伝統派転向のきっかけ
ちょい短めかな。
「さて、折角仲良くなれたところで申し訳ないけど、もう少ししたら道場に戻らないとね。」
空手部副将である和葉先輩と陽奈と3人で雑談すること10分ほど。
他の空手部員と話していた主将の藤吾先輩がそう言った。
「押忍!」
元気よく陽奈が返事をした。
「休憩中、お邪魔してすみませんでした。練習頑張って下さい。」
「いや、謝る事はないよ。僕も和葉も、吾郎くんに会えて良かったから。」
「そうよ!ご、吾郎くんが気にする事ないわ!」
俺は礼儀として一応頭を下げる。
藤吾先輩と和葉先輩がフォローしてくれた。
和葉先輩はまだたまに吃る事もあるが、だいぶ俺と話すのに慣れてくれたようだった。
「吾郎兄ぃ、呼び止めちゃってごめんなさい。」
陽奈がペコリと頭を下げる。
こういうところは律儀だよな。
「大丈夫だ。特に予定もなかったしな。」
しいて言えば買い物するくらいだが、陽奈達と話していると買い物して凝った料理を作る気も失せてきた。
あるもので適当に作れば良いや、と気まぐれに考えていた。
「それなら良かった!」
ニパッと笑う陽奈の頭を撫でる。
「陽奈も練習頑張れよ。怪我しないようにな。」
「うぇへへー…はーい!」
デレデレと笑う陽奈。
はたから見たらちょっと気持ち悪い。
「だからその笑い方はやめろって……はぁ……」
「吾郎くんと朝霧さんは本当に仲が良いんだね。」
藤吾さんが微笑ましそうに笑っている。
その後ろで和葉先輩が何かを羨むように物欲しげな表情をしていた。
悪いが流石に会ったばかりの女性、しかも先輩を撫でる度胸も理由もないぞ。
「まぁ、幼馴染ですからね。」
「吾郎兄ぃはわたしのヒーローなんです!昔からいつだってわたしを助けてくれたんですから!ね?吾郎兄ぃ!」
陽奈も先輩に対しては一人称を変えるんだよな。
「もうちょっと大人になってくれたら俺も助かるんだがな。」
「もぅ、またそんな事言ってぇ!なんだかんだいっつもちゃんと相談に乗ってくれるんだから……あっ、そういえば、陽奈が伝統派を始めたのも吾郎兄ぃが勧めてくれたからだったね!」
あぁ、そういえば……懐かしいな。
「そんな事もあったな。」
「へぇ、そうなのかい?」
藤吾先輩がこの話に興味を持ったようだ。
和葉先輩も好奇心満々で見つめてくる。
「あれは確か…陽奈が小学校を卒業するくらいだったか?」
「うん!中学で部活をどうしようかって話してたんだよ!」
「朝霧さんは元々フルコン空手をしていたんだったよね?」
「はい!吾郎兄ぃと同じ道場で習ってたんです!中学でも空手は続けるつもりで、でも何かの部活には入りたくて、どうしようかなーって考えていたところに、吾郎兄ぃが部活で空手をする事を勧めてくれたんです!」
「それはどうしてかな?」
和葉先輩が俺を見て言った。
「陽奈にはフルコンは合ってないと思ったからですよ。陽奈は女子の中でも小柄でしたし、中学以降ともなるとフルコンでは耐久力も求められるようになるので……小柄な反面、スピードやテクニックの才能はあったので、それを活かせる伝統派を勧めたんです。」
「なるほどね……そして、見事にその才能を開花させた訳か。」
藤吾先輩が感心するように言った。
「試合の勝ち負けにそこまで固執していなかったならそんなお節介は焼きませんでしたけど……陽奈は負けず嫌いですから。」
「確かに……練習の組手でも負けると悔しそうにしているものね。」
「えへへ…」
和葉先輩の納得した表情に照れる陽奈。
そこは照れるところじゃないぞ。
「しかし、よくそこで伝統派を勧めたね。元々知ってたのかい?」
「まぁ、同じ空手というくらいですから、俺自身興味はありましたし軽く調べた事もあったので。」
「へぇ……」
「吾郎くんは伝統派を習う気はないの?」
和葉先輩が期待を込めた瞳を向けてくる。
だが俺は首を横に振った。
「今はありませんね。空手自体、前ほどやっていませんし。」
「え、そうなの?」
「なんで、勿体ない!」
先輩達が二人して驚いている。
「色々ありまして……世界大会以降、道場には月に1.2回しか通ってないんですよ。」
「そうなのか……」
「やめた訳ではないですけどね。恐らく、試合等にはもう出ないと思います。」
「そうなのね……残念だけど、吾郎くんにも事情があるのでしょうし、仕方ないわよね……」
本当に残念そうな顔をする和葉先輩。
何となく申し訳ないような気持ちが沸いてきた。
かといって改めるつもりもないが。
「………あっ、そうだ。」
藤吾先輩がポンッと手を叩いた。
「吾郎くん、良かったらうちの部活を見学してみないかい?」
柔和な笑みを浮かべる藤吾先輩に、俺は戸惑う。
「えっと……なぜ?」
「伝統派にちょっとでも興味を持ってもらえたらなーって……まぁ、そんなに大した意味もないよ。」
「はぁ………」
本当にそれだけか?
訝しむ俺だが、女子二人から賛同の声が上がった。
「あっ、それ良いわね!」
「うんうん!陽奈、吾郎兄ぃに見てもらいたい!」
「いや、でも……他の部員に迷惑がかかるだろう。」
「大丈夫だよ。うちの部活は見学者を常時歓迎しているから。むしろ、見学者が来ると皆のやる気に繋がるしね。」
「はぁ、そうなんですか。」
言い方は悪いが、目立ちたがりが多いのか?
「急な誘いだけど、もし時間があるなら…これから、どうかな?」
藤吾先輩が俺を伺うように首を傾げる。
和葉先輩と陽奈が期待の眼差しで見つめてきていた。
「んー……」
特に断る理由もないし、陽奈の普段の頑張りを見てみたい気もする。
青く澄んだ空を見上げる。
赤くなるにはまだ時間がかかりそうだった。
「………そうですね、お邪魔したいと思います。」
たまには良いか、と思いつつ俺は頭を下げるのであった。
ここではフルコンと伝統派の対比みたいに書いてますけど、空手はそれ以外にも色々あります。




