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立ち合い騒動の終わり

「両者、構え……」


「……すぅ………ふぅ………」


正面に立つ石見の気配が変わった。

同じ構えでも先程までとはまるで違う。

余計なところに力が入らず、自然体であるかのように見えた。

それでいて鋭く睨むその視線は氷のように冷静で、感情に揺らぎがない。


「……始め!!」


号令と同時に石見が踏み込む。

残された時間は半分を切った。

石見は自ら攻めるしかないのだ。


「はぁっ!ふっ!」


気合の発生と共に連攻が繰り出される。

この展開は予想していた為、俺も余裕を持って捌くが、石見のスピードは格段に上がっていた。

素早く修正して捌いていく。

隙を見てカウンターを入れようとするが失敗。

伝統派は瞬間的なスピードに優れる反面、連攻の終わりに隙ができやすいのだが、石見は上手く警戒しつつ瞬時に下がっている。


下がる瞬間に追い詰めても良いのだが、下手をすれば後の後を取られかねない。

それほど今の石見は研ぎ澄まされていた。


だが攻められっぱなしという訳にもいかない。

石見の動きを阻害し、隙を作るように細かい軽打を入れていく。

しかしそう簡単に引っかかってもくれないようだ。


今くらいのスピードならまだ捌ける。

油断しなければこのまま時間いっぱいまで膠着させる事も不可能ではないだろう。

だが俺としても久々の真剣勝負を、そんなつまらない決着にしたくは無かった。

この状態の石見に攻め入るのはリスキーだが、俺は湧き出る好奇心を抑えられなくなっていた。


俺の攻撃を石見がどう捌くのか。

どう反撃してくるのか。

それが見たくなった。

自然と口角が上がっていく。

石見が怪訝な顔をした。


「すぅ………ふっ!」


呼吸を整えて一拍。

俺は鋭く踏み込んで順突きを放つ。

石見は冷静に捌こうとするが、その捌きすら貫く程の直突きであると感じるやいなや、重心の移動で上手く避けた。


「はっ!しゃぁ!」


送り足と同時の追い突き、中段前蹴り、上段鉤突き、足刀蹴り……手足を使ってのコンビネーションで攻め立てるが、後退しながら全て捌かれる。


更に、上段を狙った右足刀を石見が横に転身して回避した。

足刀蹴りを横に避けられ、大きな隙ができる。

石見は間違いなくここで攻めてくるだろうと直感した俺は、強引に体勢を戻しつつ、その勢いを使って裏拳を放った。


仮に石見が上段を狙って攻撃、あるいは中段に蹴りを放ってきていたら、この裏拳で仕留められなくとも防御や相打ちはできただろう。

だが、石見は俺の予想を超えた動きをした。



「せいっ!!」


裏拳を放ちつつ振り向いたそこに石見の姿は無く、俺の胴が軽快な音を鳴らす。


「有効!!」


藤吾先輩の号令。

事態を把握した俺は心中で舌打ちをした。


「中段突きか……」


思わず独り言を呟く。

石見は、サイドに回ってすぐに腰を深く落とし、中段突きを放っていた。

普通なら上段を狙うのが最速であり常套手段なのだが、彼は俺が何かしらの手段で反撃してくるのを予感していたのだろう。

見事にしてやられたな。


ワイドスタンドで深く構えての中段突きは、フルコンでは見られないものだ。

伝統派の知識や経験の浅い俺の弱点を上手く突いた攻撃であった。

石見はこの戦いの中で確かな成長を見せた。

その事実が、俺の心に眠るなにかを刺激した。

