元気な野生児とその先輩
西小路先輩と仲直り?した後、先輩と別れた俺は帰路についていた。
昇降口で外靴に履き替え、校門へ向かう。
広いグラウンドで汗水流してボールを追いかけているサッカー部や、甲高い音を響かせて打球練習をしている野球部を見て、心の中で敬礼した。
列を成して駆けているバレー部女子達の揺れ動く母性を見て心の中で拝む。
その中の一人であるクラスメイトと目が合い、慌てて『頑張ってね』とでも言うように手を振ると、運動部らしい爽やかな笑顔で手を振り返されてしまった。
邪念を持って盗み見ていた自分がちっぽけに思えて落ち込んだのはここだけの話だ。
トボトボと歩き続けていると、やがて校門が見えてきた。
こんな微妙な時間に帰る生徒はあまりおらず、周囲には片手で数える程の人数しかいない。
そのまま校門を潜ろうとすると、遠くから俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
遠くからでもはっきりと聞こえる聞き慣れた声と、特徴的な呼び方。
「吾郎兄ぃー!おーい!吾郎兄ぃー!!」
数歩戻ってそちらを向くと、サラサラの黒髪を揺らしながらこちらへ手を振る陽奈がいた。
一つに結ばれピョコンと飛び出たテールが犬の尻尾のようにブンブンと振られているように幻視してしまう。
空手の道着に黒帯を巻いている。
手を振り返して帰ろうかと思ったのだが、手を振った瞬間に陽奈が満面の笑みで走ってきた為、無視する訳にもいかず俺からも歩み寄る。
「吾郎兄ぃぃぃ!!うぉぉぉぉぉ!!」
少年漫画の決戦が如き雄叫びをあげながら疾走してくる陽奈を見て思わず苦笑してしまう。
どうしてこんな野生児のような子に育ってしまったのか。
物静かな父親とおっとりした母親から何があったらこんな子が産まれてくるのか。
心底不思議である。
「ぬぅぉぉぉ!……どぉうぇっしぇーい!!」
謎の奇声をあげて飛びかかってくる陽奈を、いつものように抱き留める。
いつの日かこれをやめる時が来るのだろうな。
そう考えると少し寂しくなる。
「どぅうぇへへへ……スーハースーハークンカクンカ」
「こら、やめなさい。」
胸に顔を擦り付けて匂いを嗅ぐ陽奈の頭に手刀を落とす。
「あだっ……うぅぅ、痛いよ吾郎兄ぃ」
「はしたないぞ陽奈。年頃の女の子がそんな事をするもんじゃない。」
犬かお前は。
「えぇー!陽奈と吾郎兄ぃの仲だよ!!」
「時と場所を選べと言ってるんだよ。」
「なら家でやる!」
「それなら良し。」
それなら良いんだ。
「こんな時間に吾郎兄ぃに会えるなんて思わなかったよ!」
俺を解放した陽奈が嬉しそうに笑いながらそう言った。
「まぁ、普段ならもう帰ってる時間だし、陽奈はほぼ毎日部活だからな。………ていうか、こんな所にいて良いのか?部活中だろ?」
道着姿を見る。
「走り込み終わって休憩中だから良いの!」
「ほぉ……向こうにいるのは部員達か。」
陽奈が走ってきた方向を見ると、道着を着た数人の男女が呆然とこちらを見ていた。
「うん、そだよ!学校の周り走ってて、さっき帰ってきたの!」
「そうかそうか。頑張ってるな。」
おーよしよしと頭をぐりぐり撫でる。
キャッキャとはしゃぐ陽奈に戻るように促した。
「ほら、そろそろ戻ったらどうだ?皆待ってるぞ。」
「えぇ…もうちょっと…」
不満げな顔。
「休憩中とはいえ部活だろ。あまり部外者と話しているのもどうかと思うぞ。」
