。先ほどから背骨や首に本能的に理解できるダメな負荷がかかっている。


 しかし、フレンシアはというとまるで聞いてない。子供の様にはしゃぎながら抱きしめる力をますます強める。



 「マスターが褒めてくれた! 『お前こそ俺のベストパートナー』『フレンシア愛してる』『君がいないなんて考えられない』って! みなさーん! 見てますかー! ノッカ・デュエッタの忠実なる僕、フレンシアでーす!」


 「そこまで言ってないだろ勝手に記憶を改竄するな! というかもう本当に離してくれ! 首が限界なんだ! ほら今メキッていった! 身体から鳴っちゃいけない音がしてる! ほ、骨が砕ける! ぎゃあああああ!!!」


 「マスター、どこまででもついて行きます!」



 こうしてノッカはフレンシアの熱烈な抱擁によりこの世界に来て三時間ぶり通算二度目の気絶をすることになった。

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