旅の遊楽と球磨焼酎
「ふぅ……到着。」
「お疲れ様でした、美冬さん。運転ありがとうございました。」
「どういたしまして。さぁ、チェックインして少し休みましょうか。」
美冬さんの言葉に頷きつつ、ホテルのベルマンに荷物を預ける。
今日泊まるのは市内でも一際目立つ豪華なホテルだ。
県内でもトップレベルの景観とお値段だろうと思う。
受付でチェックインをし、エレベーターでかなり上の階層まで上がる。
スタッフに案内された部屋へ入り、俺は感嘆の声を上げた。
「おぉ……凄い部屋ですね……」
広々とした空間にキングサイズのベッド。
大きなL字のゆったりしたソファや木製のお洒落なテーブル。
大きな嵌め殺しの窓からは市内の街並みが見下ろせる。
「素敵な部屋ね。景色も良いし。」
美冬さんがソファへ座り外を眺める。
俺は美冬さんの隣に座り、彼女を抱き寄せぷるんとした唇に優しく口付けをした。
「美冬さん、いつもありがとうございます。」
「気にしないで、吾郎。私が貴方と来たかったんだもの。」
美冬さんは微笑み、口付けを返した。
「美冬さんはいつもそう言ってくれますね。」
「本心だもの。」
「美冬さん……」
微笑む美冬さんがあまりに魅力的で、思わずそのまま押し倒そうとしてしまう。
しかし彼女はゆっくりと首を振った。
「駄目よ。少しゆっくりしたら、また出ないと行けないでしょ?明日には帰るのだし、楽しまないといけないわ。時間は有限なのよ。」
「でも………いえ、そうですね。」
「ちゃんと我慢ができる子で嬉しいわ。………また、夜に…ね?」
妖艶に笑う。
「……わかりました。でも、これくらいは良いですよね。」
隣に座る美冬さんの手を取り、指を絡める。
くっついた細い肩から美冬さんの体温が伝わってきて心地良い。
「そうね、これならゆっくりできるわ。」
俺の肩に頭を預けて目を閉じる。
安らぎの時間は暫し続いた。
空が赤に染まり始める頃。
ホテルで暫し休憩した俺達は再び出立し、車にて西の金峰山方面へ。
そして現在、金峰山の麓にある雲巌禅寺、霊巌洞へ来ていた。
霊巌洞はかの宮本武蔵が『五輪書』を著した場所として有名である。
「何だか不思議な感じのする場所ですね……雰囲気はありますね。」
「そうね……宮本武蔵といえば、彼は生来のお風呂嫌いで、生涯で一度も沐浴をしなかったとも言われているそうよ。」
「そうなんですか?」
風呂に入らないって……臭いそう…というか不清潔だな。
「入浴中に無防備な状態になるのを嫌ったから、というのが理由らしいわ。」
「なるほど、そういうことなら納得はできますね。」
不潔は不潔だがな。
「ちなみに美冬さん。宮本武蔵がかなりの大男だったことは知ってます?」
「身長が180cm近くあったそうね。当時の成人男性の平均身長が160cm弱と言われているから、それが本当なら確かに大男ね。」
「おぉ、流石ですね。」
身長180cmといえば現代でも高い部類に入る。
これを知った時には、平均が今よりずっと低かった時代にそれだけの体格があればそれは強いだろうと思ったものだ。
武術を嗜んでいる身からすると、身長及び体重と武力はある程度比例するというのは決して間違いではない。
大きい=強いのは事実に基づいた結論なのだ。
それを覆すのが技術であったりするのだが、宮本武蔵はその体格に加えて日々の鍛錬をこなしていたらしい。
ならば強いのは当たり前、だろう。
霊巌洞から雲巌禅寺に戻る途中にある五百羅漢。
渕田屋儀平という商人が石工に造らせた石仏群なのだが、何とこれを造るのに24年もの歳月が費やされたらしい。
夕日に照らされた石仏達の表情は驚くほどに一つ一つが違っている。
霊巌洞も雰囲気はあったが、初見のインパクトは五百羅漢の方が上だった。
「これだけあれば自分に似た顔の石仏とかありそうですよね。」
「実際、この石仏の中には誰でも身内にそっくりなものを見つける事ができるらしいわよ。」
ガイドブックを見ながら美冬さんが言った。
「へぇ、やっぱりそうなんですね。……探してみます?」
「残念だけれど時間がないわ。もうすぐ夜になるもの。」
「そうですね。まぁ、まだ明るい内に見られて良かったです。」
「そうね。」
数分ほど五百羅漢を眺めた俺達は、次へ向かった。
「良い眺めですねぇ……」
「阿蘇の大観峰で見た自然豊かな景観とは、また別の美しさがあるわね。」
雲巌禅寺を出た俺達は、市の中央方面へ戻り、金峰山の山頂へ来ていた。
