アホ猿に送るアイアンクロー
すぐに終わらせるはずだった空手部見学が何故かまだ終わらない………
「はっ!」
「せいっ!!」
「せりゃ!!」
広い道場に空手部員達の声が響き渡る。
俺は道場の隅で用意されたパイプ椅子に座っていた。
何故か道着を着せられて。
「動きが鋭くて速いな……流石は伝統派。」
形稽古を見ながら呟く。
現在、1.2年生は数人ずつの組で団体演武の練習をしており、冴木先輩達3年生がその指導に当たっていた。
ちなみに指導者である顧問の先生は今日は来れないそうだ。
陽奈も1年女子2人と組み、形稽古に励んでいる。
能天気な陽奈がこの時ばかりは真剣な表情をしていた。
ちなみに形稽古の前は基本の突き蹴りの練習や2人1組での技の練習などをした。
陽奈と冴木先輩達の悪ノリで道着を着せられた俺まで参加した。
見ているだけで良いと言ったんだが。
まぁ、身体を動かすのは嫌いじゃないし、興味もあったから学ぶのは楽しかったけどな。
練習風景を興味深く眺めていると、道場の扉が開かれて2人の男子生徒が入ってきた。
「押忍!遅れてすみません!」
「押忍!」
「あぁ、石見達か。委員会だったんだろ。気にしなくて良いから早く着替えてきな。」
「「押忍!」」
どうやら委員会で遅れた部員のようだ。
2人はバタバタと部室へ向かった。
道着に着替えて練習に参加するのだろう。
「さて……おや、もうこんな時間か。」
2人に指示を出した藤吾先輩が壁に掛かった時計を見た。
「一度休憩に入ろうか。最後は組手の稽古をするから、あまり身体を冷やさないようにね。」
『押忍!!』
藤吾先輩の指示に部員達が一斉に返事をする。
口調は柔らかいのに、不思議と有無を言わせぬ力を持っている。
どことなく西小路先輩に通ずるものを感じた。
「吾郎兄ぃ!」
暫しの休憩に入った途端、陽奈が飛び跳ねるように寄ってきた。
「陽奈、お疲れさん。」
「ありがと!ねぇねぇ、陽奈どうだった!?」
キラキラと目を輝かせている。
どうだった、とは抽象的だが、ようするに褒めてもらいたいのだろう。
俺は苦笑しつつ頭を撫でた。
「技のキレも身体のバランスも悪くなかった。成長したな。」
陽奈は瞬時のスピードと細かな動きに優れる反面、全体のバランスを保つ事を苦手するところがあった。
過去、それを指摘した上で体幹トレーニングなどを一緒にやっていた事がある。
俺なりに陽奈の動きを研究した上での指摘であり、陽奈は一言も文句を言わずに拙い指導に則ってくれた。
「うっほほーい!吾郎兄ぃに褒められちったー!!」
猿のように跳ねる陽奈。
冴木先輩を始めとする部員達が暖かい視線を向けていた。
何故か俺が恥ずかしくなる。
褒めるだけじゃ陽奈の為にもならんという建前で、照れ隠しに指摘をする。
「まぁでも、陽奈の連攻を活かす為には、下半身の強化は必須だがな。たまに重心が上がっている時があるぞ。」
「ぷぇーい、吾郎兄ぃってば厳しーい……」
「陽奈の為を思って言ってるんだぞ。もっと強くなりたいんだろ?」
こいつはこれでなかなか向上心の強いところがあるからな。
「はっ、つまりこれは吾郎兄ぃから陽奈への愛の鞭!?」
間違ってはいないのが腹立つな。
「鞭とくれば飴をあげたいところだが、お前には鞭だけで良いかもな。」
「む、鞭だけ!?SMプレイ!?だ、駄目だよ吾郎兄ぃ…そういうのは家に帰ってからだよ……きゃっ!!」
1人で盛り上がってもじもじしながらはしゃいでる。
頭を抱える俺。
「もうお前には鞭すらやらん。」
「ほ、放置プレイですと!?ご、吾郎兄ぃ、いつの間にそんな高等テクを……ごくり…」
うぜぇ。
「ま、まさか2人はいつもそんな事を…!?」
「へぇ、興味深いね。」
そんな声が聞こえて振り返ると、和葉先輩が驚きすぎて白目を向いていた。
その後ろで藤吾先輩がにこにこ…いや、にやにやしている。
「誤解しないで下さい。陽奈とは何にもありません。」
「酷いよ吾郎兄ぃ!陽奈をこんな身体にしておいて!」
ちょっと黙ってろアホ。
「ただの幼馴染だと思っていたけど、そういう仲だったんだね。」
感心するように頷く藤吾先輩。
いや、感心するとこじゃないだろ。
「言っておきますけど、俺と陽奈は恋人とかじゃないですからね?」
「そうですよ主将!陽奈と吾郎兄ぃは、身体だけの関係です!!」
ざわり。
道場内が騒つく。
「か、か、か、から……からだ………」
和葉先輩が壊れた。
俺は振り返って陽奈の顔面を鷲掴みにする。
「おい陽奈……いつも言っているだろう。発言は時と場合を考えろって……」
陽奈にだけ聞こえるよう声をひそめる。
「はっ!そ、そうだった!2人だけの秘密が……吾郎兄ぃが部活に来てくれて舞い上がっちゃったよ、てへぺろ!」
こいつ……
「残念なのはこの頭だな?よし、覚悟しろ。」
こめかみに当たる指に力を込めてゆく。
ミシミシとめり込む指。
「え、ちょ、吾郎兄ぃ?いたっ、ちょっ、痛い!痛いよ吾郎兄ぃ!潰れちゃう!空っぽの頭潰れちゃうよぉ!だめぇ!!」
