腹黒犬
「あれってアリスさんのおばあちゃんだよね」
「ええ、戦姫と呼ばれていた頃の姿ですわね。当時近接戦闘で負けなしだったとか」
ユーリは赤いドレスを翻すとコキュートスドラゴンに突っ込んでいった。そのスピードは目で追うのがやっと。付与魔法に加えてトライドル婦人独自で編み出した歩法で加速しているようだ。
「遅いですわよ!」
間一髪でユーリの鉄扇を防いだコキュートスドラゴンだったがそれからの猛攻撃全てを防ぐことはできなかった。おまけに一撃が重く、鋼鉄よりも固い鱗がどんどん砕けていっている。
「な、なぁ、あれって鉄扇で叩いてるだけ、だよな?」
「ロビン様がおっしゃりたいことはよくわかりますわ。私の目から見てもあの速度は異常です。私が見えている限りでも正面で5発、背後に回って3発、蹴りも含めれば更に2発、一瞬にしてこれだけの動作を繰り返してます。壊れてる鱗の数を見る限りそれ以上打撃を与えているとは思いますけど」
ハイネとロビンの目からみればユーリは1動作しか見えていない。それがまさか10倍以上の動作を繰り返しているなんて思いもしなかった。
「それにしてもトライドル様になられると容赦がありませんわね。役になりきることで役本人の思考までトレースするらしいのですけど、トライドル様の若いころはこれほどまでに血気盛んなんですのね」
ハクトはのんびりと言っているがコキュートスドラゴンは大変なことになっている。体を覆っていた鱗は全て砕かれ、体中に重度の打撲跡と腫れが見られる。内出血を起こしているのか腫れた部分は緑色に変色している。
「ここまでのようですわね」
最後に蹴りを一撃加えるとコキュートスドラゴンは吹き飛び森に生える巨木にめり込んだ。
「ここまでにしてお引き取り願います」
いつの間にか元のメイド服姿に戻り一礼。
「ユーリの姉さんすげぇ!!」
「ユーリお姉ちゃんの勝ちだ!!」
ハイネとロビンは勝利を確信してユーリの元に駆け出した。しかしコキュートスドラゴンはまだ完全に倒れたわけではなかった。最後の力を振り絞り悪あがきをしようとしている。
「お二方ともダメです!!」
ユーリは二人を庇うように抱きかかえる。直後凄まじい氷のブレスが3人めがけて放たれる。
直撃コース。防ぐこともできない極寒の息吹だったが当たる直前で蒸発してしまう。
「やれやれ、最後の最後で爪が甘いですわね」
もちろんハクトがブレスを無効化したらしい。
「お二人とも怪我はありませんか?!」
「う、うん」
「大丈夫・・・・」
コキュートスドラゴンの生死を確認せずに飛び出した不注意を自ら分かっているためか二人とも元気がない。
「わざわざ私が言わなくてもお二人とも聡明な子たちです。自分の失敗をよく考えて今後に活かしてくださいね」
ここは本来怒るところだろうが、ユーリは何よりも二人の安全を確認して安堵しているようだ。
「(こんな優しくて強い人だったんだな)」
「(私、ただの足手まといでしかなかった・・・)」
ロビンはユーリの姿を目に焼き付けるように見つめ、ハイネは自分の力の無さを悔いていた。
「それよりも何やら焦げ臭いような」
辺りを見回すと庭の奥にある小屋から炎が上がっていた。
「あ、あそこは隼人様が大事にしている大豆工房!!」
そこは醤油や味噌の研究をしている小屋だった。中には隼人が毎日仕込みをしている醤油や味噌がたんまりと入っている。
ハクトの協力もありすぐに鎮火させることはできたが、小屋の中は水浸しになってしまっている。
「こ、これは大参事だな」
「中のお醤油やお味噌は半分ぐらいダメになってるかもですね。火元に近かった甕は完全に水没しちゃってます」
「そ、そんなぁ~~~」
火事の原因はおそらくコキュートスドラゴン相手に放った炎だろう。ジャンヌの役を演じたとき燃え広がった火が小屋の屋根に火の子となって飛んで行ってしまったのだろう。
「つまり原因って」
