旅の遊楽と仙姿玉質
ややセリフ多め?
ほのぼのです。
「そういえば、島原の乱で有名な天草四郎は豊臣の血筋ではないかとする説があるらしいわよ。」
夕日に照らされる大江天主堂を見ながら美冬さんはそう言った。
「そうなんですか?……豊臣?」
どんな繋がりがあるのだろう。
「豊臣秀頼を知っているかしら?」
「秀吉の子息ですよね。」
「ええ、そうよ。天草四郎は秀頼の子…つまり秀吉の孫であるとする説があるのよ。」
「……秀頼は大阪夏の陣で母親と一緒に自害したんじゃなかったですか?」
あれ、違った?
「そう…一般的に、秀頼は燃える大阪城で母の淀殿らと共に自害したとされているわ。………けれど、実は真田信繁に連れられて鹿児島へ落ち延びたという話もあるのよ。」
「信憑性としては微妙な気もしますけど……それがどう天草四郎に繋がるんです?」
「天草四郎の馬印を知ってる?」
「馬印って武将の所在を表すあれですよね?…知りません。」
「天草四郎の馬印は千成瓢箪だったそうよ。」
「千成瓢箪……」
豊臣秀吉の馬印が瓢箪だったっていうのは有名な話だ。
事実は知らんが。
「それで、天草四郎が秀吉の子孫ではないかという話になり、秀頼の鹿児島逃亡説と合わさって、秀頼の子と考えられているそうよ。」
「へぇ……美冬さん、物知りですね。」
「こんなの大した事ないわ。役に立たない知識ほど無駄なものはないもの。」
若社長は厳しいな。
「『そこから生まれるもののなき博学はくだらない』ですか?」
「『知識のコレクションに過ぎない』、志賀直哉ね。吾郎こそ物知りね?」
「幾つか読んだ事があります。……俺は無駄な知識だとは思ってませんよ。こうして美冬さんと楽しく話せるだけで、十分に価値がある。」
「そう、ね。……ほんと、どうしてそんなに口が上手くなったのかしら。」
ほんのり頬を赤くしている。
親しくなってようやく見せてくれるようになった表情だ。
「どこかの誰かさんに鍛えていただいたもので。」
「そうやって歳上を揶揄うことまで教えた覚えはないわよ。……ふふっ」
にやける俺の額を指でピンと弾き、楽しそうに笑った。
普段あまり表情を崩さない美冬さんだからこそ、こうして笑ってくれた時の嬉しさはくるものがあるな。
これがギャップ萌えというものだろうか。
「………さぁ、もうじき日が暮れてしまうわ。そろそろ戻りましょうか。」
「そうですね。戻る頃にはちょうどいい時間でしょうし。」
温泉にしろ夕食にしろ、だ。
でもやっぱり……まずは温泉かな。
久し振りの温泉に心中でワクワクしつつ、俺達は車に乗り込んだ。
チャポン。
「ふぅ………これは良い湯だなぁ………」
「あら、兄ちゃんむしゃんよかねー。どっから来たとね?」
「……え?」
宿近くの温泉、露天風呂。
浸かった瞬間襲ってきた快楽に身を委ねていると、ハゲた爺さんが近寄ってきた。
「どっから来たとね?」
どっから……どこから?
「えっと…東京です。」
合ってるか?
「東京!?遠かねー!」
「まぁ、そうですね。」
元気な爺ちゃんだな。
「都会のもんは細かもんばっかやと思っとったばってん、兄ちゃん見てっとそげんこつなかんごたぁね。」
「は、はぁ……」
全然意味わかんねぇ。
何語?
「熊本はどぎゃんね?」
「はい?」
「どぎゃんね?熊本は。」
どぎゃん?
