偽装工作と誘い受けの豚
唐突なSM注意報
リビングのソファで寝転がる俺の耳に、着信を告げる無機質な電子音が届いた。
気怠げにソファ前のテーブルに目を向ける。
去年購入したスマホ様が、はよ取れはよ取れと言わんばかりにブルブル震えていた。
今はなるべく動きたくないのだが、これがバイトの連絡などであれば出ないで困るのは自分になるかもしれない。
小さく溜息をつきながらのそっと起き上がり、体を伸ばしてスマホを手に取る。
未だ震え続ける画面を見ると、そこには『ハルさん』の文字。
一瞬出るか出まいか迷ったが、どうせ明日も学校で顔を合わせるのだ。
ここで出なければ、おそらくまた何かわかりやすい反応でも見せられるかもしれない。
ここで釘を刺しておくべきか、と判断し通話のマークをタップした。
「はい、燕昇司です。こんばんは、ハルさん。」
「こんばんは、燕昇司君!」
テンションたけぇ…
「何かご用ですか?」
「むっ…用が無ければ電話しちゃいけないのかな?」
怒った…というよりは、拗ねたような声が聞こえてきた。
まぁ今のは自分でも無愛想が過ぎたなと反省している。
まだ気怠げモードから切り替えられていないようだ。
「いえ、そういう意味では……すみません、俺の言い方が悪かったです。」
「…何かそう素直に謝られると……もういいよ、私も突然すぎたし。」
「ありがとうございます。……それで、連絡をもらえるのは嬉しいんですが、どうかしたんですか?」
「う、嬉しいんだっ…そっかそっかぁ!」
テンションたけぇ……
「まぁ、実を言うとこれといって用事がある訳でもないのよねぇ……ごめん、もしかして忙しかったかな?」
今度は申し訳なさそうに話すハルさん。
電話越しでこれほどわかりやすいとは、やはり感情豊かな人だと思う。
俺は浴室の方をチラッと見る。
海汐さんがシャワーを浴び始めてまだ5分ほど。
シャワーとお風呂大好きな彼女のことだ、出てくるのはまだ先だろう。
「この後ちょっと所用が……でも少しくらいなら問題ありませんよ。」
「そっか!えっと、何を話そうかな……」
何も考えずに電話してきたのか。
だがそれも彼女らしいと思うのは、まだ会って間もない俺が言うには些か傲慢が過ぎるだろうか。
ともあれ、ハルさんが話題を見つける前に、こちらの話を終わらせよう。
「あ、その前にちょっと良いですか?」
「ん?何かな?」
「ちょっと色々と決めておきたい事がありまして。」
「…決めておきたいこと?」
「はい、俺達の関係が漏れないようにする為の偽装工作です。」
「ふむふむなるほど……具体的には?」
こういう話の早いところは、何だかんだいって大人だなと思う。
「まず、二人で会ったり、こうして電話で話す際には、お互いの本名を呼ばないようにしましょう。どこで誰が聞いているかわかりません。」
「本名を呼ばないってことは、他の名前で呼べば良いんだよね?『ツバメ君』…で大丈夫かな。」
「はい、それで問題ないでしょう。俺も『ハルさん』と呼びます。あと、電話帳の登録名もそれにしておきましょう。念のために。」
「わかった!……ふふっ、何かこういうの良いね!秘密の関係ってやつだ!!」
テンションたけぇ……
しかしわからなくもない。
「他には何かある?」
「そうですね……今日も思ったんですけど、ハルさんの反応がわかりやすすぎます。俺の方見過ぎでしょう。」
「なっ、そ、そんなに見てないよ!」
いや見てたよ。
「いや、見てましたよね?」
「そんなっ……ま、まぁちょっとは見てたかも……いや結構…見てた……かも……」
段々と声が小さくなっていく。
「自覚があるようで何よりです。あれ、やめてくださいね?」
「うっ……だ、だって近くにいたらついつい気にしちゃうし……」
「気持ちはわかりますが我慢して下さい。俺だってハルさんを見ないように我慢してるんですから。」
「が、我慢してたんだ……それって、本当はもっと私を見てたいってこと?」
そりゃ、ハルさんのような美人ならいくらでも見ていたいと思うのが男だろう。