「吾郎兄ぃは部外者じゃないよ!」
「いや、部外者だよ。」
「だって吾郎兄ぃも空手やってるじゃん!」
「それは関係ないだろ……。部活に入ってないんだから普通に部外者だよ。あと、俺がやってるのはフルコンだから。伝統派は未経験だから。」
陽奈も元々はフルコンの出なんだし、知ってるだろうに。
「うぅぅ……」
涙目で唸る陽奈の頭を再度撫でる。
せっかく会えたのに除け者にするのが嫌なのかもしれないが、部外者は部外者だ。
あとぶっちゃけそろそろ帰りたい。
スーパーに買い物に行かねばならんのだ。
「それじゃ、俺はそろそろ………」
帰る、と言おうとしたところで、陽奈の後方から空手部員が近寄ってきているのが見えた。
「陽奈、お迎えが来たみたいだぞ。」
「ふぇ?」
集団からこちらへ来たのは二人の男女だった。
「朝霧さん、急に走り出すからビックリしたよ……知り合いかい?」
柔和な笑みを浮かべた糸目のイケメンが俺を見た。
「あっ、主将、副将!押忍、ごめんなさい!」
陽奈がバッと頭を下げた。
こういうところは体育会系である。
それにしても…主将、か。
おそらく男子生徒の方だろうな。
穏やかそうな顔だが、なかなかやりそうである。
「ん、んぅ…?君、どっかで見た顔だなぁ……」
主将の隣にいるボーイッシュな美少女が眉を寄せて俺を見ていた。
「君、私とどっかで会ったことない?」
女生徒の顔を見るが見覚えはない。
「おそらくお会いするのは初めてだと思いますが………2年の燕昇司です。陽奈……朝霧の幼馴染です。」
「私は3年の冴木和葉、よろしくね。それにしても珍しい名前ね。燕昇司……ん?燕昇司………?」
空手部の副将らしい冴木先輩が俺の名を聞いて首を傾げる。
どうかしたのだろうか?
「同じく3年の冴木藤吾だよ。」
「よろしくお願いします………ん、冴木先輩…?」
冴木先輩が二人?
「僕と和葉は双子なんだよ。一応、僕が弟なんだけどね。」
「あぁ、なるほど。」
言われてみれば似ているような気もする。
だがそっくりというレベルではない。
「二人揃って空手部の主将と副将ですか。凄いですね。」
うちの空手部はそれなりに強豪のはずだ。
「そんなに大した事じゃないさ。君に比べればね。」
「ん……?」
どういう事だ?
訝しむ俺を見て、冴木先輩(弟)は細い目を開いた。
「君、あの"燕昇司吾郎"君だよね?まさかこんな所で会えるとは思ってなかったよ。」
爽やかなイケメンの瞳にキラキラとした輝きが見えた。
「あの……とは?」
俺を知っているかのような物言いだが。
「去年の世界大会、何度も動画で観たよ。」
「あぁ……知ってるんですか。」
「僕は伝統派しか経験ないけど、見るのは好きなんだ。」
「主将、吾郎兄ぃのこと知ってたんですね!!」
陽奈までキラキラと目を輝かせている。
「まさか同じ学校にいるとは夢にも思わなかったけどね。」
冴木先輩(弟)はその目に好奇心を覗かせながらも穏やかに笑っている。
「あ、あぁー!!」
冴木先輩(姉)が驚愕の声をあげた。
今度は何だ。
「燕昇司って、あの燕昇司さん!?」
目を大きく開いてあわあわと口を震わせている。
「えっと…まぁ、一応。」
「ま、まさかっ!あの燕昇司さんと会えるなんて……!!」
ボーイッシュな印象に合わぬ戸惑い様である。
「和葉は君の大ファンなんだ。まぁ、僕もなんだけどね。」
冴木先輩(弟)が呆れたように首を振った。
ファンって……え、俺の?