「その爺さんは、熊本はどうだって聞いとるんよ。」
戸惑う俺に助け舟が現れた。
同じく露天風呂に使っていた20代であろう男性が親切にも教えてくれたのだ。
「あ、あぁなるほど。……えっと、良い所ですね。空気も美味しいし。楽しんでますよ。」
そう言うと爺さんは嬉しそうに頷いていた。
「そぎゃん言ってくれっと嬉しかばい!儂ゃこん近くに住んどるばってんよぉ来っとよ!」
ニコニコ顔がハゲ頭と相まって好々爺然としている。
「そいじゃ、儂ゃもう出るばってんな。兄ちゃん、がまだしぃよ!」
言うやいなやバシャバシャと歩いて出て行って……いや、入って行ってしまった。
何だったんだ……結局ほとんど意味がわからなかった。
「東京もんには九州の方言は難しいやろ。」
助けてくれた男性が近寄ってきた。
「そうですね、難しいです。…さっきはありがとうございました。」
「気にせんでいい。…まぁ、あそこまで方言きついのは爺さん婆さんとかだけやろうけどな。俺も方言ついとるけど、あそこまでやないし。」
「貴方も地元の方ですか?」
「生まれはこっちやけど、今は福岡に住んどる。方言もすっかり福岡のもんたい。」
「福岡……ということは帰省ですか?」
「今年のGWは長いけんな。去年も一昨年も帰って来れんかったけん、今年は来たかったとよ。」
「なるほど……」
方言もこれくらいならまだ意味は理解できるな。
「まぁ、方言も含めて地方の色ってやつやろ。良い経験になったっちゃない?」
「…それもそうですね。話のタネには十分なりそうです。」
熊本の温泉で方言のきつい爺さんに絡まれた話、か。
陽奈あたりに話したら喜びそうだな。
でもまずは、美冬さんに話してあげよう。
「こっちにはいつまでおると?」
いつまで泊まってるか……ってことだよな?
「今日から三泊です。明日はまた別の所に行く予定ですが。」
「ほぉ、どこに行くと?」
「えっと……黒川温泉…だったかな。」
「あー、黒川ね。あそこも良いとこよ。夏か冬やったらもっといいけど……まぁ今くらいが過ごしやすいけんな。」
「そうなんですね。……ちなみに熊本って特産のお酒とかあります?」
何かあれば美冬さんに教えてあげよう。
美冬さんはお酒好きだから知っているかもしれないが、一応地元の人から情報収集しておこう。
「そりゃやっぱ焼酎やね。芋も麦も良いけど、やっぱ米焼酎。」
「へぇ、米焼酎ですか。」
「球磨の焼酎は美味かよ。」
「ほうほう……ありがとうございます、参考にします。」
「おう!……ほんじゃ、俺も上がるわ。」
プラプラと後ろ手に振りながら男性も戻って行った。
「………俺ももう少ししたら上がるか。」
目を閉じて緩やかな風の流れを感じる。
10分程そうした後、最後にシャワーを浴びて温泉を出るのであった。
風呂上がりの宿泊部屋。
畳張りの広めの和室である。
宿泊のお値段は聞かないでおこう、怖いから。
「おぉ……これは凄いな……」
「美味しそうね…それに凄く新鮮だわ。」
目の前には新鮮な刺身がこれでもかと並べられた豪華な舟盛り。
桜色の真鯛の頭が飾られており、その目はまだ濁っていない。
「まぁとりあえず…お注ぎしますよ。」
瓶ビールを手に取ってお酌をする。
「あら、ありがとう。」
トクトクトク。
ビールの注ぎ方もこの人から叩き込まれ……教えていただいたものだ。
泡との比率は7:3、瓶もしっかり冷やされておりきめ細かい泡が覆っている。
注ぎ終えた俺は緑茶の入ったグラスを手に取る。
「美冬さん、今日はとても楽しかったです。改めて、連れてきてくれてありがとうございます。明日もいっぱい遊びましょう。」
「こちらこそ、一緒に来てくれてありがとう。私も楽しかったわ。また明日もよろしくね。」
グラスを合わせ、冷たいお茶を飲む。
風呂上がりで乾いた喉に冷たいお茶を流し込むのはとても気分が良かった。
美冬さんもビールを飲んで気持ち良さそうに吐息を漏らしている。
「……さて、それじゃ食べましょうか。」
