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青い嫉妬と立ち合い騒動

俺を睨みながら石見は近寄ってきて、口を開いた。


「……空手部1年の石見です。」


唐突な自己紹介。

だがされたら返すのが礼儀だ。


「2年の燕昇司だ。俺に何か?」


「燕昇司先輩、ですね。……冴木先輩とどういうご関係ですか?」


「え?」


冴木先輩って……流れ的に和葉先輩の方だよな。


「どういう関係って……今日知り合ったばかりだが?」


「……本当に?」


疑いの眼差し。


「本当だよ石見。僕も和葉も、吾郎くんに会ったのは今日が初めてさ。まぁ、以前から知ってはいたんだけどね。」


「………?」


藤吾先輩のフォローに石見が首を傾げる。

まぁこれだけ聞いても意味はわかんないよな。


「吾郎くんがフルコンの経験者だっていうのはさっき言ったよね。彼は世界的に有名な大会にも出ていたような選手で、僕も和葉も彼の試合を何度も見ていたんだ。つまり、僕らは吾郎くんのファンって事さ。」


「ファン…ですか。」


「僕もそうだけど、和葉にとって吾郎くんは……憧れの存在ってところかな。」


「そんな大したものじゃないです。」


おちょくるような言葉を反射的に否定する。


「冴木先輩の…憧れ………この人が……?」


石見がまたもや強い視線を俺に向ける。

嫉妬心というか敵愾心というか……。

まぁここまでくれば流石にわかる。

石見は和葉先輩に憧れているか、もしかしたら惚れているのだろう。



「そんな訳で、和葉は彼の組手を見てみたいのさ。だからあんなに興奮してたんだよ。」


「よ、余計なお世話よ。…別に興奮してないし。」


和葉先輩がそっぽを向いた。

いや、普通に興奮してましたよ。


「なるほど……そういう事ですか。」


石見が顎に手をやる。

どうでも良いがよく見ると彼もなかなかイケメンだな。


「ということで、どうかな吾郎くん?組手、してみない?」


「……いや、やっぱりやめときますよ。すぐに慣れるとも思えないし、迷惑がかかります。」


「そうかなぁ……君ならすぐにものにしそうだけど。」


「うぅ……」


「吾郎兄ぃ……」


残念そうな雰囲気。

勘弁してくれ。


「……燕昇司先輩。」


「ん?」


石見が再度話しかけてきた。

彼は拳を強く握りしめて鋭い眼光で俺を見ていた。



「俺と立ち会ってもらえませんか?どうしても、先輩と戦いたいんです。」


一人の男としての挑戦、とでも言おうか。

ちょっとした誘いどころじゃない。

彼の気持ちがわかるだけに、これは断り辛いぞ。


「ん、いや……」


俺が言い淀んでいると、彼は深々と頭を下げた。


「お願いします。どうか!」


彼の後ろで和葉先輩は目を丸くし、陽奈はぽけーっと惚けていた。

そして、藤吾先輩は全てを察したようににこにこ笑っている。


面倒な事になった、と溜息を零す。



「はぁ………わかった、やろう。」






「ルールはポイント制。技と箇所によってポイントは変動する。試合時間は3分。時間内に8ポイント差をつけた者の勝利。寸止めの必要はないけど、過度な強撃は控えるように。何か質問は?」


