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2-1.お名前言えるかな

 「タケノコダイスキーさん……起きてくださいタケノコダイスキーさん」



 誰かが自分のものではない名前で自分に呼び掛けている。


 朦朧とした意識の中で男はゆっくりと瞼を開けた。どうやらベッドの上に寝かされているらしい。



 「あ! 起きましたね、良かった!」



 自分を見下ろしているのは小柄な女性。息をのむほど美しいコバルトブルーの瞳を思わず見つめてしまう。



 「あ、あのそんなに見つめられると……」


 「え、あ、すいません」



 顔を赤くする女性から慌てて視線を逸らす。というのもなぜかは分からないが、上手く体に力が入らないのだ。


 そのことを見抜いてか女性が「どうぞ、紅茶です」とティーカップを差し出してくる。恥ずかしながら女性に手伝ってもらい、何とか上半身だけを起こして紅茶を飲む。微かラベンダーの香りがする、心の安らぐ味だった。


 そこで、ようやく男は自分が一度死んで転生してこの世界に来たのだということを思い出した。



 「ありがとうございます。えーと……」


 「申し遅れました、私このフィンカール大聖堂の巫女を務めておりますリカーネと申します」


 「あ、こちらこそ、えーっと――」


 「タケノコダイスキーさんですよね?」


 「は?」



 身に覚えのない名前で呼ばれて困惑する男に全く悪気のない天真爛漫な笑顔で言うリカーネ。



 「すいません、もう一度私の名前言ってもらっていいですか」


 「あ、あら? もしかして発音が駄目でしたか? すいません学生時代から言語学の成績は悪くて……えーとタケノコダイスキーさんですよね」



 男は理解できずリカーネを見た。確かに先ほどとイントネーションが違うが問題はそこではない。どうやら彼女は自分のことタケノコダイスキーという競走馬みたいな名前だと勘違いしているようだ。


 間違いは正せばいいとして、名札を付けているわけでもないのになぜそんな思い違いをしたのだろうか?


 男の反応に気づいたのかリカーネはまた顔を赤くして言った。



 「すいません、また発音間違ってましたか?」


 「いや、発音以前の問題なんだけど……その、なんで俺の名前がタケノコダイスキーだと思ったんですか?」



 そもそも転生前の天使の話だと名前は自分で決めなければならないはず。そしてこの世界で目覚めてからまだ一度も自分の名前を口に出していないはずだ。なのになぜか頓珍漢な名前がついている。



 「ふふふ、それは私が伝えたからです」



 新しい声に驚いて目をやるといつの間に入ってきたのか、ドアのそばに一人の女性が得意げな顔で笑いながら立っていた。鶸色(ひわいろ)のドレスの様な鎧に帷子、腰には剣を携えていた。


 まず第一印象、デカい。男の身長は170cmちょうどしかないが、それと比べても拳二つ分は背が高いから少なくとも190cmを超えているだろう。


 そして第二印象。美人だ。太陽かと思う程眩しい黄金色の髪。月を夢想させるほど鋭い白銀色の双眸。全身から滲み出る威風堂々としたオーラ。戦乙女がいたらこんなだろうと思う程だった。


 しかしそれらを感想を差し置いて男の口から出てきたのは「誰?」という至極当然の疑問だった。



 「んなっ?!」



 『ガッーン!!!』という擬音が聞こえてきそうなほど大げさに目を見開いて右手を口に当て、後ずさりする。


 男は第三印象にちょっとバカっぽいと付け加えた。



 「ひ、ひどい! マスター、永遠を誓い合ったあの日のことを忘れてしまったのですか?!」


 「まあ! 従者かと思っていたんですけどご夫婦だったんですか?」


 「いや、俺は独身なんだけど……」



 三人とも思い思いに口を開くため全く纏まりそうにない。



 「わかった、もうこの際そのタケノコダイスキーという珍名は置いておく。まずは状況を把握したい。リカーネさん、いったんこの人と二人きりで話をさせてもらいたいのですがいいですか?」


 「ええ、かまいませんよ。私は席を外しますのでいつでもお呼びください」



 そういうとリカーネは退室し部屋には二人が残された。



 「それで、君誰なんだ?」



 男はさっそく訊ねた。



 「むむっ、先ほども聞かれましたがマスター、冗談にしては悪趣味ですよ」


 「いや、本当にわからないんだが。しかも何? マスターって?」



 頬を膨らませて言う女性に男は言い返す。その様子で男が嘘を言っているわけではないと思ったのか彼女は言った。



 「うーん、転生酔いしてるわけでも、魂の定着がうまくいっていないわけでもなさそうですし……わかりました! いつまでも主君を疑っていては騎士の名折れ。名乗らせていただきましょう!


