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先生の手伝いなんてしなければ良かったとは言えないが正直言いたい気分

5月の半ば、とある金曜の放課後。

いつもならホームルームが終わり次第すぐに帰宅するかバイトに行くかする俺だが、今日は借りた本の返却をする為に図書室へ行っていた。

返却後、何か気になる本があればまた借りようかと眺め、幾つかを手に取って流し読んだりしていると、いつのまにか1時間が経過していた。

まぁ別に用事もないし良いんだけどな。


「ふぅ……あ、買い物して帰らないとな。明日は一日何もないし、たまには手の込んだ物でも作るか…?」


らしくもない独り言を呟きながら昇降口へ向かう。

俺以外に誰もいない階段を降りていると、下から誰かの足音が聞こえてきた。

すぐに独り言をやめて無言で降りる。

見知らぬ誰かであろうと思っていたのだが、上がってきたのは俺もよく知る人物であった。


「桜坂先生、こんにちは。」


書類が纏められているのであろうファイルを何冊も両手で抱えて上がってきたのは、桜坂先生(ハルさん)であったのだ。

先生はファイルの上からかろうじて見える目をこちらに向け、その目を丸くした。


「あ、あれ…燕昇司君?こ、こんにちは?」


「何で疑問形なんですか。」


「い、いや、まさかこんなところで会うと思ってなかったから………今日は図書委員の当番でもないよね?こんな時間にどうしたの?」


「当番ではないですが、ちょっと図書室へ寄っていたもので………ていうか、何で俺の当番を先生が知っているんです?」


「え、あっ……いや、それは、その………」


荷物を抱えたままふらふらと視線を泳がせる先生。

重そうな荷物まで揺れている。


「べ、別に副担任の立場を利用してわざわざ当番の確認とかしてないよ?た、ただたまたま耳に入っちゃっただけだから………」


わざとやってんのかってくらい分かりやすいんだが。

普段はちゃんと先生やってんのにこういう時ポンコツだな。


「はぁ、そうですか………それ、持ちましょうか。」


「えっ、あぁいやいや!大丈夫だよ!ちょっと待って上がるだけだから!」


「ちなみにどこに持っていくんです?」


「風紀委員の会室だよ。」


「最上階じゃないですか……他に誰もいなかったんですか。」


生徒会室や風紀委員の会室は最上階の6階にある。

今いるのが2階だから、あと4階分その荷物を抱えて上がるという事だ。

無理ではないだろうが、かなりきついだろうに。


「今日は委員会の活動がある訳じゃないから……ただちょっと資料を置いておきたいだけなの。」


「………つまり、今は会室には誰もいないんですね?」


「うん、そうだね………はっ!まさか学校で…!?だ、駄目だよそんなの!それは流石に……で、でも一回くらいなら……いやいや、何言ってるの私!!」


うん、本当に何言ってるんだあんたは。

よし、この話は無視しよう。


「誰もいないならやっぱり手伝いますよ。」


「え、いやでも……」


「先生が目の前で苦労してるのに無視して帰れる訳ないでしょう。良いから下さい。」


半ば強引に、しかし先生がバランスを崩さないよう丁寧に奪い取る。


「う、うん……ありがとうね、燕昇司君。」


先生は頬を染めて恥ずかしそうに礼を言った。


「どういたしまして。さぁ、行きましょう。」




桜坂先生と雑談をしながら階段を上がり、6階に着いた。

風紀委員の会室の前まで行き、先生が鍵を開けるのを待つ。

扉を開いた先生がそのまま押さえてくれている間に、中に入って本棚近くの机にファイルを置いた。


「お疲れ様ー!ありがとね、燕昇司君。すっごく助かっちゃった!」


ぽわーっとした笑顔の先生に俺も自然と微笑む。


「大した事じゃないので、気にしないで下さい。」


「いや、ほんとに助かったよ!あれ結構重かったから………それにしても、よくこの部屋の場所すぐにわかったね?」


「あぁ……俺、去年は風紀委員会でしたから。」


「……あっ、それ誰かに聞いたことある気が……そういえばなんで今年は……?」


「まぁ、色々事情がありまして……今年はもっと自分に使える時間を増やしたかったですし。………それに、先生が風紀委員の担当になってクラスの男子達がこぞって立候補してたじゃないですか。」