向かい合う俺と石見の間に立つ藤吾先輩が、俺の方を見て言った。

このルールは伝統派のものをライトコンタクト風にした変則式だ。

胴と面、グローブを着用して攻撃を当てはするが、大本は伝統派のルールに則っている。


これでは有利すぎると石見は抗議したが、俺が立ち会う条件として譲らなかったのだ。

藤吾先輩曰く石見はかろうじて全国区の実力者に入るくらいのレベルらしい。

正直、俺と石見の間には身体的にも技術的にも隔絶した差がある。

これは自信でも自惚れでもなく、純然たる事実だ。


仮にフルコン形式で戦ったのなら、石見の身体を壊してしまう可能性が多分にあった。

藤吾先輩もそう思ったのであろう、石見の説得に回ってくれた。

先程の"過度の強撃は控えるように"とは、俺への言葉であった。

本気で上段回し蹴りを振り抜こうものなら、防具越しであっても石見の身体に深刻なダメージを与えてしまうからだ。

元より、俺にそんなつもりはなかった。


しかし、露骨に手加減すれば石見のプライドを更に傷付ける事になってしまうし、遅れを取ることになれば陽奈や和葉先輩の期待を裏切ってしまう。

学生レベルとはいえ、石見も決して弱い訳ではないのだ。


頭の中で試合の運びをイメージする。

無駄に痛めつけるつもりもない。

互いに向き合って構えた時には、既に決着までの流れができつつあった。




「両者、構え………」


石見が左前半身で腰を深く落とす。

伝統派らしいワイドスタンドだ。

俺もいつもよりやや足幅を広く取り、深めに構えた。

藤吾先輩がそれを確認し、号令を下す。


「……始めっ!!」


試合開始。

本来であれば互いに出方を伺うのがセオリー。

だが、俺は号令と共に素早く前方に踏み込んだ。

面越しに石見の顔が強張るのが見える。


しかし彼も全国区。

咄嗟に反応して迎撃しようとするが、彼の直突きを避けるように身を反転させた。

石見の右こめかみの辺りに後ろ回し蹴りが当たる。

彼の頭を吹き飛ばす訳にもいかず、振り抜くことはしなかったが、それでも回転の勢いと俺の体重が乗った蹴りはそれなりの威力だったのだろう。

石見が膝から崩れ落ちた。


「一本!!」


藤吾先輩の声が響く。

そして石見に歩み寄る。

彼に手を貸そうとするが、石見は一人で立ち上がった。

多少フラフラしているが、それほど残るダメージもないだろう。

続行は可能なはずだ。


「いまのは…一体……」


石見が悔しそうに顔を歪めて俺を見る。

開始直後の一本(3ポイント)だ。

その優位性ははっきりしている。


伝統派において後ろ回し蹴りなど見る機会はほぼないだろう。

開始直後の踏み込みも含めて、彼の常識から逸脱した攻撃だった。

計画通りに初撃が通り、俺は次の一本に意識を向ける。

まだ油断はできない。




「構え……始めっ!!」


再びの号令。

俺はまた素早く踏み込む。

二度目もくるかと慌てた様子を見せた石見だが、先程より早く反応している。

だが俺は石見の間合いに入る直前で踏み込みを止めた。


石見の体が一瞬硬直するのを見た瞬間、俺は更に深く踏み込んで逆突きを放つ。

送り足を利用した追い突きである。

石見が咄嗟に手で捌こうとするが、彼の心の空白をついた攻撃だった為、捌きに技が伴っていない。

手の隙間を貫くように俺の右拳が面に突き立った。

撃ち抜く瞬間、即座に引き戻す。

寸止めのような形であるが、多少の衝撃は伝わっている。

石見の上半身が後ろにそる。

ドタバタと後退はするものの、かろうじて転倒はしなかった。


「有効!!」


藤吾先輩の号令で有効(1ポイント)が追加される。

これで俺は4ポイント獲得だ。

突きは基本的に有効にしかならない。

高ポイントを取るには、蹴りが重要なのだ。



「石見、続けるか?」


「勿論です!」


藤吾先輩の心配の声に、石見が闘志剥き出しの瞳で応える。

そして再び構えを取り、俺の一挙手一投足を注意深く見据えた。

俺も無言で構えを取る。




「始めっ!!」


三度目の開始号令。

またもやすぐに踏み込む素振りを見せるが、石見が動揺を見せなかった為、すぐに中止する。

いつでも動けるように重心を一定に保つ俺の周りを、伝統派らしい独特なステップを踏みながら石見が周回する。

攻める隙を探しているのだろう。

わざと隙を見せるが、警戒してすぐに飛び込んでは来ない。


石見が時折り間合いを測る為の、あるいは隙を作る為の軽打を放つが、俺は捌きに徹する。

先程までと打って変わって守りに入った俺に対して、石見の感情が揺れ動くのが手に取るようにわかった。

ただ隙を見せたのでは攻め込んではくれないだろう。

時間が経てば無理に入ってきてくれる可能性もあったが、そこまで時間を使うつもりもなかった。


石見がフェイントを交えた軽打を放つ。

フェイントに対してやや大きめに反応した俺は、素早く下がる振りをした。

その隙を縫って大きく踏み込んでくる石見の攻撃を待ち受けていた俺は、余裕を持って捌いていく。

入ると思われた攻撃を全て防がれた石見が目を見開き、間合いが潰れている事に気付いて瞬時に下がろうとする。

その反応速度は流石だが、既に俺の罠にかかっている事に、彼はまだ気付いていなかった。


下がろうとする石見の足に絡まるように差し出された俺の足が、彼の足を勢いよく掬い上げた。

転んだ相手に下段突きを入れようと考えていた俺だが、ここで石見が予想外の反応を見せる。

なんと、簡単に転倒するだろうと思っていた彼が、たたらを踏みながらもなんとか耐えたのだ。


心中でやや驚く。

彼の足腰は思いの外強かったようだ。

だが予想が一つ外れただけで惑う事はない。

予想外ではあっても想定外ではないのだ。


踏み堪えたとはいっても石見の体勢は大きく崩れている。

急いで立て直そうとする彼の胴に、刻み蹴りを叩き込んだ。

彼の胴が軽快な音をたてる。


「技あり!!」


技ありで2ポイント追加。

これで計6ポイントだ。


計画通りなら次で決まる。

だが既に石見は予想以上の動きを見せた。

油断してはいけない。

諦めた様子もなく、鋭く睨んでいる石見を見て、俺は心を引き締めた。

次で空手部編は終わる……はず。

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