その頃ベイカーと凛 後編
「調査は周辺の魔物の減少についてだったな。この辺りを中心にして魔物の痕跡を探すか」
魔物の調査は冒険者ならわりとポピュラーな依頼であり、ベイカーも何度か依頼を受けたことがある。魔物の生態系などの詳しい調査は専門家がいないとできないが、魔物の足跡や食事跡、戦闘の跡などをまとめて報告するといった地味な仕事だ。特殊な魔物なら数日観察するなんて依頼もあったりするが、基本は事前に調べた魔物たちに変わりがないかを調べることが多い。
「最寄りの村の冒険者ギルドでは異変の報告はなかった。それならこの辺りに原因があるとは思うんだが」
今ベイカーがいるのは最寄りの村から1日ほど離れた距離。ここから2日ほど馬車を走らせれば王都にたどり着く位置だ。つまりベイカーがいるのはおおよそ半分くらいの位置。王都方面で問題があるようなら王都の冒険者や騎士団が対処してくれるのでベイカーは村に戻るルートで調査を始める。
結果を言えば特別おかしな異変は見つけられなかった。魔物は見当たらないが野生動物はちらほら見かけるため、強敵が現れたという可能性は消えた。もし強敵がこの辺りに現れたのなら魔物と一緒に野生動物も逃げるか隠れるかをしているはずだからである。
「それなら誰かが魔物を狩ってるのか?」
こちらの可能性はあまり高いとは言えないとベイカーは思っている。理由はサリーたちと話した通り実入りが少ないというのもあるが、戦った痕跡が全く見当たらないというのが大きい。どんな強者だろうが戦いをすれば跡が残る。血痕や攻撃・魔法の跡、死体や体の一部など分かりやすいものから匂いや魔力の流れといった感覚的なものまで戦いの跡は必ず残る。だが、分かりやすい痕跡は全く見当たらない、感覚的なものから言ってもベイカーは魔力を感じるような鋭敏な感覚も並外れた嗅覚なども持ってはいない。だが、目の前に広がる草原を見る限り戦闘の跡はまるでない。
「それなら原因は一体なんだ?魔物だけ忽然と姿を消したってことになるが」
それこそ発想が飛躍している。
それからベイカーは2時間ほど周囲を調べてみたが痕跡がまるで見つからなかった。
「ここまで調べて何も無いってのは逆に怪しいよな」
ベイカーは悩んだ末前に立ち寄った村に戻ることにした。ベイカーたちが村を離れてからなにか新しい情報が入っているかもしれないと思い村へ向かおうとしたそのとき、突然強風がベイカーの横を通り過ぎる。ベイカーは咄嗟に顔を庇ったが頬には赤い筋が一本浮かび上がる。
もちろん自然現象などではなく、明らかに殺意をもった攻撃だったことをベイカーは感じていた。すぐに体勢を立て直して臨戦態勢をとる。
「あれで死なないのは素直に驚きですねぇ」
声の主は4枚の翼を持った男。翼以外の見た目は特に変わったところがなく、年齢は20代後半ぐらい、眼鏡を掛け学者特有の帽子をかぶっている。
「一応確認しておくが、てめぇ何者だ?その姿、有翼人のようだがお前からは人ならざる者の気配がある」
ベイカーの知る有翼人は背中に羽を持つ希少種、ベイカーも人生で数人しか見たことはないが、目の前にいる男は人ならざる雰囲気を出している。
「気配で気づかれるとは思ってもみませんでした。少なくともあなたの実力はC級冒険者の域を出ないと伺っておりましたので、ご推察の通り、私は四獣の力を与えられた一人。あなたを捕らえる命を受けてやってきました。名はヴォリス」
ベイカーが持つ剣に力が入る。サリーの話でネリスが従える四獣の話は聞いており、サウストランドの姫がその四獣を人に憑依させているとも聞いた。だが、それらは全て隼人たちSランクの冒険者によって倒されたととも聞いている。
「なぜ四獣の力を使える者が生きているか疑問のようですねぇ。それは私こそが真に選ばれた人間だからです!四獣の一体はSランク冒険者によって完全に消滅させられましたが、残りの3体は健在です。おそらくあなた方が知る者たちは憑依の実験に失敗したサンプルでしょう。そして私こそが真に四獣の力を継承した一人なのです!!」
現在隼人が倒したキャッスルタートルは完全消滅、フレイムイーグルは火の精霊に憑依、そしてワールドタイガーかコキュートスドラゴンがヴォリスに憑依しているということになる。
「俺を捕らえるとか言ってたが、なにが狙いだ?」
「あなたを捕らえることで厄介な人の動きを止めることが出来るとだけ言われてますので詳しくは私にも分かりません」
