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3.隣の芝

 「マスターの嘘つき~怒らないって言ったじゃないですか~」


 「うるせぇ! 場合によっては例外有りに決まってるだろ!」


 「別にタケノコダイスキーでもいいじゃないですかぁ。可愛い名前だと思いますよ~タケノコ美味しいじゃないですか、煮物とか天ぷらとか」


 「本人が嫌だって言ってるだろう!」



 言い縋るフレンシアに言い返すタケノコダイスキー(暫定)。


 なぜフレンシアがタケノコだの天ぷらだのを知っているかというとどうやら選ばれた相棒には主人となる人間が持っている知識がある程度与えられるらしい。



 「そもそも俺が好きなのは山菜のタケノコじゃなくて焼き肉の方のタケノコだ!」


 「ああー心臓の動脈ですっけ? あのコリコリしたやつ美味しいですよね。いいじゃないですか」


 「よくないって言ってるだろ! お前の判断基準は美味しいかどうかなのか!」



 ちなみに二人が今何をしているのかというと――。



 「次はどっち?!」


 「えーとその通路を左です」



 戸籍管理役所へと全力疾走していた。


 理由はもちろんフレンシアが提出してしまった戸籍登録書の差し戻しをするためだ。


 転生する前は別に名前なんて適当に決めればいいと思っていたがさすがにタケノコダイスキーという競走馬か似非(えせ)ロシア人みたいな名前でこれから第二の人生を送るのは絶対に嫌だった。


 それならまだジョン・ドゥとか名無しの権兵衛とかの方がいくらかマシだ。


 タケノコダイスキー(暫定)は自分の右手を擦りながら言った。



 「そもそもお前どんな石頭してるんだ拳の骨が砕けたかと思ったぞ!」


 「えへへ……そりゃ私は最高位の戦乙女ですから、そりゃ人間どころかどんな種族よりも頑丈ですよ」


 「褒めてねーよ!」



 頬を緩めながら言うフレンシアに言い返すタケノコダイスキー(暫定)だが、しばらく走るとピタリと止まった。



 「どうしたんですかマスター? まだこの道をまっすぐですよ?」


 「ごめん、ちょっと俺の前を走ってもらっていい? どこ行くか聞きながら走るよりお前の後ろついて行った方が手間が省ける」



 会話しながら走るのはめちゃくちゃ疲れるし、戸籍管理役所に一度行ったフレンシアについて行った方が手間が省けるというのももちろん本音ではある。


 しかし実際のところ情けない話だが、武装した2m近い女性に後ろから付いてこられるのは怖いというのが本音だった。



 「でもマスターの故郷では女性は男性の三歩後ろを歩くのが礼儀では?」


 「いつの時代の話してるんだ……ここは既に俺の故郷じゃないし、とにかくできるだけ早く役所に着きたいんだ」


 「出来るだけ早く……わかりました! 任せてください!」



 腕をぐるぐる回し、首をコキコキ鳴らしながらスタートダッシュの体勢を取る。



 「はぐれないで下さいよ!」



 「なんて?」というタケノコダイスキー(暫定)の言葉が彼の口から出ることはなかった。彼は確かにカモシカのように美しく鍛え上げられたフレンシアの脚が大地を蹴った瞬間を見たのだ。


 そして次の瞬間、意識を失った。




◇◇◇◇◇◇◇◇




 「マスター、起きてください」


 「うう……」



 何やら周りが騒がしい。全身に走る痛みと聞き覚えのある声でうっすらと意識が回復する。目の前には泣きそうになっているフレンシアがいた。



 「あ! よかった~!」


 「フレンシア……いったい何が……俺は……爆撃でもされたのか? か、身体が……動かない」


 「あ、今引っ張り出すんで待っててください」


 「引っ張り出すって何を? ……何から?」



 そこでようやく意識がはっきりした。そして思い出した。何があったかではない、別の記憶だ。


 まだ自分が小さなころ、両親にヒーローと怪人の玩具を買ってもらったことがあった。それでよく人形遊びをしたものだ。


 そんなある日のこと、テレビの中でヒーローが必殺技を使って怪人を叩きのめしている姿に憧れた彼は親に頼んで粘土を買ってもらった。そしてヒーローが必殺技を使って怪人を吹き飛ばしたという設定で怪人の人形をその粘土力任せにめり込ませて遊んだことがあった。


 彼の体は丁度その時の怪人の玩具の如く大の字で壁にめり込んでいた。再現としては完璧だな、となぜか冷静に思った。


 フレンシアに壁から引っ張り出され、何とか息を整える。周りで騒いでいた人々を避けるために二人はいったん裏路地に入る。



 「い、いたた……酷い目にあった。腕付いてる? 足変な方向に曲がったりしてない? というかいったい何があったんだ。いきなり目の前が真っ白になって、記憶が途切れてるんだけどもしかして俺また死んだりしたのか? 転生してまだ三時間も経ってないのに」


 「大丈夫です。マスターは死んではいません」


 「そ、そうか……それならとりあえずはよかった。このままじゃあわよくば異世界生活を二期三期とシリーズ化していく俺の計画が一期一話のプロローグで御破算になるところだった。

 でもいったい何があったんだ?」


 「えっと、その。すいません。私のせいです」


 「フレンシアのせいってどういうことだよ?」

 