 我が名は暁の剣(フレンシア)と言います。以後、あなたの剣となり盾となり、あらゆる災厄からお守りいたします! 神の祝福はいつもあなたと共にありますよ!」



 フレンシアと名乗った女性は「お任せください」とその鎧の上からでもわかる大きな胸を叩いて言った。



 「はあ……それはどうも、って神の祝福?! それって……」



 手作り感満載の段ボール箱が脳内に浮かぶ。



 「え、じゃあ君が……」


 「はい、私そのものがあなたに与えられた神の祝福です! マスターが引いた当たりは最高位の天界騎士や戦乙女が相棒として共に歩めるという素晴らしいものなのです!

 ……でもおかしいですね。この神の祝福が当たった場合は転生者には教習や説明があるはずなんですけれど」


 「いや、そんなの一切なかったよ?」


 「まあ、大丈夫ですよ。あなたの第二の人生は成功したも同然ですよ! ちなみに当たりを引いた人と相棒となる者は運命の糸の様なもので結ばれていて相性は抜群らしいです!」


 「えー……」



 男は「やっぱり自分の天界の行政に対する不安は間違っていなかったんじゃないか」と毒づきたくなるのをこらえた。自分の使命だからとはいえフレンシアは全くの善意で自分についてきてくれたわけだし、いつまでも否定的でいてもなんの生産性もない。



 「じゃ、じゃあもう一つ質問してもいい?」


 「ええ、なんでもお答えいたします! ちなみにスリーサイズは――」


 「いやそれはいいから。なんで俺の名前をタケノコダイスキーだと伝えたの?」


 「違うんですか?」


 「逆になんで正解なんだと思ったんだよ」


 「マスターの書類は見させてもらいました。好物にタケノコって書いてあったので。多いんですよ、尊敬する人物や好きなものを名前に使う人」



 キョトンとするフレンシアを見て冷汗が背中をタラリと流れた。男の引き攣った顔を見てさすがに何かに感づいたのか恐る恐る彼女は聞く。



 「あの、マスター? もしかして私また何かやっちゃいました?」


 「名前はまだ決めてないけど……少なくともタケノコダイスキーっていう名前を使うつもりはないな」



 その返答にまたもやショックを受けたように後ずさるフレンシア。



 「私っていつもこうなんですよー、先走ったり、思い違いしたり……先輩や仲間たちにもそのポンコツ直さないと良縁に恵まれないぞって何度も言われたのに……今回、マスターの従者になれると聞いた時は本当に嬉しくて、少しでも転生したばかりのマスターのお役に立ちたいと思っただけなんですー」



 最初に纏っていた威風堂々としたオーラは見る影もなく、フレンシアはそのまま蹲って地面にのの字を書き始める。


 身長が身長だけに蹲ってもなお存在感があるがまさかいきなりこんなに落ち込むとは思っていなかった男は思わず立ち上がって彼女の手を取った。



 「ま、まあ気にすることないよ。君も初めての経験なんだろ? これから成長していけばいいさ。俺だって、一人じゃ心細いし……君、あーフレンシアがいてくれるなら助かるよ」


 「マ、マスター……」



 その言葉に感極まったのかフレンシアは嬉しそうな表情で顔を上げる。



 「さ、しっかりして。俺もこの世界のことは何もわかっていないし、リカーネさんにも色々聞かなきゃいけない。こんなところでうじうじして時間を浪費するわけにはいかないぞ」


 「私を許してくれるんですか?」


 「ああ、許すよ」


 「本当に?」


 「本当だよ」


 「本当の本当に?」


 「本当の本と――いや待て、もしかして他にも何かやらかしたのか?」


 「ギクゥッ、イヤソンナコトナイデスヨ?」


 「自分でギクゥッなんて言うやつが何もしでかしてないわけないだろ! 言いなさい! 何をやったんだ?!」



 直感が優れていなくてもわかるフレンシアの嘘を、彼女の耳たぶを引っ張りながら男は詰問する。



 「お、怒りません?」


 「……………………怒らないよ」


 「今なんかちょっと、いやかなり間がありませんでした?」


 「そんなことないから言いなさい」


 「マスターの戸籍申請書、タケノコダイスキーで出しちゃいました」



 テヘッと可愛らしく舌を出して言うフレンシアの脳天に拳骨が落ちた。

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