名前詐欺三人衆との戯れ
やっぱほのぼのっしょ
「よぉーし、ホームルーム始めるぞ。お前ら席に付け。」
校内にお馴染みのチャイムが流れ、壮年の担任教師が教室の扉を開いてそう言った。
のしのしと歩く彼の後ろには、当クラスの副担任である桜坂春菜先生の姿があった。
彼女は相変わらずの柔らかな笑顔で教室を見渡し、俺のところで視線を止めた。
対して俺は何の反応も示さず、ボーッと窓から外を眺める振りをした。
先生の方からムッとする気配を感じたが、勘弁してほしい。
学校ではただの教師と生徒であるという事を、彼女にはもう一度強く認識させなければならないようだ。
ちなみに俺の席は校庭の見える窓際の真ん中だ。
外を眺めるには悪くない場所である。
担任教師が今日の流れについて説明しているが、ほぼ全ての生徒の注目は桜坂先生に集まっていた。
あからさま過ぎて担任も気付いてはいるだろうが、動じずさらっと流して説明を続ける姿に年季を感じた。
ちょっとした説明が終わり、ホームルームは終了した。
担任の話によると、今日から通常の授業が始まるが、最後の授業だけはホームルームに変更され、委員会等を決めるらしい。
一年の頃は風紀委員であった。
まぁこれは推薦で入った特待生だから、という理由で当時の担任から半ば強制されて入っただけであったが。
ちなみに生徒会にも誘われたがバイトを理由にして断った。
俺の家庭事情は知られていた為、ここは強くは言われなかった。
今年はもっと楽な委員会に入りたい、と思いつつ鞄から本を取り出す。
挟んでいたしおりを持って開く。
いざ読書を……というところで、前の男子生徒がこちらを振り返った。
思わず目を合わせてしまう。
無視して読むか、と思い立った時にはツンツン頭の男子が口を開いていた。
「よぉ、俺は山田ってんだ。宜しくな!」
そう言って少年のような笑顔で拳を突き出してきた。
「……燕昇司だ、宜しく頼む。」
一瞬何の儀式だと困惑したが、これで良いのだろうかと拳をコツンと突き合わせた。
どうやら正解だったらしい。
山田某は満足そうに頷いた。
「珍しい名前だよな!下は何て言うんだ?」
「吾郎だ。」
「お、まじか!俺と似てんな!俺は太郎って言うんだ!」
山田太郎。
お前こそ逆に珍しい名前だと思う。
「燕昇司は何か部活とかやってんのか?」
結構グイグイ来るな。
どうやら読書の時間はないらしい。
「いや、部活には入っていないな。」
「そうなのか。何か見た感じ結構体格良さそうだから、何か運動系の部活でもしてんのかと思った。」
「あぁ…昔から空手をしているんだ。とは言っても、今はあまり道場にも行っていないが。」
「空手か!カッコイイな!どんなのだ?」
「どんなのと言われても……」
未経験者にフルコンタクトやら伝統派やら言ってもわからんだろう。
なんとかわかりやすく伝えようとする。
「まぁ空手の中では割と過激な部類だと思う………素手で殴ったり蹴ったりするようなの、テレビで見たことあるか?」
「あ、知ってるぞそれ!確か去年の冬にテレビで見た!世界大会かなんかで、めちゃくちゃでけぇ規模だなって思ったんだ。」
「おそらくそれで間違いない。」
むしろ出場していた。
「ちらっと見ただけだけど、すげぇよな!防具もなしによくやれるよな!」
山田は感心した様子で目をキラキラ輝かせている。
彼は実直で素直な人間のようだ。
悪い奴じゃないな、と、思いつつ雑談を続ける。
山田はバスケ部に所属しており、一年の頃からレギュラーを張っていたそうだ。
俺はそれを聞いて驚いた。
この高校は進学校だが部活動にもかなり力を入れており、多くの部活が大会等で結果を残している。
中でもバスケ部は去年、全国大会で準決勝まで進んでいたはずだ。
名前に見合わず才能のあるスポーツマンなのだろう。
名前に見合わず。
授業終了。
今日は桜坂先生の科目である古文の授業は無かった。
呪いをかけられたのかと疑うくらいに、今日は読書ができなかった。
授業と授業の合間の時間に、必ず誰かから話しかけられてしまったのだ。
具体的には俺の前方の山田を筆頭に、左方の田中さん、後方の鈴木の三人が交互に、あるいは徒党を組んで話しかけてきた。
かいつまんで紹介しよう。
俺の左隣に座るのが田中花子さん。
黒髪を三つ編みにした穏やかな女子生徒。
印象としてはいかにもな文系で所属する部活も文芸部。
ただ普通と違うところは、学生の身にして小説を書き、既に幾つかの文学賞にノミネートされた事もある才女だという事だ。
後方に座るのは佐藤健太。
山田とは小学生の頃からの友達で、同じくバスケ部に所属しており、そして同じくレギュラーだ。
山田は身長はやや低めでがっちりした体型だが、佐藤は身長が高くて細身である。