これは間違いなく西城を抑えるためのものだろう。それはベイカーもうすうす感づいているのだが、いまだに自分の価値を分かっていない。
「(俺程度であの商会長さんを抑えるとは思えねぇんだが、確かに世話にはなったが付き合いならアリスの奴の方がなげぇだろうし、なぜ俺を狙う?)」
西城を止めるには最も有効的な人質だと本人が理解していないが、自分が狙われており、捕まることで西城の不利益になるということはベイカーでも理解できているようだ。
「懇切丁寧な説明をありがとうよ。そこまで言われて簡単に捕まると思ってんのか!」
「あなた程度では私に傷一つ付けられませんよ」
余裕をみせているヴォリスだが彼はベイカーが装備している服の性能を知らない。これは西城が愛情込めて(呪い)作り上げた最高傑作。その真価を今知ることとなる。
「早!!」
剣を構えたベイカーが一瞬でヴォリスの背後をとる。二振りの剣がヴォリスを切り裂く寸前で翼を広げ空中へ退避する。しかしベイカーの追撃は止まらない。空中でもベイカーの跳躍で届く距離だったことが幸いして一瞬で距離を詰められる。
「飛燕!!」
二振りの剣に炎が宿り連撃を繰り出す。ヴォリスは右手を獣の腕に変化させ剣を受け止めている。
「C級冒険者だと聞いていましたが、これほどの力を持っているとは!」
ヴォリスが驚くのも当然だ。ヴォリスの実力は少なく見積もってもA級冒険者パーティーと互角、戦う場所によってはSランク冒険者に匹敵するほどの力を持っている。ベイカーがどんな隠し玉をもっていようと力の差は歴然だと思っていたのだが、ここまでベイカーに傷を付けるどころかむしろヴィリスが追い込まれている。
もちろん全ての秘密は西城が作り上げた「ベイカーの燕尾服」にある。サリーが封印指定とまで言った理由は単純な防御能力だけでなく、各種装飾品の能力アップ効果にもある。詳しくベイカーの燕尾服(装飾品込み)のステータスは以下のようになる。
ベイカーの燕尾服
ステータス:防御S、魔法防御S
能力:自然回復A、身体強化A
ベイカーのネクタイピン
能力:四属性強化
ベイカーのカフス
能力:思考加速
ベイカーのグローブ
能力:状態異常無効
能力の横にあるアルファベットはSが最高で最低がFとなる。ちなみにSが一つでもつく防具は国宝と呼ばれその武具一つで国を落とせるとまで言われる代物だ。
「(すげぇな!相手の動きは遅く見えるし、炎の魔法もいつもより威力も発動スピードも半端なく強い。相手からの攻撃もほとんどダメージが無いし、初撃で受けた傷なんて綺麗に治ってる)」
ベイカー本人もこの防具の異常さは理解できた。この装備を作り上げた西城に感謝してヴォリスを追い詰めていく。
「あまり私をなめないことです!!」
ヴォリスは全身から魔力を解き放ちその姿を変える。腕は丸太のように太く四つ足の獣となり、全身は白い毛で覆われ、顔は金目の虎へと変わる。全体を見ると巨大な白虎に4枚の翼が生えた姿だった。
「ガオォォォォォ!!!!」
咆哮と共にヴォリスが物凄い速さでベイカーに襲い掛かる。カフスが持つ思考加速でヴォリスの動きは遅く見えているはずなのだが、それ以上にヴォリスの動きが早すぎてベイカーは避けることが出来ないでいる。服自体の防御力と自然回復能力で急所を貫かれないかぎり死ぬことはないのだが、ベイカーは全く攻めることができず防御に徹するしかなかった。
「あなたの防御力とタフさには驚きますが、私に致命傷を与えるほどの攻撃手段が無いことが仇となりましたね」
「確かに俺にはあんたを倒すだけの力は無い、だがそれはあんたも同じだろ。あんたの攻撃じゃ俺にダメージは与えられても倒せないぞ」
ヴォリスも圧倒的な生命力と自己治癒の能力でベイカーからのダメージは少ない。お互い負けないが勝てない状態が続いている。
だが先ほどからヴィリスがベイカーのカフスやネクタイなどの装飾品を狙って攻撃しているような動きをしている。このときヴォリスはベイカーの強さの秘密に気付いている。明らかに異常な能力なのに技術がその強さについて行けていない。明らかに力に振り回されている。最初は脅威と思った力だがタネが分かればそれほど恐ろしいものではない。
「あなたのその装飾品のどれか一つでも壊せればどうなるのでしょうね?」
