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ショートショート3:白雪姫とその継母の話

どこからでも読めるショートショート。

【傾向】ギャグ・ほのぼの

 昔々。

 お城の王様とお妃様の元に、かわいらしい女の赤ちゃんが生まれました。

 夜のように黒い髪、雪のように白い肌、薔薇のように赤い唇を持った赤ちゃんは、<白雪姫>と名づけられました。

 白雪姫が生まれてすぐ、お妃様はお亡くなりになってしまわれました。しばらくして、王様は新しいお妃様をお迎えになりました。

 この新しいお義母さまは、たいへん意地悪な人でした。

 継子の白雪姫を憎んで、召使いのような暮らしをさせるのです。

 お城の者たちは心を痛めましたが、恐ろしい魔法使いでもあるお妃様には逆らえませんでした。


 さて、今日も台所の片隅で、白雪姫がいじめられています――。




「白雪姫、お前、一体どういうつもりだえ?」

 溶けることなき凍土のような美貌が、白雪姫を一瞥(いちべつ)しました。眼に浮かぶ光は冷たく、林檎が盛られたカゴを指す指先は氷細工そのものです。

(わらわ)は、庭の林檎の実を全てもぐように命じたはず。なのに、お前が収穫し終わったのはたったこれっぽっち」

「お、お言葉ですがお義母(かあ)さま……」

 薔薇色の唇を震わせながら、白雪姫はうなだれました。

「たった一晩で、何百本もの林檎の木の実を全てもぐのは、無理でございます」

「お黙り!」

 頬を張られる鋭い音が響きました。遠巻きにしていた召使いたちは、見ていられずぎゅっと眼を閉じます。

(わらわ)に口答えをするとは、ずいぶんと偉くなったものだねぇ」

「ごめんなさい。わたくし、そんなつもりでは……」

 白雪姫の真っ白な肌には、一筋の血が流れています。

「いいわけは(わらわ)の部屋でたっぷり聞くことにするよ。ついておいで。しつけのなっていない奴隷は、ムチがお望みのようだから」

「そんな! お許しください、お義母さま!」

 儚い抵抗をする細い手首をつかんで、お妃様は台所を出てゆきました。

 あとには、白雪姫への同情で心をいっぱいにした者たちだけが残されました。




 豪奢な王妃の私室に、お妃様は白雪姫を乱暴に放り込みました。

 きゃっと小さく叫んで崩れ落ちた白雪姫の背後で、お妃様はがちゃりとドアの鍵をかけました。

 先の尖った靴をかつんと鳴らして、お妃様が床に手をついた白雪姫の前に立ちます。

 白雪姫のつぶらで無垢な瞳を、お妃様は冷徹に見下ろし、そして、


「ご……、ごめんねえ~、白雪ちゃん! 痛かったわよねえ~!?」


 氷細工の指先を白雪姫の頬に当てました。

 甚大な魔力の込められた指先は、頬の傷をあっという間に治してしまいます。


「んも~、ママのばかばかばかばか! ほんとにごめんね? ママを許してくれる?」

 涙目で謝罪を繰り返すお妃様の手を、白雪姫がそっと握ります。

「もちろんですわ、お義母さま。少し爪が当たっただけですもの」

「なんてイイ子なの! さあ、こっちにいらっしゃい。座って座って」

 お妃様は白雪姫の手を優しく取って、ふかふかの椅子に案内しました。

「ママねえ、白雪ちゃんと一緒に食べようと思ってパイ焼いておいたの。イチゴとモモとアプリコット、どれが好きかしら?」

「まあ、嬉しい! ぜんぶ大好物ですわ」

「ほんとー? よかった! たっぷり召し上がれ」

 うきうきと大きなお皿にパイを切り分けて、お妃様はにっこり微笑みます。

「女の子ってやっぱり素敵ねえ。一緒に甘い物を食べたりお茶したりできるもの。そうそう、ママ、白雪ちゃんに似合いそうな布地でドレスを作ってみたの。あとでファッションショーしましょうね~」

「あのう……、お義母さま」

 香り高い紅茶のカップを片手に、白雪姫は言いました。

「何度も申し上げてますけど、これって本当に必要なんでしょうか?」

「なにがー?」

 お妃様は、微笑んだままことりと首をかしげました。

「わたくしとお義母さまが仲違いと申しましょうか……、その、つまり、お義母さまが<いじわるな継母>のお芝居をする必要があるんでしょうか?」

「白雪ちゃん……」

 お妃様の美しい眉が、しおしおと下がります。

「ママだって白雪ちゃんをいじめるなんてイヤよ? ほんとは、おおっぴらに白雪ちゃんに優しくしたいし、なんだったら世界中にかわいい娘を自慢して回りたいくらい。……でもね、それはできないの。しちゃダメなの。だってこれは――」

 お妃様は真剣な目で白雪姫を見つめました。


「あなたの<レッツ玉の輿計画>の一環なんだもの!」


 お妃様と白雪姫が住む国のお隣には、もうひとつ別の国があります。

 二人の国より何倍も何倍もお金持ちで大きな国です。

 お妃様は、愛してやまない愛娘の結婚相手として、その国の王子に狙いを定めているのでした。


「普通にお見合いしたりしたんじゃ、断られちゃう可能性が高いわ。白雪ちゃんはとってもかわいいけど、あちらは大国だもの。よその国の姫君と天秤にかけられたら負けてしまうかもしれないわ。そこで、ママの出番! あの王子が絶対に白雪ちゃんと結婚したくなるようなシチュエーションを用意してあげる」