車で登れるところまで行き、駐車場から徒歩10分ほどで山頂まで来れた。
東を見れば市の街並みとその奥に阿蘇の自然が見える。
西には初日に泊まった天草、そして有明海が見えた。
"東の阿蘇、西の金峰山"といわれるらしく、大観峰は圧倒される自然の景観があったが、こちらは見る方角によって違ってきて面白い。
「峠の茶屋にも行きたかったわね。」
「夏目漱石の『草枕』に出てくるものですね。俺もだご汁を食べてみたかったです。」
道中に少しだけ寄ってはみたのだが、残念ながらそこにある店々はもう閉店するところであったのだ。
「明日は時間がないでしょうし……まぁ、だご汁は市内でも食べられるわね。」
「そうですね。……そろそろ戻りますか?」
まだ夜は始まったばかりだが、そろそろ腹が空いてきた。
「まだもうちょっと……駄目かしら?」
「いえ、勿論良いですよ。でも寒くないですか?」
この時間で山の上だと、この時期でもやや肌寒い。
「そうね、ちょっと寒いわ。でも、こうしたら寒くない。」
美冬さんが横から寄りかかってくる。
俺は彼女の肩に手を回し、少し強く抱き寄せた。
「………暖かいわね。」
「………そうですね。」
美しく微笑む美冬さんから視線を外し、再び東の街並みに目を向ける。
美冬さんと寄り添って見る風景は、先程よりも更に綺麗に映る気がした。
一度ホテルに戻って車を預けた俺達は、予約していた料亭で食事をした。
土地の素材を使った料理や郷土料理などが次々と出てくる。
馬刺しや馬肉の串焼きなどの馬肉尽くしが数品。
美冬さんは、天草の温泉で方言の爺さんがおすすめしていた球磨焼酎を飲んでいた。
辛子の混ざった味噌を詰め込んだレンコンを油で揚げた辛子蓮根、ひともじと呼ばれる小ネギを茹でて柔らかくし巻いて酢味噌をつけて食べるひともじぐるぐる、平たい団子を野菜や肉と一緒に煮ただご汁などを食べた。
だご汁は店や家庭によって味が様々らしく、この店では味噌で味を調えてあった。
今はデザートのおはぎを食べながらお茶を飲んでいるところだ。
美冬さんはおはぎの代わりに出された小鉢を肴に、日本酒の熱燗を飲んでいる。
アルコールが入ってほんのり赤くなった顔が実に扇情的だ。
「ふぅ……美味しかったですね。」
「えぇ、本当に。」
「美冬さんはどの料理が好きでした?」
「私は辛子蓮根かしらね。どれも美味しかったしお酒にも合っていたけれど、辛子蓮根の辛味と球磨焼酎の甘さが絶妙にマッチして………」
美冬さんは恍惚とした表情を浮かべている。
この人は本当にお酒好きだな。
選択の基準がどれほど酒に合うかになっている。
「辛子蓮根か……たしかに美味しかったです。」
美味しかったが、俺にはちょっと辛すぎたかもしれない。
まぁ多少尖った特徴がある方が郷土料理っぽくて面白いけどな。
「吾郎は何が好きだった?」
「俺はひともじぐるぐるですね。あの滋味あふれる風味がなんとも………」
「ひともじぐるぐるね……吾郎の好みもなかなか渋いわよね。」
失敬な。
美味しいじゃないか、ひともじぐるぐる。
名前も可愛らしい。
今度試しに家で作ってみるか、と考えていると、最後の一口をぐいっと煽った美冬さんが息をついた。
「ふぅ……美味しかったわ……」
「堪能できました?」
「それはもう……やっぱり日本酒が良いわね……あぁ、でも球磨焼酎も美味しかったわ……」
「俺も早くお酒に付き合えるようになりたいですね。」
「そうなったら今まで以上に吾郎を連れ回してしまいそうだわ。」
「今がなかなかお会いできてないんですから、ちょっとくらい頻度が上がっても俺は大丈夫ですよ。むしろ、もっと美冬さんに会いたいくらいです。」
「ふふっ……吾郎にそう言ってもらえると、お世辞でも嬉しいわね。」
「………お世辞なんかじゃ、ないですよ。」
緑がかった綺麗な瞳をじっと見つめる。
「吾郎………」
揺れる瞳が潤み、頬の赤みが少しだけ強くなる。
「美冬さん、そろそろ戻りましょうか。」
今すぐにでも押し倒したいくらい魅力的だが、ホテルまでは我慢だ。
「そうね。行きましょう。」
微笑む彼女の瞳には、かすかに期待の色が見えた気がした。
次で旅終わりかな
短めの短編です。
ご一読いただけると嬉しいです。
『お弁当から始まる異世界建国記』
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