 まったく状況を飲み込めず訊ねると、フレンシアは「あの、あそこです……」と消え入りそうな声と共にフレンシアは道路を指さした。そこは彼女が走り出した場所だった。


 しかし、その場所は爆発でもあったのかと思ってしまいそうな大きなクレーターがぽっかりと空いていた。



 「え、もしかして。あれフレンシアがやったの?」


 「はい、力加減を間違えちゃって。……後ろにいるマスターを吹き飛ばしちゃいました」



 タケノコダイスキー(暫定)は身震いしながらフレンシアを見た。


 普通の人がファンタジーの世界への転生と言えばなにを思い浮かべるか。魔王やモンスター、剣と魔法、エルフやドワーフみたいな様々な種族、だいたいの人はこの辺だろう。


 しかし、今彼が目の当たりにしているのは自分の相棒が脚力だけで地面を抉り、その余波だけで人を吹き飛ばす戦乙女。



 「まじで……?」



 フレンシアは顔を真っ赤にしながら沈黙という名の肯定で答えた。


 フレンシアはしばらく黙っていたがゆっくりと口を開いた。



 「やっぱり……」



 フレンシアは道の隅によると初めて会った部屋でしたように蹲り、地面にのの字を書き始めた。


 気のせいか太陽のように眩しいはずの黄金の髪はくすんだ黄色に見えた。



 「私なんかじゃ駄目ですよね、他にもいっぱい素晴らしい戦乙女や天界騎士は居たのに、すいませんマスター。せっかくの第二の人生の相棒が私なんかで」



 それを見てタケノコダイスキー(暫定)は思った。フレンシアは確かに失敗をした。自分はそれを怒ったし勘弁してくれとも思った。


 でも不思議だった。なぜか別の誰かにチェンジしたいとか、もう自分に関わらないでくれとは思わなかった。


 あの金の当たりを引いた人間と相棒の間には運命的なつながりがある。フレンシアはそう言っていた。そのせいかもしれない。


 だけど――。



 「なんでしたら別の戦乙女か騎士と交代しましょうか……天界と下界は基本的にはお互いに干渉できないんですけど、仮にも最高位の戦乙女である私の魂を砕けば、天界にマスターの窮状も届くと思いますので。

 あはは……そうだ! それがいい! 私みたいな落ちこぼれよりも、例えば私の幼馴染の戦乙女に黄金の春(エイルーン)っていう子がいるんですけど、ちょっと男嫌いなとこがあるけどすっごいカッコイイんです!

 あ、あと先輩に赫々たる炎(ミルラフィア)っていう人がいて……私より……そう私よりもずっとマスターのこと……守れ……」



 声でわかった。いやわかってしまった。


 泣いている。戦乙女が。


 それを見てタケノコダイスキー(暫定)はまたもや自分のことを振り返った。


 自分は普通だった。真面目な性分だったから学校の成績は良い方だったがそれは勉強が好きだからじゃなく親や周囲から疎まれない程度にこなしておけばいいという考えからだった。


 運動だってそうだ。なんとなく小学生のころから惰性で続けていた空手の腕前は一度もトロフィーを貰ったことのない黒帯だ。


 失敗するのは怖いし、そのことで責められるのはもっと苦痛だ。それは社会人になってからもそうだった。


 いや……転生した今でもそうだ。


 だからこそかもしれない。フレンシアのひたむきさ、まっすぐに全力で進もうとする姿に憧れにも近い愛おしさを感じたのは。自分が持っていなかったものを彼女は持っていて、一緒にいれば自分も彼女みたいになれるんじゃないかという希望。



 「フレンシア」


 「マスター?」



 タケノコダイスキー(暫定)はフレンシアに手を差し出した。



 「何してる、遅くなると役所が閉まるぞ」


 「でも……」


 「でももストも春闘もない。いいかフレンシア、確かにお前はドジでおっちょこちょいでは済まされないほどの戦乙女だ。出会って間もない俺でもわかる、間違った名前を登録しようとした上に俺を壁にめり込ませたんだからな」


 「はい……だから私以外の――」


 「その借りを……返せ」


 「え……?」


 「償えって言ってんだよ! 俺のために荷馬車のように働いて、俺をこの世界で楽な暮らしをさせろって言ってんの!」


 「それって……」


 「俺はもうこの世界で生きていくしかないんだ。なのにお前は『自分は調子でないから代役立てます』だって? そんな都合のいいこと通してたまるか」



 タケノコダイスキー(暫定)は思い返していた。自分が最後に胸を張って一生懸命努力しましたと言えたのはいつだったか。


 確かにフレンシアは可能な限り控えめに言ってもピンの抜けた手榴弾のように危険な存在だ。今回は助かったが彼女の失敗に巻き込まれ続けたら冗談抜きに命を落とすかもしれない。


 それでも、彼女の一生懸命自分のために何かに取り組もうとするその姿を見ると、なんだか彼女以外に自分にピッタリな相棒は存在しないんじゃないかと確信めいたものを感じるのだ。



 「マスター! 私頑張ります!」



 立ち直ったのかフレンシアは涙を拭う。



 「おう、頑張れ頑張れ。さあ、行くぞ! まずは急いで役所に向かうぞ! タケノコダイスキー(暫定)が本当にタケノコダイスキーになってしまう前に!」


 「それなんですけどマスター!」


 「どうしたフレンシア二等兵! 俺に何か言う時は前と後ろにサーを付けろ!」


 「サー! 自分に名案がありますです! サー!」


 「よし言ってみろ! フレンシア二等兵!」


 「サー! マスターがタケノコダイスキーという名前を受け入れることで役所に行く手間が無くなり、ついでに私の失態も消滅するという一石二鳥の名案です! サー!」



 満面の笑みで敬礼をしているフレンシアの頭上に今日二回目となる拳骨が振り下ろされた。

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