フツフツと湧き上がる衝動を抑えようとしつつ、石見の正面に立って構える。

次だ、次で決める。




早く。


「時間は1分を切っている…両者、悔いのないように。」


早く。


「よし、構え………」


早く。


「………始めっ!!」


号令の同時、俺は全力で踏み出した。

正面の石見も踏み込んできている。

両者が前に出た事で、間合いはあっという間に接着した。


「せりゃっ!!」


石見が鋭い突きを放つ。

俺はそれを捌きつつ、更に間合いを潰していく。

この間合いで戦い続けるのは伝統派にはきついだろう。

かといって俺にとって有利な間合いかというとそうでもない。

瞬間的なスピードは石見に分がある為、無理にインファイトに持ち込めば隙を突かれる可能性は十分にあるからだ。


互いにとって都合の悪い間合い。

石見は即座に下がろうとするが、俺はただ下がらせはしなかった。

強引に攻め込めば先程と同じ事になるだろう。

だが俺がしたのは、攻撃ではなかった。


「…ふっ」


「なっ!?」


下がろうとする石見を、ただ押し込んだのだ。

伝統派の試合でここまで露骨に押される事はないだろう。

流石の足腰で踏み堪えた石見だが、バランスを崩すのは仕方のない事だった。


俺は更に踏み込んで回し蹴りのフォームに入る。

狙いは下段。

最もスピーディーに入れられる箇所だ。


「くっ!」


体勢を立て直そうとするが間に合わない。

だが石見はここでもまた予想を超えてきた。

不安定なまま片足を上げて、下段蹴り(ローキック)をカットしようとしたのだ。

咄嗟にしては見事な反応と判断。


しかし、俺の真の狙いは別にあった。


「しっ!!」


鋭く切り込んだ下段蹴りは、体幹と腰の操作によって、波のようにうねる軌道を辿った。

カットされる直前に軌道を変えた蹴りは、無警戒だった石見の首筋に、しなるように叩き込まれた。


「がっ!」


抵抗できず倒れ込む石見。

藤吾先輩が即座に声を上げた。


「一本!!そこまで!!」


周囲で感嘆と驚愕の声が轟く。


「す、す、す、凄い……凄い凄い!!」


「うぉっほほー!さっすが吾郎兄ぃ!!ちょーかっこいい!!」


和葉先輩と陽奈の声が聞こえる。

そういえば試合中もワーワー言っていたが聞いてなかったな。

それだけ俺も集中していたという事か。





「大丈夫か、石見?」


「押忍………」


藤吾先輩が石見の様子を見ている。

マネージャーが救護箱と氷を持ってきた。

袋入りの氷を首に当てながら、石見が上体を起こす。


「急に起き上がると危ない。まだ寝ていた方が良いよ。」


藤吾先輩の心配の声に、石見は首を振った。


「いえ、大丈夫です。打たれた瞬間はクラクラしましたが、もう平気です。……燕昇司先輩が手加減してくれたので。」


「手加減?……あの状態で?」


藤吾先輩が目を丸くして俺を見上げた。

石見が悔しそうに眉をひそめて頷く。


「あの瞬間、巻き込まれるような力がギリギリのところで抜けました。あのまま刈り取られていたら、たぶん意識を失っていたと思います。」


「………君を傷付けるつもりはなかった。」


「……負けた上に情けをかけられるなんて……結局、足元にも及びませんでした。」


「それは違うぞ、石見。」


俺の言葉に石見が顔を上げる。


「情けをかけたのは否定しない。だがそれは互いの競技経験の差を考えれば仕方のない事だ。君は相手に勝つ事を考えてきたかもしれないが、俺は敵を打ち倒す事を考えてきた。」