ベイカーは現在装備の力をフル回転させてようやく対等に戦えている状態。それがどれか一つでも壊されてしまえば、今拮抗している力は傾いてしまう。それを思ったのかベイカーは無意識に身に付けている装飾品をかばいつつ戦いをしてしまっている。完全にヴォリスの術中にはまってしまった。これまでの攻めの姿勢から守りの姿勢に変わったことで、ヴォリスは容赦なくベイカーにダメージを与えていく。
加えてヴォリスは空中に逃げることが出来るということが大きい。ベイカーがどんなに跳躍しようが空中戦ではヴィリスに有利であり、一度飛んでしまえば空中で身動きが取れない。最初こそベイカーの異常な力に翻弄されていたヴォリスだが冷静さを取り戻した彼にベイカーが勝てる手段がない。
「冒険者として普通に生活できるのに、面倒事に自分から首を突っ込むその思考が理解できないよ」
その言葉にはヴォリスの皮肉が混じっている。
彼は有翼人の中でも特に特殊な4枚羽の持ち主だった。有翼人は空を飛べるという特性上、私的に利用したいと権力者たちがこぞって奴隷として従えた歴史があり、人間に対して憎悪をいだいていた。数代前の王(現王の叔父)が奴隷制度を廃止し、有翼人とも和平を結んだことにより表面上は争いが無くなったが、今でも有翼人は人をあまりいい存在だと思っていない。
そして、有翼人の中でも4枚羽は特に希少であり高い飛行能力と身体能力を備えていたため一族からも人間からも狙われる存在だった。ヴォリスはその4枚羽に加え高い魔力資質も持っていたことから一族の中でもかなり浮いた存在だった。
「普通であることを求めていたのに周りがそれを許してくれない。親からは出来て当然と言われ、同年代からは珍獣のような扱いをされる。それだけなら許せた、だが何故問題の責任を全て私のせいにされなければいけない!!」
優秀であり、責任感の強い性格だったヴォリスは一族からも人間からも頼られる存在だった。だが、いくら優秀な者でも一人で出来ることには限界がある。「ヴォリスが出来ないから」「あなたなら出来ると思ったのに」「優秀なお前が出来ないのが悪い」など期待されていた分失敗したときの言葉が酷かった。普通ならそんなことを言われれば頼み事を聞かなくなったり、手助けしようとは思わなくなるのだが、ヴォリスは優しかった。優しかったために一時を境に歪んでしまった。
「生きているから人々は苦しみ悲しむんです。ならこの世から全てを無くしてしまうことこそが優しさだと、あの方はそう教えてくださったのです!!」
あの方とはもちろんコーネリアのこと。彼女はヴォリスに甘い言葉で手ごまとして動かしているのだろう。
縦横無尽に繰り出される攻撃を繰り返すうちついにベイカーの袖に付けていたカフスが砕けてしまった。思考加速の恩恵が無くなってしまった事で完全にヴォリスの姿を捕らえることが出来なくなったベイカーはサンドバックになるしかなかった。
「少々手こずりましたが、無力化は成功ですね。念のため両手足の骨を折っておきましょう」
装備のおかげで致命傷はないもののベイカーの体は傷つき地面には血だまりを作っていた。
「悪く思わないでください。これも皆が苦しむことのない世界のためなのです」
完全に気を失ってしまったベイカーの腕を持ち上げようとしたそのとき、どこからか爆発音が響き渡った。ヴォリスは一瞬で臨戦態勢をとり、自身に向かってくる音速の鉛玉を弾く。
「これは手間が省けました」
距離にして5キロ以上離れている距離だったが驚異的な視力をもっているヴォリスにははっきりとみえていた。それは遥か遠方に鬼の形相でヴォリスを睨んでいる西城だった。
「私の愛しい人になんてことをぉ!!!!!」
西城は設置していた火器全てを一斉発射させた。数にして数百の弾丸の雨がヴォリスに降りかかる。
「相当にこの御仁が大切とみえる。これならばあの方のおっしゃったように」
ヴォリスはベイカーを掴むと超高速で飛び回り弾丸を避け続けている。だが、いくら空中に逃げようが西城は次々と銃火器を連射し続けている。
「凛さん!!そんなに撃ったらベイカーさんに当たっちゃいますよ!!!」
「アリスさん、心配せずともこの人がベイカーさんを傷つけることなんてありませんよ。それに最初の怒りに任せて撃ったものは別として今発射しているのは確実にあの有翼人を追尾できる代物です。彼がベイカーさんを盾にでもしないかぎり当たることはありません」
サリーが言っていることが現実に起きてしまう。ヴォリスはベイカーを盾にすることで西城からの攻撃を止めた。