「あの糞ドラゴンのせいですね。あの方が現れなければ火事になることもなかったわけですし。隼人様には全てあの方のせいにしましょう。お三方ともい・い・で・す・ね!!」
物凄い圧で3人とも頷くしかなかった。
「あなたはまた!そうやって責任転嫁をするのは悪い癖ですよ」
突然背後からユーリの頭をポカンと殴ったのはビオラだった。その後ろではリュートが疲れ果てた姿で倒れている。
「リュートさん!一体どうしたんだ?」
「す、少し、疲れた、だけ、だ」
物凄く息が上がっている。これまで見たことないほど消耗しているリュートに子供たちは心配になる。
「姉さん酷いです。せっかく穏便に事が済むはずだったのに!!」
「全く穏便ではありませんよ。いきなり魔力をごっそり持っていかれたと思ったらこんな大参事になっているなんて!ハクトさんがいるんだから彼女に任せればいいものを」
「私はこの家の持ち主である隼人様の従者ですよ。無作法な来客にお帰り願っただけのことです」
「限度があるという話です!大体あなたは・・・・・」
それからユーリとビオラの姉妹喧嘩が始まってしまった。子供たちはというとリュートと一緒にさっさと家に入って休んでいる。
「全く、人間とはやはり爪が甘い」
そんなかただ一人?一匹?だけはゆっくりと森の奥深くに潜っていた。
「あの姉妹は主様にいい刺激になると思って放任してますが、脅威になる前に排除するべきでしょうか。姉妹で魔力を共有して、方や未知のスキル、方や事象改変なんて荒業を使える娘たちですからね。あなたもそう思わなくって」
いつもと雰囲気の違うハクトを中心に魔力が渦巻く。
「最も主様のお気に入り、私が手を出せるわけもありませんが。あなたには私の憂さ晴らしにでも突き合っていただきましょう」
ハクトがたどり着いた場所には一枚の鱗が落ちていた。青白い色をした鱗は魔力を高めると子供サイズのコキュートスドラゴンへと変わる。
「鱗を触媒にして永久的に増え続ける能力ですか。鱗が一枚でも存在するならどれだけ倒しても復活する脅威の能力なのでしょうけど、私たちにとってはそれほど脅威ではありませんわね」
「ガォォーーーー!!」
体は小さくなったものの内包する魔力などは先ほどと比較しても遜色ない。
「大方狙いは家にいる住人全て。子供たちを捉えれば主様が釣れる、ユーリならビオラが釣れ、万が一私を捉えればそのまま召喚の生贄にできる。誰か一人でも捉えられればあなたたちにとっては都合がよかったのでしょうが、ここは私たちの土地。勝手に入ってきてお咎め無にはなりませんわよ」
子供サイズだったコキュートスドラゴンは時間が経つにつれ大きくなり、今ではハクトの何十倍の大きさへと変わっている。
だが魔力は圧倒的にハクトが上回っている。コキュートスドラゴンもそれは分かっているようで攻めるに攻めきれない。捨て身覚悟で飛びかかろうとしたが一瞬で氷漬けにされてしまった。
「仮にも氷結地獄を名乗るのなら氷に対しての耐性はもう少しあってもよいと思いますわよ」
冷気に絶対の耐性を持っているはずのコキュートスドラゴンだったが、それは人間が使う魔法に限って。聖獣が扱う魔法はさすがに無効化できなかったようだ。
「さて、これで森も静かになりますわ」
クルっと身をひるがえすと氷像は粉々に砕け、風に舞って飛んで行ってしまった。
ハクトが家に戻ると全員の安否を確認する。リュートが少々疲労があるようだが、目立った怪我をしている者はいない。
「(心配するだけ無駄でしたわね。主様からはなるべく怪我をさせないようにとは言われておりますが、フェンリルである私が人間を心配するなんてちょっと驚きですわね。良いか悪いかはともかく主様の影響が強いのでしょう。あの方はなんだかんだお優しい方ですから)」
少し疲れが出たのかハクトはそのまま眠ってしまった。もちろんこれ以降森に脅威が訪れることはなかった。
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