「はぁ……」


石見は怪訝そうな顔をしている。


「だから情けをかけたのは確かだ。だが、足元にも及ばなかったとは謙遜し過ぎだな。最後のあれは完全にフルコンでの戦い方だった。俺はあれを出すつもりはなかった。」


「そう…なんですか?」


「あぁ、最初の方は君の意識や感情を利用して隙を突いていた。それは君にもわかっただろう。」


少なくとも最初の三本に関しては、技というよりも試合運びの妙で取ったような感じだ。

技の技術ではなく試合の技術である。


「それは……はい。」


石見も精神的に揺さぶられた自覚はあったようで、素直に頷いた。



「だが、君がフルコン経験者の俺の弱点を上手く突き、伝統派の技で取ってみせた。」


有効であろうとも一本は一本だ。

たとえ1ポイントでも、彼は格上の俺から取ってみせたのだ。


「だから俺も俺のやり方で勝つ事にした。君はあの瞬間、確かに俺の全力を引き出したんだ。……自分で言うのもなんだが、俺が全力を出す相手はそう多くはない。」


「……でも、あの時の俺は……何というか、違いました。」


石見が俯く。


「心が異常に落ち着いて感覚が冴えるような感じか?」


俺が問いかけると、石見ははっとしたように顔を上げた。


「そ、そうです。そんな感じでした。」


いわゆる『ゾーン』と呼ばれる状態だろう。

入ろうとして入れるものではない。

そもそも、その状態に入れる事だけでも特別なのだ。

選ばれし者しか許されない領域。

偶然とはいえ、彼はそこに足を踏み入れた。


「石見、君には確かに才能がある。その片鱗を俺は見た。だから全力を出したんだ。それは偶然かもしれないが、決して嘘ではない。」


「………はい。」


俺の気持ちは伝わっただろうか。

石見は真剣な表情で頷いた。

座る彼に手を差し伸べる。


「良い戦いだった。久し振りに熱くなれた。」


「こちらこそ、勉強になりました。ありがとうございます!」


石見は俺の手を取り立ち上がり、勢いよく頭を下げた。







「いやー、やっぱ吾郎兄ぃは凄いねぇ!」


部活終わりの帰り道、俺は陽奈と2人並んで歩いていた。

陽奈は俺の横でスキップしながら楽しそうに笑っている。


「石見が思いの外強かったから、ちょっと熱くなっちまった。」


「久し振りにあんな吾郎兄ぃ見れたから、陽奈は楽しかったよ?」


「そうか。」


サラサラの髪を撫でると、にゅふふ気持ち悪い笑みを浮かべる。


「イワミンもすっかり吾郎兄ぃを尊敬しちゃって、キラキラの目で見てたもんねー!」


イワミンって……


「まぁ……真面目で良い奴だな。」


いつかその想いが和葉先輩に伝わると良いが。

俺が応援しても石見は嬉しくないだろうから直接は言わない。

心の中で新しくできた後輩を応援するとしよう。


そんな事を考えながら、暗くなりつつある空を眺める。



「あ……買い物、行けなかったな。」


まぁ別に良いけど。


「お買い物?」


陽奈が首を傾げた。


「明日は休みだし、折角だから夕飯は凝ったものでも作ろうと思ってたんだが……やっぱり今日は良いや。」


「え、食べたい!吾郎兄ぃのご飯食べたい!」


「いや、だから時間もないし、今日は適当なもので済ませるさ。」


「でも作るんだよね?」


「ん、まぁな。」


家にあるもので何かしら作ろうとは思っているが。


「なら食べたい!」


結局なんでも良いんだな。


「俺は別に良いけど……陽乃さんにちゃんと言っとけよ?」


「1回帰るから大丈夫!」


「……なんで帰るんだ?」


荷物置く為か?

まさかわざわざ着替えるとか?



「着替え取りに行かなくちゃ!!」


「何で泊まる気満々なんだよ。飯の事しか話してなかっただろう。」


「えぇ……駄目ぇ?」


甘えるような上目遣い。

素でやってるからタチが悪い。

見慣れた甘える仕草に溜息をつきつつ、苦笑した。


「陽乃さんが良いって言ったらな。」


「やった!ありがと吾郎兄ぃ!!」


ぴょんぴょん跳ねて喜びを表現する陽奈。


「じゃあ、今日は一緒に寝ようね!」


「またか?」


「良いでしょ!」


「……たまには別々に寝ないか?」


「いっぱいしていいから!」


「いや、今日疲れてるから。」


「えぇ!?」


「何でそんな驚いてんだよ……まさか、その時期か?」


「うぅ……吾郎兄ぃ……」


潤むなよ。


「………気が向いたらな。」


「うっ………はっ、そうか!」


寂しそうな顔をした陽奈が、何かを思いついたように顔を上げた。



「つまり、そういう気になるように誘惑しろってことだね!?」


「アホ」


真剣な顔でアホな事を言う陽奈の頭に手刀を落とした。

いっぱいしていいから!(意味深)

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― 新着の感想 ―
[一言] な…ない!?次の話が……ないっ!?!?
[良い点] やっぱりいっぱいするんですね?(意味深
[一言] いっぱいするんですか?(真顔)
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