「むぅ……だからこそ私は、燕昇司君にも立候補して欲しかったんだけどなぁ……」


子どもっぽく口を尖らせて拗ねてみせる先生に苦笑しつつ、言い返す。


「委員会くらい別でも良いじゃないですか。その気になればいつでも会えるんですし……」


「そ、それは……そうだけど……」


「また今度埋め合わせしますから。」


埋め合わせというには些か遅すぎるが、野暮な事は口にしない。

沈黙は金、だ。


「んぅ……絶対だよ?」


可愛らしい上目遣いと同時に小指を差し出してくる。

これを天然でやるからこの人は恐ろしいのだ。


「はい、絶対です。」


俺も小指を出して先生の小指と結んだ。

大抵の人が子どもの頃に一度はやったであろう例の儀式を終え、指を離した。

ちなみに文言は全て先生が言った。

俺は無言で眺めてただけだ。

これでも約束が成立するのだから、恐ろしい儀式だと思う。




「あっ!」


持ってきたファイルを、書類の内容ごとに分別して棚に並べていると、桜坂先生が突然声を上げた。


「どうしました?」


「思い出した!燕昇司が風紀委員だったって、誰に聞いたか。」


そういえばそんなこと言ってたような……。

少なくとも俺は先生に話した覚えはない。


「へぇ…誰なんです?」



「風紀委員長の西小路(にしこうじ)さんだ!」


思わず動きがぴたりと止まる。


「今年度の委員会が始まってすぐに、二年生の燕昇司君を知りませんかって聞かれたの。」


「そう、ですか。…それで?」


「私が副担任をしているクラスにいるよーって話をして、所属してる委員会を聞かれたから図書委員だって教えてあげたの。」


「………ほぉ。」


「うちのクラスで風紀委員への立候補者が多かったって話をして、でも燕昇司君は立候補もしなかったって言ったの!」


「………なる、ほど。」


先生…余計な事を……


「そしたら何か…不機嫌?ていうか、拗ねたような感じになっちゃって……」


「………はぁ、拗ねた…ですか?」


不機嫌はわかるが、拗ねたというのは想像し難いな。


「うん、そんな感じだったと思うよ。そういえばやけに燕昇司君のこと気にしてたような………まさか、え、燕昇司君、西小路さんと何かあったの?」


さりげなく聞いてますオーラを出しているが気にしてるのが非常にわかりやすかった。


「いえ、別に何かあったという程の事は……ただ、去年俺は風紀委員で西小路先輩とペアを組んでいましたので……」


「あ、そうなんだ……西小路さんと燕昇司君、ペアだったんだね。」


「それで、色々とお世話に……」


世話に……なったのか?

連れ回されたとか巻き込まれたとか引きずり出されたとかが合っているような気もする。


「………?」


先生が首を傾げて俺の言葉を待っている。


「いや、まぁ………お世話になった先輩です。でも、さっきも言ったように、今年はもっと自分の時間が欲しかったですから。」


「んー…確かに風紀委員は他の委員会よりは拘束される事多いかもね。特に西小路さんが委員長になってから。」


「……やっぱりそうですか。」


去年はペアだったから俺を振り回していたが、今年は全員が自分の部下だ。

皆で振り回される分、各自の負担は少ないだろうな。


「まぁ、西小路さんはカリスマ性あるから皆しっかりやってくれてるみたいだよ。」


「カリスマ……そうですね。」


確かに、俺にとっては面倒ごとを持ってくる先輩であったが客観的にはリーダーシップ溢れる才女だ。

それこそ同じ学年の東大路先輩と並ぶくらいに。

だからこそ人がついてくるのだろうと思うが、それが自分一人だけだともはやただの悪夢である。


顔を合わせたら何を言われるかわからない。

やはり風紀委員に関わるのは得策ではないな。

と思いつつもファイルの整理を進め、すぐに終わらせた。



「それじゃ先生、俺はそろそろ帰りますが。」


「あ、なら私も職員室に戻ろうかな。一緒に出よっか!」


「はい。」


二人して会室を出て再び階段へ。

だが階段への曲がり角を曲がったところで、階下から足音。

まさか、今度こそ知らない人間だろうな……と思いながら階段を降りるが、すぐに足を止めた。


階下からやってきて踊り場で立ち止まり、こちらを見上げる綺麗な女性。

美冬さんのような濡羽色の艶のある長髪。

しかし、美冬さんの髪が緩くウェーブがかかっているのに対し、目の前の女性は毛先まで真っ直ぐな黒髪だ。

背中まで伸びるその髪をポニーテールにしている。

意志の強そうな猫目が俺を捉える。

その瞳が大きく開かれた。



「燕昇司……?」


関わらない方が良いと、先程思ったばかりなのにな。

決して嫌いではない。

だが苦い思い出でもある。

俺は若干の気まずさの中、口を開いた。



「お久し振りです、西小路先輩。」



あぁ、早く帰りたい。

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