「この男が大切なら大人しくすることです。いくらあなたが危険人物だとしても人質をとってしまえば容易い」
「あなた、なにか勘違いしていないかしら?」
「??」
「ベイカー君に向けられる悪意を私が放置しておくと思っているのかしら?」
「ならあなたになにが出来るというのです!私が腕に力を籠めるだけでこの男の頭を砕くことだって」
一瞬何かがヴォリスの目の前に飛来した。それが何なのかこの場にいる誰もが分からなかったが西城だけはニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
その飛来した物は屈強な獣の腕と化しているヴォリスの腕を切断する。血しぶきを上げながら切断された腕は地上に落ちてくるが落下地点にはトランポリンのようなマットが敷かれており頭を掴まれた状態のベイカーも無事のようだ。
「な!なにが!!」
「私の愛する人を傷つけた罪は死すら生ぬるい」
このときヴォリスはようやく自分の腕を切断した物に気づいた。それは高速回転する円形の刃物。円月輪と呼ばれる飛び道具の一種なのだが、大人と大差ない大きさの円月輪が空中で回転しながらフワフワと浮かんでいる。
「その刃物はアダマンタイトを加工して作っててね、重くて並みの人間には持ち上げることもできないような代物なんだけど、中条に作らせたこれでようやく操作可能になったの」
西城の手には手のひらに収まるほどの赤い宝石がある。おそらく魔石なのだろうが、あの大きさの魔石となると保有魔力量は並みの魔法使い数十人分、そして値段は天文学的数値だろう。おそらく国宝と呼ばれてもいい品だ。
「中条を3日間不眠不休で魔力を結晶化させて、ようやく私が求める付与を付けることが出来た。もちろん付与も中条に頼んで2日で仕上げてもらったわ」
そもそも魔力の結晶化などAランク冒険者の魔導士ですら不可能な技術だ。高密度の魔力を常に放出し続け、ようやく小さな結晶ができ、それをいくつも作って魔力結晶を結合させて作るのが人造魔石の作り方だ。本来王国でも選りすぐりの精鋭100人単位で親指サイズの魔石を作るのに対して、手のひらサイズを一人で作るのがどれほど常識外れかが伺える。
「その刃物は常にあなたを狙い続ける。この魔石の魔力が存在する限りずっとね。全速力で逃げないと追い付かれちゃうかもしれないわよ」
円月輪の速度はかなり速いもののヴォリスが避けられない速さではない。だが魔力が続く限り永遠と追いかけ続けるということはいつかヴォリスの体力が限界を迎える。円月輪を壊すという選択肢もあるが、ヴォリスの腕を易々と切断した刃物を壊せるとは思えない。それならとヴォリスが狙うのはただ一つ。
「その魔石をよこせ!!!」
魔石を持って笑みを浮かべている西城に狙いを定める。
「あなたはもう詰みよ」
狙われるのが自分だと分かっていれば対策はいくらでも打てるものだ。急接近してきたヴォリスに一発銃声を響かせる。頭を狙ったがヴォリスは体勢を崩しただけだった。だが西城にはそれだけで十分だった。円月輪はヴォリスの胴体を真っ二つにすると地面に刺さり回転を止める。胴体を切断されたヴォリスの表情はこれまで見たこともないほど恐怖の表情をしていた。
「これでようやく気が済んだわ」
魔石と円月輪をマジックバックに仕舞うと西城は急いで気を失っているベイカーの元に駆け寄っていった。
「サリーさん、もしかして全部計算してました?」
「ベイカーさんが傷つけば会長が激怒して倒してくれると予想はしていたけど、ここまでやるとは予想外だわ」
円月輪の存在はサリーも知っていた。あれは西城が使う最終兵器の一つ。円月輪自体が巨大で重く、それを浮かせ高速回転させるなんて芸当到底不可能なことだ。隼人がいかに膨大な魔力を注いで作った魔石であろうと活動時間は数分から数十分が限界の代物だ。現に西城が持っていた魔石は最初こそ真っ赤だったが、マジックバックに仕舞ったときは光沢が失われ、血のようなどす黒い色になっていた。おそらくまたあの円月輪を使うためには隼人レベルの魔力を注がなければならないだろう。A級冒険者100人ほどの魔力を。
「商人からしたら赤字もいいところよ。はぁ~」
会計を担当しているサリーからしたら今回の戦闘で仕様した道具たちの決済をするのが嫌になるほどだった。
お読みいただきありがとうございます。
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