「そうね…いただきます。」
「いただきます。」
まずは一番目立っている鯛を食べる。
つけるのは醤油だ。
口に入れるとまずは珍しい醤油の味、そして噛むと想像以上の身の弾力を感じた。
最後にやってくるのは鯛の自然な甘さ。
だが東京で食べるものとは微妙に違う。
濃厚な甘さというよりはあっさりしている感じ。
「これ…美味しいですね。」
「ええ、とっても美味しいわね。」
美冬さんもご満悦のご様子。
「なんか記憶にある鯛とはまた違うような………ていうか、この醤油……甘いですね。」
「そうね、いわゆる九州醤油というものかしら。九州の醤油は甘いらしいわ。それに、この鯛もあえて熟成させずに新鮮なまま出しているのかしら。」
あぁなるほど、熟成か。
「東京で良いお店とか行くと、基本的に熟成させたものを出しますもんね。」
「そっちの方が身も柔らかくなるし旨味も増すけれど……これはこれで良いわね。」
もう一口。
「確かに……個人的には弾力のあるこの歯応えは結構好きですね。」
「私はどちらかというと柔らかい方が好みかしら……あ、でもこのウニは良いわね。」
言われて俺も大量に盛られたウニを見る。
ムラサキウニだな。
季節のものらしく贅沢に盛られているウニを箸で取る。
「生ウニなんていつ以来だろ……粒が大きいですね。」
まずは醤油をつけずにそのままいただく。
口の中に広がる磯の香りとあっさりとした自然な甘さ。
「美味しい……やっぱり赤ウニと比べると甘みが穏やかですね。でもムラサキウニってもっと独特な匂いがあったような……?」
「そうね、このウニも磯の香りはするけれど……でも嫌な感じはしないわね。特産品というだけはあるのかしら。」
「ですね………うん、うまい。」
醤油をちょんっとつけて口に入れる。
淡白なウニの味と甘い醤油がうまく合っていた。
「ウニはこういう上品な味の方が私は好きね。」
「俺は逆にウニはもう少し甘みがあって濃厚な方が好きかもしれないです。」
好みって結構分かれるよな。
まぁそれが楽しいんだが。
その後も運ばれてくる天ぷらや天草牛のステーキなどを食べた。
一番気に入ったのは干しダコを使ったたこ飯だ。
あっさりと炊かれた優しい味とタコの旨味が絶妙だった。
最後に饅頭と熱いお茶が出された。
柑橘系の香りがするすっきりした餡子の饅頭だ。
満腹にはなったが海鮮が主だった為か気分が悪くなるような事はない。
熱いお茶を飲み干すと、ほぅ…と溜息が出た。
「あぁ……美味しかった………」
「ふふっ、そう満足した顔をされると、私としても嬉しいわ。」
美冬さんが綺麗に笑う。
その顔を見ていると、自然とこちらも笑みが浮かぶ。
それから30分程、今日の事や明日の予定について美冬さんと話した。
話が終わって唐突に訪れる沈黙。
料理の皿は全て下げられ、もうこの部屋には誰も入ってこないだろう。
二人だけの空間で互いに見つめ合う。
普段は一つに結んでいる髪は後頭部で纏められており、露わになった頸がいつも以上に妖艶な空気を放っていた。
先程までは料理に夢中であまり見ていなかったが、こうして見ると………やはりこの人は美人だな、と改めて思う。
リラックスできる簡易な浴衣。
そこから覗く真っ白なきめ細かい肌。
見ているだけで生唾を飲んでしまう綺麗な頸。
目を離せなくなるほど美しい鎖骨。
お酒のせいかほんのり赤くなった頬と潤んだ瞳。
今すぐにでも吸い付きたくなるような震える唇。
人間の三大欲求。
食欲は満たした。
寝るにはちと早い時間だ。
ならば残るはただ一つ。
立ち上がって美冬さんに寄る。
美冬さんもゆっくりと立ち上がって俺を見上げた。
緑がかった瞳が揺れている。
彼女の細いを優しく掴む。
「……美冬さん。」
「……なに、吾郎?」
美冬さんが髪を留めていたピンを外す。
艶やかな黒髪が流れ落ちた。
こんな美人と一緒にいられる人間が、地球上にどれほどいるだろう。
隣の部屋には、既に布団が敷いてある。
「貴女は本当に、綺麗な人だ。」