「まぁそうですね。できるなら今すぐにでも直接会って近くで見たいと思うくらいには。」
「そ、そんなに!?…そっかそっかぁ!そうだったんだぁ!なら仕方ないね!私も頑張って我慢するね!」
テンションたけぇ……
まぁこれで本当にハルさんがちゃんとしてくれるなら良しとしよう。
それから幾つかのルールを決め、その後は学校での事などを話した。
慕ってくれる生徒が多くて嬉しいと言っていた。
ただ一部の男子生徒が下心丸出しの視線を向けてくるのが嫌らしい。
なまじ年齢が離れすぎていないからかもしれないな。
通話を始めて15分ほどが経過した。
シャワー大好きな海汐さんでも、シャワーだけなら流石にそろそろ出てくる頃だ。
俺は名残惜しそうな声音のハルさんを、苦笑しつつ宥めた。
金曜の夜はバイトが休みだった為、そこでハルさんと会う約束をして、通話を終えた。
「ふぅ……気持ち良かったぁ!」
タオルでごしごしと頭を拭きながら海汐さんがリビングへやってきた。
「ゴロ君、シャワー貸してくれてありがとね!」
「どういたしまして……とりあえず服着たらどうです?」
海汐は下着姿であった。
グリーン系の爽やかで大人っぽい下着は、彼女のほんのり小麦色の肌によく映えていた。
「お風呂上がりは暑いんだよー。それに、今更恥ずかしがるような仲でもないでしょ?」
「親しき中にも礼儀あり、ですよ。あと、部屋の中だからって普通に下着姿で歩き回るのは男受け悪いらしいですよ?」
この間テレビでそんなことを言っていた気がする。
「ぶーぶー、ゴロ君のケチんぼ!」
口を尖らせて子どものように拗ねる海汐さん。
「あと、俺の理性的にも危険なのでやめて下さい。」
「あ、ゴロ君もしかしてお姉さんに欲情しちゃった?んもう仕方ないんだからぁ!ボクってば罪な娘っ!」
お姉さんぶってしなを作る。
貧乳のくせに調子に乗りやがって。
「欲情なんてしてません。」
いま賢者モードなんで。
平常時だったらちょっとキてたかもしれない。
「隠さなくて良いんだよー!もう一回する?」
唇に指を添えてニヤつく。
この誘い受けド変態マゾヒストめ。
「……また虐めて欲しいんですか?」
軽く睨みつける。
それだけで海汐さんの体が小さく震え、頬が赤く染まるのが見て取れた。
「ま、まぁゴロ君がどーしてもって言うなら…?」
「じゃあ良いです。俺もシャワー浴びてきますね?」
「え、ちょっ………」
即座に引いてソファから立ち上がる。
何事もなかったかのように浴室へ向かう俺を見ながら海汐さんはワタワタしていた。
「あ、そ、そういうこと言っちゃうんだー。ふーん……ま、別にボクは構わないけどー?」
スイッチオン。
「うるせぇ。」
無理して大人振ろうとする海汐さんの首を軽く握り締める。
ぐっと苦しそうな顔をする海汐さんだが、上目遣いでこちらを見る瞳は潤んでおり、漏れ出る吐息が荒くなっている。
「シャワーから戻ってきたらお仕置きしてやる。それまで正座して大人しく待ってろ雌豚が。」
蔑むような視線を向けてそう言うと、海汐さんは他人にはとても見せられないような顔でもじもじと股をすり合わせた。
細首を掴んでいた手を話し、熱を発する耳を摘む。
引っ張るように軽く力を入れた。
「聞こえたなら返事しろよ、走りと泳ぎしか能のない役立たずめ。俺の声が聞こえねぇなら、この耳引き千切ってやろうか?」
次に半開きで涎が垂れそうになっている口に指を突っ込み、ドロドロになっている舌を摘んだ。
「それとも聞こえていて無視してんのか?喋りたくねぇならこの舌、処分してやるよ。」
「ひゃっ、ひゃい!ごえんあひゃい!!」
口から手を抜いて涎塗れのまま海汐さんの髪を乱暴に掴んだ。
「糞食らいの雌豚の分際で、なに人様の言語で喋ってんだ。鳴けよ、ほら。」
「ぶ、ぶひっ!ブヒィ!!」
「良い子だ。」
海汐さんを解放して風呂場へ向かう。
背後で膝から崩れ落ちる音が聞こえた。
こんな二人ですが十回に一度くらいは普通にイチャイチャしてます。