空っぽの自覚あんのかよ。
「これに懲りたら俺の言う事は忘れるなよ。知られたら面倒な事になるんだからな。」
「わ、わかった!わかったから!理解把握承諾しました!だからもうだめぇぇぇ!!」
陽奈が泣きそうになったところで解放した。
膝から崩れ落ちる陽奈をよそに、俺は部員達に顔を向ける。
「お騒がせしてすみません。皆さんご存知の通り、こいつはただのアホです。どこかで聞きかじったセリフを言ってみたかっただけでしょう。俺と陽奈はただの幼馴染ですから、誤解しないようお願いします。」
「な、なんだ、そうだったのか……ふぅ………」
正気を取り戻した和葉先輩が胸を撫で下ろした。
他の部員達も納得してくれたようだ。
「ふむ……まぁ、吾郎くんがそう言うなら、そうなのかな。」
藤吾先輩も一応は納得した様子を見せている。
やっぱこの人は油断ならないな。
だがひとまず落ち着いたようで良かった。
帰ってから陽奈には、もう一度よく言い含めておかなければならない。
「……あれ、どうかしたんですか?」
藤吾先輩に近寄りながら男子部員がそう言った。
先程遅れて来た部員だ。
後ろには一緒にいた部員もいる。
後ろにいる彼は見覚えがあった。
陽奈が忘れた弁当を届ける為に陽奈のクラスを探していた際、教えてくれた空手部員君だ。
彼もこちらに気付いたようで、目を丸くした後、ぺこりと頭を下げてきた。
軽く手を上げて挨拶する。
「いや、何でもないよ。休憩中で、ちょっと話してただけさ。」
問いかけた男子部員に、藤吾先輩がそう返した。
男子部員はそれに頷いた後、俺の方を見た。
その視線に気付いた藤吾先輩が俺を紹介する。
「彼は見学者だよ……とは言っても2年生だし、入部を検討してるとかじゃないんだけどね。」
「はぁ…そうですか」
不思議そうに首を傾げている。
まぁ、入部する気もないのに見学ってどういう事だと訝しむ気持ちはよくわかる。
「ねぇねぇ吾郎兄ぃ!組手やる?やる?」
いつの間にか回復していた陽奈が俺の手を取ってぶんぶん振り回す。
子どもかお前は。
「やらん。流石に組手まではできないぞ。ルールも詳しくないし。」
「折角だからやってみたら良いじゃないか。吾郎くんならすぐに上達しそうだけど?」
「藤吾先輩…そこまで練習の邪魔はできませんよ。」
「い、良いじゃない!私も吾郎くんの組手見たいわ!」
「和葉先輩まで……勘弁して下さいよ。」
和葉先輩が身を乗り出して賛同する。
後ろの部員達も和葉先輩に協調するように頷いていた。
序盤の練習で俺が参加する姿を見ていた為、全くの未経験ではない事を彼らは既に知っていた。
「あの、主将……流石に初心者に組手は危険じゃないですか?」
先程の男子部員が懸念を表する。
「石見、彼は初心者じゃないよ。」
「え、でも……」
石見と呼ばれた彼は、俺の腰に巻かれた白帯を見た。
「吾郎くんは実戦空手の経験者なんだよ。それも、世界でもトップクラスの実力者だ。」
「藤吾先輩、大袈裟ですよ。」
昨年の世界大会には確かに出たが、世界大会に全ての実力者が出る訳ではない。
本人の意向であったり何らかの事情があったり、まだ見ぬ強者はいっぱいいるはずなのだ。
だが、いくら謙遜しても認めてくれない人もいる。
「大袈裟なんかじゃないわよ!吾郎くんは本当に強いんだから!!」
「さ、冴木先輩……?」
前のめりに叫ぶ和葉先輩を見て、石見が驚いた顔をしていた。
「吾郎くんは凄いんだから!もっと自信を持たないと!」
「……まぁ、そう言っていただけるのは嬉しいですよ。」
苦笑するしかないぞ。
「さ、冴木先輩、どうしてそんな…?」
石見が信じられないようなものを見る目で和葉先輩に問いかける。
先程までの練習を見る限り、和葉先輩は普段はクールなキャラで通っているようだ。
こうして強く主張する事はあまりないのだろう。
それにしても石見は驚きすぎな気もするが。
「吾郎くんの凄さは、他ならぬ私がよく知ってるわ!!」
鼻息荒くそう言ってのける和葉先輩にはクールさの欠片もない。
「おぉ、大胆だね和葉!」
「えっ………はっ!」
にこにこして煽る藤吾先輩の言葉に、興奮度合いを自覚した和葉先輩が顔を赤くした。
「わ、私ったら…何を……」
「ファイトですよ!副将!」
頭を抱える様子からは、やはりクールさは伺えなかった。
陽奈のエールが飛ぶがおそらく聞こえていない。
その様子を何とも言えない表情で見ていると、強い視線を感じてそちらを見た。
石見が俺を見ている…というか睨んでいる。
首を傾げていると、石見が近寄ってきた。
………俺、何かしたか?
下記、新連載です。
連載作ですが短いです。
全5話でもう最終話まで予約投稿してます。
是非ご一読下さい。
『決別した傲慢な元カノと再会した話』
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