 お妃様の立てた計画(シナリオ)は、こうです。

 お妃様は白雪姫をいじめにいじめ、ある日、とうとう狩人に命じて森に捨てさせてしまうのです。

 かわいそうな白雪姫は、親切な7人の小人――ええ、もちろん彼らはお妃様が選りすぐった精鋭護衛部隊なのですが――に救われ、森で楽しく暮らし始めます。

 しかしなんと! そこにお妃様が化けた魔女が現れるのです。

 邪悪な魔女の甘言に騙され、素直な白雪姫は毒林檎を口にしてしまいます。

 哀れ、毒に倒れ眠りにつく白雪姫!

 しかしそこに、偶然にも――ではなくて、もちろんお妃様の周到な計略によって誘導されるわけですが――隣国の王子が通りかかります。

 白雪姫の美しさにひかれた王子が口づけを贈ると、奇跡的に白雪姫は息を吹き返します。

 そして、王子は白雪姫を(めと)り、いつまでも幸せに暮らすのでした――。


「いいこと、白雪ちゃん。王子なんてものはヒーロー願望のカタマリなの。邪悪な魔法使いの手から哀れな美しい姫君を救い出す――なんて、昇天もののシチュエーションだわ。これだけ演出すればあの王子は絶対に落ちる!」

「そんなに上手くいきますかしら……」

 白雪姫が困ったように言うのに、お妃様は力強くガッツポーズを決めて見せました。

「大丈夫、ママにまかせて! でも、そうね。ちょっとインパクトが弱いかしらね。なんかこう、いかにも悪そうなアイテムとかが登場するといいんだけど……。あっ、魔法の鏡なんてどうかしら!?」

「お義母さま……」

 白雪姫は悲しげに肩を落としました。

「でも、わたくしのせいでお義母さまが城の皆に意地悪な人だと思われているのは辛いです。本当はとっても親切なかたなのに」

「まー! なんて優しい子なの!」

 お妃様は感激したように胸の前で指を組みます。

「いいのいいの、支配者階級なんて憎まれてなんぼよ! それに、白雪ちゃんだってあの王子は嫌いじゃないのでしょ?」

「えっ」

 白雪姫の頬が愛らしい朱に染まります。

「そ、それは……。晩餐会でお見かけして、素敵な男性だなあって思っただけで……。す、好きとか嫌いとかは、まだよく分かりませんわ」

 もじもじと膝の上で指を組み替える愛娘を、お妃様はうんうんうなずいて見守ります。

「ママね、晩餐会で白雪ちゃんに『あの王子に紹介してほしい』って言われたとき、すっごーーーーく嬉しかったの! ほら、あの頃、(わらわ)たちって、少しギクシャクしてたでしょ? ほんとのこというと、ママ、『継母だからやっぱり嫌われてるのかなあ』ってちょっぴりさみしかったの。今思うと、お互いに遠慮してたのね。でも、白雪ちゃんがママを頼ってくれたじゃない? もーーーーーー嬉しくって!」

「あの時のお義母さまは……えっと……す、すごかったですわよね。王子様の襟首をつかんで引きずってこられましたもの……」

 白雪姫が遠い目をするのに、お妃様は「ママ、腕力には自信あるの!」と力こぶを作って見せました。

「でも、あれをきっかけにお義母さまと仲良くなれましたものね。わたくしも、とっても嬉しいですわ」

「ねー。仲良し親子だもんねー」

 継母と娘は心から幸せそうに微笑み合います。

「じゃあね、計画の続きね! やっぱり魔法の鏡はあったほうがいいわよね? あっ、(わらわ)が白雪ちゃんの美しさを妬んで、とかにすると、邪悪さが際立つんじゃない!?」

「お義母さま、ひとつ伺ってもいいかしら?」

「もちろんよ。なあにー?」

 笑顔のまま首をかしげたお妃様に、白雪姫が訊きます。

「お義母さま、ずいぶんとこの計画に自信がおありなのですね? なにか、確信のようなものすら感じますわ」

 お妃様がふっと微笑みました。

 凍土に咲いた氷の薔薇のような美しい瞳に、極光(オーロラ)にも似た光が宿ります。

「そう、確信ね。ありますとも。経験則と言った方がいいかもしれないわね」

 経験則? と不思議そうに繰り返す愛娘に、お妃様はあでやかな笑みで答えました。



 お妃様にも、かつてはお姫様と呼ばれた時代がありました。

 邪悪な魔法使いの呪いで、百年の眠りについた姫君。

 善良な7人の仙女、奸計の糸車、そして、イバラで閉ざされた古い城――。

 魔法使いからお妃様を救い出したのが、他ならぬ白雪姫のお父様でした。



 その後。

 玉の輿計画はいよいよ発動されました。

 その中で、7人の護衛部隊の一人がうっかり白雪姫と恋に落ちてしまったり、それを聞きつけたお妃様が自慢の腕力に物を言わせて部隊員にアルゼンチンバックブリーカーをきめたり、お妃様に放っておかれてさみしくなった王様がひょんなことからロバの耳を生やしたりしてしまうのですが――。


 それはまた、別のお話です。



<おわり>

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