「ファン、ですか………芸能人みたいですね。」
思わぬ反応に苦笑する。
「僕らにとってはある意味芸能人よりも憧れる存在さ。去年の世界大会はもちろん、それ以前のジュニアの全国大会だって、君の試合は何度も繰り返し見てきたんだから。」
「あー……ありがとうございます?」
こういう時、何て言えば良いんだろうか。
俺はただ強くなりたくて努力していただけで、試合では目の前の敵を無傷で倒す事しか考えていなかった。
内容としては地味なものが多かったはずだ。
武道系の雑誌の取材なんかは全て断っていたし、そこまで俺を知っている人がいるなんて思わなかったのだ。
「え、燕昇司さん……燕昇司さんが、目の前に………」
「……あの、大丈夫ですか?」
「ひゃっ!だ、だいじょぶでしゅ!!」
いや、大丈夫じゃねぇだろ。
冴木先輩(姉)は顔を真っ赤にして今にも頭から湯気が出そうだ。
「和葉は本当に君に憧れていてね。部屋には燕昇司君の大会の時の盗撮写真が……」
「セイッ!!」
「うわっ!ちょっ、和葉!?」
「黙れ藤吾!それ以上口を開くな!!」
いや、ちょっと待て。
いま何か不穏な事が………いや、気にするのはやめよう。
藪をつつく必要もあるまい。
「えっと……冴木先輩?」
「ふわぁ!な、何でしょう!?」
「いや、えっと……先輩なんですから、敬語はちょっと……そちらの冴木先輩のように接していただけると助かります。」
「そ、そんな恐れ多い!!」
「えぇ……俺はそんな大した人間じゃないんですけど……」
「そんな事ないです!!常に冷静沈着な姿も、フルコンらしからぬ鋭くて素早い体捌きも、屈強な相手を昏倒させる狙い澄ました攻撃も、全部全部素晴らしいです!!」
「お、おぉ………」
なにこれ、新手のイジメ?
誉め殺しってやつか?
そういうのはセーラ先輩にやってくれ。
俺にされてもただただ気恥ずかしいだけだ。
「まぁまぁ、落ち着いてよ和葉。先輩である僕らがそんな風に接したら、燕昇司君もやりづらいでしょ。」
「うっ、それは……」
「それと、燕昇司君も僕の事は名前で呼んでよ。冴木先輩じゃ、どっちかわからないからさ。」
「なっ!ず、ズルいぞ藤吾!!」
ハッとしたように怒る冴木先輩(姉)。
「なら和葉も名前で呼んでもらいな。そうすれば仲の良い先輩後輩っぽくなれるよ。互いに仲良くなりたくないなら、無理にする必要もないと思うけど。あ、ついでに僕らも燕昇司君を名前で呼んじゃおうか。」
「なにっ!?」
和やかに笑いながら宣う冴木先輩(弟)と驚く冴木先輩(姉)。
この人、意外に策士かもしれないな。
笑みを崩さない先輩を見てそう思った。
こんな言い方をされたら、冴木先輩(姉)は俺に対して普通に接しなければならないし、俺も先輩を名前で呼ばなくてはならない。
「という事で、改めて宜しくね、吾郎くん。」
「はい、宜しくお願いします、藤吾先輩。」
冴木先輩(弟)改め、藤吾先輩と握手する。
そして冴木先輩(姉)改め、和葉先輩を見た。
「えっと、宜しくお願いします…和葉先輩。」
「ひゃいっ!あ、あの……えぇっと……」
「何してるのさ和葉。まさか、吾郎くんと仲良くなりたくないっていうの?」
「なっ!そ、そんな訳ないじゃない!!お近付きになりたいに決まってるでしょ!!」
いや、それは何か意味違くないか?
「なら、気さくに接してみなよ。ほらほら。」
「うっ……ご、ご、ごごごご」
「ゴキブリ?」
「違う!吾郎くん!……はっ!!」
藤吾先輩の茶化しに反応し、反射的に俺の名を呼んだ和葉先輩。
それに気付いて再び顔を赤くし、チラチラとこちらを見上げている。
俺はその様子に苦笑しつつ、彼女に手を差し出した。
「まぁとにかく…これから宜しくお願いしますね、和葉先輩。」
もう一度、改めて挨拶をした。
「あっ、よ、宜しくお願いし……じゃなくて!えっと……よ、宜しく…ね、吾郎くん。」
赤面したままおずおずと俺の手を握り、和葉先輩は嬉しそうに笑った。
フルコン空手と伝統派空手の違いが気になる方は調べていただけると助かります。
簡単に言うとフルコンは実戦意識の強いガチンコで、伝統派は武道色の強い古典的な武術です。
空手といっても別の競技ってくらい技術も教えも違うので、詳しく知りたい方は検索してみて下さい。