やや天然の気があるようで、話し方もどこかのんびりしている。
バスケのポジション的には、山田がスモールフォワードで佐藤がシューティングガード。
共に得点の要になるポジションである。
小学生の頃からやっているだけあり、コンビネーションも抜群。
デコボココンビ扱いされる事も多く、二人合わせて"健太郎"と呼ばれる事があるらしい。
これらは山田と佐藤と話している時に会話に参加してきた普通のバスケ部員君に聞いた話だ。
身長的には不利な山田だが、その身長からは想像できない程のフィジカルを持ち、またスピードとジャンプ力にも定評があるのだとか。
佐藤は瞬発的なスピードに優れ、緩急をつけた動きや相手の警戒を緩めるのが絶妙に上手いらしい。
それらの技術を使ってマークを外し、外角からシュートを狙うのが常套手段だとバスケ部員君が言っていた。
名前詐欺すぎる三人に囲まれている特殊すぎる状況に戸惑うが、退屈はしなさそうだと前向きに考える事にした。
昼休みも三人に囲まれて弁当を食べてしまった。
話している内に田中さんも山田と佐藤に馴染んだようだった。
人見知りしそうに見えるが、初対面の俺に突然話しかけてきたり、意外にコミュ力は高そうである。
どの委員会に入りたいか、という話を三人でしていると、ガラガラと音を立てて担任が中へ入ってきた。
後ろには今朝同様に桜坂先生の姿もある。
担任は教卓に立つと、いまいち気合の入らない声で全員に着席を促した。
全員が座ったところで早速本題に入る。
早く終わらせようぜという意思が丸見えであった。
「んじゃ、朝に説明した通り、所属する委員会を決めるぞ。まずは早速司会をしてもらう学級委員から………」
委員会決めは滞りなく進んだ。
いや、強いて言えば風紀委員を決める時だけ希望者が多すぎて騒がしかったが、結局はじゃんけんで決まった。
希望者が多かった理由は、桜坂先生が見習いとして風紀委員会の先生になったと担任が口にした為である。
風紀委員は面倒な印象がある為に希望者が出にくい。
手っ取り早く決める為の担任の策だったのだろうが、返って面倒になってしまったのは桜坂先生の人気故だろう。
ちなみに俺は立候補しなかった。
去年は風紀委員でペアになった先輩からコキ使われまくった。
今年はもっとゆっくりできる委員会が良かったからだ。
立候補する素振りも見せない俺を桜坂先生が睨んでいたような気もするがおそらく勘違いだ。
………ハルさん、想像以上にポンコツだな。
俺が細心の注意を払うべきか。
関係を続けた事を軽く後悔した。
結局、俺は図書委員になった。
山田は体育委員、佐藤は飼育委員、田中さんは図書委員だ。
俺は田中さんが図書委員に立候補した瞬間、それに便乗して手を上げた。
他にも立候補者はいたが、図書委員は所属人数が多く設定されている為、あぶれる者はいなかった。
早めにホームルームは終わったが、一応は授業時間内。
放課になる訳でもなく、自習という名の自由時間になった。
すぐに数人の生徒に囲まれる桜坂先生を尻目に、俺は田中さんと話していた。
山田と佐藤は今日の部活について話している。
「田中さん、同じ図書委員として、一年間宜しくな。」
「うん、こちらこそ宜しくね。」
にまっと笑う田中さん。
「ちなみに、田中さんは去年も図書委員だったりするのか?」
「うん、そうだよ。」
「図書委員ってどんな事するんだ?何となくはわかるけど……」
「うーん、たぶんほとんど想像通りだと思うけど?ローテーションで昼休みや放課後に貸し出しの受付したり、司書の先生の手伝いをしたり、そんな感じ。」
「ローテーションってのは大体どれくらいで回ってくるんだ?」
「月に二回くらいだね。」
ならバイト的にも問題ないな。
「燕昇司君って結構本読むの?…あっ、そういえば休み時間も読もうとしてたね。」
おい、気付いてたのかよ。
「まぁ、暇潰しに読む事は結構あるな。」
「ジャンルは?」
「純文学。」
「……渋いね。」
「そうか?……田中さんは?」
「私はミステリーが好きかな。クリスティとか。」
「意外だな。」
あと田中さんも十分渋いと思う。
「そう?」
いや、よく考えたら意外でもないかもしれない。
穏やかそうに見えて好奇心の強い彼女が謎解きをするのは似合っているような気もする。
だが今更撤回するのも何か違う気がして、まぁなんとなく、とか言って流した。
その日の夜、約束通りにうちに来た海汐先輩と遊んだ。
今は海汐先輩が汗を流す為にシャワーを浴びている。
一緒に行くとまた悪戯したくなりそうだった為、彼女に先を譲った。
リビングのソファで寛いでいると、スマホが振動して着信を知らせた。
緩慢な動きでスマホを手に取る。
液晶画面には『ハルさん』と表示されていた。
名前詐欺三人衆は結構お気に入りです。




